女王さまの小籠包
前書き
あんたたち、準備はいいわね?
今回のトラフィックは、冷たい夜風が吹き抜ける横浜のストリートから始まるわ。
まったく、あたしがちょっと画期的なアーキテクチャをコンパイルしたくらいで、法務だの折衝だのって、スーツ着て泣き言を垂れるヤローどもには呆れるわね。
でも、そのあとの防音セキュア・スペースでのシャブシャブは最高だったわ。
机上論のバグを爆速でリファクタリングするあたしの天才的なロジック展開と、熱々の肉のテクスチャを、存分にインストールしなさいなッ!
2020年12月中旬。
冬の透き通った夜空には無数の星々が瞬き、横浜赤レンガ倉庫のノスタルジックなレンガ造りの外壁を、温かみのあるオレンジ色のイルミネーションが幻想的にライトアップしている。
石畳の広場の向こうには、みなとみらいのランドマークタワーや大観覧車が、近代的な光のテクスチャを夜の海に乱反射させていた。
あたし、黒木舞桜は、少し伸びて肩にかかるようになったサファイアブルーのセミロングヘアを冷たい海風に揺らしながら、ホットコーヒーの入った紙コップで手を温めていた。
今日のアライメントは、洗練されたダークトーンの冬仕様だ。
グレーのリブタートルネックニットに、タイトな黒のレザースカート。その上から、重厚な黒のロングチェスターコートを羽織り、足元は艶やかな黒のレザーロングブーツで隙なくガードしている。
隣に立つサブリナこと福元莉那も、赤茶色のポニーテールを揺らし、オフホワイトのタートルネックニットにチェック柄のミニスカート、オリーブグリーンのモッズコートという、極上のアライメントをデプロイしていた。
そんな映画のセットのように完璧な空間で、あたしたちメインノード6人は落ち合ったのだけれど。
「なんであんたたちスーツ着てるのよ?」
あたしは、紙コップを傾けながら、目の前に立つ斧乃木拓矢たちに向けて怪訝なクエリを投げ掛けた。
そう、あたしとサブリナ以外の4人は、なぜかガチガチのビジネス装甲を纏っていたのだ。
長身の拓矢はブラウンスーツにネクタイ、防大の倉田琴葉ちゃんはタイトな黒のパンツスーツに白シャツ、プラチナブロンドの白井勇希はライトグレーのスーツに黒のタートルネック、そして赤い髪のボッチこと茅野万桜は、ネイビースーツにビジネスバッグを肩掛けするという出立ちである。
あたしの無邪気な問いかけに対し、拓矢がブラウンスーツの肩を落とし、地獄の底から響くような深い恨み節のログを出力した。
「いいか、舞桜。俺たちはな、法人登記やら特許申請の法務周りの手続きやら、クソ面倒な役所との折衝やらで、どっかの魔王さまが『善きに計らえ』って丸投げしてきやがる実務を、朝から晩まで駆けずり回って片してきてやったんだよッ」
拓矢は、紙コップを握り潰さんばかりの勢いで、血走った眼差しをあたしに向けてくる。
「おまえが思いつきでビルドした規格外のアーキテクチャを社会実装させるために、俺たちがどれだけ既存のリーガルとインフラの壁に頭を下げて回ってるか、1ミクロンでも想像したことあんのかッ」
その悲痛な叫びに対し、あたしは冷たい夜風を肌で感じながら、至極どうでもよさそうにコーヒーを一口すすった。
ふーん、そうなんだ。大変ねー。
あたしの気高いメインフレームは、自分に関係のないレガシーな実務のトラフィックを、完璧なファイアウォールで弾き落としていく。
あたしは、拓矢たちの疲弊しきった顔面ディスプレイを華麗にスルーし、隣で悠然とコーヒーを飲んでいるサブリナへと視線をシフトさせた。
「だってよサブリナッ。おまえも手伝いなさいなッ」
あたしは、自分の丸投げ体質は棚に上げて、さらなる丸投げのパケットを横流しする。
すると、サブリナは目を丸くした後、蠱惑的な笑みを浮かべて身をよじらせた。
「えー、あたしにそんな堅苦しい実務ができるとお思いかッ」
サブリナは、コートのポケットに手を入れたまま、悪びれる様子もなく堂々と居直る。
「あたしのこの極上のテクスチャはね~、役所のお堅い窓口に並ぶためじゃなくて、もっとクリエイティブで楽しいボーナスタイムのために最適化されてるの。書類仕事なんて、あたしのOSには最初からインストールされてないもん~」
まったく悪気のない、純度100パーセントのポンコツ宣言。
その堂々たるクズっぷりに、スーツ姿の4人は完全にぐうの音も出ないほどの同期処理を強制された。
ボッチが、ネイビーのスーツ姿で力なくビジネスバッグを引き上げ、深い溜息のログを出力する。
「……もういい。こいつらに常識のパッチを当てようとした俺たちがバカだった」
琴葉ちゃんも、黒のスーツ姿のまま疲労困憊のテクスチャを浮かべ、こめかみを指で揉みほぐしている。
「ええ……物理法則はハックできても、このふたりの性格のバグだけは、どうやってもデバッグ不可能ですね……」
勇希に至っては、ライトグレーのスーツ姿で悟りを開いたような虚無の微笑みを貼り付け、冷めたコーヒーを静かに見つめていた。
横浜の美しい夜景をバックに、輝かしい未来を創造する天才魔王と小悪魔の隣で、その尻拭いに奔走する幸薄い苦労人たちの重いため息が、白い息となって冷たい夜空へと溶けていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
ここは防音セキュア・スペース2号店。
まあ、県庁所在地のある横浜に拠点を置いておかないと、色々と大変なのだ。
法人登記や特許申請の法務周りの手続き、そしてクソ面倒な役所との折衝。それらのレガシーな実務を、防大の倉田琴葉ちゃんとスリーバグメンズたちが、朝から晩まで駆けずり回って片付けているのだから。
「そうだねー。どっかの女王さまが突然、技術構想のデバッグを始めるしねー」
プラチナブロンドの白井勇希のヤローが、ライトグレーのスーツ姿のままちゃぶ台に両肘をつき、絶対零度の達観したジト目であたしに恨み節を貼り付けてくる。
あたし、黒木舞桜は、グレーのリブタートルネックニットにタイトな黒のレザースカートというアライメントのまま、そんなヤンデレ彼氏の非難パケットを、華麗なスループロトコルで受け流した。
右手で箸を優雅に操りながら、熱い烏龍茶の入った湯呑みをすすり、知らぬ存ぜぬの魔王スマイルを明滅させるだけだ。
今日のコンセプトルームのテーマは『昭和の団欒』。
畳敷きの和室の真ん中には、どっしりとした木製のちゃぶ台と、暖かなこたつがデプロイされている。この前利用した『評定の間』のような戦国仕様とは打って変わった、レトロでアットホームなテクスチャだ。
そして、年末の団欒と言えば、スキヤキかシャブシャブである。
悩んだ末にあたしたちは、シャブシャブをチョイスした。
「「「「四対二でスキヤキでしたッ」」」」
見事なユニゾンで、恨み節のログを炸裂させる琴葉ちゃんとスリーバグメンズ。
ブラウンスーツの斧乃木拓矢、ネイビースーツのボッチこと茅野万桜、そして黒のパンツスーツ姿の琴葉ちゃんまでもが、過酷な実務の疲労にスキヤキ否決の怨念をマージさせ、血走った眼差しであたしとサブリナを睨みつけている。
「サブリナー、なんか聞こえたー」
あたしは、沸き立つ鍋の中へ最高級の霜降り肉をしゃぶしゃぶと潜らせながら、華麗にスルーする。
「んー、小鳥の囀りじゃーん?」
オフホワイトのタートルネックニットにチェック柄のミニスカート姿のサブリナこと福元莉那も、赤茶色のポニーテールを揺らしながら、蠱惑的な笑みで完全にスルーする。
「民主主義の完全なバグだろッ! 俺たち労働階級の意見が1ミクロンも反映されてねえッ」
拓矢が、ネクタイを緩めながら悲痛なエラーログを吐き出す。
「多数決のアーキテクチャを物理的に破壊する独裁者コンビめ……。俺たちの疲弊したメインフレームには、スキヤキの濃厚な糖分と塩分が必要だったんだぜ」
ボッチが、こたつの中で丸くなりながら、力なく非難決議のパッチを当ててくる。
「ええ……。一日中ヒールで歩き回った私の足には、シャブシャブのあっさりとしたテクスチャではリカバリが追いつきません……」
琴葉ちゃんまでもが、白シャツの襟元を少し開け、絶望のブルースクリーンを顔面に貼り付けていた。
うるせーバグどもだ。
あたしは、ほんのりと桜色に染まった薄切りの黒毛和牛を濃厚なゴマダレにたっぷりとダイブさせ、マッハの速度で胃袋のディレクトリへと転送した。
極上の脂の甘みと、胡麻の芳醇な香りが脳内CPUを爆速でクロックアップさせる。
ヘルシーなシャブシャブだからといって、食べる量が少ないわけじゃない。BMIなんていうレガシーな数値指標は完全にアンインストール済みだ。重要なのは、筋肉と骨格を構成する圧倒的な密度よ。
あたしたちメインノードは、文句を言いながらも凄まじいトラフィックで、テーブルの上に山積みされた肉のタワーを次々と全消ししていく。
そして、鍋の熱気で少し汗ばんだあたしは、文句ばかり垂れる4人を完全に黙らせるための、最強の演算結果をブロードキャストした。
「あんたたち、スキヤキの恨みでメモリを無駄遣いしてる場合じゃないわよ。この間ラボでドヤ顔で演算した、あのボルテスタービンの多段圧縮リレー。あれ、このままテストベンチにかけたら、熱平衡の壁にぶち当たって完全にシステムクラッシュするわよ」
あたしの冷徹な宣言に、肉を咀嚼していた4人の動きがピタリとフリーズした。
「熱平衡の壁……? どういうことだ、舞桜」
勇希が、医学と物理の知識を瞬時に再起動させ、真剣な瞳であたしをスキャンする。
「単に小さな圧縮の熱を次へリレーして、温度の絶対値を掛け算で増やしていくなんて、熱力学第二法則を1ミクロンも理解していないただの机上論よ。熱は高温から低温へしか流れないんだから、ただ混ぜるだけじゃ絶対に温度は上がりきらないわ」
あたしは、箸の先で空中に新たなブループリントを描き出した。
「だから、完全な『対向流熱交換器』を組み込んだリレーとしてアーキテクチャを再構築するの。熱交換のたびに圧力を上げて、外部から『圧縮仕事』というエネルギーを物理的に注ぎ込む形にするのよ」
ボッチが、ゼネコンの顔つきを取り戻し、身を乗り出してきた。
「対向流熱交換器……! 吸気と排気をすれ違わせて、熱だけを限界まで受け渡すってことか!」
「その通りよ。まず第1段のピストンで、20度の外気を圧縮して167度の高熱空気を作る。それを対向流熱交換器に通して、次に吸入した外気を167度まで予熱してバトンタッチするの。熱を与え終えた空気はそのままパージよ」
あたしの淀みないロジック展開に、拓矢が兵站の視点から目を見開く。
「なるほど……。167度の空気で20度の空気を温めるから、熱は常に高温から低温へと流れる。熱力学第二法則のルールを完璧にクリアしてるじゃねえか!」
「ええ。そして第2段では、予熱された167度の空気を、さらに高い圧力比でブースト圧縮して387度へ引き上げる。それをまた次の対向流熱交換器に通して、新たな吸気を387度まで予熱するのよ」
琴葉ちゃんが、箸を置いてハッとしたように息を呑んだ。
「そして第3段で、387度に予熱された空気を一気に圧縮し、目標の717度へ到達させて塩タンクへ送り込むわけですね! これなら、温度が700度まで上がっていくエネルギーの源泉は、各段のピストンが気体に加えた機械的な圧縮仕事の合計として、エネルギー保存則の第一法則も完全にクリアできます!」
「当然の帰結よッ」
あたしは、サファイアブルーの髪を揺らし、最高に獰猛な魔王のスマイルを明滅させた。
「だから、この前言った『圧力を低く保つ』なんていう甘い設定は全消しよ。後半の段に進むほど圧力がバグみたいに跳ね上がるから、シリンダーを細くして耐圧設計の装甲を極限まで稼ぎ、強力なトルクを物理的に叩き込むのよッ!」
圧倒的な工学の説得力と、自らの設計ミスを爆速でリファクタリングしてみせる天才魔王の思考速度。
そのぐうの音も出ないほどの完璧な修正パッチの前に、先ほどまでスキヤキの恨み節を垂れていた4人のメインフレームは、完全に圧倒されて沈黙するしかなかった。
「……恐ろしい女王さまだぜ。机上論のバグを自ら見つけ出し、さらに凶悪な物理ハックへと進化させやがった……」
拓矢が、戦慄のログを出力しながら、震える手でポン酢の小鉢を持ち上げる。
「まいったね。僕たちの不満パケットなんて、舞桜の演算リソースの前じゃ、1ミクロンの処理落ちにもならないってわけだ」
勇希が、敗北を認めるように柔らかく微笑み、あたしのグラスに烏龍茶を注ぎ足してくれた。
「ふふん、分かればよろしい。さあ、冷める前に肉を食いなさいなッ。次のインフラをビルドするための、最強の燃料なんだからッ!」
あたしたちメインノードは、昭和のちゃぶ台を囲みながら、熱いシャブシャブとさらに熱い物理ハックの議論をマージさせ、横浜の夜をマッハの速度で駆け抜けていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
当然だけど、このシャブシャブは、奈良県発祥のファミレスチェーンのフランチャイズである。
ただ、セキュア・スペースの完全防音個室で提供されているだけだ。
「それにしても、このシャブシャブ、どこかで食べたことある味だと思ったけど……あの有名なファミレスの系列だったとはね」
プラチナブロンドの勇希が、ポン酢にくぐらせた肉を口に運びながら、納得したように頷いた。
「当然の帰結よッ。飲食業のノウハウをゼロからビルドするなんて、完全なリソースの無駄遣いじゃないの」
あたし、黒木舞桜は、箸先でこたつの上を指し示し、ドヤ顔を明滅させた。
「安定したサプライチェーンと完成されたオペレーションを持つフランチャイズのインフラに、あたしたちの『完全防音セキュア・スペース』という付加価値をマージさせただけよ。空間のテクスチャを上書きすれば、ファミレスの味も極上のVIP体験へと爆速でアップデートされるわ」
「まあ、確かに味と安全性が担保されてるのは兵站的に見ても極めて合理的だな」
長身の拓矢が、ブラウンスーツの袖をまくり上げながら、大量のネギと一緒に肉をかき込んだ。
「でもよ、あのチェーン店って、酒のラインナップは正直ポンコツじゃなかったか? 今飲んでるこの純米大吟醸、信じられないくらい美味いぞ」
赤い髪のボッチが、美しい切子のグラスを光にかざし、ゼネコンの顔つきで感嘆のログを出力する。
あたしは、熱い烏龍茶の湯呑みをコトンと置き、最高に不敵な魔王のスマイルを起動した。
「酒? 酒が得意な小料理屋さんを、丸ごと買収してこのシステムの裏側に組み込んでるに決まってるじゃないのよぉーッ」
「「「「はあッ!?」」」」
見事なユニゾンで、勇希たち4人が驚愕のパケットを叩き出してきた。
「餅は餅屋よ。あのファミレス、酒の仕入れと提供のアーキテクチャは不得手だからね。だったら、酒の目利きと極上のおつまみプロトコルを持ってる老舗の小料理屋を、テナントごと吸収合併してバックエンドで繋げばいいのよ」
あたしは、扇子を開く代わりに割り箸をパチンと鳴らしてロジックを展開した。
「つまり……食事のメインプロセスはファミレスのフランチャイズに丸投げして、酒と一品料理のサブプロセスだけを買収した小料理屋のシステムに処理させてるってことか!?」
ボッチが、驚きのあまり切子のグラスを震わせる。
「ええ、それぞれのエキスパートをモジュール化して、この防音個室というインターフェースでシームレスに統合しているんですね……。恐ろしいまでの最適化と、暴力的な資本の使い道です」
琴葉ちゃんが、黒のパンツスーツ姿でため息を吐き、静かに日本酒を口に含んだ。
「ふふん~、舞桜のそういうバグった力技、あたしは最高にクールだと思うけどね~」
サブリナが、赤茶色のポニーテールを揺らし、梅酒のロックグラスを傾けながら蠱惑的な笑みを送ってくる。
「でしょ? 得意なノードに得意なタスクを割り当てる。これこそが、あたしたちのスマートな経営ハックよ」
あたしは、再び霜降り肉を鍋へとダイブさせながら、誇らしげにサファイアブルーのセミロングヘアを揺らした。
★ ◆ ★ ◆ ★
ラーメン、蕎麦、うどん、それに小籠包などが次々とデプロイされるこたつの上。
「シメはどれかで不毛に争わないで、各自、自由にシメなさいなッ。小籠包は違う? 雑炊は? ご飯に汁かけりゃ雑炊っぽいじゃないのよぉーッ。小籠包? 頼むの忘れてたのよぉーッ」
あたし、黒木舞桜は、怒涛の勢いで並べられた炭水化物のパケット群を前に、堂々たるシメの自由化を宣言した。
ブラウンスーツのネクタイを完全に緩め切った斧乃木拓矢が、嬉々として中華麺を鍋へ投入する。
「最高だぜ。肉の旨味が溶け出したこの黄金のスープでラーメンをシャブシャブするなんて、最強のリカバリ・タスクじゃねえか」
隣では、黒のパンツスーツ姿の倉田琴葉ちゃんが、凛とした所作で蕎麦を湯通しし、ネギを散らしたお椀へと上品に引き上げている。
「ええ。和風の出汁には、やはり蕎麦が最もセキュアなアライメントですね」
ネイビースーツの袖をまくったボッチこと茅野万桜も、うどんを豪快にすすっている。
そして、オフホワイトのタートルネックニット姿のサブリナこと福元莉那は、残ったご飯をお椀に盛り、鍋から熱々のスープをたっぷりとかけ回していた。
「ふふん~。あたしはここに、溶き卵をマージさせちゃうもんね~」
サブリナは、蠱惑的な笑みを浮かべながら小鉢で溶いた黄金色の卵液を回しかけ、絶妙な半熟加減のセルフ雑炊を爆速でコンパイルする。
そんな炭水化物のカオスなトラフィックを横目に、あたしはレンゲに乗せた熱々の小籠包に全集中していた。
皮を少しだけ破り、溢れ出す濃厚な肉汁のスープをすすってから、黒酢を少し垂らして一口でパクリ。
……ん~ッ! これよ、これッ!
あたしは、グレーのリブタートルネックニットの胸元を押さえ、口いっぱいに広がる至福のテクスチャにサファイアブルーの瞳を細めて舌鼓を打つ。
熱いシメの戦いが終わると、テーブルには抹茶アイスや柚子シャーベットといった冷たいデザートがデプロイされた。
プラチナブロンドの白井勇希が、ライトグレーのスーツ姿で静かにシャーベットを口に運び、熱を持った脳内CPUをクールダウンさせている。
あたしたちは、甘いデザートで満腹中枢の最後のディレクトリまでを完全に満たし、深い満足感と共にこたつへと沈み込んでいった。
「眠いわね。今日はスチームなとっておきをぶちまけようと思ってたけど、シャブシャブだったから、やめておいたわ」
あたしは、こたつの温もりにまどろみながら、ぽつりとログを出力した。
「とっておき? なんだよそれ。気になるじゃねえか」
ボッチが、こたつ布団を引き寄せながら怪訝な顔面ディスプレイを向けてくる。
「医学的にも、新しいハックの話なら聞いておきたいね」
勇希も、興味深そうに身を乗り出してきた。
「だって食事中よ? アンモニアの話なんかしたくないわよ。アンモニアスチームジェットエンジン」
あたしが面倒くさそうにパケットを投げた瞬間、こたつを囲む4人のメインフレームが完全にフリーズした。
「ア、アンモニア……ッ!?」
拓矢が、ブラウンスーツの襟を掴み、戦慄のログを吐き出す。
「水じゃなくて、気化しやすいアンモニアをスチームの媒体にするってことか!? 確かに効率はバグみたいに跳ね上がるだろうが、漏れたら即座に毒ガス兵器だぞッ」
「ええ……。そんな劇薬をジェットエンジンにマージさせるなんて、取り扱いリスクが完全にオーバーフローしていますッ!」
琴葉ちゃんが、顔面を蒼白にさせて震える声で同期する。
「ま、またとんでもない大量破壊兵器のブループリントを描いてやがったのかよ、この魔王は……」
ボッチが、頭を抱えてゼネコンの顔つきを絶望にダウングレードさせた。
「このスペース最高よねーッ。上げ膳据え膳オヤスミなさいなッ」
あたしは、絶句する勇希たちを華麗にスルーし、大きなあくびをひとつ落として宣った。
やがて、小料理屋のスタッフたちが手際よく空になった鍋や食器のパケット群をパージしていく。
綺麗なフラット状態にリセットされた和室で、あたしたちはそれぞれ座布団を枕にしたり、こたつに深く潜り込んだりして、思い思いの姿勢で横になった。
サブリナの安らかな寝息と、まだアンモニアの恐怖に怯えている拓矢たちの小さなブツブツというエラーログをBGMに。
あたしは、極上の満腹感とこたつの暴力的な温もりに包まれながら、深いスリープモードへとログインしていくのだった。
後書き
ふあぁ……満腹中枢が完全にフルになったわ。
シャブシャブの後のこたつなんて、完全に人間をダメにする最凶のトラップじゃないのよ。
ホントはここで、アンモニアを使ったスチームジェットエンジンっていう、最高にクレイジーでクールな次世代兵器のブループリントをデプロイしてやろうと思ったんだけど。
今日はもう、メインフレームをスリープモードに移行させるわ。
あんたたちも、せいぜいこのあたしの物理ハックの余韻に浸りながら、静かにシャットダウンしなさいなッ。おやすみッ!




