自由気ままなシエナ
真夏に入り、暑い日が続くある日の事、シエナは目一杯のおめかしをしていた。
普段は地味な服装で、長いスカートを穿いているが、その日のシエナは薄手のノースリーブにミニスカートである。
髪も、肩甲骨辺りまで伸びた髪を頭の両サイドで纏めてお団子を作り、それをシニョンキャップで被せる中華娘のような髪型をしていた。
「うん、ばっちりです」
姿見で身なりを見て、問題がない事を確認すると、小さなショルダーバッグを持って自分の部屋のドアを開けた。
「シエナさん!女の子がそんなに太ももを出してはいけません。それに腋も!」
部屋を出てすぐに、アンリエットがシエナの恰好を見て卒倒する。
シエナの服装は、現代日本であればどこでも見かけるようなとても可愛らしい格好なのであるが、この世界ではかなり露出をしてしまっている恰好である。
特に、スカートは太ももが丸見えになっている程の短さのミニスカートなので、元貴族であるアンリエットからすれば、それは見るだけでもとても恥ずかしい恰好なのであった。
「いえいえ、これくらい大丈夫です。それにこういう恰好は、若いうちにしておかないと」
前世で今のような服装が出始めた時には、すでに自分は年寄りであった為、着てみたくても着る事ができなかった。
こういう若者らしい格好ができるのは、本当に若い時だけであり、シエナは今しかないと感じている。
「それでも露出が多すぎます!見てください、あのシャルロットの獲物を狙うような目を!」
アンリエットに言われて、シエナはシャルロットの方を見てみると、シャルロットは涎を垂らしてシエナの太ももを凝視していた。
なんだ、いつものシャルロットさんじゃないですか。と、シエナは気にする様子もなく冷蔵庫の中からビンに入れられた牛乳を取り出し、コップへと注ぐ。
「ごくごく…ぷはー。よく冷えてる牛乳はやっぱり美味しいですー」
冷蔵庫を作って本当に良かったと、シエナは思いながらコップに残った牛乳を飲み干す。
アンリエットは、赤面しながら何かシエナに羽織らせられる物がないかと辺りを見渡していた。
「確かに、それは露出多すぎない?ほとんど肌着じゃない?」
起きてきたばかりのエトナも、朝食兼昼食を食べながらシエナの格好を見て答える。
シエナも、流石に腋出しルックはやりすぎたかな?と、少し思うのであった。
「でも私は、退きません!媚びへつらいません!反省しません!せっかくなので私はこの格好のまま遊びに行ってきます!」
訳の分からない事を口走りながら、共有部屋を飛び出そうとするシエナの襟をアンリエットは掴んで止める。
シエナは「ぐぇっ」と、女の子が出すべきではない声を出しながら、勢い余って尻もちをついた。
「く、苦しいじゃないですか!」
シエナはケホケホと咳込みつつも、少し怒りながら襟を掴んでいるアンリエットに抗議する。
しかし、アンリエットも負けじとシエナに怒る。
「ダメです!若い女の子がそんな露出の多い服は認めません!」
シエナは頬をプクーッと膨らませた。
せっかく着てみたくて作った服である。それを認めないと言われればムクれてしまうだろう。
「もう!ディータとの待ち合わせに遅刻してしまいます!離してください!」
そしてシエナはバタバタと暴れ出した。
その様子に、その場にいるほぼ全員は苦笑していて、唯一シャルロットだけが、シエナの正面からミニスカートの中を覗き込んで恍惚の表情を浮かべていた。
宿屋の経営者であり、優秀な冒険者であり、様々な料理や道具を生み出している不思議な少女も、こうなってしまってはただの子供である。
「ほら!シャルロットが覗き込んでますよ!」
シエナは座り込んだ状態で足をバタバタとさせている為、真正面からはパンツが丸見えである。
当然、シャルロットはそれをベストポジションから眺めていた。
「パンツだから恥ずかしくないもん!」
その中身さえ見られなければどうという事はないといった感じで、シエナは主張する。
むしろ、従業員の入浴時間となるといつもシャルロットに全裸を見られているのだから今更である。
「じゃあ、せめて何か羽織って行ってください。肩や腋だけでも露出を抑えて」
アンリエットは、シエナがいつまで経っても暴れるのを止めない為、せめてもの譲歩として上に何かを羽織る事を条件として、掴んでいた襟を手放す。
「ん~…じゃあ、暑いけどポンチョでも羽織りますか…」
シエナは少しがっかりとしながら自室へと戻り、クローゼットに入れられていた薄手のポンチョを引っ張り出してそれを羽織った。
ミニスカートなのには変わりないが、肩や腋は露出していない為、いくらかマシに見えたところでアンリエットが外出の許可を出す。
(まあ、外で脱げば良いだけの話だしね)
シエナはそう思いながら、忘れ物がないかをもう一度確認する。
この日は、月に1度のディータとの遊ぶ約束をしている日であった。
会おうと思えばいつでも会えるし、むしろ二番街区に買い物に行った時に、おつかいをしているディータとしょっちゅう会っているのだが、丸一日を使って遊ぶのは月に1度だけなのである。
ディータの休みは月に1度という訳ではないが、ディータが遊びに行くのは月に1回だけと決めていた。そうする事によってメリハリを付けているのである。
シエナにはそういったメリハリを付けるといった行動はない。
基本的に、自分の好きなように生き、幸せになる為に自由気ままに過ごしていて、まるで猫のようである。
護身用のナイフを腰のベルトに着けてるのを確認すると、シエナは今度こそ出発と言わんばかりに共有部屋のドアを開けた。
「し、シエナさん!いくらなんでもそれは露出が多すぎじゃ…っ!」
共有部屋の外では、丁度エルクが部屋の中に入ろうとしていたところであり、シエナの服装を見たエルクは当然のように注意をした。
(しまった!このままじゃエルクさんとアンリエットさんに挟まれて好きな格好ができない!)
部屋の中にいるアンリエットと一緒になって注意をされれば、露出の少ない服装に着替えなくてはいけなくなる。そう思ったシエナは「ディータが待ってるから」と言って、エルクの脇を抜けて階段を駆け降りていった。
「…普段は結構大人っぽいのに、なんで遊びに行く時だけあんなに子供っぽくなるんだろう…」
エルクは、約3年一緒に過ごしてきたシエナのそういうところが不思議でたまらなく感じていた。
エルクが首を傾げながら部屋へと入ると、そこには呆れ顔の面々がいた。
「シエナってほんと、変なところで頑固だよね」
エトナが呟いた言葉に全員が頷き、エルクはため息を吐くのであった。
シエナが階段を降りて宿屋の受付前に行くと、そこにはルクスの姿があった。
「あ、シエナ。今からどこか遊びに…その格好可愛いいね!」
ルクスはシエナの姿を確認すると、遊びに誘おうかとしていた言葉を遮って、思わずシエナの服装を褒めた。
「ありがとうございます。それと、すいません…今日は別の用事がありまして…」
シエナは服装を褒めてくれたルクスにお礼を言うと、今度は申し訳なさそうに答えた。
断られたルクスは少しショックを受けた顔をしていたが、プロポーズをして断られるのに比べたらどうという事はない。
「致命傷で済んだ」と冗談を言えるレベルである。
「しかし、そんなに露出の多い格好をして…どんな用事なんだ?」
シエナは、見る人皆、露出が多いって言うなぁ…。と、思いながら、友達と遊びに行くのです。と凄く嬉しそうに語った。
そのシエナの様子に、ルクスは少しだけ不安を覚える。
(友達ってまさか…男じゃないだろうな!)
いつもよりも派手な格好であり、更に露出が多い事で、ルクスはシエナの言う遊び相手が男なのではないかと考えてしまう。
もし、相手が男だとして、シエナがその男を誘惑しようとこのような格好をしているのであればと考えると、不安は加速されてしまう。
(いやいや、まさか…シエナだもんな…いや、しかし…)
ルクスは不安な気持ちで一杯になり、あれこれ考え事をしてしまう。
そんなルクスの様子にシエナは首を傾げつつも、受付にいるメリッサに「では行ってきますね」と一声かけてから宿を出るのであった。
「あ、あれ?シエナは…?」
ルクスはほんの少し考え事をしてる間に、シエナの姿が消えてしまってる事に焦ってしまう。
「シエナなら、たった今外に出ましたよ」
メリッサは、そういう反応になるだろうな、と予め予測を点てていた。結果は見ての通りである。
そして、更にメリッサの予想通りにルクスは外へと飛び出していく。
(多分、シエナの後をこっそりついていくんだろうなぁ…)
メリッサの予想は更に的中するのであった。
ルクスに後をつけられてるとはつゆ知らずのシエナは、パッヘルベルのカノンを鼻歌で歌いながらディータとの待ち合わせ場所へと向かっていた。
(あんなに楽しそうに…これで男だったら少しへこむぞ!)
若干ストーカーのようになりかけてるルクスであるが、シエナに見つからないように後方から様子を見ていて、こそこそと行動をしているにも関わらず、通行人が何も気にしないのは、ルクスが美形だからである。
もしルクスが不細工であったならば確実に不審に思われて通報される事案だろう。
この世界にも、ただしイケメンに限る。が適用されているのであった。
それから二番街区の女性が主に行くアクセサリーショップなどが集まっている区域に到着したシエナは、ディータの姿を探して辺りを見渡した。
「ディータはどこかなぁ…あ、いたいた」
シエナは店先のアクセサリーを眺めているディータの後ろ姿を確認すると、「おーい」と声を出して近寄った。
「ごめんね、おまたせ」
声をかけられたディータは、振り向いてシエナである事を確認した後、少し驚いた表情をしてシエナの更に後方を見た。ディータのその行動に、シエナはどうしたのかと思い振り向くと、そこには安堵の表情をしたルクスの姿が…。
「る、ルクスさん…」
シエナが呟くと、ルクスは「しまった!」という表情をして慌てて手で顔を隠した。もはや遅すぎる。
「いや…その…シエナがあまりにも楽しそうだったから…つい…」
そして聞いてもないのに言い訳を始めるルクスに、シエナはため息を吐く。
「え!シエナ!このカッコイイ人と知り合いなの!?」
ディータが驚いたのは、見た事もない美形の人間がすぐそばにいたからであり、ディータとルクスはこれが初対面である。
シエナは、ルクスが王族である事は親友であっても一応隠してた方が良いと思い、自分の宿の常連の冒険者だと紹介する。一応は、仮の姿は冒険者であり、本当に常連でもあるので間違えではない。
「ルクスです。よろしくお願いします」
そう言って、ルクスはディータに握手を求めて手を差し出す。
ディータは頬を赤らめて、その手を握り「ディータ・エルシオンです」と簡単な自己紹介をした。
「まあ、ついてきてしまったのはしょうがないです…ディータ。ルクスさんも一緒に遊んで大丈夫?」
シエナがディータにルクスの同行を求めると、ディータは嬉しそうにコクコクと頷いた。
それから3人は、一緒に市場などを見て周った。
主に見て周ったところはアクセサリーショップか服屋で、シエナとディータが楽しそうにお互いの服などを選んでる時、ルクスは少しだけ退屈そうにしていたが、シエナが試着をして見せてきた時などは大興奮していた。
「え!?ディータちゃん、11歳なの!?」
飲食店で昼食を食べている時に繰り広げられた雑談で、ルクスはディータの年齢を聞いて驚いた。
シエナがあまりにも幼い見た目な為、ディータが14、5歳に見えてしまっていたのだった。
「シエナと並んで歩くといっつもこうだよね。私、シエナの2コ下だけどお姉さんに見られるもん」
比べる対象がアレなせいで、ディータは普通よりも高い年齢に見られるのだと語る。
シエナが「アレとはなんですか!」と頬を膨らませて怒っていたが、自分の見た目の事は自分が一番良く知っている為、強くは言えない。
「まあ、ディータちゃんが11歳に見えないと言うよりも、シエナが13歳に見えない方が正しいよな」
ルクスがウンウンと頷きながら呟くと、シエナは「その13歳にも見えない少女にプロポーズしたのはどこの誰だったかなぁ?」と反撃をした。
ルクスが飲みかけていた水を吹き出し、咳込んでいる様子を見ていたディータは、少し前に噂になっていたプロポーズ騒動を思い出す。
「え!?もしかして、プロポーズされたのってシエナなの!?」
ディータの耳に入ってきていた噂は、ヴィシュクス王国の第一王子が絶世の美女に結婚を申し込んで断られたというものであった。
絶世の美女という部分だけが違うのを除けばその通りであるのだが、ディータはまさかこんなところに国の第一王子がいる訳ないと思い、途中で尾ひれがついて噂が回ってきたのだな、と一人で納得していた。
「それで、こんなにもカッコイイ人なのになんで断ったの?」
ディータは興味津々にシエナに質問をしていく。
「私とルクスさんが結婚するとしたら、私、宿屋辞めなくちゃいけないですし」
「そんなの、ルクスさんが婿入りすれば良いだけじゃん?冒険者なんでしょ?」
ディータはルクスが王子だとは知らない為、そう答える。その様子にシエナは苦笑するだけであるが、ルクスの方を振り向いて「婿入りしてくれますか?」と少し意地悪そうに笑う。
「シエナは本当に優良物件だと思いますよ。あんなに立派な宿の持ち主だし、色んな道具や料理を思いつくし、お金だってそこそこ貯めこんでますし。あと、冒険者としても優秀みたいだし。見た目さえ我慢すれば…」
ディータはシエナを売り込んでいくが、最後の最後で貶していた。そんなディータの様子にシエナも思わず苦笑いをしている。
「いや、シエナを売り込まれても、シエナが結婚する気がなかったら意味が…」
「いえいえ、私は結婚する気はありますよ。ただ、ルクスさんがウチに婿入りさえしてくれれば…」
ルクスは心の中で「ちくしょう!」と叫んだ。それさえできれば本当に何の苦労もいらないのである。
「そんなに冒険者って続けたいと思う職業なの?」
ルクスの正体を知らないディータは、なんでルクスが冒険者を辞めて、シエナの宿に婿入りしないのか不思議でたまらなかった。
ルクスはシエナと結婚したいと言っていて、シエナも婿入りしてくるのであれば結婚しても良いと言っている。
それでも結婚しないのであれば、よっぽど冒険をするのが楽しいのだろう。とディータは思っていた。
「いや、冒険は楽しいけど、危険がいっぱいだし…はっきり言ってこれは続けられる職業ではないよ。ダンジョンとかで一山当てないと暮らしていけないレベルだよ」
ルクスがそう答えると、「じゃあ、なぜ結婚しないのか」と、ますますディータは混乱するのであった。
「一山当てると言えば、シエナも宿を建てる時にダンジョンで一山当てたんだっけ?」
ディータは約3年前のシエナの姿を思い出す。
「そうなのか?」
シエナは、ディータとルクス、両方の問いに頷いた。
「うん、最初は10年くらいかけてコツコツお金を貯めて、どこか温泉が湧き出てるところに温泉宿を作る予定だったんだけどね」
シエナは何気に今でもどこか間欠泉が沸き出てるところがないかを探していたりする。
元々、シエナは本物の温泉を使った温泉宿を作りたかった。
例え人が少なくても、そこを観光名所のようにして、温泉街を作る。それが一番やりたかったシエナの宿である。
シエナはそれを2人に説明した後、「どこか熱湯が吹き出してる山があったら教えて、と冒険者の方々に伝えてください」とお願いをした。
シエナは、間欠泉だけでなく食材や鉱石など、あらゆる物を宿の食堂に来る常連の冒険者に見かけたら教えてください。とお願いをしていた。
あくまでも、冒険の途中で見つけたら程度であるので、依頼というわけではない。
ただ、見つけて教えてくれた人には『お酒1杯サービス』だったり、『料理1品サービス』であったり、見つけた物によっては『1泊サービス』など、様々なサービスを行っている。
これによって、この世界の人達にはどうでも良さそうな物であっても、シエナにとっては物凄く重要な物が見つかる可能性が跳ね上がり、シエナは発見報告のあった物から様々な物を生み出しているのであった。
「それで、たまたま潜ったダンジョンにいたコカトリスを倒したら、そこに財宝がありまして…。思い立ったが吉日っていうじゃないですか。それで勢いで宿を建てちゃいました」
大金を手にしたシエナは、すぐに宿を建てたと語る。
「コカトリスって…よく倒せたな」
ルクスにとって驚くべきところはそこであった。
コカトリスは、鶏とヘビを合わせたような姿の、非常に厄介な大型の魔物である。
一番厄介なのは、非常に珍しい石化の魔法を使ってくるところである。
石化と言っても本当に石になる訳ではなく、まるで石のように固められてしまうのだが、石化された人間は、意識もそのままに体だけ動かず、餌として食べられてしまう。
いくら逃げたくても体が石のように固まって動かない。しかし、食べられ始めたらその痛みは感じる。
まるで地獄である。
石化の魔法を使ってくる魔物は、コカトリスの他には石化蜥蜴とメドゥーサがいる。
バジリスクは岩と砂ばかりの乾燥した地域で主に活動をしていて、活動時間も昼間のみである。
正午辺りから陽の落ちる夕方少し前の砂岩地帯は、石化蜥蜴時間と呼ばれていて、その時間に砂岩地帯に入る者はただの馬鹿か命知らずである。
ちなみに、忍法合戦をする伊賀・甲賀の者はもちろんいないし、激しい踊りを踊る外人などももちろんいない。




