女王さまのボルテスタービン
前書き
ごきげんよう、凡人たち。あたし、黒木舞桜よ。
世の中のバグをデバッグするのがあたしたちメインノードの使命だけど、時にはそのひらめきのソースコードが、とんでもなくくだらない場所からサルベージされることもあるわ。
でも、それが真理よ。どんなノイズからでも、世界を最適化するアーキテクチャをビルドできる。それが天才というものなんだから。
今回は、そんなあたしの脳内CPUが導き出した、究極の物理ハックとエコロジーの記録よ。しっかり網膜ディスプレイに焼き付けなさいなッ。当然の帰結よねッ!
2020年11月上旬。第一京浜よ。あたしは帰ってきたッ。
サブパパこと、福元真一郎さんによってサファイアブルーに換装されたあたしの髪が、冬毛のショートボブへと最適化されたのだ。
つまりメット被ってもシルエットが崩れる心配なんて1ミクロンもない、完璧な仕様じゃないのよぉーッ。
今日は愛車であるオールドチャンプZ2を駆って、白井勇希を本郷近くのビッグエッグホテルにお見送りしてやったわッ。
あたし、黒木舞桜の今日のアライメントは、最高にクールで挑発的なストリートの魔王としてのモデリングが完璧にレンダリングされている。
サファイアブルーの艶やかなショートボブを風に遊ばせ、トップスはざっくりと編まれたオフホワイトのクロップド丈リブニットをチョイスした。
その下には漆黒のタイトなインナーを忍ばせ、引き締まった腹筋と美しいウエストラインを惜しげもなくデプロイしている。
ボトムスは、太ももや膝にハードなダメージ加工が施されたダークグレーのウォッシュドデニム。
首元にはエッジの効いたトライアングルモチーフのシルバーネックレスを幾重にも重ね付けし、手首には無骨なシルバーバングルとリングのマルチマウント。
肩からは小ぶりな黒のレザー製クロスボディバッグを提げ、グラフィティアートが描かれたストリートの壁に寄りかかるその姿。
圧倒的なオーラを放つ、完璧な仕様だわ。
そして、あたしの隣で壁に背を預けている勇希もまた、極上のテクスチャを誇っていた。
光の加減で真珠のように輝くプラチナブロンドの髪をラフに散らし、切れ長で涼しげな瞳がアンニュイな色気を放っている。
清潔感のある純白のTシャツの上には、ミリタリーテイストのポケットが配されたダークグレーのボンバージャケットを羽織っていた。
ボトムスは、バイカー風のステッチと激しいダメージ加工が施されたブラックデニム。
ウエストにはタクティカル仕様の堅牢なバックルベルトを締め、首元にはドッグタグをあしらったシルバーのレイヤードネックレス。
片手を無造作にポケットへ突っ込むその姿は、中性的美少年という初期スペックに、危険なストリートのスパイスがマージされた、反則級のアライメントだ。
「舞桜。その、今日は泊まっていかないの?」
勇希が、いつもより少しだけ落ち着かない様子で、モジモジと視線を泳がせている。
無理もないわね。あたしの髪型と雰囲気が大きくアップデートされたことで、勇希の脳内回路に『クーリッジ効果』が強制発動してしまったのだろう。
見慣れたパートナーでありながら、目新しい外見の刺激によって新規の魅力的な個体として誤認してしまうという、オスという生物にプログラミングされた抗えないバグ。
その本能的なエラーに振り回され、普段は冷徹なヤンデレ王子が純情な少年のように揺らいでいるのだ。
あたしは、壁に預けていた背中を離し、ゆっくりと勇希に歩み寄る。
そして、勇希の上着の襟元を指先でそっと引き寄せ、ライトプラムの唇に蠱惑的な笑みを浮かべた。
「あら、寂しいの勇希? でも駄目よ。悪いけど先約があるの」
甘く、そして残酷なエラーログを耳元で囁き、冷酷な悪女のテクスチャで勇希の理性をハッキングしてやる。
「……ッ」
勇希の顔面ディスプレイが、一瞬にして朱色にバーニングした。
プラチナブロンドの髪の奥で、潤んだ瞳が切なげに揺れ動き、微かに開いた唇から熱い吐息が漏れる。
拒絶された寂しさと、抗えない欲情がスパゲッティコードのように絡み合い、端正な顔立ちを無防備な恥じらいで染め上げている。
その、普段の医学徒からは想像もつかないほど乱された姿。
ゾクッ。
あたしの背筋に、プラズマ級の電流が駆け抜けた。
ヤバいわ。この極上の表情を引き出したのがあたし自身だという圧倒的な優越感に、あたしのサディスティックな情動ポートが激しく明滅している。
今すぐこのまま、ホテルのベッドへ強引に押し倒して、勇希の理性をドロドロに溶かし尽くしてしまいたい。
あたしの内部システムが、危険な衝動という名の暴走アラートをけたたましく鳴らしていた。
だけど、あたしの気高いプライドが、その理不尽な欲求をギリギリのところでタスクキルした。
ここで絆されては、女王としての完璧なルーティングが崩れてしまう。
「それじゃあね、おやすみ」
あたしは、名残惜しそうに熱い視線を送ってくる勇希を置き去りにして、軽やかに背を向けた。
通りに駐めてあった愛車、オールドチャンプZ2に跨がり、キーを回す。
ズォォォンッ。
静寂の夜気を切り裂いて、空冷4気筒の暴力的なエキゾーストノートが咆哮を上げた。
あたしは、艶やかなサファイアブルーの髪を風になびかせ、アクセルを物理的に回し切る。
勇希の焦燥と欲情をバックミラーの彼方へと置き去りにして、あたしは全盛期の速度で颯爽と駆け抜けていったのよ。
★ ◆ ★ ◆ ★
今日はボッチこと茅野万桜の姪っ子である茅野友梨ちゃんをバイクに乗せる約束があったのだ。
待ち合わせのカフェの前に現れた彼女の姿を光学センサーでスキャンした瞬間、あたし、黒木舞桜の脳内メインフレームは、そのあまりの完成度に致命的な処理落ちを起こしかけた。
燃えるような真紅のロングヘアが、秋の柔らかな陽光を透かして美しく波打っている。
鎖骨のラインを大胆に露出させた、漆黒のオフショルダーのリブニット。
そのタイトな生地は、170センチという長身に不釣り合いなほど暴力的な質量を誇るバストラインによって、パツンパツンに引き伸ばされていた。
胸元には、繊細なシルバーのレイヤードネックレスが上品なアクセントとして輝いている。
ボトムスは、太もも部分にハードなダメージ加工が施されたウォッシュドブルーのデニムパンツ。
ブラウンのレザーベルトが無骨なメタルバックルでウエストをしっかりとマークし、グラマラスなプロポーションを完璧なまでにデプロイしている。
それにしても、この娘。可愛い過ぎるじゃないのよぉーッ。
圧倒的な大人びたテクスチャを纏っているというのに、友梨ちゃんは長い髪を指先で弄りながら、上目遣いでモジモジと視線を泳がせていた。
「あ、あの……。今日はよろしくお願いします、舞桜さん」
消え入りそうな音声ログを出力し、頬をほんのりと朱色にバーニングさせている。
あたしは、可愛いものに弱い。こんな純度100パーセントの恥じらいパケットを直接受信して、平静を保てるわけがないじゃないの。
「そんなに緊張しなくてもいいわよ。今日はあたしが、最高のルーティングでエスコートしてあげるから」
あたしは、オールドチャンプZ2のシートから立ち上がり、彼女の頭にポンと優しく手を乗せた。
ボッチたちのようなヤローのノードが1ミクロンも介入しない、完全なる女子だけのクローズドなネットワーク。
あたしは、用意していたフルフェイスのヘルメットを友梨ちゃんへと手渡した。
「……はいッ。すごく、楽しみにしてました」
友梨ちゃんは、ヘルメットを胸に抱き抱えるようにして受け取り、パッと花が咲いたような笑顔を明滅させた。
その初々しい挙動に、あたしのサディスティックで保護欲に満ちた情動ポートが、激しくキュンキュンと鳴り響いている。
あたしたちはバイクに跨がり、友梨ちゃんの細い腕があたしのウエストにギュッと回されたのを確認して、エンジンを起動した。
ズォォォンッ。
空冷4気筒の重低音が響き渡り、あたしたちは第一京浜のアスファルトへと全盛期の速度で駆け出していった。
海沿いへと続く真っ直ぐなストリート。秋の冷涼な風が、あたしたちのヘルメットのシールドを滑っていく。
背中には、友梨ちゃんの規格外の胸部装甲が物理的に密着し、柔らかな熱量がダイレクトに伝わってくる。
「怖くない? スピード落とそうか」
あたしがインカム越しにクエリを投げると、
「だ、大丈夫ですッ。風が……すごく気持ちいいですッ」
少し上擦った、けれど明らかに歓喜のトーンを帯びたレスポンスが返ってきた。
最初は緊張でガチガチに硬直していた彼女の腕の力が、徐々に抜け、あたしの背中に完全にシステムを預けてくれているのがわかる。
都市のビル群という名のテクスチャが後方に流れ去り、やがて視界が開けて、湘南の広大な海が網膜ディスプレイいっぱいにレンダリングされた。
そのまま海岸線をクルージングし、あたしたちが到着したのは鎌倉の海沿いだ。
あたしは迷うことなく、漁業協同組合の敷地内へとオールドチャンプを滑り込ませた。
「えっ、舞桜さん、ここって関係者以外立ち入り禁止じゃ……」
友梨ちゃんが、ヘルメットを脱ぎながら不安げなエラーログを吐き出す。
「問題ないわ。勇希のパパがここの組合長だからね。あたしたちにとっては、最高にセキュアな専用の物理ストレージなのよ」
あたしが不敵な笑みでウインクを飛ばすと、彼女は「すごいです……」と感嘆の息を漏らし、尊敬の眼差しをキラキラと輝かせた。
バイクを安全なディレクトリにパージしたあたしたちは、小町通りの喧騒へとログインした。
食べ歩きのスイーツや、レトロな和雑貨のショップがひしめき合う、トラフィックの密集地帯。
「わぁッ、クレープ美味しそう……ッ」
友梨ちゃんの光学センサーが、ショーケースのスイーツを前にして限界まで輝いている。
出会った時の極度な人見知りのファイアウォールはすっかり解除され、今や等身大の無邪気な17歳の少女としてのメインループが完全に起動していた。
「好きなものを選びなさいな。今日はあたしが全部決済してあげるから」
「いいんですかッ!? じゃあ、あのイチゴと生クリームがいっぱいのやつがいいですッ」
あたしは、はしゃぐ友梨ちゃんの姿に目を細めながら、スマートに決済のプロトコルを完了させる。
クレープを両手で持ち、頬にクリームをつけながら幸せそうに咀嚼する彼女の笑顔は、どんな複雑なシステムのバグも一瞬でデバッグしてしまうほどの破壊力を持っていた。
海風が吹き抜ける鎌倉のストリートで、あたしは可愛い後輩とのタンデムデートという、最高に非論理的で多幸感に満ちた同期処理を、存分に味わい尽くしたのよ。
★ ◆ ★ ◆ ★
翌日のラボ下のカフェにて。
窓の外には秋の深まりを告げる街路樹が立ち並び、黄金色の落ち葉が石畳の歩道を美しく染め上げている。
コンクリート打ちっぱなしの無機質な壁に、温かみのある木目のインテリアとペンダントライトのオレンジ色の光が調和した、モダンで洗練されたカフェ空間。
木製のテーブルには、美しいラテアートが描かれた白いカップ、サクサクのデニッシュやフルーツタルトが盛られたプレート、そして開かれたファッション雑誌が配置されている。
あたし、黒木舞桜は、深いパープルのタートルネックニットに、ミリタリーテイストのオリーブグリーンのジャケットを羽織り、タイトなブラックデニムと黒のレースアップブーツを合わせた辛口のアライメントだ。艶やかな黒髪のショートボブを揺らしながら、ハイチェアの背に軽く寄りかかり、立ち姿のままテーブルを見下ろしている。
左側の椅子に優雅に腰掛けているのは、防大の倉田琴葉ちゃんだ。艶やかな黒髪を端正なシニヨンにまとめ、ダークグレーのテーラードジャケットとスラックスのセットアップ。首元にはマスタードイエローとブラウンの柄が美しいシルクスカーフを巻き、大人の気品を完全にデプロイしている。テーブルには上質な黒のレザーハンドバッグが置かれていた。
そして右側の椅子に座るのは、サブリナこと福元莉那。赤茶色のミディアムヘアを揺らし、ざっくりと編まれたテラコッタオレンジのオーバーサイズなケーブルニットセーターを纏っている。ダークグレーのプリーツスカートにブラウンのレースアップブーツを合わせ、秋のテクスチャを全開にしたカジュアルで蠱惑的なスタイルだ。
「ヤッバッ。おまえらが、あたしを別腹扱いする気持ちがわかっちゃったかもッ」
あたしは興奮気味に、昨日のタンデムデートの極上なログデータを、赤茶のサブリナと黒髪の琴葉ちゃんに向けて一気に送信した。
「あの茅野友梨ちゃんの、背中に密着してくる圧倒的な質量と、恥じらい100パーセントの初々しい生体レスポンスッ。あんなの、完全にバグレベルの破壊力じゃないのよぉーッ。あたしのサディスティックな情動ポートが、もう終始キュンキュン鳴りっぱなしだったんだからッ」
あたしが熱弁を振るうと、サブリナが小悪魔的な笑みを浮かべて身を乗り出してくる。
「でしょ~? 年下で無防備な可愛いインターフェースを自分好みにエスコートして、完全にハッキングしちゃう快感。舞桜もついに、こちら側の深い沼のアーキテクチャに目覚めちゃったってわけね~」
サブリナがニヨニヨと同意のパケットを返してくる。
一方で、琴葉ちゃんは上品にラテのカップを傾けながら、どこか遠い目をしていた。
「……私は、ノーコメントでお願いします」
彼女は、自分の彼氏であるボッチの姪っ子――つまり、将来的に自分の「姪」になる可能性が極めて高い友梨ちゃんに対して、不純なアクセスを試みるわけにはいかないのだ。
防大仕込みの強固なファイアウォールで、必死に百合のトラフィックを遮断している様子が最高に微笑ましい。
そこで、カフェのドアベルを鳴らして、ボッチこと茅野万桜のヤローが入ってくる。
「おいおい、名前が友梨だからって、百合に引き込まないでくれよ?」
あたしたちの不穏なネットワーク通信を察知したのか、ボッチが呆れたように釘を刺してくる。
あたしは、オリーブグリーンのジャケットのポケットに手を入れたまま、ボッチの顔面ディスプレイを真っ直ぐに射抜いた。
「お嬢さんをくださいッ」
純度100パーセントの直球クエリ。
「やらんッ。てか兄貴に言えよ。せめて……」
ボッチは、赤い経済マフィアである兄の顔を思い浮かべたのか、呆れを苦笑に捨てた。
「ちぇー。わかったよぉー」
あたしは、ライトプラムの唇を尖らせて、大げさに不満のパケットを送信してやった。
バカなやり取りはここまでだ。
あたしたちは、カフェの洗練された空間からログアウトし、エレベーターのボタンを押して戦場であるラボへとログインした。
★ ◆ ★ ◆ ★
ラボの無機質な空間に、魔王2のモニターが青白い光を投射する。
「ピストンで断熱圧縮する時に、回転を加えて空気を撹拌すればどうなる?」
あたし、黒木舞桜は、画面に三次元の流体シミュレーション図をデプロイしながら、サファイアブルーの瞳を激しく明滅させた。
モニター上では、シリンダー内部の空気が螺旋状の旋回流を描きながら高圧で圧縮されていく。
【気体の局所的な熱滞留がパージされ、壁面への熱伝達効率が爆発的に上昇します】
魔王2が、冷却効果と加熱レスポンスの向上を示すグラフをシームレスに表示した。
「なるほどね。単にピストンを押し込むだけだと中心部ばかりが高温になるバグが起きるけど、強烈なスワールで撹拌すれば、断熱圧縮の熱パケットが一瞬で均一化されて塩タンクへ転送されるわけだ」
あたしは、顎を上げて不敵な笑みを浮かべ、サファイアブルーのショートボブを揺らしながらロジックを展開する。
「熱交換のロスを極限まで全消しできれば、塩タンクの温度は余裕で500度を超えるわ。500度あれば、高圧の蒸気タービンを余裕でブン回して爆発的な発電トルクを生み出せるのよッ」
「500度でタービン回すだけでも化け物クラスだが……もし撹拌速度とピストントルクを最適化して700度オーバーまでブーストできたらどうなると思う?」
ボッチこと茅野万桜が、赤い髪をガリガリと掻き揚げ、ゼネコンの顔つきで身を乗り出してきた。
「700度……それだけの高温高圧熱源が塩タンクに常時スタックできれば、単なる発電や給湯の枠を完全に飛び越えるぞ。製鉄やガラス製造、化学プラントでの熱処理といった、巨大な工業利用の分野まで化石燃料を完全パージしてリプレイスできるッ」
あたしが腕を組んで頷くと、今度は防大4回生の倉田琴葉ちゃんが、凛とした姿勢で背筋を伸ばし、知性あふれる瞳を輝かせて一歩前に出た。
「ええ。それに、軍事拠点や地下シェルターでの超高効率な自己完結型エネルギー基盤としても、圧倒的なスペックを誇りますね」
琴葉ちゃんは手元のタブレットにすっと視線を落とし、流れるような手つきで画面をスワイプしながら続ける。
「ピストンと塩タンクという、稼働部品が極めて少なくメンテナンス性の高い構造でそれだけの高熱を保持できれば、補給線の途絶えた孤立地域でも永久に工業水準の生産ラインを維持できます」
「すご~い。電気をそのまま熱にする電熱器と違って、空気の運動エネルギーを塩に保存するだけだから、エネルギーの変換効率が段違いだもんね~」
サブリナこと福元莉那が、テラコッタオレンジのニットの袖を揺らし、首をちょこんと傾けて小悪魔的に微笑む。
「ピストンの撹拌構造と塩タンクの物理ハック……これ、世界中のエネルギー業界の仕様を丸ごと上書き保存しちゃう超絶アーキテクチャじゃん」
「色々と突拍子もない大発明を思いつくプロトコルだなー、おい。一体その画期的なアイデアの源泉はどこから湧いて出てくるんだよ?」
呆れ顔のボッチが、深く腕を組み直してクエリを投げてきた。
あたしは、サファイアブルーのショートボブをさっと揺らし、フッとドヤ顔を明滅させて胸を張ったわ。
「藤枝が寄越したエロクッコロ同人誌で、女騎士(琴葉ちゃん似)がドリルバイブされてたのを思い出したのよッ」
「………………は?」
ボッチが口をぽかんと開け、一瞬、ラボ内の思考トラフィックが完全な絶対零度へと凍りついた。
琴葉ちゃんの手がぴたりと止まり、その綺麗な顔面ディスプレイから、すべての表情という名のテクスチャがぬうっと消え去っていく。
「……藤枝誠……ならびに藤枝海将(藤枝の叔父)……」
琴葉ちゃんがゆっくりと首を傾げると、その背後から、空間の物理法則を歪めるレベルのドス黒い殺気という名の高出力パケットがオーバーフローし始めた。
「私に酷似した3Dアバターを不当に使用し、さらに穿孔という名の非人道的な拷問シミュレーションを実行したログが存在するのですね……。防大ならびに自衛隊の規律維持のため、直ちに物理的な『除染および関節最適化プロトコル』をデプロイしに行ってまいります」
言葉の終わりに、琴葉ちゃんはふっと口角だけを吊り上げて微笑んだ。静かな声と笑顔。それが一番怖いのよッ。
「藤枝の野郎……ッ! よりによって最高幹部候補の琴葉先輩をモデルにしてそんな爆弾持ち込んでたのかよッ! あいつ、明日には自衛隊のデータベースから『存在しなかった人物』として抹消されてるぞッ」
ボッチが、両手で自分の頭を抱えて顔面を真っ青にしながら絶叫する。
「あはは~、回転するドリルから『断熱圧縮の旋回流』を想起する舞桜の脳内CPUも相当バグってるけど、命を張ってネタを提供した藤枝くんにアーメンだね~」
サブリナが、ひらひらと手を振りながら両手を合わせ、南無阿弥陀仏の合掌ポーズを決めていた。
「まあ、風車が増えるかも知れないわねー」
あたしは、みんなのドン引きと琴葉ちゃんの殺気あふれるエラーログを華麗にスルーし、ぽんと手を打ち鳴らして新たなロジックを提示する。
「ねえッ。スチームでカップの容器洗うってどうよ。デバッグサロンは電熱だけど、これなら、電気代ってせいぜいエアコンプレッサーじゃんッ」
あたしは口元に不敵な笑みを浮かべ、両手を腰に当てて、コンビニのゴミ箱が抱える致命的な社会のバグを叩き潰す構想を展開した。
「コンビニのゴミ箱のカオス。原因は利用者の傲慢と怠慢だわッ。飲み残しの氷やスープが入ったままプラカップを投げ込むから、ハエは沸くわ悪臭は放つわで、街のインフラとして完全にクラッシュしてるでしょ」
「ああ……確かに、ゴミ箱の周りがドロドロになってるの、見かけるだけで不快なノイズだよね~」
サブリナがうげっと眉をひそめ、鼻先を指でつまみながら同意のパケットを送信する。
「だから、ゴミ箱の前にスタッフを配置する。この断熱圧縮で作った超高速高圧スチーム噴射ノズルを組み込んだ食洗機を置くの。食洗機にカップがたまったら、パルススチームが一瞬で容器の内部を滅菌洗浄して、熱風で乾燥まで完了させる」
あたしがシュッと手に持ったペンを振り下ろすジェスチャーをしてみせると、ボッチが深く頷きながら顎を擦った。
「なるほどな。綺麗に洗浄・乾燥されたプラや紙カップなら、臭いも出ねえし、容積を圧縮して効率よくスタックできる。だが、最終的な分別の問題はどうするんだ? 大衆に分別を期待するのは、バグのあるコードを祈りで直そうとするようなもんだぞ」
ボッチが、人差し指を立てて冷徹な指摘を繰り出してくる。
「だからよッ! そこで『自然知能(リタイアした人たち)』の出番なのよッ!」
あたしは、サファイアブルーの瞳を誇らしげにバーニングさせ、バッと両手を大きく広げてみせた。
「食洗機から出して、分別するのもスタッフがやるのよッ」
「自然知能……要するに、人間の目と手による超高精度な手作業での分別作業ですね」
背後の黒いオーラをすっと消し去り、殺気を抑え込んだ琴葉ちゃんが、知的な表情を取り戻して分析する。
「ええ。人工知能やロボットアームだとプラスチックの細かい素材の違いや汚れの付着具合を判定するのに高価なセンサーが必要だけど、熟練した人間の『自然知能』なら一瞬で完璧に選別できる。スチーム洗浄済みだから汚れも悪臭もなく、快適で安全な作業環境が担保されるわ」
あたしが鼻を鳴らして胸を張ると、サブリナがぱっと表情を明るくさせた。
「すっご~い。リタイアした人たちにとっては、無理のない範囲で地域社会と繋がりながらお小遣いを稼げる『健康的な雇用インフラ』になるじゃん~」
サブリナが、両手を胸の前でポンと叩いて感嘆の声を上げた。
「企業側にとっても、高価な人工知能ソリューションを導入するより安価で、なおかつリサイクル率100パーセントという完璧なCSRアピールができる。社会のゴミ問題を、物理ハックと人間の知恵で同時にコンパイルする素晴らしいシステムだぜ」
ボッチも、ポケットから片手を外して拳を握り、ゼネコンの顔つきで大きく頷いた。
「当然の帰結よッ! 傲慢な大衆が散らかしたゴミを、あたしたちの技術と『自然知能』の温もりで完璧なリソースへと書き換えてやるのよッ!」
白いラボの空間で、あたしたちは顔を見合わせて不敵にニヤリと笑い合った。メインノードは、エロ同人誌のドリルバイブから始まった突飛なひらめきを、世界を救う循環型社会の完璧なアーキテクチャへと昇華させ、ぐうの音も出ないほどの完全な同期処理を完了させたのだった。
後書き
どうだったかしら? あたしの完璧な熱力学ハックと、循環型社会のブループリントは。
それにしても、琴葉ちゃんのあの絶対零度の殺気……。藤枝のヤロー、今頃自衛隊のデータベースから物理フォーマットされてなきゃいいけど。まあ、自業自得のバグよね。
高価な人工知能に頼り切るんじゃなくて、リタイアしたシニアたちの『自然知能』を最高効率でシステムに組み込む。これこそが、真の意味でのスマートな社会実装ってやつよ。
あんたたちも、その辺のゴミ箱をカオスにするような怠慢なエラーを吐き出してたら、あたしが超高圧スチームで洗浄してやるから覚悟しなさいッ。




