6 訪問
午後四時。
「観里、いる?」
観里のアパートのドアを内倉里夜が叩いた。
里夜は観里の五歳年上で、観里の所属する声優事務所【ドッグ・ワン】の社長兼マネージャー。
観里の住むアパートは駅から徒歩十分。三階建てで、各階三部屋あり、観里の部屋は三階の三〇三号室。1Kの間取りである。
「おふぁよぉございます」
観里はボサボサ髪のパジャマ姿で玄関に里夜を出迎えた。
「携帯にずっと電話してたのよ、どうして出ないの?」
「うるさいから切ってた。どうせ仕事ないしね。ふわぁぁぁ」
観里はだらしなく大あくびをした。
「入るわよ」
里夜は部屋に上がった。
「なんか飲む?」
観里は冷蔵庫を開けた。
「選べるほどあるの?」
「牛乳とコーラだけ」
「じゃあ、いいわ」
里夜は最近、引っ越した観里のアパートを訪れたのは初めてだったので、物珍しげに中の様子を見ていた。
観里はキッチンのテーブル席に座って、缶コーラを飲んだ。
「部屋、狭くなったわね」
「贅沢できないからね。それで、何か用?引越祝いに来てくれたわけじゃないでしょ」
「あなたの所在を確認しに来たのよ」
「は?」
「ペインター事件、知らないの?」
「ペインター事件?殺人動画がどうたらこうたらってやつだったけ。うち、引っ越したばかりでテレビもないし、インターネットもやってないから、情報に疎くて」
「平間さんが行方不明なの」
「平間って、臨未さん?うそっ?」
「平間さん以外にも行方不明の者がいないかどうか、今、社員全員で所属タレント全員の所在を確認しに回っているわ」
「そうなんだ」
「いい、当分は朝と晩、一日二回、事務所にメールでも電話でもいいから、連絡すること」
「私なら大丈夫だって。そんな人気者じゃないし、かわいくないし」
「また、そんなこと言って……」
その時、玄関のベルが鳴った。
「誰だろ」
観里が玄関に応対に出る。
「どちらさまですか?」
観里がドア越しに声をかけた。
「先輩、零名ですよぉ」
「何だ、悠月か」
観里がドアを開けた。
「休みなんで、遊びに来ました」
零名が大きなバッグを持って、現れた。
「あんた、もしかして泊まりに来た?」
「わかりますぅ?」
零名が部屋に入った。
「げ、社長」
零名は奥に里夜がいるのを見て、思わず声を上げた。
「単独の外出は控えるようにって言ったでしょ」
「いいじゃないですか、この後は先輩と一緒なんですから。それより、先輩、ペインターの動画、一緒に観ましょうよ」
零名がバッグからノート・パソコンを取りだした。「ネットで落としたんです」
「悪趣味ね」
「違いますよぉ。平間さんまで襲われたんですよ。事件解決のためにも零名たちも動画を観ておく必要があると思うんですぅ」
「怪しいけど、確かに私もちょっと気になるな」
「でしょ」
零名は居間のテーブルにノート・パソコンを置き、電源を入れた。
観里は零名の隣に座って、パソコンの液晶画面を観る。
「まずは十二月六日に公開された最初の動画です」
「最初って、連続で起こってるの?」
「そうですよ。知らなかったんですか?」
零名は液晶画面の『最初の映像』と書かれたショート・カットのアイコンをクリックし、動画を再生させた。
観里はレインコートの怪人が犠牲者の女を運んできたところで映像の再生を止めた。
「ネットでは、犠牲者は星名麻衣歌さんって言われてますよ」
「そう……確かに星名麻衣歌に似てる。一緒に仕事したことあるし」
「でも、死体がまだ見つかってないんです。だから、星名さんかどうかもわかんない」
零名は動画の再生を再び開始した。映像と同時にバックで女性の歌声が流れてくる。
「これは誰が歌ってるの?」
「誰がって言うか、ボーカロイドに歌わせてるんです」
「じゃあ、人が歌ってるんじゃないの?」
「もちろん。元となる声は人ですけど」
「技術の進歩はすごいね。私よりうまいかも」
「二つ目の映像を見ますぅ?」
「うん」
零名は液晶画面の『二番目の映像』と書かれたショート・カットのアイコンをクリックし、動画を再生させる。
「今度は硫酸みたいな薬品を使っているのか。歌の歌詞も微妙に変えてる」
観里は食い入るように映像を見つめた。
「この犠牲者は間違いなく平間さんです。同じ事務所だし、零名も何度か一緒にお仕事しましたから」
「……そうね」
映像が終わると、観里は溜息をついた。知っている人間が目の前で殺される映像を見るというのは辛いものであった。
「犯人の目的は何なのかな」
「そりゃあ、世間に注目させるためじゃない?ただ無差別に人を殺してる猟奇殺人犯とも思えないし」
「どうしてですか?」
「『おまえの過去を塗りたくる おまえの今も消えちゃった』という歌詞。犯人は被害者の過去に対し、怨みを持っている気がする」
「怨みかぁ。零名、お二人のプロフィールとか、ネットで調べたんですけど、共通点って言っても、年が近いのと声優が職業と言うことぐらいですよ。出身も学歴も違うし、出演作も被ってないんです。単純に声優が憎いって事なんですかねぇ」
「……」
二人の話をじっと聞いていた里夜は何か考え込んでいる。
「何か思い当たることありますぅ?」
零名の問いかけに里夜はハッとした。
「ううん、何もないわ。私は他のタレントのところにも行かなければならないから、帰るわ。二人ともちゃんと定時連絡はするのよ」
「はーい」
二人とも返事をした。
里夜はいそいそと部屋を出ていった。




