シュバルヘーレ①
「それで、シエナはどんなダンジョンに潜ったんだ?」
王族とはいえ、憧れもあって仮の姿を冒険者として選択したルクスは、ダンジョンには惹かれるものがあった。
ダンジョンと言っても、入る度に内部が変化していたり必ず金銀財宝がある訳ではないが、ロマンがある。
「私が入ったのは、シュバルヘーレと呼ばれてる真っ暗な迷宮ですね」
そのダンジョン名にルクスは驚愕の表情を浮かべた。
シュバルヘーレは、テミンから西へ向かった、元フォルト王国との境になっている大山岳地帯にある大きな迷宮である。ヴィシュクス王国と元フォルト王国を繋ぐ迷宮となっていて、踏破する事が可能であれば迂回をする必要がなくなる為、かなりの近道となる。
しかし、当然凶悪な魔物も多く生息している上に洞窟内の環境は最悪である為、近道として利用する人間は1人もいない。
他のダンジョンは、ところどころに地上からの光が差し込んでいるのか内部が明るかったり、魔晶石が光源の役割を果たしていて洞窟内部でもそれなりに明るかったりするが、シュバルヘーレは出入り口となる場所自体が完全に太陽から隠れる位置にあり、入ったその瞬間から真っ暗な洞窟であった。
魔晶石も探せば見つかるのだが、光源としては機能してなく、洞窟内は闇そのものである。
そこで採れる魔晶石を使って作られた武器は、強力な闇の力を持つ魔剣へと変化する可能性を秘めている為、通常の魔晶石よりも高く売る事ができる。
シュバルヘーレは、テミン近辺にあるダンジョンの中で最も冒険者が近寄らないダンジョンである。
理由としては、やはり光のない暗闇という、何かしらの光源が必要なダンジョンというのが最大の理由であり、松明か何かを手に持ってダンジョンに潜ると言う事は、それだけで片手が塞がってしまい、魔物の襲撃に対して咄嗟の反撃がしにくくなってしまうからである。
それだけでなく、シュバルヘーレにいる魔物のほとんどが暗闇に適応した種族ばかりであり、夜目ですら利きにくい人間が、相手のフィールドで敵うことなどあるわけがなかった。
なので、基本は大人数で挑むようなダンジョンであるが、シエナはそこへ単独で向かっていた。
それは、シエナは自分なら大丈夫とかそういう事を考えていた訳ではなく、単純にシエナがぼっちであったからだ。
「よく無事に戻ってこれたな」
ルクスが呟く。シエナの強さはハーピーの岩山からの帰りに見ていたが、それでもダンジョンというのはとても危険な場所であり、幾人もの冒険者が命を落としている場所である。
そんな所に単独で挑んで、無事に戻って来られるというのはそれはとてつもなく凄い事なのである。
「運が良かったんですよ」
シエナはしれっと答えたが、コカトリスと戦闘をして無事に戻ってこれる人間はそう滅多にいない。
コカトリスは尾のヘビが本体であり、そのヘビにはピット器官と呼ばれる赤外線感知器官が備わっている。
こちらは松明などの灯りを頼りに敵の位置を目で探るのに対して、コカトリスは完全な暗闇であっても赤外線を感知して、こちらの位置を完全に把握している。その時点でこちら側が不利だと言う事は当然の事であった。
それに加えて、コカトリスには石化魔法の恐怖がある。
厳密には、死の恐怖の威圧を、視線に載せて相手の眼へ飛ばす魔法である。
コカトリスと視線が合った者は、眼から脳へと恐怖が伝わり、一緒に載せられてきた魔力によって体が石のように硬直してしまう。
コカトリス、バジリスク、メドゥーサへの対策は、視線を合わせない事であった。
シエナは、この世界の石化魔法を使ってくる魔物への対策は、地球のファンタジー小説を読んでた事でそれとなく理解していた。
ただ、今でもシエナが勘違いしているのは、メドゥーサには見つめられるだけで石化させられてしまうと思っている事である。
「今となっては懐かしいなぁ…」
シエナはしみじみと感傷に浸り、当時の事を思い出しながら語りだす。
それは、今から約4年前のシエナが9歳の時である。
「う~ん…良く寝た~」
黄昏の女神亭の一室で、シエナはもぞもぞと布団から這い出して背伸びをした。
冒険者の本登録をして早1年、ランクが3になったばかりのシエナは、なるべくお金が手っ取り早く貯められそうな依頼ばかりを受注していて、かなり無茶をしていた。
特に、数日前に向かったハーピーの岩山では死ぬ思いをしたばかりである。
「でも、ほんとミレイユちゃんと友達になれて良かった~…」
餌として捕らえられてしまったシエナは、死を覚悟して人生の最後に魂を込めた歌を歌ったところ、気に入られてしまい、自分を捕らえたハーピーと友達になってしまったのだった。
その時のハーピーの言葉から、ハーピーの事をミレイユと名付け、これからちょくちょく遊びに行く約束をしている。
「でも、寝床の魔晶石…ちょっとくらいくれても良かったのに…」
ミレイユの寝床には、かなりの数の魔晶石が埋もれていた。
それはミレイユが光源として利用している魔晶石で、配置なども気に入ってるらしく、1個だけでもとお願いしても怒ってきたくらいであった。
「まあ、いっか。とりあえず朝ごはんです。お腹すいた~…」
シエナはお腹を擦りながら寝間着から冒険者服へと着替え、客室から出て受付兼食堂へと向かった。
「あ、シエナちゃん。おはようございます」
食堂ではシエナよりも少し小さな体の、蒼い髪の女の子が明るく元気よく働いていた。当時7歳のディータである。
「ディータちゃん。おはようございます。今日も朝から頑張ってるね」
シエナはカウンター席へと座り、朝食を注文する。
黄昏の女神亭の朝食メニューは固定となっていて、ロールパンが2つ、ハムエッグ、ミルク、リンゴ4分の1カットと、成人男性だと少し物足りないくらいのメニューとなっている。
そして、それだけでは全然足りないシエナは、毎朝2人前を注文して食べていた。
「パパもママも大変だからね!私が頑張らなきゃ!」
グッと両手で握りこぶしを作って気合いを入れるディータの姿に、黄昏の女神亭の常連の客の顔は緩んでいた。
あちらこちらから「ディータちゃんはホント良い子だよね~」と言う声が聞こえてくる。
シエナは、そんなディータの様子に「いいなぁ…私も早く宿屋やりたい…」と、前世からの強い想いを夢見ているのであった。
朝食を食べ終わったシエナは冒険者ギルドへと向かった。
ランク3になった事で、魔物の討伐依頼を受けられるようになったので、今まで受ける事の出来なかった依頼の中でも比較的簡単そうなのがあれば挑戦してみようと考えている。
「何か面白そうな依頼はありますか?」
依頼ボードはある程度ランク分けされていて、主にランク3の依頼が貼られている場所を眺めていたシエナの後方から、声がかけられる。
シエナが振り向くと、そこには黒髪黒目の優しそうな顔の青年が立っていた。
「あ、ごめんなさい。小さな女の子が1人で依頼ボードを眺めていたのが珍しく思えて、つい話しかけてしまいました」
シエナに話しかけてきた青年は、突然話しかけてしまった事を謝罪した。何気に侮辱をしていたような気もするが、シエナは特に気にする様子もない。
「いえいえ、客観的に見ても不思議な光景だと私でも思います」
むしろ、シエナも自分でそう思っていたくらいである。
基本、冒険者はパーティーを組んで冒険に挑むものである。
単独の冒険では持っていける荷物の量も限られるし、大量のモンスターや魔物に襲われた時には対処ができず、その他にも危険が多いからである。
単独のメリットは、他者を気にせずに進む事ができ、依頼が達成できた時に報酬を総取りできる事くらいであり、死ぬデメリットを高めるくらいであるならば、報酬は少なくても生き延びる事を優先する方が利口である。
そして、シエナがパーティーを組まない理由は、『組まない』のではなく、『組めない』からである。
最大の理由は、シエナの体の小ささと性別にあった。
シエナはどこからどう見ても貧弱そうな小さな女の子である。実際、魔法で身体強化をしなければシエナは物凄く弱い。
身体強化の魔法は、自由自在に操れてその存在を知っているのはこの世界でシエナだけであり、それを知らない他の冒険者から見れば、シエナは足手まといのお荷物でしかない。
パーティーを組むと、逆に危険に晒される可能性が高まる人物を誰がパーティーに加入させようか。
それにより、シエナは今まで誰ともパーティーを組む事ができず、独りで冒険をしてきたのであった。
だからと言って、自棄になって単独で冒険に出る者は基本的にはいない。
パーティーメンバーが何らかの理由でいなくなり、1人になってしまった者や、これから冒険者としてやっていこうとする者。それらを誘って新たにパーティーを作ったり、他のパーティーに頼み込んで加入をさせてもらうのが基本である。
故に、シエナのような小さな少女が、逆に単独でいる事自体が不思議な出来事であるのだった。
「誰も君をパーティーに入れてくれないのかい?」
青年は周りの冒険者に聞こえないくらいの声でシエナに話しかける。聞かれてマズイ話しではないが、聞かれると悪い印象を与えてしまいかねない内容だからである。
「いえ、そう言ったわけでは…まぁ、最初の何度かで断られましたが…」
シエナは冒険者本登録を行った直後に、どこかパーティーに入れてくれそうな人を探したのだが、どこのパーティーもシエナの加入を断った。むしろ、冒険者ではなく街で普通の仕事を見つけるべきだ、と親切なアドバイスをくれてるくらいである。
「まあ、ボクは人を見た目では判断しないよ。君は…今の状態だと弱いけど、本気を出せばかなり強いね。その本気は…多分、ボクよりも強い」
青年の優しそうな瞳が、まるで獲物を見定めるような鋭い目付きへと変化する。
シエナは驚いた。
それは、青年の目付きの事ではなく、自分の強さを見切った事にある。
今まで、そのような目で自分の事を見てきた者は1人もいなかった。
街で働いた方が良いというアドバイスをくれた親切な人を除けば、誰もが「家に帰ってママのおっぱいでも飲んでな」と、テンプレ台詞のような悪態ばかりを吐いてきてばかりであり、誰もシエナの本当の強さなど見抜けはしなかったのである。
それを目の前の青年は見抜いたのである。
「自己紹介が遅れたね。ボクはランク5のジュダス。ジュダス・テネブリスって言うんだ。気軽にジュダスって呼んでくれ」
ジュダスと名乗った青年は、シエナに手を差し伸べた。
シエナは笑顔でそれに答え、同じように自己紹介をする。
「シエナと申します。ランクは3になったばかりです」
そしてシエナは、ジュダスに手を差し伸べて握手を交わした。
「先ほどの質問ですが、面白そうな依頼はないですね。どれも真剣な依頼ばかりです」
シエナは、先ほど依頼ボードを眺めていた時の質問を返す。
ジュダスは心の中で苦笑した。まさか話しかける口実である質問を真面目に返されるとは思ってなかったからだ。
「そうですか。シエナはどんな依頼を受けようと思ってるのですか?」
そして、せっかくなのでその話題をそのまま口実にしてシエナと話し始める。
「ん~…何か実りの良い依頼があれば良いんですけど…」
シエナはそう言って、再度依頼ボードの方を見る。
しかし、どれも単独で受けるにはキツイ依頼であったり、危険度の割には報酬が見合ってない依頼ばかりであった。
「この前は、依頼を受けずに魔晶石を求めて冒険したのですが…結局、魔晶石は採れずで…。消耗品を補充したりしたので、赤字だったんですよねぇ…とほほ」
冒険者は、日々の宿代や飲食代、その他消耗品などにそれなりのお金を使うので、実りの悪い依頼であったり、依頼を失敗するとすぐに赤字になってしまう。
その中で、更に武器や防具を破損したり失くしてしまうと、買い揃えるだけで数か月分の大赤字となってしまう。
高ランクになり、実りの良い依頼を受けられるようにならない限りはそれなりに貧困した生活を送らならざるを得ないのだった。
シエナは、自分の夢である宿の建設資金を貯める為にも、かなり頑張らなくてはならないと痛感していた。
「なんとか10年以内に建てられれば良いのですが…」そう思っているのだが、今の調子ではそれも夢のまた夢である。
「魔晶石かぁ…。魔晶石と言えば、シュバルヘーレにある魔晶石は、普通の魔晶石よりも高値で売れるらしいよね」
ジュダスは顎に手をやりながら、思い出した事を喋る。
「そ、そのシュバルヘーレって何ですか!?どこにあるんですか!?」
普通の魔晶石でもかなりの高額で売れるのに、それよりも高く売れる魔晶石があると聞いて、シエナは「それだ!」と今までにない、かなりの食いつきを見せた。
「シュ、シュバルヘーレはテミンから1週間程西へ進んだ大山岳地帯のどこかにあるダンジョンって…。もしかして、行こうと思ってるの?」
ジュダスがシュバルヘーレのある程度の場所を教えると、シエナは「1週間…この世界だと10日くらいってことですか…」とぶつぶつと呟いていた。
「教えておいてなんだけど、シュバルヘーレは絶対にやめた方が良い!あそこはこの国のダンジョンの中でも最も危険なダンジョンだ!別名、闇の迷宮とも言われてるんだよ!」
ジュダスはただの話題として振っただけなのに、異様な食いつきを見せたシエナに焦っていた。
ジュダスの目に映るシエナの目は本気であり、説得に失敗すればシエナはシュバルヘーレへと向かってしまうと確信していた。
「そこにいる魔物も凶悪な魔物が多いのはもちろんだけど、何よりも危険なのが光の入り込まない完全な暗闇なんだ!松明などの灯りを持つ光源専用の人が最低でも3人、戦闘の為にもかなりの腕の立つ冒険者が最低でも5人…。他にも食料や消耗品、薬などの荷物持ちとして最低でも3人。…そう、最低でも11人はいないと生きて帰る事なんて無理なダンジョンなんだ!」
ジュダスは必死でシエナを説得する。これでシエナが単独で向かえば、それを教えた自分に責任を感じてしまうからである。
「ジュダスさん…」
シエナはジュダスの方を向いた。そして…。
「教えてくださってありがとうございます!」
そう言ってペコリとお辞儀をして、シエナはギルドを飛び出していった。
シエナに向かって伸ばしたジュダスの手は、宙を掴むだけであった。
「…話を聞かない奴だなぁ…」
ジュダスは飛び出していったシエナの後ろ姿を思い出し、ポリポリと後頭部を搔いた。
そして少しだけ口元を歪ませてニヤリと嗤うと、腰に下がっていた剣を鞘から少しだけ引き抜く。
その刀身は真っ黒であり、その刀身には同じように真っ黒な魔晶石が埋め込まれていた。




