思わぬ再会
しばらくの間、シエナは少しだけ忙しい日々を送っていた。
二番街区区長のカイエンの所へ顔を出し、銭湯建設予定地の水源の確認をして、建築材料の必要数を計算する。
故郷の村へ一時帰省したミリアの抜けた穴を埋める為に宿屋の手伝いや料理教室の実施。
エレン達が休みの日には、クラウドへの刀鍛冶の指南。
更にシエナが作った道具の製造方法及び販売ルートを決める商人達との話し合い。
他にも色々と予定を詰め込みまくって、それらを全て片づけてきていた。
「う~ん…ちょっと予定を詰め込みすぎてました…」
この日も、シエナは来年の夏に向けてのある計画をたてて、それの実行許可を貰いに三番街区区長邸まで訪問した帰りであった。
「ミリアちゃんも今日には帰ってくるし、他の予定も…うん、ないですね。気晴らしにしばらく冒険にでも行ってこようかなぁ」
予定の書いているメモ帳を開き、特に予定がない事を確認すると、冒険に出かけようと独り言を呟く。
自分がやりたくて色々と計画をたてているにも関わらず、その結果で忙しくなるとストレス発散に暴れたくなり、冒険に出かけたくなるのはシエナの悪い癖であった。
「問題はどこに冒険に行くかだけど…う~ん…どこに行こうかなぁ」
テミン周辺での冒険と言えばダンジョン探索であるが、シエナはあまりダンジョン探索には乗りださずにどちらかといえばピクニック感覚で遠出するのが好きなだけである。
そうなると、ハーピーのミレイユのところに顔を出しに行くのが良いかな?と、シエナは考えたが、ケイトとの約束もあるのでミレイユに会いに行くのはその時にしようと考える。
「あ、そうだ。フィラメントを作る予定だったから、竹を採りに行こう」
メモ帳をパラパラとめくり、作りたい物リストからフィラメントの単語を確認したシエナは、素材に最適な竹を採りに行く事を決定する。
ついでにテスタ用に竹の和弓でも作ってプレゼントしようとも考えたり、肉まんを蒸す為の蒸籠も新品を作ろうかと連鎖的に思いつく。
「竹林はテミンから北東に向かって8日くらいだったかな?それなりの準備をしていかなきゃ」
荷物を少なくして魔法で身体強化して全力で走れば3日以内で到着できるだろうが、竹をなるべく多く持って帰りたいので、リアカーを引いて行かなくてはならない。
そうなると、やはりゆっくりと行進するしか他ないので、往復分の日数の食料を持っていかなければならないのであった。
シエナは立ち止まって竹を伐採する為に必要な道具や持って行く食料などをリストアップしていく。
そんな時であった。
「あれ?シエナ、シエナじゃないか?」
名前を呼ばれ、シエナは顔を上げる。
そこには、赤髪の男女が立っていた。
「あ、アッシュさんにレイラさん。お久しぶりです」
「やっぱりシエナだった。どうしたんだい?こんなところで」
宿屋の利用客としてだったら様付けで呼ぶシエナであるが、外ではさん付けである。
そして、シエナに声をかけて目の前に立っていたのは、たまに宿屋シエナに利用客としてやってくるアッシュとレイラのコンビであった。
「用事があって出かけてました、今はその帰りです」
「まあ、同じ街の中なんだし買い物とか用事くらいあるか。なんか、シエナって宿屋に閉じこもって来客をもてなしてばかりのイメージがあったよ」
アッシュは、自分がもてなしを受けた印象からシエナの事をそうイメージしていた。
そんなアッシュの発言に、レイラが「ちょっとアッシュ。失礼でしょ」と、肘で小突いて注意をしている。
「いえいえ、私はかなりアグレッシブに行動しますよ。明日、竹を採りに冒険に行こうと思ってますし」
「え?依頼を出さずに自分で採りに行く気なの?護衛は雇ってるの?」
護衛を雇うくらいなら、竹の採取依頼をかけた方が安上がりになるのに、とレイラは思いながら質問をする。
「護衛はいらないです。一人で採りに行こうかと」
「あ、危ないよ!!街の外は危険一杯なんだよ!?」
シエナが冒険者でもある事を知らないアッシュとレイラはシエナを止めようとする。
「大丈夫ですよ。伊達にシルバータグ…あ、今はブロンズに降格したんだった」
そう呟きながら、シエナは首から下げている冒険者タグのペンダントを服の下から引っ張り出す。
「わ…ランク4冒険者って…」
それを見て、レイラが驚きに目を見開く。
アッシュとレイラは、夏の始め辺りでランク2に昇格したばかりであり、ランク3までの道のりはまだまだ程遠い。
対してシエナはランク4であり、格上の先輩冒険者ということでもある。
「ブロンズに降格したって言ってたって事は、つい最近までシルバータグの、ランク5以上の冒険者だったのか?」
アッシュの質問に、シエナは頷く。
シルバータグを持つという事は一人前の冒険者という証でもあり、冒険者であれば誰もが目指したいランクである。
「元シルバーランク冒険者なら大丈夫だとは思うんだけど…心配だなぁ…」
何らかの理由で降格してしまったとはいえ、シルバータグを持てる実力者であるという事はシエナの冒険者としての腕前は一流であると考えられるので、単独で採取に向かうというのも納得できる事であった。…その見た目を除けば。
「ねぇ、もし良かったらだけど、シエナのその冒険に私達もついていっちゃダメかな?」
レイラの提案には2つの思惑があった。
1つは、単純に見た目が子供であるシエナが心配だからついていこうと思った点である。
もう1つは、一流の腕前を持つ冒険者なので、シエナの動きを見て何か勉強できる事があるかもしれないという打算であった。
「それは良いな。シエナ、ダメかな?」
「ダメではないです。ただ、竹を採りに行くだけなので、実入りする物は何もないですよ?」
シエナとしても、独りで冒険をするよりかは仲間がいた方が楽しめるので断る理由はなかった。
ただ、今回の冒険の目的が竹の採取なだけなので、アッシュやレイラみたいに個人の冒険の経験値よりも、ランクアップの為のギルドの経験値が欲しい人にとってはただの無駄足である。
それを理解した上で一緒に冒険に行こうというのならば、シエナには止める理由はない。
「構わないさ。俺もレイラもシエナが心配だからついていきたいんだし。それに、先輩冒険者の動きを見て勉強できるんだから充分実入りはあるさ」
アッシュもレイラと同じ考えに至っていて、隠す必要はない為に正直に答える。
ただ、普通であれば単独で冒険に出かけようとしている格上の冒険者に対して「心配だから」と言う発言は侮辱でしかない。
これがシエナでなければ怒っていた事だろう。
もちろん、シエナは怒る事はせずに心配してくれた2人にお礼をいう。
むしろ、迷惑をかけてしまうお詫びとして、サービスをするので宿屋シエナに宿泊に来ないかと誘うほどである。
「じゃあ、せっかくだしお言葉に甘えようかな。後で宿屋シエナに向かうよ」
一緒に向かわない理由は、アッシュ達が別の依頼を受けている最中だからである。
ただ、依頼自体は完了していて、依頼者とギルドへの依頼の完了報告をしに行くだけなので、そこまで時間はかからない。
シエナはアッシュ達に「美味しいお菓子を用意して待ってますね」と言って、一度アッシュ達と別れる。
(さて、3人での冒険になるから、その分の食料を用意しないといけないですね)
季節が夏なので、あまり傷みやすい食材は持っていけないから、持っていく食材はしっかりと厳選しないといけなくなった。
これが自分1人であれば、ある程度の量だけで良かったのであるが、3人分となるとそこそこの量である。
日持ちするのばかりを選ぶと、栄養も偏るし味も満足のいかない物(それでも、他の冒険者達に比べれば良い物ではあるが)になってしまう。
だからといって新鮮な物ばかりだと、最後の方になって「腐ってやがる。遅すぎたんだ」となりかねないので、シエナは悩みに悩んだ。
そして思い出す。
「クーラーボックスがあるじゃないですか!」
ほぼ毎日使っているにも関わらず、その存在を忘れていたシエナ。
しかも、現在宿屋内で使用中のクーラーボックスや冷蔵庫ではなく、倉庫に置いたままになっているヴィッツから帰る時に海産物を詰め込んで持って帰ってきたクーラーボックスがあるので、それに食材を入れて持っていけば良いだけである。
「よし、食料問題はOKですね」
それなりに良い素材を持っていって、旅先でも美味しい物を食べてもらおうと、シエナはどんな料理を作ろうかと考えながら帰路へ着く。
宿屋シエナに帰り着き、シエナはアッシュ達をもてなす為のお菓子作りに勤しむ。
他の来客にも振る舞いたいと思ってるので、素早く作れて美味しいお菓子は何かないかとほんの数秒だけ思案し、クレープを作り始めた。
クレープを大量に焼き上げ、中に生クリームとベリー系のフルーツを数種類混ぜたミックスジャムを挟む。
「何これ、すっごい甘い匂いがする」
厨房内で夕方の営業の為の仕込みをしていたエトナが、シエナの作ったクレープの匂いを嗅いでシエナの作ったお菓子であるクレープを覗き込む。
「クレープという甘い食べ物です。おひとつどうぞ」
「わーい。シエナありがと」
匂いだけで絶対に美味しいとわかっていたので、エトナはパクリとクレープを頬張る。
「ん~♪おぃし~」
クレープ生地だけでもほど良い甘さなのに、挟まれた生クリームが更に甘さをプラスさせ、ミックスジャムの甘酸っぱさがその甘さを更に引き立てる。
「シエナ!今回のお菓子も最高だよ!」
エトナは満面の笑みでクレープに噛り付き、その味を褒める。
「良かったです。さて、そろそろアッシュさん達が来る頃かな?」
そう言って、シエナが食堂から宿屋受付の方へと移動をしたその時、からら~んとベルの音を鳴らして入り口のドアが開く。
シエナはナイスタイミング!と、思って入り口の方を見る、が、そこに立っていたのはアッシュ達ではなかった。
「あ、シエナちゃん、ただいま」
「ミリアちゃん。おかえりなさい」
宿屋のドアを開けて入ってきたのは、故郷の村へと帰省していたミリアであった。
「今日帰ってくるのは覚えてましたけど、まさかこのタイミングでミリアちゃんとは…」
「む、何その態度。せっかくお客様を連れてきたっていうのに」
そのミリアの言葉に、シエナは「あぁ、道端でアッシュさん達と出会って連れて来てくれたのですね」と思って、ドアの外に立つ人物達を見る。
「………あれ?」
そこに立っていたのは、アッシュ達ではなく、どこかで見覚えはあるが、どこで出会ったかは覚えていない4人の男達が立っていた。
「な…なんでお前が、ここに…?」
その内の1人がやたらと肩を震わせてシエナを指差していた。
「えっと…?どちらさまでしたっけ…?」
「覚えてねぇのかよ!つい少し前にも会ったじゃねぇか!!」
シエナの言葉に肩を震わせていた男は怒鳴り声を挙げる。
「つい最近会った…?う~ん…?」
シエナは本気でわからないと言った感じで指を顎に当てて首を傾げる。
懸命に思い出そうとするがどうしても思い出せなかった。
「マジで失礼なガキだな、コイツは!」
「すいません。記憶力は良い方なのですが、どうにも覚えがなくて…」
シエナは、自分が覚えていないのだから、そこまで絡んだ事のある相手ではないとは思っている。
挨拶を交わし、ほんの少し会話した程度のレベルだと流石に覚えきれない。
きっかけがあれば鮮明に思い出せるのであるが、そのきっかけすら忘れていそうなレベルである。
「それでミリアちゃん。この人達は?」
4人の内、シエナに対してキレているのは1人だけなので、シエナは思い出すのは後回しにする事にした。
もしかすると、前にも同じように後回しにしてしまった事のある男性なのかな?とは思いつつも、思い出せないのだからしょうがない。もしかすると人違いの可能性だってあるのだから。
「乗り合い馬車の護衛をしていた人達だよ。途中、怖い魔物に襲われたんだけど、この人達がかっこよく退治してくれたの」
ミリアのかっこいいという褒め言葉に、男達は頭を搔いて照れる。
護衛を務めた冒険者達は護衛依頼完了後は、しばらくの間、骨休みをする予定だった。
一旦パーティーを解散し、各自自由行動を取る。
再び集結するのは1週間後であり、それまでは各々好きな場所に行けば良いのであるが、初日くらいは同じ宿で宴会でもしたいとテミンに辿り着く直前に零していた。
それを聞いたミリアは、お客様を呼び込むチャンスと目を光らせて、すぐに自分の働く宿屋へ来ないかと誘ったのだ。
誘われるのはやぶさかではないが、キチンと休める宿なのか、美味しい食事ができる所なのか、と、冒険者達はミリアに質問をし、ミリアは堂々とした態度で「絶対に満足のできる宿屋です!」と答えたのである。
そこまで堂々と言い放たれては冒険者達も断る理由はなかった。
そして、ミリアと共に宿屋シエナまで足を運んだという事である。
シエナは、ついでだったとはいえお客様を呼び込みしてくれたミリアに心の中で「グッジョブです!」と、サムズアップして褒める。
そしてそのミリアの誘いで来てくれて、依頼であったとはいえミリアの乗る馬車を危険な魔物から救ってくれた冒険者達に感謝をする。
その感謝に応える為に「宿泊代金は割引させていただきますね」と、笑顔で答えた。
4人の内、3人はシエナの言葉に素直に喜んだ。
しかし、シエナに対して怒っていた1人は喜ぶ事はせずにむしろ文句を言い始める。
「お前、ここの従業員だったのか!?」
「従業員と言いますか、経営者です」
シエナの返事に、男は「そんなのどっちでも変わらねぇ!」と怒鳴り声を挙げる。
「こんなクソガキの宿屋なんて…俺は泊まんねぇからよ、だからよ、お前らも泊まるんじゃねぇぞ!」
「うるせぇバカ!泊まりたくねぇならお前1人で野宿でもしてろ!!」
男の言葉に、仲間である男達が罵詈雑言を浴びせる。
「ち、ちょっと…!今の台詞を、もう一度こんな感じのポーズで地面に這いつくばって言ってくれませんか!?」
「誰がやるかバカ!しかもなんで地面に這いつくばんなきゃなんねぇんだよ!!」
ちなみにシエナの指定したポーズは、左手を天に向けて伸ばしてその人差し指だけを立てたポーズであった。
「もしかして…あなたの名前は、オルガでは?」
「ナルガだよ!」
「ナルガ…クルガ…?」
「クルーザーだよ!!マジでお前さっきから何なんだ!?」
微妙に間違った名前を呼ばれて、ナルガは額に血管を浮きだたせて怒鳴り散らす。
仲間達はそんなナルガをどうどうと言って宥める。
「くっそ…マジでスライムの時からムカつくガキだとは思っていたが、ここまでムカつくガキだとは…」
ナルガの呟きで、シエナは「あっ!!」と声を挙げて思い出す。
「あぁ!スライムの時と、ちょっと前の盗賊の時にそういえば会いましたね!すっかり忘れてました」
喉につっかえていた魚の骨が取れたような爽やかな気分で、シエナはポンと手を打つ。
「おっせぇよ!思い出すのおっせぇよ!」
スライムの時は悪態を吐いてばかりであり、次の盗賊の時、シエナのランクが降格した時には慰めようとしていたナルガであったが、今はただ、ツッコみキャラと化していた。
そんなナルガであるが、シエナは何故か憎めないでいた。どちらかといえば、愛すべきバカである。
「あはははは…これは色々と失礼しました」
シエナは乾いた笑いをしながら誤魔化しつつ謝る。
もちろん、ナルガの怒りはそんなので治まる訳がない。
「お詫びと言ってはなんですが、丁度美味しいお菓子を作ったばかりなので、どうぞ食べてください」
そう言って、シエナは皿に盛られたクレープをナルガ達に差し出す。
ナルガの仲間達は、その甘い香りのする食べ物にすぐに飛びついた。
「うっま!おい、ナルガ!お前も食ってみろよ!」
シエナが差し出した食べ物に手を伸ばすのは癪だと思っていたナルガは、興味はそそられてはいたがすぐに手を付ける事はできなかった。
仲間が美味しそうに食べる様子を、苦虫を噛み潰したような表情で、しかし、羨ましそうに眺めていたナルガは、仲間の1人に無理矢理持たされる事によって、ようやくクレープにありつける事ができる。
が、食べる前にシエナの方を一瞥し。
「仲間が食ってみろって言うから食べるんであって、お前が作った食いもんなんて普通だったら食べないんだからな!」
と、いちいちテンプレのような台詞を言っていた。
「はいはい、ツンデレ乙です」
その間に、シエナはそれぞれの為に冷たいお茶を用意する。
そしてナルガはクレープを一齧りして、その甘さと美味しさに目尻を下げてだらしない表情をするのであった。




