Re:スタートへと進める彼女の計画修正
第25話です
ログインしました。
リザードマンの身体でまず視界に入った物は、僕の身体よりも少し小さいくらいの女神像です。
はい。ここはトーレの町の教会なのです。
このリザードマンの巨躯で苦労することと言えば、第一に入ることのできない建物や施設が結構あるという事でしょう。
総合ギルドのように大きな建物ならば入ることもできるのですが、それ以外に僕がまともに入ることのできる場所と言うと、実のところこの教会くらいしかトーレにはなかったのです。
しかも、本当に入ることが出来るだけですね。当然のごとく僕サイズの椅子や机などあろうはずもありません。
礼拝にやってくるNPCの住人さんたちの邪魔にならないように、建物の隅っこで小さくなっていましょう。
NPCの神父さんにも苦笑される肩身の狭い状況ではありますが、姉さんたちが来るまでの時間調整がてら、宿題を済ませておきましょうか。
「で、教会の片隅で教科書開くでかいリザードマンという訳の分からないものになったと」
「訳が分からないとは失礼な。一応勉学は学生の本文です。得意ではありませんがやらない理由にはなりません」
ジト目を向けてくる暇があればアリスちゃんも宿題を終わらせておくべきです。せっかく8倍速で頭脳労働が出来るのですよ? 現実よりもずっと効率的です。
「後でやるわよ。それより、お姉ちゃん見なかった? もうログインしてるはずなんだけど」
「はて? 僕はずっとここにいましたが、まだ姉さんの姿は見ていませんね」
「昨日帰ってくるのちょっと遅かったみたいだし、寝てるのかな? あれ、でもちゃんとログインできてるわね?」
「コールしてみましょうか?」
「んー……そうね。一応聞いてみよっか。どこほっつき歩いて――」
唐突に、教会のドアが勢い良く開かれました。
ドアに突進するような形で教会に入ってきた姉さんは、そのままの勢いで僕めがけて勢いよく飛び込んできました。
おや? どうしたんです姉さん。外にいたんですか? 肩で息をして何があったというのでしょう。
なるたけ衝撃を殺すように抱き留めて、落っこちないように支えてあげます。
うーむ……なにか現実で嫌な事でもありましたかねこれは?
アリスちゃんに目配せして事情を確認しますが、首を横に振られました。つまり愛利栖ちゃんの関知していない状況での出来事でしょう。
「姉さん。何か学校で嫌な事でもありましたか? 大丈夫ですよ。僕もアリスちゃんも一緒にいますからね」
軽く背中を叩いてあげながら普段のようにあやしてみます。……いや、いつもと対格差が逆な上に、差がかなり大きいので少々やりづらいですね。悪くはありませんが。
姉さんは軽く体を震わせますが、僕の首筋にしがみついて顔を伏せたままでした。……むぅ。遠くはないけど当たりもしませんか。
「……お姉ちゃん、ひょっとしてゲームの中で嫌なことがあったの?」
あ、反応しました。流石に体は正直ですね。別に厭らしい意味じゃないですよ?
姉さんはゆっくり顔を上げると、僕の顔をじっと覗き込んできます。普段と違って爬虫類全開の顔ですので、表情自体は分かりづらいと思うのですが。
「……あのね、シンちゃん。嫌だったらごめんね……シンちゃん、お姉ちゃんたちに何か隠してる?」
「は?」
「え? 何? 私たちに隠し事? こいつが? ついにエッチなデータでも買った? ホレホレ見せなさいよ」
買っていませんし隠し事もありません。このゲームに関してならキャラクターのステータスだって全部見せて――ん?
「……あ、そういえば称号で非表示にしっぱなしの物がありましたね。街中でやるとたぶん大迷惑になるので、ちょっと外に行きましょうか」
と、いう訳で久々にステータス確認です。とはいっても、トーレに来てから姉さん達と少しクエストなどを進めただけですので、ステータスの変化などはほとんどありませんね。
アバター シン
種族 リザードマン
レベル 28(+1)
職業 護衛獣
HP 5212(+175)
MP 0
STR 272(+9)
VIT 332(+11)
AGI 138(+4)
MAG 217(+7)
LUC 0
スキル (余剰SP:28)
【龍気斬Ⅰ】【スケイルナックルⅨ】【ヘヴィシュートⅨ】【テイルアタックⅦ】【末那識Ⅱ】【龍鱗装甲Ⅳ】【HP自動回復Ⅷ】【水中行動Ⅱ】【毒攻撃Ⅲ】【毒耐性Ⅲ】【麻痺耐性Ⅲ】【剛体Ⅳ】【グレンデルロアⅢ】【逆鱗Ⅰ】【ハウルオブフューリーⅡ】【ブレイクファンタズムⅡ】【鑑定Ⅰ】
右手装備 大太刀:蛟・影打
左手装備 折れた斬馬刀
頭 なし
胴 狼毛皮の外套
脚 レザーレギンズ
足 なし
装飾1 なし
装飾2 なし
称号
【決闘者】【狼の天敵】【七転八倒】【流派:龍剣術】【騎士姫の護衛獣】
大太刀:蛟・影打はバルガ師匠から頂いたものです。なんと単純な武器威力なら斬馬刀の実に10倍です。チート武器です。
だからと言って愛用の斬馬刀は捨てられません。【龍気斬】を使うときは、何となくですがこちらの方が使いやすい場合もあるのです。手放せないサブウェポンと言えるでしょう。
そして、何より大きく変わったのは再び外套を装備したことです! 散々狩りつくしてインベントリを圧迫し続けていた狼素材を、トーレをメイン拠点にしている生産職のプレイヤーさんに仕立てていただきました。
どうやら僕の事は前々からご存じだったそうですが、ワンニャンさんあたりから聞いていたのでしょうか?
なお、他の部位についても素材を調達すれば相談に応じていただけるとのことで、目下素材を調達中です。
まあ、難点と言えば僕の身体が大きすぎて、通常の数倍から数十倍の素材を必要としてしまうことでしょうか。
「で、表示してない称号ってどれよ? もうセットしたの?」
「あ、今表示します。ええと、近くに狼系統のプレイヤーさんとかNPCさんいませんよね?」
そのためにわざわざトーレから離れてクワトロとの間の荒野地帯にまで来たのです。邪魔するモンスターたちは姉さんの魔法で丸ごと吹き飛ばされていますので、邪魔される心配はなさそうですね。
では、有効化しましょう。
【狼の天敵】
無数の狼を葬った者に与えられる称号。狼系の相手に対し能力値上昇補正(中)【狼】系統種族に対し状態異常「恐怖」付与(小)
【騎士姫の護衛獣】
騎士姫の試練を共に潜り抜けた護衛獣に与えられる称号。「騎士姫」と同一のPTにおいて全能力向上
「この二つですね。【狼の天敵】はプレイヤーやNPCにまで恐怖をばら撒いてしまうので基本封印してますし、【騎士姫の護衛獣】も相手がいませんので封印してました」
「……辰也、この、騎士姫って……誰よ?」
「ああ、それは――」
「や、やだよぉ……たっちゃんがあいつの物になるなんてやだぁ」
あ。
しまった。まさか、原因これですか?
いや、いやいやいや、ちょっと待ってください。いくら何でも誤解にもほどがあります。
「姉さん。これはたまたまゲームの仕様でこうなってしまっただけで――」
そう言おうとした次の瞬間には、姉さんはログアウトしていました。
いや、ちょっと姉さん、ここ荒野ですよ! 次ログインしたらいきなり戦闘とか面倒なことに――
《外部からの接触を確認しました。強制ログアウト処理を行います》
僕まで道連れですかあっ!?――
「……どうしろっていうのよ、これ」
お姉ちゃんに続いて、辰也までログアウトしてしまった。しかもあの消え方からするに現実の方で泣きつかれたわねあれ。
いや
いや、これまずいわ
これ、中学の時に辰也と私にちょっかい出した子を、お姉ちゃんが再起不能にしかけた時と同じじゃないの。
「あの時の再現とかホント勘弁してよ……また本気で暴走したお姉ちゃんを止めなきゃいけないじゃない」
あの時は、相手がまだはっきりわかっていたから手も打てたけど、ゲームの中の相手なんて庇えないわよ私。
よしんば相手の被害を最小限にしたとしても、今のお姉ちゃんの計画がほぼ破綻するわ。
「自分の妹と幼馴染のためなら、自分が持っている全てを使ってでも相手を破滅させに行く……ね。貴女も大変よね。妹ちゃん」
「……人の家族のプライバシーに口出さないでください。……ええと、ひょっとしてアンダーソン先生ですか?」
「ええ、そうよ。新藤君は結局気がついてくれなかったみたいだけど」
ていうか、いつの間に来たのよこの人。全然気が付かなかったんだけど。
まあ、それ以前に先生がこんなところで何やってるんですかとか、その姿ちょっと若作りしすぎじゃないですかとか言いたいことは山ほどあるけど。
「……達也がお姉ちゃんと私以外の女の人を見分けるなんてできるわけないじゃないですか。そもそも見てないんですから」
あのバカが普段慇懃な口調なのは、『不特定の相手に対して最も汎用的に通用する喋り方だから』という以外にないわ。
正真正銘の慇懃無礼。もはや私とお姉ちゃん以外に対する深刻なコミュニケーション障害さえ疑うレベルね。
多分、美紀やレベッカも「私の周りに何人かいる生徒の一人」くらいにしか認識してないわアレ。個人名はおろか顔の区別がついているかも怪しいもの。
そんなあいつが、いくら担任教師だからってそんな都合よく顔を覚えているわけないじゃない。
「……ええと、一応私本名プレイなんだけど……」
「……キャラ名が『アンダーソン』ならワンチャンあったんじゃないですかね?」
というか、正直私だって20代後半の美女がお姉ちゃんとタメ貼るような超絶美少女になってる時点で気づきたくないわよ。何? 私の周りの顔面偏差値って特異点か何かな訳?
「で、先生は何でまたこんなとこまで来たんです? 今日学校休みですよね?」
「教師っていうのはワーカホリックを宿命づけられた生物ってことよ。ま、そんなジョークは置いといて。貴方のお姉ちゃんの事」
ほら来た。でも、どうしようもないわよ今回は。だって相手がゲームの中にいるのなら、辰也とお姉ちゃんにこのゲームをやめさせて、アカウントごと全部消させてこっちが退避するしか――
「まず謝るわ。貴女の幼馴染に手を出したの、私なの」
「警察と教育委員会、どっちがいいですか?」
「いや、別にリアルの話じゃないから! シンくんの話だから!!」
「同じ話じゃないですか。弁護士を呼ぶ権利はあるから安心してください」
「……やっぱこの子も珠樹の妹だわ……」
「当り前です。で、要は辰也の馬鹿がクエストを手伝った相手が先生だった。ってことでいいんですね?」
「……ええ、そうよ。物分かりがいいなら意地悪しないでよ、もぉ……」
はいはい、なにせ、こっちもちょっとイラついてますから。
なんでこう、寄ってたかって人の計画崩してくれるかなあ。もう。
「……で、よりにもよってそれをお姉ちゃんが知ってる――てとこですか。ああ、こりゃ面倒くさいわ」
我が姉のことながら、アレは一度暴走を始めたらなかなか止まらない。
しかも、一番敵に回すと大迷惑なタイプだ。
だから、正面から喧嘩したところで、どっちに転んでも間違いなく碌な目に合わない。
「で、どうするんです? 個人的には、正面から喧嘩を売るのはお勧めできませんよ。現実の辰也にさえ手を伸ばさなければ、私の方で何とか抑えますけど」
「どんな手段持ってるのよ……まあ、端的に言うなら一度このゲームでボコボコにしようかなと」
「さようなら。短い付き合いでしたね」
「人の話は最後まで聞きなさいよぉ!!」
ふふふ、人をおちょくるって結構癖になりそうね。
それで、「ゲームでボコボコ」にする。ね。
何よ。お姉ちゃんの計画、ほぼ見抜かれてるんじゃない。気づいてないのは辰也位でしょうね。
思えば、お姉ちゃんがVRMMORPGのβテスターをやっていると聞いた時から、嫌な予感はしていたのよね。
案の定、お姉ちゃんってば私と辰也以外は人間と換算していないような思考回路なもんだから、噂を総合して集めた情報はそりゃ酷いもんだったわ。
で、なんでまたいきなりそんなこと始めたのか問い詰めてみたら、これがまた頭の痛いことに私と辰也が原因とか言い出しやがるのよあのバカ姉。
「おねえちゃん、愛利栖ちゃんとたっちゃんが他の人といる姿を見るのも嫌なの。……だけど、それじゃだめだから、せめてVRゲームの中からでも練習しようと思って……」
めんどくさい。
我が姉ながら、超絶めんどくさい。私の部活動は学校活動だから渋々認めるけど、それ以外は駄目とかどんなヤンデレよ。
まあ、それが欠点であることくらいは認識してるし、矯正の必要もある。そのためのプランも立てたってところまではいいわ。
ただ、選んだゲームがこれってのはどうなのよ。
折角一緒にゲームするから一秒でも長く一緒にいるために、わざわざ時間加速効果が最大に近くて、かつ直接私たちと同じ姿のアバターが他人と交流している姿は刺激が強すぎるから、姿を大幅に変えられるゲーム……という条件で探したらこれがあったって話だけどさ。
このゲーム、PK上等のクソゲーって話じゃないのよ。そこのところ本当にどうなのよ。
まあ、結果としては下準備は何とか整ったし、あとは私と辰也がお姉ちゃんと一緒にまったりゲームするうち、他のプレイヤーさんたちと交流できていければ計画通りだったんだけどね。
はあ……本当、辰也なんで最初の選択肢を間違えてくれるのよ。
……いや、ちゃんと辰也に説明してなかった私も問題あると思うけどさ。
「リセットのきっかけを作っていただけるってことでいいですね? まあ、きっかけさえあれば私がお姉ちゃんを押さえる手掛かりにはなりますし……そうすると、主戦場をこっちに固定する必要がありますけど」
「そうね。こっちのゲームから逃げられると、さらに面倒なことになって再生産されかねないわ。だから、あの子がそうせざるを得ない状況に追い込む必要があるの。例えば、学校の中とかね」
「……いいんですかそれ? いやまあ、先生がいいっていうならいいんでしょうけど。そうなるとあとはお姉ちゃんか……そこは私がフォローするしかないかぁ……」
結局のところはお姉ちゃんが耐えられるかどうかって話なんだけどね。
まあ、零れたミルクは戻らないけど、もう一度運べるように追加するくらいはしてあげようじゃない。
「……いいですよ。伝手はあるから、辰也の周りは私が包囲しておきます。学校の中でなら、お姉ちゃんの行動をいくらでも制限できますからね」
「助かるわ。クラスのみんなにも、申し訳ないけど手伝ってもらいましょうか。まあ、流石に殲滅兎の相手は私がするけどね」
「その後は、私の出番ですね。あ、辰也には秘密の方がいいでしょうね。あいつ、お姉ちゃんが絡むと無条件に甘やかしますから」
お姉ちゃんがあんな甘えん坊になったのは、辰也が際限なく甘やかすからってのもあるのよね。
しかし……はあ、わざわざゲームの中にまで先生に出張られるとは思わなかったわ。現実で何やらかしたのよあのアホ姉。
「いやまあ、ちょっと引っ叩かれただけよ? まあ、先に煽ったの私だから自業自得だけどね」
「本当にすいませんでしたーーっ!!」
ああもう、そんな程度の制御も効かなくなってるのお姉ちゃん。どんだけ不安定になってるのよ。
こりゃ、リセットできても後が大変だわ……フォローの計画立てとかなきゃ……ああ、なんでもう私の姉ってば――
「……つくづく、貴女のお姉ちゃんって面倒くさいわね」
「言わないでください。こちとらそれともう16年も付き合ってるんですから」
はぁ……先が思いやられる。
でもまあ。まだ致命的じゃないことだけは救いよね。
それじゃ、お姉ちゃんのプランを巻き戻しますか。
ご覧いただきありがとうございます。
以上、珠樹がこのゲームに辰也を誘ったネタバレでした。
前半辰也視点で「はじめてのMMORPG道中記」をやっていましたが、おそらく愛利栖からしてみると全力で殴りたくなる案件だったことでしょう。
7/4 一部改訂




