女王さまと高尾山
前書き
あたし、黒木舞桜よ。
今回のプロトコルは、秋の涼風が吹く高尾山でのトレッキング・ログのエクスポートね。
本来なら、あたしの完璧なインドア・アーキテクチャを満喫するはずの週末だったんだけど、どういうわけかアウトドアなタスクにルーティングされちゃったのよ。
まあ、たまには大自然という名のオープンソース環境で、我が儘ボディの最適化を図るのも悪くないわ。
それじゃ、紅葉より美しいあたしたちの勇姿を、その目にしっかりと焼き付けなさいな。
2020年10月下旬。
あたし、黒木舞桜は、ボッチこと茅野万桜からの要望で、高尾山の山頂へトレッキングに来ていた。
なんでも、彼の姪っ子である友梨ちゃんが、最近トレッキングにハマっているらしい。
21歳のボッチの姪っ子と言えば、普通ならせいぜい小学生くらいを想像するだろう。だが、友梨ちゃんは17歳の現役高校生だ。ボッチの異母兄がウチの両親たちと同世代なのだから、当然の帰結としてそうなる。
西の空には黄金色の夕陽が沈みかけ、美しい富士山のシルエットと、オレンジ色に染まり始めた眼下の街並みが広がっている。
山頂を示す『高尾山山頂』の木製の標柱や、赤いおみくじ箱の隣。あたしは木製の柵に寄りかかり、秋の涼しい風に青みがかった艶やかな黒髪のショートボブを揺らしていた。
今日のアライメントは、黒のタイトなクロップド丈のトップスで大胆にウエストを晒し、その上にカーキがかったダークグレーのメッシュジャケットを羽織っている。
ボトムスはダメージ加工が施されたデニムのショートパンツに、透け感のある黒のメッシュレギンス。足元は無骨なブラウンのトレッキングブーツという、山頂のモブたちを圧倒するスタイリッシュで攻撃的な仕様だ。
隣に立つのは、防大の倉田琴葉ちゃんだ。
艶やかな黒髪をポニーテールにまとめ、デコルテを美しく見せる黒のオフショルダーニットを纏っている。
胸元には繊細な黒レースがあしらわれ、リボンベルトが付いた黒のカーゴパンツに、グレーのスポーティなスニーカーを合わせた、ストイックかつエレガントな装いだ。
右手にシルバーのステンレスボトルを持ちながら、涼しげな表情で遠くの景色をスキャンしていた。
「いますね」
琴葉ちゃんが、静かに唇を動かしてあたしに伝える。
「そうね」
視線の先、高尾山の4号路を示す標識が立つ杉並木の登山道を、こちらへ向かって歩いてくるパーティーの姿があった。
木漏れ日が差し込む林道の中央を、元気いっぱいに先頭で歩いてくるのが友梨ちゃんだ。
燃えるような赤髪のロングヘアを風になびかせ、眩しい笑顔を明滅させている。
シンプルな白の半袖Tシャツに、カーキのショートパンツというラフなスタイルだが、そのTシャツの胸元は、170センチはある高身長と規格外の大きなオッパイによって、パツンパツンに引き伸ばされていた。
大手ゼネコン、茅野建設の社長令嬢にしてこの我が儘ボディ。悪い虫がつくのも無理はない。
その背後を歩くのは、プラチナブロンドの髪を揺らす白井勇希だ。
グレーの半袖Tシャツにダークグリーンのカーゴパンツというアライメントだが、少しばかり顔面に疲労のエラーログを貼り付け、無表情で歩を進めている。
さらにその後ろには、ブラウンの髪を揺らす下僕、斧乃木拓矢が、グレーのタンクトップから逞しい筋肉を覗かせ、オレンジ色のショートパンツ姿で無駄に元気なログを出力しながら駆け上がってきていた。
そして、登山道の傍ら。太い杉の木の幹に寄りかかり、余裕の笑みを浮かべて一行を待っていたのは、サブリナこと福元莉那だ。
鮮やかな赤茶色のミディアムヘア。胸元の谷間を強調する大きく開いた赤紫色のタイトなトップスに、膝下丈のライトブルーのクロップドデニムを合わせている。
足元には赤いトレッキングシューズを履きこなし、蠱惑的な脚のラインをひけらかしながら、小悪魔的な笑みを浮かべていた。
「だって170センチはあるじゃん。オッパイ大きいしさ~」
あたしは、木柵から身を乗り出して独自の推論をデプロイする。
「そこは関係ないかと」
琴葉ちゃんが、あたしの立てた仮説を冷徹なロジックで即座に否定するのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「やあ、お嬢さま方ッ。アボカドスムージーはいかがでしょうッ」
ボッチのヤローが、甘い音声ログを出力して声をかけているのは、当然ながら、あたしたちにじゃない。
お嬢さま。そう、友梨ちゃんの取り巻きである、ファン向けのパケットだ。
高尾山山頂の木柵の前に立つボッチのアライメントは、山を舐め腐っているとしか思えないリゾート仕様だった。
燃えるような赤い短髪を風に揺らし、オリーブグリーンのボタニカル柄シャツの上に、仕立ての良いベージュのテーラードジャケットを羽織っている。
ボトムスは純白のセンタープレススラックスで、ブラウンのレザーベルトがきっちりとウエストをマークし、左腕には鈍く光る高級クロノグラフ。
片手をスラックスのポケットに突っ込み、もう片方の手でストローの刺さった鮮やかなグリーンのアボカドスムージーのグラスを優雅に掲げている。
背景に広がる富士山のシルエットと、ビル群のパノラマさえも、ゼネコン御曹司の圧倒的なテクスチャを引き立てる背景素材に過ぎない。
あたし、黒木舞桜は、果樹園の娘で、整体院の娘だ。令嬢じゃあないが、170センチを超える高身長とクールなアライメントであるがために、昔からファンはいた。てか、現在進行系である。
ボッチのヤローの実家は、大手ゼネコン。尚且つ赤い銀行頭取だってバックについている。
姪っ子である友梨ちゃんに悪い虫がチラつけば、即座に大人の排除プロトコルが作動する。
世の中、そんなにお綺麗じゃあないのだ。怖いオジサンの仕事は無くなっていない。コンプライアンスという名目で手続きが面倒になっただけだ。
うん? 待て。ボッチの狙いって……
「このおねえさんのマイブームは、トレッキングなんだって。じゃあ、友梨とおねえさんとトレッキングしようぜ。コソコソしてないで、アボカドスムージー飲もうぜ」
タゲ変じゃねえかッ!!
良家の子女たちの面倒なトラフィックを、フワフワと往なしたいのは、わかるッ。わかりたくねえけどッ。
それをあたしに擦りつけるなッ。
ボッチの誘導パケットを受信した女子高生たちが、一斉にあたしへと視線という名のセンサーを向けてくる。
「えっ……あのおねえさん、すごくカッコいい……ッ」
「背が高くて、スタイル抜群……モデルさんみたいッ!」
「友梨さま、あんな素敵な方とお知り合いなんですかッ!?」
あたしのタイトなへそ出しトップスと、ダメージデニム越しのメッシュレギンスという攻撃的なアライメントに、女子高生たちの情動メーターが一気にレッドゾーンへ振り切れる。
瞳に星を輝かせ、頬を紅潮させてあたしを取り囲む少女たちの熱量。完全にメインサーバーへのDDoS攻撃じゃないのよぉーッ。
「まあまあ、舞桜さん。あたしも付き合いますから」
琴葉ちゃんが、凛とした声でなだめのパッチを当ててくる。
「僕はパス」
「あたしは気が向いたらね~」
勇希が即座にパス。パスってなんだッ。サブリナがスルー。それ絶対、向かないヤツじゃねえかッ。
しかし、あたしたちメインノードのやり取りそのものが、女子高生たちの新たなトリガーとなってしまった。
「ちょっと待って、あっちのおねえさんも凄く綺麗……ッ! 黒髪ポニーテールで、凛としててクール……ッ」
「こっちの赤い髪のおねえさんは、セクシーすぎてヤバいッ! 大人のフェロモン出まくりだよぉッ」
「てか、あの金髪の男の人ッ!? ハーフ!? お人形さんみたいに整ってるんだけどぉぉーッ!」
琴葉ちゃんのエレガントでストイックな美しさ、サブリナの蠱惑的な色気、そして勇希のプラチナブロンドが放つ圧倒的な美少年オーラ。
メインノード全員の規格外のテクスチャを目の当たりにした女子高生たちは、黄色い悲鳴という名のエラーログを大音量で吐き出し、完全にパニック状態へと陥っていた。
秋の高尾山山頂は、あたしたちの存在によって、静かなトレッキングコースから熱狂的なアイドルのファンミーティング会場へと、強制的にシステムを書き換えられてしまったのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「秋の高尾山の真価は、山頂のパノラマだけではありませんよ、舞桜さん」
倉田琴葉ちゃんが、凛とした姿勢でステンレスボトルを片手に、知的なロジックを展開し始める。
「下山のルートにも、極上のテクスチャが隠されています。たとえば中腹のケーブルカー駅周辺では、黒豆の餡がぎっしり詰まった天狗の形をした焼き菓子が楽しめます」
琴葉ちゃんは、涼しげな瞳を細めて微笑んだ。
「さらに、1号路の杉並木を少し下った先にある、見晴らしの良い崖沿いのお茶屋さん。あそこで秋の涼風を感じながら、熱々のキノコ汁や、炭火で香ばしく焼かれた胡麻の団子をいただくのも、この季節ならではの完璧なアライメントですね」
あたしは、艶やかな黒髪のショートボブを揺らして、適当なログを出力する。
へー。そうなんだ。へー。
「そもそも高尾山ってのはな、単なるハイキングコースじゃねえんだぜ」
長身の斧乃木拓矢が、グレーのタンクトップから分厚い胸板を張り出し、得意げに歴史のロジックをコンパイルし始めた。
「今から1200年以上も昔の天平時代に、『役行者』っていう修験道の開祖が開山した霊山なんだ。山にいる天狗の伝説も、厳しい修行をした山伏たちの姿が神格化されたものだったり、本尊の眷属としての姿がバグみたいに伝承された結果なのさ」
あたしは、少しだけ感心のパケットを送信する。
流石、歴史好き。
「拓矢・ウェンリーと呼べ」
いや、おまえみたいな脳筋ゴリラと、あの不敗の魔術師をマージさせるのは、なんか違うと思う。
あたしのジト目をスルーして、拓矢はさらに饒舌なログを出力し続ける。
「それに戦国時代には、八王子城を拠点にしていた北条氏が、この高尾山を軍事的な防衛ラインとして重要視していたんだ。彼らが竹や木の伐採を厳しく禁じる制札をデプロイしたおかげで、この豊かな自然環境が現代まで奇跡的に保護されてきたってわけだぜ」
ふぅーん。そうなんだ。へー。
あたしが再びスリープモード寄りの適当な相槌を打っていると、背後から凄まじい熱量のトラフィックが押し寄せてきた。
「ええーッ、すごいッ! あのマッチョなお兄さん、めっちゃ頭いいッ」
「あんなに筋肉ムキムキでワイルドなのに、歴史に詳しいとか、ギャップ萌えで脳がバグりそうなんだけどぉーッ」
「キャーッ! お兄さん、こっち見てぇーッ」
先ほどまで琴葉ちゃんたちに見惚れていた女子高生たちが、今度は拓矢の知的な一面と肉体美のアンバランスさに完全にロックオンされていた。
黄色い歓声という名の過剰なパケットが、一斉に拓矢へと降り注ぐ。
「斧乃木ぃ、手ぇ出すなよ」
ボッチこと茅野万桜のヤローが、アボカドスムージーを片手に、からかいのパケットを送信する。
すると拓矢は、群がる女子高生たちに向かって、右手を真っ直ぐに突き出して停止のシグナルを発行した。
「お兄さんは、サブリナ太夫一筋ですッ。ごめんなさいッ」
サブリナこと福元莉那という絶対的なメインフレームへ向けて、微塵の迷いもなく忠誠のログを吐き出し、見事に居直る拓矢であった。
★ ◆ ★ ◆ ★
下山後、ボッチこと茅野万桜のヤローは、麓にある老舗の蕎麦屋を貸し切り状態にして、あたしたちに極上のとろろ蕎麦を振る舞った。
「高尾山口駅の周辺は、ただの登山口じゃねえんだぜ」
ボッチが、箸を置きながらゼネコンの顔つきでウンチクをコンパイルする。
「駅舎そのものが、隈研吾のデザインによる杉材を使った美しいアーキテクチャだ。それに、トリックアート美術館や、温泉施設も直結していて、トレッキング後のリカバリからエンタメまで、完璧なルーティングが構築されてるんだよ」
ふーん。まあ、ゼネコンの御曹司らしいスマートなプレゼンね。
そしてあたしたちは、その駅直結の極上スパへとトラフィックを移行させた。
広々とした露天風呂。
立派な松の木と、野趣あふれる巨大な岩組みに囲まれた湯船には、こんこんと源泉掛け流しの湯が注がれている。
遠くには夕暮れの山並みが霞み、立派な木造の東屋が、和の洗練されたテクスチャをデプロイしていた。
あたし、黒木舞桜は、青みがかったショートボブを湯気の中で揺らしながら、肩までしっかりと温かい湯に浸かっている。
隣には、倉田琴葉ちゃんが、艶やかな黒髪を高い位置でポニーテールにまとめ、美しい横顔を見せていた。
当然、野暮なタオルなんて巻いていない。あたしたちの我が儘ボディは、大自然のインターフェースに対して完全にオープンな状態だ。
「温泉でタオルを湯船に入れないのは、ただの衛生面のマナーってだけじゃないのよ」
あたしは、お湯を手ですくいながら、独自のロジックを展開する。
「昔の入浴は、蒸し風呂が主流で、火傷を防ぐために『湯帷子』っていう麻の着物を着て入っていたの。それが江戸時代になって裸で湯に浸かるスタイルにアップデートされたんだけど、湯帷子の名残として、手ぬぐいを頭に乗せたり、湯上がり用に使ったりするようになったのよ」
「なるほど。繊維のホコリで湯船のネットワークを汚染しないためのフェイルセーフであると同時に、歴史的なアーキテクチャの変遷でもあるわけですね」
琴葉ちゃんが、木製の湯桶を手にしながら、知的なログを出力する。
「てか、他所の温泉も悪くないわね~。トレッキング。付き合ってあげてもいいわよ」
あたしが不敵な笑みを明滅させて宣言すると、琴葉ちゃんが少しだけ目を丸くした。
「でも、高尾山があるのは東京都の八王子市よ? あたしたちのベースキャンプである神奈川県の横須賀からだと、結構な距離のトラフィックになるんじゃない」
あたしは、お湯からスッと腕を出して、仮想のマップをスワイプする仕草をする。
「神奈川と東京の境目なんて、圏央道っていう最強のルーティングを使えばマッハでスキップできるのよ。湘南や海老名を抜けて、相模原から八王子ジャンクションへダイレクトに接続する。渋滞のエラーさえ回避できれば、あっという間にこの高尾エリアにアクセスできるスマートな兵站が確立されてるの」
★ ◆ ★ ◆ ★
翌週末。あたしたちは再び高尾山を訪れた。
熱狂する女子高校生たちを引率するという、面倒なタスクを処理するためだ。
サブリナこと福元莉那と、白井勇希の姿は当然ながらない。彼らは早々にスリープモードへ移行して逃亡したのだ。
しかし、あたしの愛車であるパープルヘイズなクーペの圧倒的な機動力をもってすれば、横須賀からこの高尾山麓までは、すぐだった。
秋晴れの青空の下、石畳の登山道が続いている。
背後には立派な神社の鳥居と石段がそびえ、眼下にはミニチュアのように広がる都市のパノラマがレンダリングされていた。
あたしは、黒のシースルー素材が組み込まれたスポーティなジップアップジャケットのフロントを開け、タイトな黒のインナーでウエストをチラ見せしている。
ボトムスは大胆にカットオフされたダメージデニムのショートパンツ。そこから伸びる長い脚には、無骨なブラウンのトレッキングブーツを合わせて、完璧な機能美をデプロイしていた。
隣を歩く琴葉ちゃんは、胸元に黒レースをあしらったインナーの上に、柔らかなブラウンのカーディガンを羽織っている。
ライトブルーのデニムスカートの裾からは、健康的な素足が眩しく光り、右手にはトレッキングポール、左手にはミネラルウォーターのボトルを握りしめていた。
「それにしても、あの娘たちの情動エネルギーは凄まじいですね」
琴葉ちゃんが、背後でキャーキャーと騒ぎながら登ってくる女子高校生たちを振り返り、苦笑いのパケットを送信する。
「当然の帰結よ。あたしたちという最強のメインノードが先導しているんだから、彼女たちの処理能力が追いつかなくて熱暴走を起こすのは目に見えてるわ」
あたしは、艶やかなショートボブを揺らし、不敵な笑みを明滅させて秋の山道を突き進んでいった。
後書き
さて、ここからはメタなデバッグ・レポートよ。
今回のアップデートなんだけど、とんでもない致命的なバグが発生したの。画像生成エンジンが、どういうわけかボッチを『女子』としてレンダリングしやがったのよッ!
赤い髪のゼネコン御曹司が、いきなり豊満なテクスチャを纏って出力されるなんて、システムクラッシュもいいところじゃない。
だから急遽、設定上の姪っ子である友梨ちゃんをキャッシュから引っ張り出してきて、女子の正体は彼女だったというロジックでパッチを当てたってわけ。
ついでに、高尾山の観光案内インフラをテスト稼働させてみたんだけど、悪くないルーティングだったでしょ?
あ、それと。山頂のシーンで、ボッチのヤローがリゾート仕様で『アボカドスムージー』なんてふざけたアイテムを掲げていたわよね。あれ、過去の画像生成プロンプトに紛れ込んでいたシード値の名残が、そのまま出力に干渉しちゃったメタな残骸なのよ。
本当に、システムってのは油断も隙もないわ。でも、そんな予測不能なエラーも、あたしたちメインノードの知性にかかれば、極上のエンターテインメントにコンパイルして見せるわよ。




