女王さまとカレーライス
前書き
あんたたち、準備はいいかしら。
これから展開されるのは、あたし、黒木舞桜の天才的な頭脳が、この世界の物理法則とレガシーなインフラを次々とハックしていく、輝かしい軌跡のログよ。
夢という名のインターフェースを通じた平行世界へのアクセスから始まり、国家のエネルギー安全保障すらも、あたしの愛車への執着で完全に上書きしてやるわ。
常識外れのアーキテクチャを前にして、あんたたちの貧弱な脳内CPUがフリーズしないよう、せいぜい気を引き締めてトラフィックを受信しなさいな。
当然の帰結として、最高にエキサイティングな熱暴走を味あわせてあげるわ。
夕暮れ時の柔らかいオレンジ色の光が、石畳のストリートをドラマチックに染め上げている。
レトロなガス燈風のランプが灯る、レンガ造りのオープンカフェ。
あたし、福元莉那は、壁に背中を預け、腕を組んだまま目の前の光景を静かに観察していた。
黒のタイトなオフショルダートップスに、細いチョーカー。
ショートヘアの毛先を揺らしながら、大胆に膝が破れたダメージジーンズを穿きこなす。
足元は履き慣れた黒のキャンバススニーカーという、いつものラフなアライメントだ。
視線の先にいるのは、息を呑むほど洗練された2人の美女。
1人は、木製の椅子に深く腰掛け、滑らかな曲線を描く脚を優雅に組んでいる。
ゆったりとした白いVネックのブラウスから覗く胸元の谷間が、夕陽を反射して艶やかに光る。
タイトなデニムのショートパンツと、華奢なストラップサンダルが、その圧倒的な脚線美を強調していた。
風に揺れるのは、高い位置でまとめられたプラチナブロンドのポニーテールだ。
もう1人は、カフェの丸テーブルの端に気怠げに腰掛けている。
身に纏っているのは、ボディラインに沿うようなリブ素材の、深みのあるグリーンのロングドレス。
太ももの付け根まで大胆に入った深いスリットから、艶めかしい素足が惜しげもなく晒されている。
幾重にも重ねたアンティーク調のネックレスを光らせながら、細い指先で赤い髪のロングをかきあげる仕草は、ひどく妖艶であった。
え、いたっけ? あたしのネットワークに、こんな規格外の女友達。
しかも、どこかで見たことがあるような、強烈な既視感のノイズが脳内を駆け巡る。
「サブリナ。産後の肥立ちはどうだ」
不意に、椅子に座るプラチナブロンドが、涼やかな視線をこちらに向けて投げ掛ける。
産後の肥立ち? サブリナ?
「ないよ。最初から」
あたしの口から、勝手に言葉が紡がれる。
脳の思考プロセスをスルーして、身体のインターフェースが自動で応答を返しているような奇妙な感覚だ。
「そうね~。ウチにはリカバリーアイテムが豊富だもん。赤ちゃんは」
今度は、テーブルに腰掛ける赤髪が、蠱惑的な笑みを明滅させて親しげに尋ねてくる。
その声のトーンにも、背筋がゾクッとするようなバグめいた親近感があった。
「たいへんだよッ。拓矢とジージ、お義母さん、母さんたちで取り合いだもん」
またしても、あたしの口からオートマティックに言葉が紡がれる。
自分の発言なのに、他人のログを読み上げているみたいだ。
「勇希と舞桜は? そろそろ、ウチみたいに2人目いっとけば」
勇希?
あたしは、プラチナブロンドの顔立ちを改めてスキャンする。
すっきりと通った鼻筋、知性を湛えた大きな瞳。どっかで見たと思えば、白井勇希のテクスチャにそっくりじゃないか。
じゃあ、もう1人の赤髪は舞桜?
いや、舞桜じゃあないだろ。あの黒木舞桜のサファイアブルーの髪とはカラーコードが全く違う。
でも、ドレスの上からでも自己主張してくる、あの豊満で規格外なオッパイのモデリングは、間違いなく舞桜のものだけど。
★ ◆ ★ ◆ ★
ガラス張りのモダンなカフェの窓辺。コンクリート打ちっぱなしの無機質な壁に、アンティーク調のペンダントライトが温かなオレンジ色の光を落としている。
窓の外には秋の深まりを告げるイチョウ並木が広がり、黄金色の落ち葉が風に舞って石畳の歩道を染め上げていた。
木目の美しいラウンドテーブルには、美しいラテアートが描かれた白いカップ、サクサクのデニッシュやフルーツタルトが乗ったプレート、そして開かれたファッション雑誌が配置されている。
あたし、黒木舞桜は、黒のタートルネックセーターにカーキ色のロングトレンチコートを羽織り、タイトなデニムパンツに黒のレザーブーツを合わせた辛口のアライメントで、腕を組んだままテーブルの傍らに立っていた。
ツヤのある黒髪のショートボブを揺らし、鋭い視線を向ける先には、ふたりの女友達がいる。
右側の椅子に座っているのは、ざっくりとしたテラコッタオレンジのケーブルニットセーターに、ダークグレーのプリーツスカート、ブラウンのレースアップブーツを合わせたサブリナこと福元莉那だ。
赤茶色のミディアムボブを揺らしながら、身振り手振りを交えて興奮気味に語っている。
「って夢を見たんだよッ。舞桜も女勇希の夢見たって言ってたじゃんかッ」
対面の左側の椅子に優雅に腰掛けているのは、防大の倉田琴葉ちゃんだ。
今日は制服ではなく、チャコールグレーのテーラードジャケットとスラックスのセットアップに、首元には華やかな柄のシルクスカーフを巻き、黒髪を上品なシニヨンにまとめた、洗練された大人のテクスチャをデプロイしている。
膝の上には、上品な黒のレザーハンドバッグが置かれていた。
「へえ~。面白いな。世界線ってヤツか?」
琴葉ちゃんが、コーヒーカップの縁を上品になぞりながら、意外な食いつきを見せた。
「量子力学における多世界解釈のパラダイムですね。私たちが何かを選択するたびに、選ばなかったもうひとつの現実が別の宇宙として分岐していく」
琴葉ちゃんは、凛とした姿勢のまま、知的なロジックを展開し始める。
「もし、誰かの性別が違って生まれていたら。もし、サブリナのパパが違う髪色を提案していたら。無数に枝分かれした平行世界のひとつに、夢というインターフェースを通じてアクセスしたと考えると、極めて論理的です。観測されなかった可能性の波束が、睡眠中の脳内ネットワークと偶然同期したのかもしれませんね」
おおう。まさかのスピリチュアル・オカルト好きだったとは。
普段は生真面目な彼女の口から、パラレルワールドの概念がスラスラと出力されるなんて、ちょっとしたバグを見ている気分だ。
「赤い舞桜? そう言えば、不思議なバーでお嬢CEOの髪が赤かったわね。オッパイも大きかった。てか、おまえの髪って気分で赤茶になるじゃん。おまえのパパがちょいちょいイジるじゃん」
あたしは、呆れたようなエラーログを吐き出した。
そう。サブリナのパパである福元真一郎さんは、チョイと名の知れた美容師だったらしい。
バーバー福元は理容店だけど。サブパパの気分で、サブリナのヘアスタイルは玉虫色に変わるのだ。
あの夢の赤髪も、単にそのカラーバリエーションの残像が脳内でコンパイルされただけじゃないのか。
「そのあたしは、茶色のボブだったね」
サブリナが、テラコッタオレンジのニットの袖を引っ張りながら、納得したように頷く。
「それおまえのデフォルトじゃんか」
あたしは、窓の外の落ち葉を一瞥し、即座にツッコミのパッチを当てた。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ちょ、ちょっとサブリナッ」
カフェに入ってきた白井勇希の胸を、サブリナこと福元莉那が背後から揉みしだく。
あたし、黒木舞桜は、その光景を呆れ顔でスキャンした。
揉んでも1ミクロンも面白くないわ。あたしも女勇希の夢を見たあとに揉んだことがあるけれど、ゴリゴリに鍛えられたヤローのオッパイなんて、つまらないだけのバグ仕様だ。
「いいよ。それでッ。てか、なんの話さ」
勇希がジト目を貼り付けて、あたしに説明のクエリを投げてくる。
あたしはコーヒーカップを置き、ザックリとパラレルワールドの夢と、不思議なバー・リバースについて説明をデプロイした。
「ふうん。そう言えば僕も見たよ。プラチナブロンドの姫ねえさまだろ。オッパイさわっておけばよかった」
そんな破廉恥なエラーログを宣う勇希の頬を、あたしは無言でムニュリと摘まみ上げた。
「そう言えば、夢のあたしは2児のママらしいよ」
サブリナが、思い出したように小悪魔的な笑みを浮かべて宣う。
「女勇希と赤い舞桜は、やっぱりママだったわね」
そこで、あたしはサファイアブルーの瞳を限界まで輝かせ、勇希の顔を真っ直ぐに見つめた。
勇希は即座にジト目をあたしに貼り付け、
「そんな目をしても、僕は子供を産めませんッ」
医学的かつ冷徹な、迅速すぎるレスポンス。
「ちぇ~。わかったよぉ~」
あたしは大げさに肩を落とし、不満のパケットを送信した。
さあ、朝のバカなやり取りは、ここまでだ。
2020年10月中旬。
あたしたちメインノードは、エレベーターのボタンを押し、セイタンシステムズのラボへとログインした。
★ ◆ ★ ◆ ★
ラボの無機質な空間。
ホワイトボードの前に立ったあたしは、マーカーを手に取り、新たなエネルギーインフラのアーキテクチャを描き始めた。
「風力発電の最大のバグは、電力をバッテリーに貯めようとするからコストが限界突破することよ」
あたしは、風車のアイコンからコンプレッサーへと線を繋ぐ。
「だから、風の運動エネルギーで直接空気を『断熱圧縮』するの。空気をギュッと圧縮すれば、熱力学の法則に従って数百度の超高温の熱パケットが発生するわ」
「なるほど。その圧縮で生じた莫大な熱を、塩に熱交換させて蓄えるわけだな」
長身の斧乃木拓矢が、パイプ椅子に深く腰掛け、長い脚を組み替えながら同期する。
「塩の蓄熱材としてのスペックは、現在世界中で研究が爆速で進んでいる分野だぜ。なんせ塩化ナトリウムは融点が800度近くあって、比熱も高い。何百回熱を出し入れしても劣化しないし、なによりその辺の海から無限にタダで手に入る」
「まさに究極のオーガニック・バッテリーですね」
防大の倉田琴葉ちゃんが、手元のタブレットをスクロールさせながら凛とした声で補足した。
「溶融塩として液体状態で蓄熱すれば、500度以上の高品位な熱エネルギーを、数ヶ月単位でロスなく保存できるという論文データもあります。太陽熱発電プラントでも次世代の蓄熱層として実証実験が進んでいますね」
「ええ。そして、熱を奪われて常温に戻った『超高圧の空気』が、次の魔法を起こすのよ」
あたしは不敵な笑みを明滅させ、マーカーでタービンの図形をホワイトボードに叩きつけた。
「今度はその高圧空気を一気に『断熱膨張』させる。空気が膨らむ時に周囲の熱を奪うから、一瞬で氷点下の極寒エアができあがるわ」
「その冷熱源を、今度は水に捨てさせるんだね」
勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らしながら、ホワイトボードの前に歩み寄ってきた。
「水は比熱が異常に高いから、冷気を蓄えるには最強のバッファになる。つまり、風の力だけで『塩の超高温』と『水の極低温』という、ふたつの巨大なエネルギー・プールを同時にビルドできるってことか」
「そういうことよ。電気という扱いづらいフォーマットを中継しないから、変換ロスもレアメタルも1ミクロンも必要ない」
あたしは、マーカーを放り投げ、ラボのデスクに軽く腰掛けた。
「高価なリチウムイオン電池なんて、ただのレガシーなヴェブレン財よ」
ボッチこと茅野万桜が、赤い髪を掻き上げながらゼネコンの顔つきで唸る。
「都市のインフラとして見れば、地下に塩と水の巨大なタンクを埋めておくだけで、街全体の暖房、給湯、そして冷房のエネルギーが半永久的に自給自足できるってわけか。凄まじいアーキテクチャだぜ」
「結局のところ、人類社会が求めているのって、温冷熱源なのよね~」
あたしは、メインノードたちをぐるりと見渡し、この世界の真理という名の核を突いてやった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「断熱圧縮と断熱膨張の風力利用は、あたしたちは温泉帝国で実践してるのよね~。さすがに塩を蓄熱材として使うってのは、採用してなかったけどさ」
あたし、黒木舞桜は、あたりまえのように宣う。
シレっと宣っているけど、これはとんでもない技術革新の種だ。
「文明のシフトですね。佐々陸将に報告が要りますね」
防大の倉田琴葉ちゃんが、凛とした表情を引き締め、国防のロジックでコンパイルする。
そう。国家のエネルギーインフラを根底から覆す可能性のある事案は、防衛省の上層部へと即座に伝達する義務があるのだ。
あたしは1ミクロンも読んでないけど、保全学部保全学科の分厚い契約書にそう書いてあるらしい。
あたしとしては、このシステムをオールドチャンプの新しい動力源にして、すぐにでも実験したいのにーッ。
あたしの脳内メインフレームでは、すでに爆速で次世代スチームエンジンのブループリントがレンダリングされている。
断熱圧縮で生み出した数百度の熱パケットを、断熱性の高いセラミック製の密閉容器に充填した塩へと熱交換させるの。
塩化ナトリウムは融点が高いから、液体の溶融塩となって極めて高密度の熱エネルギーを長期間スタックできるわ。
そこに、インジェクターで少量の水を噴射する。超高温の塩に触れた水は、瞬時に相転移を起こして爆発的な体積膨張を伴う高圧蒸気へと化ける。
その凄まじい蒸気圧で、シリンダー内のピストンを物理的に叩き落とし、クランクシャフトを回してエンジンを駆動させるのよ。
これのなにがヤバいかって、化石燃料という名のレガシーリソースが完全にパージされることよ。
石油や石炭を燃やして熱を作るレガシーな火力発電や内燃機関と違って、このシステムは風の運動エネルギーと塩と水だけで完結するわ。
燃焼プロセスがゼロだから、二酸化炭素のバグなんて1ミクロンも発生しない。中東の情勢や原油価格のノイズに怯える必要もなくなるのよ。
日本中の海岸線に無尽蔵にある塩と風だけで、重機も船も動かせる。完全無欠のクリーン・エネルギー革命だわ。
「舞桜さん。ご同道を」
琴葉ちゃんが、有無を言わさぬ防大生の圧を放ちながら、あたしの腕をガッチリとホールドした。
「ひぎぃッ。ちょっと待ちなさいよッ。あたしの実験がッ。ロマン溢れる可能性がぁーッ!」
あたしの悲鳴も虚しく、完全無欠の魔王であるはずのあたしは、ドナドナと哀れな子牛のように上層部への報告任務へと連行されていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「別に風である必要だってないのよぉーッ」
あたし、黒木舞桜は、防衛大学校の巨大な講堂に設置されたホワイトボードをバンバンと叩いた。
琴葉ちゃんにドナドナされて連行された先は、制服組の幹部やスーツ姿の政府高官たちがズラリと並ぶ、最高レベルのセキュアな空間だった。
そんな重苦しいアライメントの中でも、あたしの天才的な脳内メインフレームは、オールドチャンプの改造案でフル稼働している。
「エネルギーの変換なんて、初等物理学の梃子の原理で十分だわ」
あたしは、愛車であるZ2のタンク周りに増設するギミックの設計図を、マーカーで爆速レンダリングしていく。
「タンクの上に、引き上げ式の長いレバーをマウントするの。支点、力点、作用点の物理法則を最適配置して、人間の腕力を50倍以上にブーストさせる」
講堂のオッサンたちが、息を呑んであたしの手元をスキャンしている。
「走り出す前に、そのレバーを数回ガシャガシャと押し込むだけでいいわ。高耐圧のシリンダー内で空気が極限まで断熱圧縮されて、一瞬で500度超えの熱パケットが発生するの」
「……人力のポンピングだけで、圧縮発火の温度まで到達させるというのか」
最前列に座る佐々陸将が、ゴクリと唾を飲み込んで同期した。
「当然の帰結よ。その圧倒的な熱を、エンジンのフィン部分にマウントしたセラミック製の『塩のカートリッジ』に熱交換させてスタックするの。あとは少量の水をインジェクトすれば、超高温の塩に触れた水が一気に相転移して、爆発的な水蒸気圧が発生するわ」
あたしは不敵な笑みを明滅させ、クランクシャフトの回転ベクトルを書きなぐった。
「ガソリンなんて1ミクロンもいらない。塩と水、そしてあたしの腕力だけでピストンを物理的に叩き落とし、エンジンを駆動させるのよ」
「黒木さん……これは、我が国のエネルギー安全保障を根底から覆す、歴史的な大発明だ」
佐々陸将が、感極まったように立ち上がり、熱弁という名の長大なログを吐き出し始めた。
「中東の情勢やシーレーン封鎖といった地政学的リスクから、我が国のすべてのモビリティが完全に解放される! 化石燃料への依存という国家のアキレス腱を、塩と水、そしてこの物理の最適配置だけで克服できるのだ!」
なんかオッサンが宣ってるわね。
あたしは、国家の命運とか防衛のパラダイムシフトといった重たいコンテキストはすべて右から左へとパージしていた。
すでに思考のリソースは、愛車であるパープルヘイズなクーペへの実装プロセスへと移行し、完全にオートパイロット状態となっていたのだ。
「クーペに積むなら、サスペンションのストロークをハックするのが一番スマートね」
あたしは、オッサンたちの感嘆のノイズを無視して、勝手に独自のロジックを展開し始める。
「車体が段差を越えたり、カーブでロールしたりするたびに発生する上下の運動エネルギー。あんなの、今までただの熱として大気に捨てていた致命的なバグでしょ?」
あたしは、ホワイトボードの隅に車の足回りの構造をデプロイした。
「ショックアブソーバーの横に、空気圧縮用のピストンを物理的にリンクさせるのよ。走行の振動そのものを動力源にして、常時空気を断熱圧縮させる。走れば走るほど、トランクルームに積んだ巨大な塩の蓄熱バッテリーに熱エネルギーが無限チャージされていくわ」
「……走行の振動を、そのまま推進力となる熱源へ変換し続ける永久機関……ッ!?」
別のスーツのオッサンが、顔面を蒼白にしてガタガタと震え上がっている。
「素晴らしい! これなら自衛隊の車両も、補給線なしで過酷な悪路を永久に走破できる!」
オッサン連中が次々と立ち上がり、あたしの生み出したアーキテクチャに賛辞のパケットを浴びせかけてくる。
だが、あたしの情動のベクトルは、そんな国防の次元などとうに振り切っていた。
「わかってないわね。あたしはね、世界を救うためとか、国防のために設計してるんじゃないのよッ」
あたしは、マイクを力強く握りしめ、魂の奥底から湧き上がる熱いパッションを講堂全体へデプロイした。
「排ガス規制だの、EVシフトだの、そんなレガシーな政治ノイズのせいで、あの美しい内燃機関の鼓動が世界から奪われるなんて、絶対に許せないのよッ!」
あたしのサファイアブルーの瞳が、プラズマ級の熱を帯びてバーニングする。
「オールドチャンプのキャブから響く荒々しい吸気音も、クーペの野蛮で暴力的なトルクも、あたしの魂を直接揺さぶる最高のインターフェースなの! モーターのヒューンって音じゃ、あたしのハートは1ミクロンも満たされないわ!」
あたしのバイク愛とブーブ愛が、国防の要である講堂を完全にジャックした。
「ガソリンが枯渇するなら、塩と水でスチームパンクにアップデートしてでも、あたしは生涯、マニュアルのギアをガシャガシャ言わせて風を切って走るわッ。どんな時代が来ようと、愛車と共に物理法則をハックして走り続ける。それが、あたしたち気高きモーターヘッドの絶対的な仕様よ!」
国家安全保障の深刻な質問に対し、ひたすらに旧車への執着とエンジン愛を叩き返す魔王の暴走。
その圧倒的で純粋すぎるオタク特有の熱量に気圧され、日本のトップエリートであるオッサンたちは、ただ茫然と顔を見合わせ、圧倒的な論理の前にぐうの音も出せずに深く頷くことしかできなかったのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「琴葉ちゃん。カレーライス、ご馳走してくれるわよね」
解放されたあたしは、琴葉ちゃんにジト目を貼り付けてねだった。
「もちろんだよ、舞桜さん。佐々陸将から、国家の至宝を大いに歓待するようにと、直々に申しつかっているからね」
倉田琴葉ちゃんは、凛とした姿勢を崩さないまま、どこか安堵したような柔らかな笑みを明滅させた。
国家の至宝って、なんだか仰々しいエラーログね。
「防大のカレーは金曜日の昼と相場が決まっているけれど、今日は特別に士官食堂の特別室を貸し切りで押さえてあるんだ」
琴葉ちゃんが、タブレットの画面をスワイプして完璧なルーティングを完了させる。
「海軍カレーの伝統を受け継いだ、スパイシーで濃厚なヤツを期待していいのよね?」
「ええ。防衛省の威信をかけた、最高ランクのビーフカレーを用意させているよ。トッピングのロースカツも、特大サイズでデプロイ済みだ」
完璧な仕様じゃないの。
さっきまでの、オッサン連中を相手にしたエネルギー安全保障なんていう重苦しいトラフィックは、完全に脳内からパージされた。
今のあたしのメインメモリは、スパイスの芳醇な香りと分厚いカツのサクサク感で100パーセント埋め尽くされている。
「当然の帰結よね。あたしの知性と物理法則のハックに比べたら、カレーライス100杯でも安すぎるくらいだわ~」
あたしは不敵な笑みを浮かべ、サファイアブルーのショートボブを揺らした。
「100杯は物理的に胃袋のキャパシティをオーバーすると思うけれど、おかわりは無制限に許可されているから安心して」
琴葉ちゃんが、生真面目な顔でツッコミのパッチを当ててくる。
こういう冗談が通じないところが、防大生らしくて愛おしいバグなのよね。
「それじゃ、爆速で案内しなさいなッ。あたしの胃袋は、すでに飢餓のアルゴリズムがレッドゾーンを振り切っているんだからッ」
あたしたちメインノードは、重厚な講堂を背にして、魅惑のカレーライスという名の至高の報酬へ向かってトラフィックを移行させた。
後書き
どうだったかしら。
防大の講堂で、お堅いオッサンたちのレガシーな思考回路を完全にショートさせてやった瞬間は、控えめに言っても最高のデバッグ作業だったわね。
国家の命運なんていう重たいコンテキストより、あたしにとってはガシャガシャとギアを鳴らして走る内燃機関の鼓動と、その後に胃袋へインストールした特大ロースカツカレーの方が、よっぽど価値のある物理現象なのよ。
あんたたちのメインメモリにも、あたしたち気高きモーターヘッドの絶対的な仕様がしっかりと書き込まれたかしら。
それじゃあ、次の最適化プロセスまで、システムをスリープさせておくわ。




