20 事件後
悠月零名こと香月黎子はその後、亜里砂が呼んだ救急車で病院に運ばれた。
印刷工場を営む黎子の実家の倉庫から星名麻衣歌、平間臨未、簑島東子、さらに冷凍庫から両親の遺体も発見された。両親の遺体は死後一年近く経過し、死因は睡眠薬の大量摂取による薬物中毒であった。犯行で使われた薬品は工場で使用されていたもので、睡眠薬は黎子が不眠症を理由に病院から入手したものであった
後日、警察に里夜が過去に事務所のタレントに枕営業をさせていた件で井野崎謙作を脅し、観里にアニメ番組の主役をあてがうよう製作委員会に圧力をかけさせたことを告白したため、警察は井野崎謙作に事情聴取。
その井野崎の証言で、里夜の事務所に所属する前に零名は井野崎謙作と愛人関係にあり、将来の番組出演の後ろ盾を受けていたことが判明した。
マスコミは零名を猟奇殺人犯として面白おかしく取り上げ、専門家は現代の病理だと分析した。
ネットでは零名の行動に幻滅する者もいたが、一方で零名を神と崇める信者も多数現れ、リアルタイムで録画されたライブ映像は神映像としてファンの間で高額で取り引きされた。
「全く、世も末だぜ」
昼休み、警視庁の食堂で、黛は亜里砂に言った。
「まぁ、そういうこともありますよ」
亜里砂はそばをすすった。
「呑気だな。事件を防げなかったんだぞ」
「やれることは全てやりましたよ」
「黎子の兄が通っていた高校の卒業した元クラスメイトから証言が取れた。零名の兄は中学の頃からずっと河岸観里のファンを公言していて、彼女の人気がなくなって、クラスメイトにからかわれても、一人で応援していたそうだ。ところが、クリスマス・イブに河岸のアダルト・アニメ出演歴をネットで知ったクラスメイトがみんなの前で黎子の兄をからかった。河岸をアイドルとして信奉していた黎子の兄は、その翌朝、河岸のグッズを全て処分して、学校に通わず、団地の屋上から自殺を図った」
「その頃、黎子は何をしていたんですか?」
「黎子は歌手を目指して、アメリカへ留学していた。兄とは非常に仲が良かったらしい。兄の葬儀で帰国してからは、アメリカに戻らず、家にしばらく引きこもっていたようだ。兄貴も自殺し、一年後に両親にも自殺され、おかしくなっちまったんだろうな」
「両親は本当に自殺かどうかはわかりませんけどね」
「あいつがやったと?」
「計画を逆算すると、両親の自殺した後、犯行を計画したとは思えないんですよ。黎子は兄の死から半年後には、【ドッグ・ワン】に所属しているわけですから」
「まさか、両親も黎子が殺したと?」
「お金と工場を自由に使うためには、両親は邪魔だったと思いますよ。あくまで推理に過ぎませんが」
「復讐のためにそこまでするか?」
「さあ、どうでしょうね。彼女が取り調べを受ける精神状態になったら、その時、聞いてみましょう。その可能性は薄そうですが」
そう言うと、そばを食べ終えた亜里砂は静かに席を立った。
《完》




