第1話 セカンドキャリア
「……仕事、辞めるかあ」
中小企業勤めのサラリーマン。
33歳、独身男性。
2035年では特に珍しくもない一般男性だ。
冊子の頁を捲る。
頁の頭に【ダンジョンの民間解放】という文字が大きく書かれ、背景や概要がびっしりと書いてある。
今から7年ほど前に世界中に突如、ダンジョンが出現した。
出現したソレがダンジョンと呼ばれる理由。それは最初に突入した世界中の軍関係者――その中でもオタク文化に通じる人々が光る青い穴に入った後、口を揃えて「ダンジョンだ……」と呟いたことが由来となっている。
ダンジョン内に出現する生き物――【モンスター】は地球上には存在せず、だが、妙な既視感のある見た目をしていた。それは創作物の架空の生き物。ゴブリンやピクシー等に酷似しているもの。
襲いかかってきたモンスターを撃退すると【レベル】や【ジョブ】といったゲームのような能力を獲得した。
この現象も相まって、青い穴の先にある空間はダンジョンと呼ばれるようになった。
「……増加の一途を辿るダンジョン災害の抑制及び対処のための人員募集、ね」
ダンジョン出現から数年は国が対応していたが、年々増えるダンジョンに対し、後手に回るようになってしまっていた。
そして数年間放置されたダンジョンからモンスターが溢れ出し、二つの村が壊滅し、多くの人々が亡くなった。
この件をきっかけに世論は大きく動くこととなる。
「……探索者になってから1ヶ月で稼げる平均が五十万から六十万か」
手取り三十万に届かない身の上からすると、かなり良く見える。冊子に書いてある情報によれば、ダンジョンの一層ならば命の危険はほとんどないとのこと。本格的に人間を殺傷するほどの攻撃をしてくるのは二層以降のようだ。
というわけで有給を使い、土日と合わせて四連休にした。
こういうときはホワイトな会社に感謝だ。
……………………
四連休初日。
俺は探索者協会【仙台支部】の受付に並んでいた。
前もって初心者講習会のネット予約もしているので、準備は万端だ。
「次の方、どうぞ」
順番が回ってきた。俺はネット予約した旨を伝え、予約番号を提示する。
PCのキーボードを軽快に叩く受付の女性を眺めながら待つこと数十秒。
「大変お待たせいたしました。手続きが完了しましたので、あちらのゲートで名前を伝えてください」
俺は言われた通りゲートの受付に名前を告げた。
「湯川 隆史さんですね。……はい、確認できました」
講習会場に着くと思ったより人が少ない。
指定された番号の席に座る。すると近くの男性に話しかけられた。話を聞くとどうやら俺はかなり早く来てしまったようだ。
横長のテーブルに置かれた講習会の冊子を読みながら待つこと三十分。冊子を二周半ほど読んだあたりで講習会が始まった。
講習会の内容は、ダンジョンの民間解放の背景から入り、日本国内に存在するダンジョンの総数や探索者の人数。そしてレベルやジョブなどのステータス関連の説明だ。
講習会の最後に、探索者は助け合いが重要だと念を押して言われた。リスクのある職業ゆえ、互いに助け合い、信頼関係を築くことが大切とのこと。
一人で行く気満々の俺は講師によく思われないであろうことは容易に想像がつく。それでも収入面や人間関係のトラブルを考えれば、安全マージンをとってコツコツと稼いでいきたい。
そのためにも戦闘系の前衛ジョブ【戦士】か【武闘家】を獲得したい。ちなみに獲得するジョブは完全に運だ。レスラーが【回復術師】だったり、学者が【戦士】になるなど、本人の性格や肉体性能に関わらず選定される。
「それではジョブ取得を始めます。順番にお呼びしますので、呼ばれた方はこちらに来てください」
俺は手元の受付カードを見る。番号は二十二。
講習会の人数は二十八人なので、後ろの方だ。
ジョブ取得はモンスターを初めて討伐した際に付与される。討伐はジョブを取得する本人がしなければならないため、三十レベル以上の探索者が案内と護衛を務める。
三十レベル以上の探索者はアフリカゾウとタイマンした場合、無傷で倒せるほど強い。
一層程度であればモンスターが百体襲い掛かろうと瞬殺できると講師が言っていた。つまり、安心してジョブ取得に臨んでほしいということだ。
「次、二十二番の方」
ついに呼ばれた。
歩いていると、先にジョブを取得した人たちが自慢げに語り合っていた。羨ましい限りだ。俺も早く戦闘系ジョブを取得して華々しく稼ぎたい。
「こちらの初心者用防具セットを着用してください」
渡された防具は皮系の防具一色。必要最低限といった感じだ。
「武器は使いやすいものを選んでください。こちらのスペースで軽く振ってみて、一番合うものがいいですよ」
爽やかな笑顔でアドバイスしてくれる青年に礼を言う。俺がこの青年と同じ年頃の時はもう少し溌剌としていただろうか……いや、ないな。自己嫌悪。青年は一ミリも悪くない。
「この槍にしようと思います。リーチもありますし、比較的安全に戦えそうです」
「おっ! いいですね。僕のメイン武器も槍なんですよ。湯川さんの言うとおり、モンスターと距離をとりながら戦うほうが安全です。漫画やゲームでは剣がよく使われていますが、四足歩行型が多いモンスター相手には槍が有効的なんです」
熱く語る青年の勢いに押されつつ、早速ダンジョンへ向かう。
青く光るゲートをくぐると一陣の風が頬を撫でる。
「ここが、ダンジョン……」
「仙台ダンジョン第一層、草原エリアです。まるで別世界でしょう? ここには自然とモンスターしかありません。あっ、もちろん探索者はいますけどね」
相変わらず爽やかな笑顔でそう言った青年に同意する。
ここは別世界だ。感覚的なものだが、過去に自然の多い場所へ旅行で行ったことがある。その時よりも、深く、広く、そして少し重い空気が漂っているのを感じる。
「それでは行きましょうか。歩いてすぐのところに最弱のモンスター【フワリン】が湧きますので少々お待ちください」
入り口から二、三分程度歩いたところで立ち止まる。
高鳴る心臓の鼓動を強く感じ、数分待っていると、紫色の小さなモヤが集まり出した。
「来ます。先に教えた通り、槍を構えてください」
槍の素振りをしている時に簡単な手ほどきを受けた。教えを忠実に守り、構える。
小さなモヤの解像度が上がり、輪郭と色が明確になった。現れたのは白い綿あめに目と口がついたモンスターだ。
「あれが【フワリン】です。全身どこを突いても構いません。全身弱点です」
「ぜ、全身弱点?」
「全身弱点です。雑魚です」
俺は全身弱点というパワーワードに驚きつつ、狙いを定め、槍で突いた。
きゅっ、という鳴き声を上げ、【フワリン】は紫色のモヤとなり、霧散した。なんと弱い生き物なんだ。一層であれば命の危険がほとんどの無いというのは事実だった。
逆にどうやったらやられるのか。負ける方が難しい。
「お見事です」
「ありがとうございます。それでジョブは……おっ」
脳内に平面的な映像イメージが浮かんでくる。
不思議な感覚だ。文字をくっきりはっきりと認識できる。
【レベル】:1
【ジョブ】:変身士♀
【スキル】
・変身1
・リサイズ1
ほう、変身士か。変身士? なんだそれは。
戦闘系? 生産系? 補助系? あと♀ってなんなの……。




