女王さまのベーコンエッグ
前書き
金曜日の夜って言えば、リアルタイムで感情の波形を同期させる至高のアーキテクチャが存在するのよ。
なのに、ちょっとしたバグのせいで視聴トラフィックを逃すなんて、魔王たるあたし一生の不覚だわ。
でも、転んでもただじゃ起きないのがあたしたちメインノードの仕様よ。
哀愁のテクスチャをデプロイしたあとは、胃袋のストレージを限界まで満たしてやるんだからッ。
それじゃ、銀座のストリートから始まる、あたしたちの華麗なるリカバリプロセスを爆速でコンパイルしなさいなッ。
2020年10月中旬。銀座。
あたし、黒木舞桜のただならぬ異変に、ボッチこと茅野万桜は真っ先に気づいていた。
どんよりとした曇り空が、銀座の豪奢なストリートに重苦しい影を落としている。
立ち並ぶハイブランドのブティックや、クラシカルな石造りのビル群。
その華やかな景色の中央で、あたしは周囲の喧騒から完全に切り離されたように、ただ一人佇んでいた。
漆黒のタイトなテーラードスーツに身を包み、首元には透け感のあるダークカラーのスカーフを巻いている。
両手には黒のレザーグローブ。完璧に隙のないアライメントだ。
しかし、風に揺れる青みがかったショートボブの下で、あたしは虚空を見上げるように微かに眉をひそめていた。
戦いに敗れ、すべてを失った戦士のような、深い哀愁と疲弊のテクスチャ。
そんなあたしのただならぬ雰囲気に、ボッチは完全に顔面を蒼白にしていた。
「おい、大丈夫かよ……。なんかとんでもねえ絶望を抱え込んでる顔してんぞ。国家の危機か? それともシステムが完全にクラッシュしたのか?」
ボッチが、ゼネコンの御曹司らしからぬ狼狽したパケットを送信してくる。
「おまえ、騙されてるぜ茅野」
斧乃木拓矢が、長い脚を休めながら呆れたパケットを叩きつけてくる。
「同感だね。今日は金曜日。確か『動くお城』がやってるはずだ」
プラチナブロンドの髪を揺らし、白井勇希までが冷静に同調する。
「誕生日にジブリ作品のブルーレイを全巻プレゼントしたのに、『あたしアニメオタクじゃねえしッ』って怒られたよッ」
勇希が、理不尽なエラーログを吐き出しながら肩をすくめた。
そうよ。円盤を持っていればいいって問題じゃないのよ。
金曜日の夜9時に、日本中のノードと同時にテレビの前で感情の波形を同期させる。そのリアルタイムのお祭り騒ぎこそが至高のアーキテクチャなのに。
やがて、銀座の街に冷たい雨が降り始めた。
夜の帳が下り、濡れた石畳にネオンサインや街灯の光が鈍く反射している。
行き交う人々が傘を広げる中、あたしは雨を避けることもせず、ただ俯き加減でストリートを歩き続けた。
ジャケットの胸元を大胆に開け、黒のシースルーレースのビスチェを覗かせた夜の仕様。
雨粒が黒髪を濡らし、あたしの顔面ディスプレイには、底知れぬ喪失感とメランコリーがレンダリングされている。
「あたしのハウルが」
濡れた唇から、そんな悲痛な音声ログがこぼれ落ちた。
リアルタイムの視聴トラフィックを完全に逃した絶望。
「……いや、待てよッ」
ボッチが、雨の中で顔を真っ赤にして、斜め上のロジックをバグらせながら叫んだ。
「ハウル見れりゃいいんだろッ。大将の店で見れりゃいいんだろッ?」
あたしは、雨の冷たさも忘れて、赤い銀行のバカ息子に氷点下のジト目を貼り付けた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「僕も拓矢も、ハウル観たことないんだよねーッ」
白井勇希のヤローが、プラチナブロンドの髪を揺らしながらあたしにジト目を貼り付けてくる。
下僕である斧乃木拓矢のヤローまでもが、忌々しそうに抗議のパケットを叩きつけてきた。
「序盤のベーコンエッグで、舞桜にキッチンへ引っ張られてたからなッ」
な、なによぉ。あの時は2人とも、美味しいって言いながらバクバク食べてたじゃんかッ。
あたし、黒木舞桜は、画面越しの暴力的なシズル感に脳内メモリをジャックされ、深夜のキッチンでジブリ飯の完全再現プロセスを試みていたのだ。
そういえば、お歳暮の伊勢海老を、空賊のドーラが貪るロブスターに見立ててガブついた時もあったわね。
あの時の、拓矢のママである斧乃木清子さんのブチギレっぷりったらなかったわッ。
まあ、正月用の規格外な高級食材を勝手にハックしたんだから、怒られるのも当然の帰結なんだけどさ。
「オフクロがキレてたのは、食材の値段じゃなくて、おまえの雑な喰いっぷりだよッ」
拓矢がジト目を貼り付けて、母親の防衛ロジックを擁護する。
「それに、深夜にベーコンエッグを8枚? 完全に尿酸値が限界突破する痛風案件だよッ。舞桜ッ!?」
勇希のヤローまで、医学的な正論のステータス異常であたしを責め立ててくる。なんなのよッ、この一斉攻撃のトラフィックは。泣くぞ。コラッ。
「目に浮かぶわ。それ……」
ボッチこと茅野万桜が、呆れ顔で乾いた笑みを明滅させてエラーログを流した。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ジブリ作品が金曜ロードショーで放映される時って、なぜかウチらの両親たちって、宴会するんだよねー。漁協に集まってさ」
白井勇希が当時を懐かしむ。
まあ、ジブリ作品はあたしたちにとっての条件反射なのだ。
1回も最後まで観れたことないけど。
やがて、あたしたちが到着したのは、以前にお邪魔した白眼の大将のお店だ。
温かみのある木張りのカウンターに、格子の障子から漏れる柔らかな光が差し込んでいる。
整然と並ぶ日本酒の瓶や陶器を静かに照らし出す、純和風の洗練された空間だ。
カウンターの奥に立つのは、紺色を基調とした青海波模様の渋い作務衣に身を包み、同じ柄の頭巻きをきりりと締めた大将だ。
筋骨隆々とした太い腕を動かし、分厚い鮭の切り身を乗せた握り寿司に、真剣な眼差しで丁寧にワサビを添えている。
ただ、一つだけ以前と違うバグがあった。
「大将? 白眼は……」
あたし、黒木舞桜は、二回目の邂逅に開口一番そう言った。
「カラコンですッ」
大将のまさかのレスポンスに、あたしたちメインノードは一斉にフリーズした。
「いや、なんで寿司屋のオヤジが白眼のカラコンなんてデプロイしてんのよッ」
あたしが即座にツッコミのパッチを当てる。
「客商売として、インターフェースの設定が完全にバグってるぜ」
斧乃木拓矢が、呆れたように音声ログを出力する。
「なんや万桜。遅いやんかッ」
そう言ったのは、ボッチこと茅野万桜の親代わりである土御門晴景さんだ。
うわあ、ファッサーってなってるー。効くんだね。あれ。
あたしはゲーハーハックに懐疑的だったが、赤いヅラである晴景さんの頭部は、ファッサーってなっている。
「頭髪と髭の運命を分けるのは、テストステロンという男性ホルモンから作られるジヒドロテストステロン、DHTの存在なんだ」
勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らしながら医学的な分析パッチを当て始める。
「DHTが前頭部や頭頂部に作用すると、毛の成長サイクルを短くしてしまい、毛が細くなって抜け落ちるよう指示を出す。だけど逆に、髭や体毛にとっては、毛を太く、強く、濃く育てるための『肥料』として機能するんだよ」
「なるほどな。同じホルモンが場所によって『枯らすスイッチ』と『育てるスイッチ』を使い分けているってわけか」
拓矢が、兵站の視点から納得のシグナルを発行する。
「その通り。だから、全身の男性ホルモンを維持したまま、頭皮に直接ホルモン阻害剤を塗ったり、特殊な技術で注入したりすることで、頭頂部だけ『ハゲのスイッチ』をオフにする治療法が注目されているんだ。効果のないものを提示しないよッ。失礼な」
勇希が、あたしにジト目を貼り付けてくる。
ボッチは、おもむろにお店のおねえさんに声をかけ、壁掛けテレビを金曜ロードショーにセットしてもらう。
「まあ、こいつが聖母症候群になって、ちょっと歩みが遅れたんだよ。オヤジ、兄貴」
あれ。ボッチの異母兄である赤いゼネコン社長こと茅野淳二さんも、晴景さんも、何回か会ってるわよね。なによ、その視線。
今日のあたしは、漆黒のタイトなテーラードスーツに身を包み、首元には透け感のあるダークカラーのスカーフを巻いている。
両手には黒のレザーグローブを装着し、完璧に隙のないアライメントだ。
雨に濡れた青みがかったショートボブを揺らしながら、虚空を見上げるように微かに眉をひそめたその姿。
戦いに敗れ、すべてを失った戦士のような、深い哀愁と疲弊のテクスチャを纏っていたのだ。
「えっと、万桜。そちらは、どなたやねん? まさか、おまえのコレか?」
なんだヅラに戻りてえのか。赤いヅラ。誰がボッチの小指よ。
「えっ、舞桜ちゃんかいなッ」
「なんやッ。失恋かッ。ええ男やったら、ウチの万桜とかどうやッ」
食い気味なオッサンズがウザ絡み。
「夏毛ですッ。舞桜は僕のッ。あげません」
勇希が防衛プロトコルを発動して、あたしを自身に引き寄せる。まあ夏毛だけどさ。
「今日は、おもろい話を聞かせてくれるんやろ?」
からかうのをやめて、赤いゼネコン社長が、食い気味に身を乗り出した。
今日の本題は、例のガスを使わない高出力温冷熱源発生装置についてだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
「蔵之介から聞いてるで。なんや、自分ら、エネルギー安全保障をブレイクさせたんやろ」
赤いゼネコン社長こと、赤い経済マフィアの茅野淳二さんが、興奮気味に笑っている。
蔵之介?
「佐々陸将のことだ」
長身の斧乃木拓矢が、あたしに耳打ちしてフォローのパケットを送信してくる。
「セラミック製の板で箱を組み上げる。その中に塩を詰める。隣接させてピストンを配置。空気を断熱圧縮させてセラミック製の箱と塩に熱交換。箱は岩盤に熱交換。これだけで岩盤はガスコンロの代わりになるわ。熱交換が済めば、今度はタンクの水に冷熱源を捨てればいい。人類社会が欲しいのは、温冷熱源であってエネルギーじゃない。当然の帰結よね」
あたし、黒木舞桜は、手のひらで仮想のブループリントを展開するような仕草で、ザックリと仕組みを説明する。
その時だった。
あっ、ベーコンエッグ焼いてるー。
壁掛けテレビの画面に映し出された、暴力的なまでのシズル感。
あたしのサファイアブルーの瞳が、画面のベーコンエッグに釘付けになって激しく明滅する。
すると、カラコン大将は苦笑して、無言のまま分厚いベーコンと卵をフライパンで焼き始めた。
ジュウウウという至高のノイズが、寿司屋のカウンターに響き渡る。
寿司屋にベーコン? オツマミとかに使うのかしら。
「賄い用ですよ。お嬢さん」
大将が、渋い声でアンサーを返してくる。
へー。まあ、お刺身は商い物ですものね。
「このシステム、商業施設や飲食店にデプロイできれば、とんでもないインフラ革命になるぞ」
淳二さんが、腕を組んで獰猛な笑みを浮かべた。
「飲食店の厨房なんて、ガス代と冷房代のバグみたいなもんだからな。地下に塩と水の熱バッファーを埋め込めば、ランニングコストは実質ゼロになる」
ボッチこと茅野万桜が、ゼネコンの顔つきになって親指で顎を擦る。
「それに、被災時のシェルターにも最適だぜ」
拓矢が、テーブルの湯呑みを指先でなぞりながら、兵站のロジックをコンパイルする。
「ライフラインが物理的に切断されても、手動のポンピングや風力だけで、何百人もの避難者に温かい食事と冷暖房を提供できる。完全に自己完結した無敵のインフラだ」
「まさに、都市の脆弱性を根本からハックするアーキテクチャやな」
淳二さんが、身を乗り出して満足げに頷いた。
「お待ち遠さま」
大将が、湯気を立てるベーコンエッグの皿をあたしの前にスッと差し出した。
あたしは即座に割り箸を手に取り、半熟の黄身に箸の先端を突き立てる。
とろりと溢れ出す黄金色の熱パケット。それを分厚いベーコンにたっぷりと絡ませ、大きな口を開けてガブリと噛み付いた。
カリッとした塩気のある肉の旨味と、濃厚でまろやかな卵の甘みが、口の中で爆発的なマージを果たす。
「ん~~~ッ! これよ、これッ。細胞の隅々まで行き渡る、最高のアライメントだわッ」
あたしは、熱々のベーコンを咀嚼しながら、至福の表情でエラーログ一つない歓喜のシグナルを発行した。
「これ、山小屋とかにも適用できるやんか」
ファッサーと髪を揺らした赤いメガバンク頭取、土御門晴景さんが、日本酒の猪口を傾けながら宣う。
だが、あたしはベーコンを飲み込み、ジト目を貼り付けて修正パッチを当てた。
「拓かれている領域ならいいけど、獣の領域に侵入するのは、オススメできないわね」
あたしは、お茶で口の中をリセットし、ロジックを展開する。
「熊や鹿、猪。野生動物たちの被害が多い地域って、元は獣たちの領域だったんじゃないの?」
白井勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らして同意する。
「確かにね。昭和の時代、ニュータウン開発で山を切り拓いた時、住処を追われたタヌキたちが、人間に化けて開発を阻止しようと奮闘したなんていう、都市伝説みたいなドキュメンタリー映画もあったくらいだし」
勇希が、絶妙なコンテキストで某狸の映画を引き合いに出した。
「そうよ。妖怪作戦で人間を脅かしたり、最後は宝船で特攻したりしたけど、結局は高度経済成長っていう物理的なブルドーザーに押し潰されて、残されたタヌキは人間のふりをして満員電車に揺られてるのよ」
あたしは、少しだけ声のトーンを落として続ける。
「人間の快適さのために、これ以上彼らのコンテキストスペースを奪うのは、システム全体のバランスを崩す致命的なバグに繋がるわ」
「そうかも知れんな。人間の泥んこ遊びが過ぎたツケかもしれん」
淳二さんが、深く頷きながら、赤い経済マフィアらしからぬ真妙な面持ちで同調した。
★ ◆ ★ ◆ ★
「それに、ガスを使わんってことは、物理的にガス漏れによる爆発事故がゼロになるってことやな」
赤い経済マフィアである淳二さんが、鋭い眼光を光らせてロジックをコンパイルする。
「地下の配管が地震で破断しても、漏れるのはただの空気と水や。火災の二次災害という都市の最大のエラーを、根本からパージできるわけやな」
「ええ、その通りよ」
あたしは不敵な笑みを明滅させて深く頷く。
「はいよッ。お待ち」
カラコン大将が、美しい曲線を描く漆塗りのゲタに、艶やかな本マグロの中トロと、黄金色に輝くウニの軍艦を乗せて差し出してきた。
そうよ。ここは寿司屋なんだから、お寿司を食わないとシステムエラーになっちゃうわ。
あたしは、中トロを指先で優しくつまみ上げ、煮切り醤油が塗られた表面をそのまま口の中へとデプロイした。
舌の温度で上質な脂が瞬時に融解し、濃厚な旨味のパケットが脳内メモリを完全にジャックする。
「ん~~~ッ! ベーコンエッグも最高だったけど、やっぱり職人の手仕事がマージされたお寿司は至高のインターフェースだわッ」
あたしは、サファイアブルーの瞳を限界まで輝かせて歓喜のシグナルを発行した。
「美味そうに食うなあ、お嬢ちゃんは」
晴景さんが、ファッサーとなった髪を撫でながら微笑む。
「ところで、さっきの獣の領域の話やけどな。新しく切り拓くんやなくて、すでに開拓されとる山の上の観光地とかならどうや?」
晴景さんのクエリに、勇希がプラチナブロンドの髪を揺らして思考のベクトルを合わせる。
「なるほど。山頂の展望台やレストハウスの環境ですね」
「ああ。あんな不便な高所に、わざわざプロパンガスのボンベや灯油を積んだトラックが、急勾配の山道を登って運んどるんやろ? アレ、めちゃくちゃ非効率で危険な兵站とちゃうか」
晴景さんの指摘に、拓矢が我が意を得たりと身を乗り出した。
「まさにその通りですッ。山岳地帯への燃料輸送は、天候のリスクも輸送コストも限界突破してる致命的なバグです」
拓矢が、軍事的な兵站の視点から熱弁を振るう。
「でも、この高出力温冷熱源発生装置をデプロイすれば、山頂に吹く強風と、その辺の岩盤、そして少しの塩と水だけで、強力な厨房設備も冷暖房も完結する」
「つまり、下界から化石燃料をピストン輸送するレガシーなトラフィックを、完全に遮断できるってわけだな」
ボッチが、ゼネコンの顔つきで完璧な要約パッチを当てる。
「ええ。燃料切れの恐怖からも解放されて、山の上の観光地が完全なエネルギー的独立国家になるのよ」
あたしは、ウニの軍艦を口に放り込みながら、不敵な笑みを浮かべて結論をレンダリングした。
「自然の景観を守りながら、人間が極上の快適さを享受する。それが、あたしたちのスマートな物理ハックの真骨頂よッ」
★ ◆ ★ ◆ ★
みんなで良い子のお礼のパケットを送信し、オッサンズと別れたあと。
あたし、黒木舞桜は、隣を歩く白井勇希のジャケットの袖をちょこんとつまみ、薄暗い路地裏へと引きずり込んだ。
「どうしたのさ、舞桜」
キョトンと目を丸くする勇希に対し、あたしは雨に濡れた瞳で、憂いを帯びた熱っぽい眼差しを向ける。
銀座の路地裏。遠くのネオンが、あたしのシースルーレースの胸元を妖しく照らし出していた。
「えっと……そう言う気分なの?」
勇希が、プラチナブロンドの髪の奥で瞳を泳がせ、期待と戸惑いが入り混じった甘い音声ログを出力する。
あたしは、コクリと頷くかと見せかけて、背後の暗がりに向かって鋭いクエリを投げた。
「ボッチ。チャーハンッ。ガッツリしたヤツ」
あたしの唐突なオーダーに、路地裏の甘いムードが一瞬で氷点下までクーリングされる。
「はあぁぁッ!?」
極上のスリープモードへ移行しかけていた勇希が、見事な肩透かしを食らって、盛大なエラーログを吐き出した。
「ムードの欠片もねえなッ。この大食い魔王がッ」
背後からついてきていたボッチこと茅野万桜が、呆れ果てたように赤い髪を掻きむしる。
「さっき大将の店で、分厚いベーコンエッグに中トロにウニまで食ってただろッ。まだ胃袋のストレージが空いてんのかよッ」
下僕である斧乃木拓矢が、あたしの規格外の燃費に戦慄のシグナルを発行した。
「兵站のロジックから見ても、おまえの燃費は戦車以下だぜ……」
「なによ。ハウルを見逃した重大なエラーをデバッグするには、ラードたっぷりのチャーハンによる強力な上書き保存が必須なのよッ」
あたしは、不満げに唇を尖らせて強引なロジックを展開する。
「お寿司はあくまで、オッサンズとのミーティング用のタスクでしょ? 脳内メモリをフル稼働させたんだから、糖質と脂質をガッツリ補給しないとシステムが落ちちゃうわ」
「僕の……急上昇した心拍数とアドレナリンの波形データ、どうしてくれるんだよ……」
勇希が、冷たいレンガの壁に手をついて項垂れ、医学的にも説明のつかない絶望のテクスチャを貼り付けていた。
「銀座のど真ん中で、ガッツリした町中華探す気かよ。しょうがねえな、ウチの系列ホテルに入ってる中華ダイニングの個室を押さえてやるよ」
ボッチが、ゼネコンの御曹司というチート権限をため息まじりにデプロイする。
「さっすがボッチッ。話が早いわね。さあ、爆速でルーティングしなさいなッ」
あたしは不敵な笑みを明滅させ、立ち尽くす勇希の背中をバンバンと叩いた。
夜の銀座の路地裏で、あたしたちメインノードは、色気よりも食い気という魔王の絶対的な仕様に、ぐうの音も出ないほどの同期処理を完了させたのだった。
後書き
脳内メモリをフル稼働させたら、糖質と脂質の強力なパッチを当てるのは当然の帰結でしょ?
勇希のヤローは勝手に甘いエラーログを吐き出してフリーズしてたけど、あたしの胃袋の要求スペックはそんなロマンチックなもんじゃ満たされないのよ。
お寿司からのガッツリ町中華。この完璧なルーティングに応えたボッチの権限実行能力だけは、褒めてあげてもいいわね。
さあ、満腹の極上スリープモードへ移行するわよ。次回のアップデートも楽しみに待っていなさいなッ。




