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オルゴール

「シエナ。少し相談したい事があるんだけど」


 テスタとフリートとの、カカオの輸入、及びチョコレートとココアの生産・販売についての話し合いを終えたシエナが、夕食の献立は何かなと楽しみにしながら広間に戻ったところで、ルクスとレクスが真剣な表情でシエナを待っていた。

 髪の色と髪型、更には母親が違えど、その表情はやはり兄弟だからかそっくりである。


「どうしました?改まって」

 シエナはきょとんとしながら席に着く。

「なんて言ったらいいのかな…?あぁ、そうだ。まず前提として、シエナは音楽ってどう思う?」

 ルクスの質問の意図がよくわからないが、シエナは「音楽は良いですよね。リリンの文化のキワミ、アッー!です」と、途中から意味不明な言葉で返す。


 2人から「何言ってるんだ、コイツ」というような冷ややかな視線を向けられ、シエナは自分で変なボケをした事を若干後悔しながら、こほんと咳払いをして真面目に答えだす。

「音楽は好きですよ。歌も大好きですし。それで、音楽がどうしましたか?」

 シエナは簡潔に質問の答えを述べ、逆に質問をし返す。

 ルクスとレクスは、シエナが音楽が好きだという答えに少しだけ安堵し、まずは父である国王の身の上話をする。

 身の上話と言っても堅苦しい内容ではなく、昔亡くなった王の妹の王女が音楽が好きであった事と、毎年その王女の命日に鎮魂曲を演奏している事を簡単に話した程度である。


 その話しを聞いて、シエナは「亡き王女の為に演奏をするなら、七重奏(セプテット)でしょう!」と、思わず叫びたくなるのを我慢する。

「えっと…?それで?」

 話しの流れではそれがどう相談したい事なのか把握できないシエナは、ざっくりと質問をする。

 

「まあ、それで父上もそのまま影響を受けて、音楽好きになったんだ。それでこの前父上に手紙を出したら、自動的に音楽を奏でる楽器があったら良いな。という感じの返事をもらったんだ。もしそう言う自動的に音楽を奏でる楽器をシエナが知ってたらなぁ~?って思って…」

「ありますよ」

「そうだよな…流石のシエナでも、自動的に音楽を奏でるような楽器なんて…え!?あるの!?」

 お決まりのパターンでルクスとレクスは驚く。


「はい。楽器ではなく、ただ音楽を流すだけなら他にもありますが、それは技術が足りないので作れないです。ただ、私の技術で作れる楽器に近い音楽を奏でる物でしたら、オルゴールというのがありますよ」

 ちなみにこの時、シエナはCDやレコード、地球よりも前のどれくらい昔かは忘れたが、別の異世界で作られた音楽を流す機械を思い出していたが、レコードはまだしも、他に関してはこの世界の技術力不足により、作る事ができない物であった。


(あ、レコードで思い出した。蓄音機も作りたいけど、先に豆電球でも作ろうかな。フィラメントも魔法を利用すればそれなりに簡単に作れるでしょうし、魔晶石から魔力を電気に変換、もしくは魔力で発熱できるフィラメントを作れば、魔晶石自体を光源にしなくて済みますし)

 魔晶石を電池のように扱い、外から丸見え状態にするのではなく、見えない状態にして、更に金属で固定すれば魔晶石が盗まれにくく、外にももっと明るい街灯が設置できるはずであるとシエナは考える。

 ちなみに蓄音機からそのままフィラメントを思い出したのは、もちろん地球の偉大なる発明家の発明品を連鎖的に思い出したからである。

 若干、技術力不足ではあるが、魔晶石さえ利用すれば蓄音機もその他の発明品も、問題なく作れるような想像がシエナの頭の中では広がっている。


「それで、そのオルゴールというのはどのような物なのでしょうか?」

 まさかそんな物があるとは思っていなかったレクスは、少し喰い気味にシエナに質問をする。

「実物が見せれれば説明しやすいんですけどねぇ」

 そう言いながら、シエナは身振り手振りでオルゴールの簡単な説明をする。

 シエナが説明したオルゴールは、一番オーソドックスなゼンマイ式のトゲトゲのついたドラムが回るタイプのオルゴールであった。

 シート式手回しオルガニートでも良かったが、今この世界で作られている紙では耐久が持たないし、何より自動的ではないのでシエナはオルガニートを除外した。

 しかし、やはり実物が目の前にないと、説明を受けてもピンとこないレクスは「想像もつかない…」と難しい表情を取る。


「そのオルゴールと言う物ですが、是非、作っていただけませんか?」

「いいですよ~」

 レクスのお願いに、シエナはすぐに返答をする。特に何も考えずに了承した事をすぐに後悔するとも知らずに。

「じゃあ、4日後のぼくが出発するまでに作ってくれ」

 シエナは思わず吹き出しかける。

「4日後までって…無理に決まってるじゃないですか!!」

 今この場に、全てのオルゴールの材料がすでに加工済みで準備されていて、尚且つ楽譜も用意されているのであれば、ギリギリ4日でも作れない事はないが、手元には材料もないし楽譜すらない。

 だから、シエナはテミンに帰ったらゆっくりと作成をして、完成し次第渡すつもりで了承をしたのであった。

 シエナはそれをレクスに説明する。


「昨日、シエナはカカオを譲りたくないというぼくから、無理にでも譲ってくれと言ってきたよね?」

「そ、それはそうですが…その分の見返りとして、きちんとその分のお金もお支払いしましたし、更にはチョコレートとココア、カカオの粉をすでにお渡し済み、あとは約束である漢方薬を渡すって事で了承を得たはずでは?」

「今はチョコレートとココアがどれだけ素晴らしい物かは実感できた。けど、それはあくまでも結果であって、過程の段階ではぼくはその約束でもカカオを渡したくはなかった。兄さんからのお願いもあり、渋々渡していた事は理解できてるよね?」

 微笑みながら淡々と語るレクスが少し怖いとシエナは感じた。

 レクスは、お忍びとして商人をしているが、ただ商人に混じっているだけではない。

 本当に、商人として損得勘定を考えながら商売をしているのだ。


 そして、シエナにカカオを売るとなった際も、その時点ではまだ「損」としてしか感じられていなかったのだった。

 損であるのにシエナにカカオを売ったのは、あくまでも兄であるルクスのお願いも含まれていたからである。


「それを踏まえても、シエナが今回、ぼくのお願いを無理にでも聞いてくれても良いと思うんだけど?もちろん、完成した品物を見て、それに見合った報酬は支払うよ?」

 笑顔なのに目が笑っていない。シエナはそんなレクスの表情に冷や汗を流し、がっくりと項垂れた。


「それを言われると辛いです…。…わかりました。ただ、本当に準備万端だったとしても、4日はギリギリなので、もしかすると間に合わないかもしれな…」

「なんとしても間に合わせてね?」

 まだシエナが喋っている途中にも関わらず、レクスはシエナの言葉に被せて微笑む。



 その後、夕食までの間になんとか材料や部品を揃える為に、シエナは半泣き状態でヴィッツの町にある冒険者ギルドの工房へと全力でダッシュをした。




「あら?シエナはどうしたのかしら?」

 夕食の時間となり、料理が運ばれて来ても姿を見せないシエナに、テスタが首を傾げる。

「さっき、凄い疲れた顔をして部屋に戻っていきましたよ。何やら色んな金属の部品を持っていましたが…」

 シエナの姿を探して館の中を歩きまわっていたバルバロッサは、いつも明るい表情をしているシエナのあんなにも疲れたような表情を見たことがなく、少し心配をしていた。



「うぅ…魔力が足りない…お腹空きました…」

 それから少しの時間が経ち、皆がとりあえず食事をしていると、少々ふらつきながらシエナがやってくる。

 その顔色は少し悪い。


「大丈夫?」

 バルバロッサとルクスが同時に立ち上がり、シエナに近寄るが、距離が近かったバルバロッサがシエナを席までエスコートする形となった。エスコートと言うよりも、介護であるが…。

「工房で色々と部品を作る為に…魔力を使い過ぎました…」

 シエナの魔力はほとんど空である。鍛冶で部品を作っていたが、時間が足りなかったので、ほぼ錬金術に近い形で熱魔法と土魔法を併せて高出力で多用した。その為、少ない魔力しかもたないシエナはすぐに空になってしまっていたのだった。

 しかも、魔力不足を補う為に、残っていた3つの物凄く不味い栄養ドリンクを飲みながら作業をしていたので、それはもう気分が悪くなるというものである。


(あの栄養ドリンク…もう少し味をなんとかしないと…あと、効果ももう少し上げたいなぁ…)

 バルバロッサが椅子を引いてくれた事にお礼を言いながらシエナは席に着く。

 その様子を見ていたルクスは「ぐぬぬ…」と悔しそうな表情でバルバロッサを見、バルバロッサは勝ち誇ったような表情でルクスを見ていた。


 すぐにシエナの分の料理が運ばれてきて、それをシエナは優雅の欠片もなしにあっという間に平らげる。

 その食べっぷりは、逆に気持ちの良いくらいの食べっぷりであった。

 栄養補給をして、魔力を少しでも回復させないととてもじゃないが集中ができない。

 集中できなければ、とてもじゃないが4日で完成などできないのであった。


「それでは、私はこれから部屋に籠ってオルゴールの作成に取り掛かります。食事は…サンドイッチのような作業の合間につまめるような物を持ってきてください」

 今朝はカカオを磨り潰す苦痛の単純作業をしていたのに、これからは物凄く細かい作業をしなければいけない事にシエナはげんなりとする。

 きちんと食事を摂りたいところではあるが、そんな暇もないくらいに…。


「あぁ、眠気覚ましに味も何も調製していないココアでも淹れてもらおうっと…」

 仮眠は少しはする予定であるが、ほとんど徹夜作業になるだろう。

 シエナはとにかく早くオルゴールを完成させる為にも、自分に宛がわれた部屋へと戻るのであった。




 それから3日が経過した。


 シエナは少しの仮眠を取りつつ、なんとかオルゴールを完成させた。

 完成させた時にはすでに3日目の夜になっていて、残された時間も僅かであったが何とか完成させる事が出来た事にシエナは安堵していた。


 途中、丸1日シエナの姿を見ていないルクスとバルバロッサが、心配と会いたい思いを含めて2日目にシエナの部屋に来た時に、シエナは「今集中してるんで邪魔です!」と怒鳴ってしまった事を思い出して申し訳ない気分になる。


 色々な思いもあるが、とにかく完成させたオルゴールをレクスに早く手渡そうと、シエナは部屋を出て、広間へと向かう。

 幸い、夜とは言ってもまだ陽が落ちてそんなに時間が経っていなかった為、まだ誰も眠りにはついていなかった。

 レクスもその中の1人で、貴族や王族らしく皆優雅にお茶を嗜んで雑談に興じていた。


「お、シエナ。完成したのか?」

 シエナの姿を見るなり、嬉しそうにルクスが立ち上がり、バルバロッサよりも早くシエナに駆け寄る。

「えぇ…なんとか…」

 シエナは眠気からフラフラと歩きながらも小さな木箱をレクスに差し出す。


「容れ物は、あまり時間がなかったのであまり良くない出来になってしまいました。国王様へ渡される前に、別の容れ物でも用意して移し替えてください…」

 流石にシエナが急ぎで作った容れ物は、あくまでも落として壊したりしない為の物であり、その見た目はかなり質素であった。


 シエナから木箱を受け取ったレクスは、丁寧にテーブルに置いて中身を確認する。

「ほぅ。これは置物としても中々の物だな」

 箱の中には円柱の土台に、翼を生やした女性を象った銀の像が入っていた。

 レクスはそっとそれを取り出してテーブルの上に置く。


「しかし、これはただの銀像にしか見えないが…?これが自動的に音楽を奏でるオルゴールと言うものなのか?」

 あらゆる角度からレクスは翼の女性像を見る。しかし、どこから見てもただの像にしか見えず、音楽が鳴るようには思えなかった。


「今から説明します。この土台の下に、2つの穴が空いた丸い板が付いてるのはわかりますよね?」

 シエナの説明に、レクスは像を持ちあげて土台の下を見る。

 そこには土台を少し浮かせるような形で2つの穴が空いた丸い金属の板が付いていた。

「それを右回しで少しだけ回してみてください」

 穴に指を入れ、シエナの言う通りにレクスが板を回すと、ギチギチッと言う音を鳴らしながら板は回転する。


「じゃあ、指を離して、像をテーブルに置いてみてください」

 言われた通りに指を離すと、テーブルに置く前から像から綺麗な音色が流れ出す。

 それだけでもレクス達は驚きであったが、テーブルに置くと翼の女性像は音楽を奏でながらゆっくりと回転をし始めた。


「おぉっ!これは凄い!」

 皆が食い入るように翼の女性像を見、その綺麗な旋律に耳を澄ませる。

 しばらく皆が音楽に聴き入っていると、突如として翼の女性像は動きと音楽を奏でる事を止める。

 レクスは壊れてしまったのかと一瞬焦る。


「大丈夫です。壊れていません。これは下のゼンマイを巻いた分だけ動く仕掛けになってますので、再度ゼンマイを巻けば同じように動きます。ただ、あまり多く巻きすぎると壊れてしまいますので、ほどほどにお願いしますね」

 シエナがそう説明をすると、レクスは安心してホッとため息を吐く。

 念の為、もう一度ゼンマイを巻いて動作確認をして、壊れていない事を確かめる。


「これは素晴らしい物を作っていただいた。これならば父上も…国王陛下も喜んでくださるだろう」

 レクスは、いや…レミウスは王族モードでシエナに礼を言う。

 その言葉を聞いて、シエナは安堵の微笑みを漏らす。そして…。


「わたし…頑張ったよね…?もう、オル…ゴールしても良いよね…?」

 そう言って、フラフラと歩きだす。

 すでにシエナの眠気は最高潮である。

 仮眠を多少とったとは言っても、ほぼ3日徹夜である。


 早くベッドで眠りたい…。いや、ベッドまで歩くのももう無理だ。そこのソファーで良いから横になりたい…。

 シエナはそう思いながら一歩一歩を踏み出す。

 その先の、幸せな睡眠(ゴール)を目指して。


 心配したルクスがシエナの前に立ち、そっと手を差し伸べる。

 シエナはそのルクスの胸に飛び込むように倒れ込み………深い眠りについた。

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