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ルクスの弟

「せっかくのデートなのに、変な事に巻き込んでしまってごめんなさいね…」

 デートを再開して、すぐにシエナはルクスに謝罪をする。

 人助けも入ってたとはいえ、自分の行動はデート中の相手に対してかなり失礼に当たるとシエナは後から思ってしまったのだった。

「謝らなくても良いよ。面白かったし」

 そう言ってルクスは笑顔を見せる。

 実際に、少しだけハラハラする場面はあったが、周りの見物人達も大いに盛り上がっていたくらい面白かったのである。

 ルクスの言葉にシエナはホッとため息をついて、嬉しそうに笑う。


「それはそうと、物凄い大金持ち歩いてたんだな…」

 シエナが出していた30万リウスは、町に住む人であれば十数年は余裕で暮らせるだけの金額である。

 そんな大金を持ち歩いているとは思わなかったルクスは心底驚いていた。

「これは私が冒険者として稼いだお金ですからね。宿を抜きにすればこれが私の全財産です。さっきの私の取り分の7万5千リウスも足せば、私の全財産は53万です」

 ルクスはまさかの全財産持ち歩きかよ!と心の中でツッコミを入れる。

 王子であるルクスからすれば、はした金ではあるが、それでもやはり大金は大金である。

 と、言うよりも、シエナがテミンから持ってきていたのが1万リウスであっても中々使いきれるものではないくらいであり、50万近く持ってきているのは過剰すぎるのである。


「凄いよな。冒険者としてそれだけ稼げるんだったら、宿屋やらなくても冒険者で食べていけるじゃん」

「ん~…でも、やっぱり私は宿屋をやりたかったですし。それに冒険者は危険度と報酬の割が合ってないこともありますし。命の危険だって…そう考えたら、冒険者だけでは食べていけないと思いますよ」

 そう言いながらも、シエナはたまにスリルと興奮を求めて冒険に出かけてしまうのであった。



 先のトラブルで時間をくってしまったが、シエナとルクスは陽が暮れ始める時までデートを楽しんだ。

 陽が沈んでしまうと、街灯などの設置が少ない町中はすぐに真っ暗になってしまう。

 電気による電灯はもちろんないし、まだ天然ガス自体が発掘されてない世界なので、ガス灯などは当然存在しない。その為、町中にある街灯は蝋燭(ろうそく)のランタンを吊り下げているだけであった。

 あまりにコストパフォーマンスも悪いので、夜になっても人通りの多いところとメインストリートの一部に設置されている程度であり、しかも(ろう)が燃え尽きてもすぐに交換されるわけではないので、夜の町はやはり真っ暗になってしまうのであった。


 これがシエナの発明した魔晶石を用いた灯りであれば、魔力を補給すればかなり明るく長時間持つのであるが、高価な魔晶石を町中の、人々の目に付くすぐに取れるような場所に設置しておくとすぐに盗難に遭ってしまう。

 魔晶石の灯り自体がこの国でもまだ広まり切っていないというのも理由に含まれるが、どの町にも魔晶石の灯りは設置されていなかった。

 結果、魔晶石の灯りを知っている全ての町の有力者達はあくまでも自分の邸にのみ魔晶石の灯りを設置するだけに留まっているのであった。

 酒場が集中してるところは店から漏れる灯りなどでそこそこ明るくはなっているが、町から領主館への道のりは完全に真っ暗である。

 なので太陽が沈み切ってしまうまでに帰らなければならないのであった。


 シエナとルクスは、帰る前に大型の木造船が泊まる港へと立ち寄った。

 木造船は先ほど到着したばかりなのか船乗りや商人達が積み荷をせっせと下ろして、すぐ近くに停めている馬車へと荷物を積み込んでいた。


「ふぁ~。綺麗ですねぇ」

 残念ながら、ヴィッツは海に対して東向きに面しているので、太陽が海に沈んでいく夕焼けの光景は見る事はできない。

 それでも、西からの強い陽射しにより、波しぶきがキラキラと綺麗に輝いていた。

 港のすぐ近くには、船や海を眺める為のベンチが設置されていて、ルクスはそこに腰を下ろす。

「ルクスさん。見てください!魚が飛び跳ねてますよ!」

 シエナは見た目の子供っぽさではしゃぐ。子供っぽさというよりも、まだ年齢的にも子供なのであるが…。

 ルクスはその光景を微笑みながら眺めていた。


 シエナは少しの間海や船を眺めた後、ルクスの隣に腰を下ろす。

「今日は…楽しんでもらえた、かな…?」

 ずっと不安に思っていた事を、つい口に出して質問をしてしまうルクス。気になっていても普通は聞いてはいけないのであるが、ルクスは王族故にそう言った気配りをする事がなかったので、つい質問してしまったのである。

 シエナはきょとんとした表情を見せた後に「もちろん楽しかったですよ。ありがとうございました」と笑顔でお礼を言う。

(はぁ~…良かった…)

 ルクスは心の中で安堵のため息を吐き、シエナに微笑み返す。


 少しの間、2人は海を眺めて余韻に浸る。

 聞こえてくるのは、波の音と大型船からの船乗りや商人達の声だけであった。

(…抱き寄せたりしたら、怒るかな…?)

 ルクスは若干の下心を持ちながらもシエナを抱き寄せるかどうか迷う。

 そして意を決してシエナの肩に手を回した。

「わっ!?」

 突然背後から伸びてきた手にシエナは驚いてしまう。

 だが、それがルクスが自分を抱き寄せる為に伸ばしてきた手だと悟ると、そのまま身を委ねた。

「……………」

 シエナの頭がルクスの肩に当たり、2人は少し頬を赤く染めながら改めて海を眺める。


 5分程の時間が経過し、その間に何度も考えていた事をルクスは行動に移そうとする。

「シエナ…」

 ルクスに呼ばれ、シエナはルクスを見上げる。

 その顔はとても真剣で覚悟を決めた男の顔であった。


 ルクスは空いている左手をシエナの頬に添え、そっと撫でる。

 シエナは少しくすぐったそうに、しかし嬉しそうに反応し、ルクスの顔が少しずつ近寄ってきたのを見て何をされるかを察する。

 シエナはそっと目を瞑り、そのままルクスに全てを委ねようとする。


 2人の唇があと少しで重なるというところまで来たところで、シエナは途端に恥ずかしくなる。

(やっぱりダメ!まだ付き合ってもいないのに、キスなんて!)

 一瞬でそう考え、そう思った時にはシエナは両手でルクスの顔を押し戻していた。

「だ、ダメです!キスはダメです!」

 当然、ルクスはショックを受ける。

「キスは、その…結婚を誓った相手と…って決めてるんです!」

 ショックを受けてるルクスに、何か言い訳をしようと焦ったシエナはそう言ったが、むしろ傷口を広げるだけであった。

(それって、遠回しに俺とは結婚しないって事だよな…)

 むしろ、傷口に塩を塗りたくっているようなものである。


 ついさっきまでの良い雰囲気とはうって代わり、非常に暗い雰囲気になってしまった。

「そ、その…ルクスさんが嫌いってわけじゃないですからね?ただ…その、キスは…」

 自分の言い訳が更にルクスに追い打ちをかけてしまっていた事を悟ったシエナは、なんとかしてルクスを励まそうとする。

 が、良い励まし方が思い浮かばないのであった。


「う~…じゃあ、頬っぺ!頬っぺにキスなら良いですよ!」

「それは、シエナが俺にしてくれる方?」

 項垂れたままルクスは「どうせ俺がシエナにする方なら良いって言うんだろうな…」と、半ば自棄になっていた。

「それはもちろんですよ。何ならお互いに頬っぺにキスします?」

 とにかく、シエナは唇によるキスでなければ問題ないのである。


 ルクスはその言葉を聞いてそこそこ元気を取り戻した。

 唇にキスは叶わなかったが、シエナにキスをしてもらえるというだけでも儲けものと考えたのである。


 まず先にルクスがシエナの頬にキスをした。

 シエナの頬は子供らしいもっちりとしたすべすべの肌で、ルクスは思わずかぶりつきたくなる衝動を抑えるのに必死だった。

「えへへ、なんだか照れますね」

 自分好みの超絶美形からのキスである。シエナはその場で踊り出したいくらい内心では喜んでいたが、何とか少しだけ照れる仕草にする程度で抑える事ができた。


 そして、今度はシエナがルクスにキスをする番になる。

 シエナは左手で左の髪をかきあげ、そっとルクスの頬にキスをする。

 シエナの唇がルクスの頬に触れた瞬間、ルクスは何とも言い難い幸福感を感じた。

「あぁ、俺は幸せ者だなぁ…」

 今しがたキスをしてもらった頬を愛おしく撫でるルクス。

 その顔は若干だらけた表情となっていて、残念なイケメンと化していた。


「ちょ、ちょっと潮風で体の熱を冷ましてきますね!」

 顔を真っ赤にしているシエナは、照れ隠しからか急いでその場を離れ、海の方へと向かう。

「照れちゃって、可愛いなぁ」

 照れ隠しだと当然気付いたルクスは、小走りで海へと向かっているシエナを見て心の底から可愛いと感じていた。


「ふぅ~…俺も少し体が熱くなってしまったな」

 ルクスはそのままベンチにどっかりとした姿勢で座る。

 丁度その時、大型船で荷卸しを終えた4台の馬車がルクスの前を横切ろうとしていて、その内の1台の馬車に乗っていた1人の人物がルクスの姿を見て思わず声をあげる。


「兄さん!兄さんじゃないか!」

 ルクスに対して声をかけた人物は、御者と仲間と思われる人達に馬車を停めるよう命令をし、馬車を降りる。

「レクス?おぉ!レクスじゃないか!元気にしてたか?」

 馬車から降りてきた人物を見て、ルクスは嬉しそうな表情をして立ち上がる。


「久しぶりだな。半年ぶりくらいか?」

「そうですね。しかも、前に会った時はすれ違った程度で会話もなかったですからね。そう考えたら1年ぶりくらいの会話ですよ」

「あれ?ルクスさん、そちらの方はどなたですか?」

 レクスと呼ばれた青年と挨拶を交わしていたルクスの下へシエナが戻ってくる。


「あぁ、紹介するよ。こいつはレクス…レミウス・カイン・ヴィシュクス、俺の弟だ。」

 初対面の人間に本名をバラすルクスに、レクスはギョッとした表情をとる。

 身分を隠す為に偽名を使っているのに、これでは全く意味をなさない。

「おぉ~、ルクスさんの弟ですか。髪の色は違いますけど、顔立ちなどは似てますね。…あれ?ルクスさんって、ルシウス・アルド・ヴィシュクスって名前ですよね?ミドルネームが違いますね」

 ルクスの髪の色は金髪であるが、弟のレクスの髪の色は茶髪であった。

 しかし、髪の色と髪型は全く別物であるが、顔立ちなどはそっくりであり、レクスが金髪でルクスと同じ少しだけだらしないボサボサとした髪型をしていたら、まるっきりルクスを少し小さくしたような立ち姿であった。


「俺は正室のアルド家、レクスは側室のカイン家の出生なんだ。異母兄弟ってやつだな。ちなみにレクスは俺の2コ下の13歳。シエナと同い年だな」

 その説明に「あぁ、まあ王族ですからね。跡継ぎの為にも必要な事ですよね」とシエナは納得する。

「初めまして。私、シエナと申します。ルクスさんにはいつもお世話になっております」

 シエナはペコリと頭を下げ、まばゆいばかりの笑顔をレクスに見せる。

「シエナさんですね。ぼくの事はレクスとお呼びください。失礼ですが、兄とはどういったご関係で?」

 レクスは兄がいきなり本名をバラすような存在であるシエナの事が少し気になっていた。

 見た目は少し幼いが、かなりの美少女(化粧をしているからだが)で、普段は必ず一緒にいるはずの護衛も付けずに2人きりでいる存在。

 更に自分自身も本名をバラしているという事は、当然身分も全て打ち明けている存在なのだろうとレクスは考える。


「シエナは将来、俺の妻になる女性だ」

「だから勝手に決めないでください!」

 シエナは顔を真っ赤にして照れながら怒る。

 ルクスもだいぶ慣れてきたのか、断られるような発言をされても動じなくなってきていた。


「…えっと?」

 当然、レクスは2人の夫婦漫才に困惑している。

「まあ、この子は俺が将来の伴侶としてアプローチをかけている女性って事だよ。…めちゃくちゃ断られているけどね…」

 ルクスのその発言にレクスは驚く。

 どこに王族からのプロポーズを断る女性がいるのか。…ここにいた。


(えっと、一応確認なんですが、当然兄さんの身分とかも知っているんですよね?)

 レクスは万が一知らなかった時の為に、小声でルクスに耳打ちをして確認をする。

「あぁ、知ってるよ」

 ファミリーネームで身分などバレバレではあるが、万が一気付いてなかった時の事を考慮してだったが、知っているなら隠す必要もないので安心していられるとレクスはホッとする。

 それと同時に、それならば何故王族からの、更にいえば将来は王位を継ぐルクスからのプロポーズを断るのかがレクスには逆にわからなくなってしまう。


「俺としては、王位はレクスに継いでもらって、俺はシエナの宿屋に婿入りしたいんだがな」

 ルクスの言葉にレクスは思わず吹き出す。

「ちょっと待って!どっかの貴族の娘かと思ってたんだけど、まさか平民なの!?」

 流石に平民ではないと思っていたレクスは驚きを隠せずにいた。

 王族であるルクスが、ただの平民の娘に求婚をし、その娘はその求婚を断るという。しかし、一緒に出かける仲。レクスはわけがわからなくなってきて頭が痛くなっていた。

「しかも、今、ぼくに王位を継いでもらいたいとか言ってたよね?」

「あぁ、言ったぞ。実際、昔から思ってたんだよ。お前の方が王になるに相応しいって」

 レクスはまだ自分が幼い頃にルクスが「王になりたくない。レミウス、お前が王になってよ」と言っていた事を思い出す。


「ほんと…兄さんは昔から変わらないなぁ…」

 やれやれといった素振りでレクスはこめかみを押さえる。

「俺みたいな人間よりも、頭の回転の早いレクスの方が絶対王に相応しいって思うんだけどなぁ。継承権第一位なんてなかったらよかったのに。あ~…王になんてなりたくねぇ…」

 他の国には、王になりたくて継承権第一位の跡取りを暗殺しようと目論む輩もいるというのに、ルクスは贅沢な悩みをぶちまける。


「なんでルクスさんは王になりたくないのですか?」

 素朴な疑問をシエナはぶつける。

「ん?なんでって、そりゃ面倒だからだよ。仕事だって多いし、自由はないし」

 それが王や王族の責務なのではあるが、ルクスはそれが嫌なのである。


「兄さん…」

 そんなルクスの台詞と態度にレクスは呆れかえっていた。

()()()()()()()、レクスはなんでここに?」

「ぼくが仮の姿を何にしてるのかは知ってるよね?」

 ルクスの「そんなことより」発言に再度呆れつつも、レクスは念の為の確認を行う。

 これでルクスが「なんだっけ?」と忘れているようだったら少し悲しく思うところではあるが。


「商人だろ?ほんと、凄いよな。俺にはとても真似できないよ」

 きちんと覚えてくれていた事に安堵しつつ、レクスはヴィッツへやってきたいきさつを説明する。


「…それで、今は王国内の貿易を担ってる港町を視察しているところなんだ。船で移動するから結構楽だよ」

 もちろん、海にも魔物が出現する事はあるが、基本的には海上で魔物に襲われる事は滅多にない。

 海の魔物がわざわざ船上にいる人間に襲い掛かってくるのは、自分に害を与えてきた場合に追い払う為だけのみであり、例え襲われてもすぐに逃げれば追ってこないのでほとんど問題はない。


 例外として、出会えばほぼ命のないクラーケンが出没する事があるが、クラーケンに襲われる可能性は限りなく低く、襲われた船の報告も数十年に一回あるかないかと、まず出会う事のない魔物なので、この世界の船旅は意外にも快適なのであった。

 ただ、あくまでもそれは唯一の生き残りによる証言が数十年に一回という頻度なだけであり、行方不明となった船がクラーケンに襲われたかどうかは定かではない。


「…ほんと、凄いな…。何より行動範囲もやる気も俺とは大違いだ」

 ルクスはあくまで王都から遠くないところばかりを視察していて、普通だったら数日で片付くような規模の村や町であっても、観光や遊びと、サボりに使っている為にひと月以上かかってしまっているのである。

 一応は冒険者を仮の姿としている為、自分達で問題なく片づける事のできる依頼が入っていれば、依頼を受ける事もあるが、それを踏まえても時間がかかりすぎているのである。

 ただ、ルクスはきちんと時期を決めればその通りには行動するタイプではあるので、護衛兼お目付役であるティレルとケイトが、ルクスが不機嫌にならない程度に予定を決めているのであった。


 ちなみに、テミンの街でも、テミンに住む貴族達が不正を働いていないか、街に住む人々が問題なく幸せに暮らせているか、ただそれだけを見れば1週間(この世界の1週間は10日)で終えていたのだが、ルクスはシエナと出会ってしまった為に、テミンから、そしてシエナから離れたくなくなってしまっていた。

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