「その曲は、説明じゃなかった」
「その曲は、説明じゃなかった」
夜の寺。
風は止まり、WiFiは不安定。
与太郎は縁側で酒を少しだけ飲んでいた。
北欧メタルを流していたが、
途中で止めた。
今日は、
世界の終わりを考える気力もなかった。
ふと、
音が聞こえた。
重いビート。
低い声。
与太郎は耳を澄ませる。
Cleaning Out My Closet。
「……」
その選曲に、
与太郎は一瞬だけ動きを止めた。
音は、
ルータの近くから聞こえてくる。
しゃみは、
ルータの上で背中を丸め、
イヤホンを深く差していた。
目は閉じている。
合掌もしていない。
与太郎は、
声をかけなかった。
曲が変わる。
Radiohead – Creep。
与太郎は、
その瞬間に分かった。
「……ああ」
I don’t belong here…
与太郎は、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
この曲を選ぶ理由を、
説明されなくても分かった。
次の曲。
To Zion。
与太郎は、
そこで初めて息を吐いた。
「……守ってるな」
世界じゃない。
正しさでもない。
自分を。
最後に流れたのは、
Hailie’s Song。
怒りの奥にある、
壊れていない部分。
与太郎は、
酒を一口だけ飲んで、
グラスを置いた。
「……」
声をかけるべきか、
迷った。
でも、
与太郎は動かなかった。
「これは、
触っちゃいけない夜だ」
そう判断した。
しばらくして、
曲が終わる。
しゃみは、
イヤホンを外した。
まだ、
こちらを見ない。
与太郎は、
背中を向けたまま言った。
「……いい選曲だ」
しゃみは、
少し間を置いて答えた。
「にゃむ」
それだけ。
与太郎は、
それ以上、何も言わなかった。
分析も、
助言も、
理解したふりもしない。
ただ、
一つだけ、心に決めた。
「この夜を、
言葉で軽くしない」
その夜、
与太郎はブログを書かなかった。
代わりに、
ノートの端に
一行だけ残した。
「音楽は、
助けを求めない形のSOSだ」
翌朝。
WiFiは復旧し、
しゃみはいつものしゃみに戻っていた。
「師匠、
おはようにゃむ」
与太郎は、
何事もなかったように答える。
「ああ」
でも、
北欧メタルを流す前に、
一瞬だけ考えた。
「世界の終わりより先に、
隣の夜を見る必要があるな」
その日から、
与太郎は覚えている。
しゃみが何も言わない夜は、
音楽を聴いているかもしれない
ということを。
おわり




