女王さまとカップ麺ブースト
前書き
世界の論理を最適化する気高き女王、あたし、黒木舞桜の完璧なログへようこそ。
今回は、丸ノ内のエグゼクティブなパーティーへログインする前の、最高にシュールなアイドリング・プロセスを開示してあげるわ。
漆黒のレースドレスという最強の物理装甲を纏ったあたしが、ジャンクなカップラーメンを啜る。
一見バグみたいな光景だけど、ここには歴史と生体ハックが複雑にマージされた、知性あふれる演算が隠されているのよ。
愚図なモブノードたちには理解できないかもしれないけれど、特別にアクセス権限を付与してあげる。
あたしたちの美しくも暴力的な日常を、せいぜい高解像度でコンパイルしなさいなッ!
2020年7月中旬。デバッグサロンのオフィスにて。
あたしたちは揃ってカップラーメンを啜っていた。
今日のあたしのテクスチャは、背中や脇腹が大胆にカットされた、深いスリット入りの漆黒の総レースドレスだ。
胸元は深いVネックで、艶やかな黒髪のセミロングが首筋にかかり、首元にはパールと漆黒の宝石をあしらった気高いネックレスが輝いている。
そんなレッドカーペットを歩くような極限のゴージャス容姿で、ジャンクなカップラーメンを啜るという、最高にバグったシュールな実行環境がここには構築されていた。
「ねえ勇希。カップラーメンのスープって飲むのが正解? それとも残すのが正解なのかしら」
あたしは漆黒のドレスの胸元を揺らしながら、唐突に投げ掛ける。
「開発者のロジックから言えば、スープまで含めて一つの完成された料理だからね」
白井勇希が、割り箸を置きながら解説パッチを当てる。
「だが、生体ハックの観点から見れば、これは強力な脳のブースターだ。スープの塩分、つまりナトリウムが糖質を細胞へ送り込むサポートをするからね」
「なるほど。脳細胞のナトリウム・カリウムポンプを強制駆動させるための、即効性の高い電解質ってわけね」
あたしは、ドレスの隙間から覗く白い肌にカップの熱気を感じながら頷く。
「さらに、昆布やチキンの旨味成分であるグルタミン酸が、舌の味覚受容体を強力に刺激する」
ボッチこと茅野万桜が、赤い髪を掻き上げながらウンチクにマージしてくる。
「そのシグナルが神経を通じて脳の報酬系へとダイレクトに伝わることで、ストレスホルモンが下がり、クリアな思考を取り戻すトリガーになるんだ」
「なるほどな。閣僚やトップエリートが海外出張にカップラーメンを持っていくのは、ただ日本の味が恋しいっていう胃袋のホームシックじゃないってことか」
185センチの長身を揺らし、斧乃木拓矢が腕を組んで深く納得のログを出力する。
「その通りさ。飛行機の中は湿度が20パーセント以下になることも多く、無自覚のうちに脱水が進んで軽度の電解質バランスの乱れを引き起こす」
勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らして解説パッチを当てる。
「時差ボケや移動の疲労で脳の電気信号の効率が落ちているタフな交渉の直前に、この即効性の高いスープの電解質と麺の糖質が、最強の脳のブースターとして機能するんだよ」
「でも、それだけじゃ血中の塩分濃度がスパイクしてバグるわよ」
あたしが鋭く指摘すると、勇希は手元にあるミネラルウォーターのペットボトルを指差した。
「そこで、多めの水だ。濃すぎるスープを飲んだ後に水をしっかりと摂取することで、体内で初めて劇的な効果を発揮する」
勇希のロジックに、ボッチが完璧な同期でログを補完する。
「多めの水によって血液中の塩分が最適な濃度へと調整され、同時に全体の体液量、つまり血液のボリュームが適切にアップする」
ボッチは不敵な笑みを浮かべ、長い指でパチンと音を鳴らした。
「これにより滞っていた血流がイッキに促され、脳への酸素や栄養供給、電解質の循環がジャストな状態へ急速にリカバリーされるって寸法さ」
過酷な環境で脳の認知能力を100パーセントに保ち続けるための、エリートたちが経験則として実践する究極のバイオハッキングね。
あたしは残りのスープを飲み干し、多めの水を優雅に喉へと流し込んだ。
「てかボッチ。あたしをアセットとして使い倒すのはいいけど、変なストーカーとかできないでしょうね?」
あたしは、艶やかな唇をペーパーナプキンで拭いながら、当然の帰結を投げ掛ける。
「ああ、それなら心配しねえでいいぜ女王さまッ。女王さまのファンは、おもにおねえさま方だ。あれだほら、某歌劇団的なファン層だ」
事も無げに宣うボッチに、あたしは深いため息という名のエラーログを吐き出す。
「また別腹かよッ」
あたしは思わず、飲み込もうとした水をむせて吹き出しそうになりながら吐き捨てた。
せっかくの気高い漆黒のレースドレスが、シュールな咳き込みによって台無しに揺れる。
「だ、大丈夫かい舞桜ッ!? 気管への物理的アクセスは誤嚥のリスクが……ッ」
勇希が血相を変え、あたしの背中をさすりながら、過保護すぎる医療用デバッグ処理を全開で立ち上げていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
ふうん。電解質と脳内ブーストね。
あたし、黒木舞桜は、カップラーメンの空き容器を横目に吐息する。
「ねえ、拓矢。あんた歴史好きだったわよね? 織田信長って塩辛い味が好きだったって言うじゃない」
漆黒のレースドレスの胸元を揺らしながら、あたしは問い掛ける。
185センチの長身に茶色い髪を揺らし、斧乃木拓矢が腕を組んで頷いた。
「ああ。京都の料理人である坪内が作った上品な薄味の料理に激怒して、次に塩や醤油を強烈に効かせた濃い味を出させたら、これぞ美味って喜んだって逸話だな」
拓矢の解説に、165センチのプラチナブロンドの髪を輝かせた白井勇希が、医学的なアプローチをコンパイルする。
「通説だと、尾張の田舎者だからとか、若い頃から身体を動かしていた武闘派だからって片付けられがちだ」
勇希は、少しだけ首を傾げて視線を宙に泳がせた。
「でも、信長の超絶的な脳の酷使と、強烈なプレッシャーを考えれば、あの塩分欲求は天才の脳と肉体が発した切実なアラートだよ」
突如として飛び出したワードに、あたしは首を傾げた。
「アラート?」
あたしが問い返すと、180センチの赤い髪をラフに流したボッチこと茅野万桜が、不敵な笑みを明滅させた。
「あいつはただの武将じゃねえ。完全に時代の最先端を行く頭脳派、言わばゼネコンの走りさ」
ボッチは、長い指でデスクを軽く叩きながらリズムを取る。
「主要な街道の幅を約3.2メートルに規格化して、巨大な橋を次々と架けた」
さらに、得意げなウインクをこちらへ向けてくる。
「道路を作ることで物流が盛んになり、経済が潤うっていうマクロな構造を脳内で計算してたんだよ」
ボッチの言葉を引き継ぐように、拓矢が前のめりになった。
「それだけじゃないぜ。安土城の建設だって、五層七重の高層建築を日本で初めて実現したメガプロジェクトだ」
歴史オタク特有の高負荷なパケットを送信し、彼は熱を帯びた瞳で言葉を続ける。
「なんトンもある巨石を引き上げる土木工事のディレクションに、城下町の都市計画である総構えまで、全部ワンオペで考案してたんだからな」
なるほどね。メガテック企業のCEO顔負けのタスク量に、あたしは舌を巻く。
艶やかな黒髪をかき上げながら、深く頷いた。
「鉄砲を運用するための硝石や鉛の輸入ルートも確保して、完璧な兵站計画を組んでいた」
勇希が、細く白い指を折りながら、信長の規格外の処理能力を列挙していく。
「さらに、それまで曖昧だった撰銭の基準を厳格な規格として法律で定めて、通貨の市場コントロールまでやってのけたんだ」
あたしは、当時の天才が背負っていた凄絶な負荷に戦慄し、思わず息を呑んだ。
「スマホもパソコンもない時代に、これだけのマクロな経済政策と巨大な土木建築、ミリ単位の兵站計画をすべて自分の頭の中だけで組み立てていたのね」
あたしの呟きに、勇希が真剣な相貌でこちらを見つめ返す。
「脳細胞がフル回転して神経伝達物質のナトリウム・カリウムポンプを動かすには、大量の塩分が消費される」
ひと呼吸置いて、彼はさらにロジックを深掘りする。
「おまけに過酷なストレスによって副腎皮質からコルチゾールが分泌され、身体がナトリウムを溜め込もうとするからね」
勇希が、生体ハックの最終結論をデプロイした。
「つまり、信長が濃い味を求めたのは、国家規模のプロジェクトを完遂させるために、脳の神経伝達を最大化させろっていうバイオハッキングのアラートだったってわけ」
歴史のバグが見事にデフラグされたわね。
あたしは、赤い髪のゼネコン御曹司を見上げる。
「織田家をゼネコンに見立てると、ボッチって信長っぽいかもね。チャラいけど」
からかうように微笑むと、ボッチが慌てて両手を振った。
「チャラくねえよッ。俺は琴葉先輩一筋ですッ」
必死に否定のプロトコルを出力するけれど、あたしの気高い光学センサーは頓着せずに真実を見抜くわ。
あたしは漆黒のレースドレスの胸元を隠すように腕を組み、3人をジト目で睨みつける。
「あたしのオッパイ見てるじゃん。おまえらッ」
プラチナブロンドのヤンデレも、茶髪の幹部自衛官候補も、赤髪のチャラ男も。
彼らは一瞬だけ気まずそうに目を泳がせた後、見事に視線のベクトルを、あたしの我儘ボディが描くV字の谷間へとロックオンさせた。
「「「そこに山があるからですッ」」」
異口同音に宣うスリーバグメンズ。
まったく、呆れたヤツらだ。
あたしのラボには、最高に残念で最高に馬鹿なメンズしかいないのだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ドラマとかだと、本能寺で信長が幸若舞を舞うじゃん」
あたしは、当時に思いを馳せる。
空間を、あたしの脳内メインフレームが戦国時代の本能寺へと書き換えていく。
艶やかな黒髪のショートヘアを揺らし、あたしは赤と金を基調とした絢爛豪華な着物に、紋様が入った赤い袴という気高い装束をレンダリングした。
背後には金箔の屏風とぼんぼりの灯りが並び、控えの者たちが平伏している。
あたし、黒木舞桜は、右手に持った極彩色の扇子を優雅に広げ、敦盛のステップを力強く踏み鳴らした。
「あれって、直談判に来た現場の地侍たちを落ち着かせるための、パフォーマンスだったっていう仮説はどうかしら」
あたしが扇子を翻しながら投げ掛けると、白井勇希が腕を組んで深く頷く。
「本能寺の変が、明智光秀の計画的なクーデターじゃなくて、現場のストライキと親衛隊の過剰防衛が引き起こした世紀の大事故だったっていう説だね」
勇希は、歴史のバグをデバッグするようにロジックを展開する。
「信長は、光秀が築き上げた地域密着型の高効率な明智モデルを評価して、未開拓の西国のクソデカ案件へヨコ展開しようとしたんだ」
斧乃木拓矢が、パイプ椅子に腰掛けたまま口を挟む。
「だが現場の職人たちからすれば、四国案件の白紙化とセットで、最高の直属の上司を奪われる事実上のリストラに聞こえちまった」
ボッチこと茅野万桜が、赤い髪を掻き上げながら肩をすくめた。
「それで、光秀の命令を無視して、京都にいる信長へ直談判に押し寄せたってわけさ」
あたしは舞の所作を止め、扇子をパチンと閉じて当時の平行線のやり取りをエミュレートする。
「だから、配置転換じゃて言うてんじゃん。リストラじゃねえっての。十兵衛のルールを後任に引き継がせるってば、って信長が説得しても、地侍たちは荒木の例を出して信用しない」
あたしが当時のメガゼネコンCEOの苦悩を代弁すると、勇希が致命的なエラーの瞬間をコンパイルした。
「その平行線の談議の最中、外を囲む数千の完全武装集団を見た18歳の親衛隊長である森蘭丸が、テロだと勘違いして話し合いの席の地侍に斬りかかってしまったんだ」
拓矢が重々しく同意のシグナルを発行する。
「一発の銃声が戦争を始めるように、蘭丸がやりやがったせいで完全に引き返せなくなったんだな」
あたしは、再び扇子を開いて見得を切る。
「事態を察した信長の『是非に及ばず』は、あっちゃー、蘭丸の馬鹿がやっちまったか、っていう、言葉によるマネジメントのフェーズが終わった手遅れ感の表れだったのよ」
ボッチが腑に落ちたように手を打った。
「事後の光秀のチグハグな動きも、自分が描いた絵じゃない、ただの事故のケツ持ちだったからってことか」
勇希が、さらに歴史の裏付けをデプロイする。
「そう。細川藤孝への使者も、現場の暴発で上様が死んだ、蘭丸の奴が暴れやがったっていう、娘のガラシャの命だけは守ってくれというオフレコの緊急ラインだった」
拓矢が、最後のピースをパチリと嵌め込む。
「それを受け取った細川藤孝も、巻き込まれて会社が連鎖倒産するのを防ぐために、爆速で出家してスキンヘッドになり、静観を決め込んだんだ」
完璧な組織論のプロトコルだ。
あたしたちは、巨大ゼネコンのエスカレーション失敗が生んだ悲劇に、深いため息という名のログを共有した。
「ボッチッ。『是非に及ばず!!』って言ってみ」
あたしは、現代のゼネコン御曹司に、あの有名なシーンを重ねる。
「えぇ~。いやでござるぅ。死ぬやつじゃんッ」
ボッチは露骨に顔をしかめ、拒否のパケットを送信してくる。
渋るボッチに、あたしは漆黒のドレスの胸元を少しチラりと見せつけた。
途端に、ボッチの脳内メインフレームが強制オーバークロックを起こす。
背景が燃え盛る炎のテクスチャへと瞬時に切り替わった。
ボッチは、赤と金を基調とした豪華な陣羽織の装甲を纏い、顔を煤で汚しながら、猛火の中で凄まじい決死の形相をレンダリングさせている。
「「「是非に及ばず!!」」」
スリーバグメンズは異口同音。
燃え盛る業火の如き熱量で、あたしのV字の谷間へと視線をロックオンさせながら叫んだ。
本当に、こいつらの仕様は1ミクロンもアップデートされないのだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
ふと、あたしの視線と拓矢の視線が交錯する。
「な、なんだよッ、オッパイ見てねえよッ。見てるけどッ」
顔を背けながらも、斧乃木拓矢は正直なエラーログを吐き出した。
正直な下僕だ。と言うか女は視線に敏感肌な生き物だって学習しなさいなッ。バグメンズ。
「織田信雄って、なんで安土城を燃やしたんでしょうね」
あたし、黒木舞桜は、空になったカップラーメンの容器を横目に唐突に投げ掛ける。
通説があるのは知っている。信雄だって断定されていない。でも、ふと拓矢の姿に、信雄の真の姿が重なったのだ。この天才の猿の姿に。
「えぇ~、褒めてんの貶してんのどっちよ」
不満気な猿下僕が、唇を尖らせて抗議のパケットを送信してくる。
「世間の評価は無能の一点張りだけど、実は彼こそが、戦国という無理ゲーを生き抜いた最強の現実主義者だった、っていう仮説を立ててみるのはどうだい」
白井勇希が、プラチナブロンドの髪を揺らして斬新な仮説パッチをデプロイする。
「例えば天正伊賀の乱。あれは信雄が主導したんじゃなくて、子会社である神戸や北畠の人間たちが勝手に進めた暴走だったとしたら」
勇希のロジックに、ボッチこと茅野万桜が赤い髪を弄りながら同調した。
「大手ゼネコンがバックについたことでイキっちゃって、派遣サービスみたいな忍者集団の伊賀を舐めてかかったってわけだ」
ボッチは、当時の現場のバグを鮮やかに言語化する。
「信雄は、正規軍のルールが通用しないって現実的に警告したのに、あいつら話を聞かなかったってことね」
あたしが補足すると、拓矢が腕を組んで深く頷いた。
「だが、プロのゲリラに囲まれながらも、信雄は致命打を回避して生還している。最低限の危機管理は機能していた証拠だぜ」
拓矢の言葉に、あたしたちの脳内メインフレームへ、激怒する信長と信雄の姿が重なっていく。
ボッチが、信長の怒りをエミュレートして拓矢へ詰め寄った。
「おまえならできたでしょッ!? おまえじつは優秀だってのパパ知ってんだからなッ。楽しようとしてんじゃないわよぉーッ」
ボッチの迫真の演技パケットに、拓矢は信雄のテクスチャを纏ってのらりくらりと往なす。
「無理じゃね? あいつら話聞かねえもん。もぅぉ、話聞かない人嫌いですぅ」
見事なロールプレイだ。
「でもパパは、おまえが実は優秀だって知ってたからこそ、期待値の裏返しでキレたのよね」
あたしは、当時の親子の感情のログを読み解いてみせる。
「そして本能寺の変の後、信雄は織田の象徴である安土城を自ら廃棄した」
勇希が、静かな声音で核心へとアクセスする。
「象徴が残っていれば内戦が続くから、会社が空中分解するのを防ぐための冷徹な損切りだったんだ」
勇希の解説に、ボッチが鋭い視線をモニターへと向けた。
「信孝と一益の処分もそうだ。三法師を神輿に担いだ信孝に対し、創業者の息子として筋を通した」
ボッチが、メガゼネコンの派閥争いをコンパイルする。
「小牧・長久手の戦いじゃ、局地戦で秀吉に勝った後、サクッと単独講和して狸こと家康のはしごを外した」
拓矢が、戦術的なバトンリレーを読み解く。
「信忠が死んだ時点で織田の単独統治は崩壊していた。信雄は自分が全体統治の器じゃないと自覚して、経験がある秀吉に丸投げしつつ、最後は狸まで繋げって計算したのよ」
あたしが最適解を提示すると、勇希が優しく微笑んだ。
「秀吉も自分に貴種としての正統性がないことを理解していたから、御意って受け入れた。戦国への逆行を防ぐためのソフトランディングさ」
勇希の言葉に、拓矢が力強く拳を握る。
「それに信雄は、自分の領民に無体を働いた恒興や森鬼武蔵をきっちり討っている。王子の義務を果たしたんだ」
拓矢は、統治者としてのプライドを評価した。
「結果として、大名として残った時点で完全に勝ち組よね」
あたしが結論をデプロイすると、勇希が楽しげに笑い声を上げた。
「まあ、拓矢ってそんな感じだよねー。小判インゴットを欲しがる理由もサブリナ太夫と致したいがためだもん」
勇希が拓矢の猿プロトコルをからかうと、
「言っとくけど、おまえら絶賛トップだからな? 猿プロトコル14時間」
拓矢がジト目で吐き捨てる。
そう、あたしと勇希の猿プロトコル処理時間は14時間。拓矢とサブリナの猿プロトコル処理時間は13時間強である。そんな変わらないし、あたしは言わば犠牲者サイドだ。
「ウチは15時間強だ」
ボッチがポソリとこぼす。
あたしたちは、いっせいにボッチに視線を貼り付ける。
犠牲者サイドここにもいたーッ。
ボッチと倉田琴葉ちゃんは、琴葉ちゃんが女の猿プロトコルを発動させている。
「「「おまえッ。カップ麺じゃ死ぬぞッ」」」
あたしたち横須賀トリオは、ボッチの健康状態を本気で心配した。
これだけ生体リソースを削られているのに、必須栄養素が枯渇したジャンクな塩分チャージだけじゃ、インフラが物理的に崩壊してしまう。
当然の帰結よねッ。
★ ◆ ★ ◆ ★
あたしたちは、キッチリ飲み干したカップ麺の空き容器と、油でベトベトになったスープの袋を、オフィスの隅に鎮座するバケツ状の特殊装置へと叩き込んだ。
これは、ウチの工場長に特注して作らせた、カップ麺容器専用の物理洗浄デバイスである。
使い方は極めてスマートだ。
空になったカップをメインスロットにセットし、油汚れのひどいスープの小袋は、装置の蓋の裏にマウントされた小さなメッシュポーチに収納する。
スイッチを叩き込むと、内部で90度以上の超高温のお湯が激しく噴射され、同時に高周波の振動とハイスピードな回転プロトコルが作動する。
遠心力と物理的な摩擦、そして熱のコンボによって、容器の隅や小袋の裏側にこびりついた強固な油膜のノイズが、わずか数十秒で完全にデリートされるという寸法だ。
「ドレスでも、これならOK!」
あたし、黒木舞桜は、一滴の汁跳ねすら許さない完璧なクリーンアップ機能に、漆黒のレースドレスの胸元を揺らしてご満悦だ。
この洗浄プロセスを徹底しておけば、オフィス内に残飯の異臭が漂うエラーも防げるし、なによりあの黒くて素早い悪魔のようなヤツらが湧くという、致命的なインシデントを未然に防ぐことができる。
「ねえ、ボッチ。これ、全国のコンビニのゴミ箱インフラに配備できないかしらね」
あたしは、完璧に洗浄された容器を取り出しながら、新たなビジネスロジックをデプロイした。
「まだコスト面で問題があるんだよ。纏めて洗えばいいけど、そうじゃなきゃ赤字だ」
赤い髪を揺らしながら、ボッチこと茅野万桜が冷徹な経営者の眼光で即答した。
まあ、そうよね。
洗浄用のお湯を沸かす電力や、回転と振動を生み出すためのエネルギーコストを考えれば、1個ずつ処理するのはリソースの無駄遣いにもほどがある。
デバッグサロンの運用においても、エントランスに設置した下駄箱の防臭・殺菌インフラの構築が、現在進行形の課題のひとつとして残っている。
完璧な空間を維持するためのランニングコストは、常に経営という名のバグとの戦いなのだ。
あたしは、空になったカップをスマートにゴミ箱へパージし、大きく伸びをした。
今日はこれから、ボッチの同伴として、丸ノ内のエグゼクティブたちが集うパーティーへとログインするタスクがスタックされている。
この気高くもエロティックな漆黒のレースドレスは、カップラーメンを啜るためだけに着込んだわけじゃない。
交渉の場において、圧倒的な美貌と我儘ボディで相手の理性を物理的にハックするための、最強のアセットなのだから。
「さあ、行くわよボッチ。女王さまは、忙しいのよッ」
あたしは、ドレスの深いスリットからすらりとした白い脚を覗かせ、最高にセキュアで不敵な笑みを明滅させた。
後書き
まったく、歴史のデフラグから猿プロトコルの稼働時間まで、ウチのメンズの演算リソースは常に明後日の方向へオーバークロックしているんだから。
でもまあ、特注のカップ麺専用食器洗浄デバイスのおかげで、気高いドレスを1ミクロンも汚すことなくタスクを完遂できたわ。
オフィスに悪臭やバグを湧かせないための、完璧なクリーンアップ・プロトコル。
こういう地味なインフラ整備こそが、巨大な帝国を安定稼働させるための絶対条件なのよ。
さあ、塩分と水分のジャストな循環で脳内ブーストも完了したし、これから丸ノ内のパーティーで権力者たちの理性を物理的にハックしてくるわ。
最高にセキュアでゴージャスな女王さまの快進撃、これからも刮目しなさいなッ!




