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シエナ、少しだけ語る

「結局ハンモックで寝るのですか…」

 シエナは、せっかくルクス用にとテントを用意していたのだが、ルクスがハンモックで寝てみたいと言った為、テントが無駄になってしまった事にため息を漏らしかけた。

 ハンモック自体は初めてシエナと会った時に見せてもらっていたが、実際に使用してみるのは初めてなルクス達は、テントよりもハンモックの方に興味津々なのであった。


「ベッドを吊り下げるって発想は面白いよね。しかも寝心地も悪くない。冬場はちょっとキツイだろうけど」

 ルクスはハンモックに寝そべりながら素直な感想を口にする。

 シエナも、大きなビニールシートみたいな物があれば、周囲を囲って風除けを作る事ができるのにと思っているが、ビニール自体が存在しないので、そこは諦めているのであった。



 ルクスも不寝番を買って出ていたが、一応は王子であるので全員で却下をし、シエナ、ケイト、ティレルの順で交代で不寝番をする事に決定をし、一行は眠りについた。


「…で、なんでまだ起きてるんですか?」

 ケイトとティレルがハンモックに横たわってから1時間程経過した頃、焚き火の隣にはシエナとルクスが座っていた。

 シエナはジト目でルクスを見ながら文句を言う。


「いや、単純にまだ眠くないだけだよ」

 そう言いながらも、たまに隠れるようにして欠伸をしているルクスを、シエナは見逃していなかった。


(話しかけてくる様子もないですし…なんで起きてるんだろ…?)

 シエナは、自分の隣に座ってきてからまだ一度も話しかけてこないルクスに疑問を持ちつつも、焚き火に木をくべながら周囲を警戒していた。猛獣やモンスター、魔物の気配は特には感じられず、至って平和である。


 しばらくの間、焚き火のパチパチという音だけが周囲に木霊し、シエナとルクスは黙り込んで座っていた。

 焚き火によってほんのりと赤く照らされたシエナは神秘的な雰囲気を纏っている。ルクスは、そんなシエナを黙って眺めていた。


「…その、そんなに見つめられると照れるのですが」

 見られている事に耐えきれなくなったシエナは、ルクスに抗議する。

「ん、ごめん。シエナが綺麗だったから、つい」

 ルクスは恥ずかしがる様子もなく臭い台詞を吐く。台詞を言われたシエナの方が顔を赤くしてしまっている程である。


「シエナはさ…」

 ルクスがぽつりと漏らすように呟くと、シエナはきょとんとした表情をしてルクスの方を向いた。

「シエナは、グバン帝国の出身なのかい…?」

 意を決してルクスはシエナに訊ねる。

「グバン帝国?」

 対するシエナは、それはどこの国ですか?と言わんばかりの表情をして答えた。

 ルクスが「知らないのか?」と返すと、シエナは黙って頷いた。


「どこの国の出身なのかは私自身よくわかってません。ただ、なるべく遠くへ逃げてきたので…」

 シエナは膝を抱えて答えた。

 その表情は少し泣きそうな表情になっている。

「でも、この間、自分の事を『穢れた血』って…」

 ルクスは、そんなシエナの様子に不安そうな表情を見せながら、更に食い込んだ質問をする。

 そのルクスの質問に、シエナは顔を膝に埋めてしまったので、ルクスは焦ってしまう。


「あ!いや、答えたくないなら答えなくていい!ごめん!変な事聞いて…」

 ルクスはシエナに嫌われたくない一心で、本当は知りたい事ではあったが気にしないフリをした。

(逃げてきたって…もし、グバン帝国出身なら…戦争孤児か何かなのかな…?)

 しかし、今のシエナにそんな質問ができる訳がなく、ルクスは黙ってしまう。


 ほんの数秒の沈黙の後、シエナは口を開いた。

「…私の両親は…本当にひどい人でした。特に父は…あんな悪人の血を引いている私は、絶対に穢れた血です。あれは、そういう意味で答えました」

 シエナは膝に顔を埋めたまま答える。

 その声は少し震えていて、泣きだしそうなか細い声であった。


 ルクスはそっとシエナの頭に手を置き、ピクリと反応をしたシエナの頭を撫で始めた。

「ごめん…思い出したくない事も沢山あるんだよな…」

 ルクスが優しく呟くと、シエナはふるふると頭を横に振って「大丈夫です。平気です」と答えた。


「他に聞きたい事はありますか?今ならなんでも答えますよ」

 シエナは顔を上げて真っ直ぐにルクスを見つめる。その瞳は少しだけ涙が滲んでいたが、力強い意志を感じた。

 ルクスはそんなシエナの様子に優しく微笑むと、もう一度だけシエナの頭を優しく撫でた。

「…聞きたい事は色々あるけど…。うん、また今度、ゆっくり聞かせてくれよ」

 そう言って、ルクスはシエナの頭から手を離す。


「次にルクスさんが質問してきた時には、私の気が変わってて断固として答えないかもしれないですよ?」

 シエナが少しだけ意地悪そうに言うと、ルクスは苦笑をする。

「それは困るな。…そうだな…じゃあ、最後に1つだけ」


 もしかすると、その質問は自分の心を抉るような質問かもしれない。

 そう感じたシエナは、深呼吸をしてルクスの質問を待った。


「シエナの父親って…どんな奴だったんだ?」

 その質問に少しだけシエナの表情は強張る。

 ルクスは、その父の血を引いてるから自分は穢れた血だ。と答えたシエナを否定したかった。

 だからこそ、一番確信を付く質問をした。


「私の父は…そうですね。態度がでかくて、神経が図太くて、気が短くて…ちょっとずんぐりむっくりな感じがする、だらしない体をした暴力的な人間が私の父です」

 違う、そうじゃない。と、ルクスは心の中でツッコミを入れる。

 ルクスが聞きたかった事は、シエナの父はどんな悪人なのか。という質問であった。

 しかし、シエナはその質問の意図をはき違え、外見やおおざっぱな人間性だけを説明したのであった。


 どこかから「おい、父親やぞ」と聞こえてきそうな説明ではあったが、一応はシエナはルクスの質問には答えた。

 ルクスも、最後に1つだけ、と言った手前、再度聞き返す事ができず、もやもやした気持ちのままシエナに「そうか…」と、呟いた。



 シエナとルクスの間に、再度沈黙が走り、しばらくの時間が経過した頃、ケイトが不寝番を交代する為に起きてきた為、シエナとルクスは寝る事にした。

 ルクスはハンモックで寝て、シエナはせっかく設営したテントが無駄にならないようにテントの中で寝る事にするのであった。




 次の日の早朝、シエナ達はハーピーの岩山へ向けて出発をした。

 朝食は軽めに摂り、なるべく昼過ぎには岩山に到着できるように少しだけ歩くペースを上げていた。


「そういえば、昨日言い忘れてました」

 シエナは、ルクスの横を歩きながら話しかけた。

「私、出身国はわからないですが、生まれた村の名前だけなら知ってます」

 その言葉にルクスが教えてくれるのか、と訊ねると、シエナは笑顔で頷いた。


「シェーナ村という村で私は生まれました。近くに町があったようですが、私は村の中ですらあまり詳しくなかったので…とりあえず、村の名前だけは優先して聞いてたんです」

「う~ん…ヴィシュクス王国にはそんな名前の村はなかったな…そうだよな?」

 シエナから出身の村名を聞いたルクスは、自国内に存在する多くの村の名前を思い出していた。

 そして、その村の中にシェーナ村という村は存在しない事を、ティレルとケイトにも確認する。


「じゃあ、やっぱり私は他国の出身のようですね。昨日聞かれたグバン帝国ってところだったら何か問題でも?」

 シエナの質問に、ルクスは一度だけティレルの方を見て、目でどうするかを語る。


(まあ、知らなくてもいずれ耳に入るだろうし)

 ルクスはティレルに頷くと、ヴィシュクス王国とグバン帝国の現在の状況を語った。

 ヴィシュクス王国がグバン帝国に攻め込まれる可能性が非常に高い事、グバン帝国の者はアーネスト大陸では穢れた血と呼ばれている事、過去にグバン帝国がフォルト王国を滅ぼした事、それらを語ると、シエナは怒りを露わにした。


「と、言う事はエルクさん達の国を滅ぼして、追い出したのはグバン帝国の人達なんですね!許せません!この国に攻め込んできたら蹴散らしてやりましょう!」

 シエナは、エルク達からある程度の話は聞いていた。

 しかし、エルクはシエナに危険が及ばないように、問題のない範囲で話をしていた為、シエナはエルク達が具体的にどのようにして国を追われるようになったのかは聞いていなかった。

 なので、ルクスから話を聞いたシエナは、エルクの「国を追い出された貴族」という点から、このグバン帝国が滅ぼしたフォルト王国こそが、エルク達の出身国なんだとおおよその当たりをつけたのであった。


「蹴散らすって…」

 若干言葉遣いが悪くなったシエナに苦笑しつつ、ルクスはシエナがグバン帝国出身でないことを祈るのであった。


 そしてシエナはシエナで、「もし自分がそのグバン帝国の出身だったら嫌だなぁ…」と呟くのであった。




 昼少しを過ぎた頃、シエナ達はハーピーの岩山の麓に到着していた。

 雲を突き抜けてそびえ立つ大きな岩山は、標高4000メートル近くある。


 断崖絶壁のその大きな岩山は、見る者を圧倒する。

 ルクス達は遠くからは眺めた事があったが、麓まで来るのは初めてで、麓から山の頂上の方を見上げると感嘆の声を漏らした。


「すっげぇ…ここがハーピーの岩山…」

 ダンジョンとは呼ばれてないが、ヴィシュクス王国内ではかなりの危険箇所として有名な所である。


 まず、断崖絶壁なのでその時点で危険である事は確実である。

 それに危険度をプラスする要素が、数々の魔物の存在。

 特に、この岩山で危険視されているのがハーピーであった。



『ハーピーの岩山でハーピー遭遇してしまったら戦わずに狭い穴を見つけて逃げ出せ、そうしないと命はない』

 冒険者ギルドでは、岩山へ向かおうとする冒険者にそう教えていた。

 ハーピーの凶暴な性格もあるが、特に危険なのが遠距離から放たれる風魔法である。

 断崖絶壁ではちょっとした強風でも危険であるのに、殺傷性のある風魔法を使われたらほぼ命がない。

 命綱も簡単に千切れてしまう。


 そして、落ちる先は断崖絶壁の岩山の壁か地面、その後はハーピーの胃袋の中である。

 鉄骨渡りをしている人間の方が、まだ優しい環境であるだろう。


 対処方法は、ハーピーが入り込めないような穴に潜り、ハーピーが諦めるまでそこで大人しくしておく事である。

 ハーピーは、寝床以外では絶えず羽ばたいて空を飛んでいるので、翼を広げた大きさよりも小さな穴には滅多に入ろうとはしない。


 たまたま生き延びた冒険者は、そうやって生き延びる事ができた事を語り、同じような境遇に立たされた冒険者がそれを実行した時に生き延びる事ができた為、その対処法が広まったのであった。



 もちろん、岩山にはハーピー以外にも危険な魔物は存在するので、逃げこんだ穴の中に凶悪な魔物がいれば、その時点で人生は終わってしまうだろう。

 それでも、岩肌に何度もぶつかりながら地面まで転がり落ちる羽目になるよりも、痛みは一瞬で済む可能性が高いそちらの方が幸せであるかもしれない。


 どちらにせよ、危険であることには変わりないハーピーの岩山では、高報酬なクエストが出ていたとしても、滅多に受ける者がいない場所であるのであった。




「じゃあ、友達のハーピーを呼びます。少しうるさいので耳でも塞いでおいてください」

 そう言ってシエナは小さな笛をポケットから取り出した。

 シエナは屈強な冒険者でも滅多に近寄ろうとはしないハーピーの岩山のハーピーとまさかの友達である。

 元々、シエナももう少しで食べられそうになっていたが、最後に魂を込めて歌を歌った結果、ハーピーのミレイユと友達になったのであった。


 ハーピーは歌が好きな魔物である。

 本来は歌詞に意味を求めておらず、ただ鳴き声で歌うだけである。

 しかし、最近ではシエナの影響できちんと声を出して歌うようになってきている。


 その歌詞は、主に日本語で歌われているので、他の冒険者がハーピーの歌を聴いたところで結局ただの鳴き声か、ハーピー属の言葉にしか聞こえないのであるが…。



 シエナは、すうっと息を吸い込み、笛を咥えて思い切り笛を吹いた。

 ピーーーーと言う大きな音が響き渡り、麓近くの森からはその音に驚いた鳥たちが羽ばたいて逃げていく。

 ルクス達も、耳を塞いでいたがその大きな音に驚くと、少しでもその煩さを軽減する為に更に力強く耳を塞ぐのであった。


 シエナが笛を吹き終わり、しばらく空を見上げていると、バサバサという羽ばたく音を響かせながら1匹のハーピーが地上付近まで降りてきた。


「ミレイユー!こっちこっちー!」

 シエナは手を振って降りてきたハーピーのミレイユを呼ぶ。

 しかし、ミレイユはある一定の距離を空けたまま、それ以上シエナに近づこうとはしなかった。



「あれ?どうしたのかな?」

 シエナは、いつもだと自分の真上で旋回するミレイユが、少し離れた位置で警戒するように羽ばたいているのを見て、どうしたのだろうと疑問を持った。


「多分、俺達がいるからじゃないか?」

 ティレルが呟くと、シエナは「ああ、なるほど」と、手をポンと打った。


「ミレイユー!大丈夫だよー!この人達は危険じゃないよー!」

 再度シエナは手を振って、ミレイユを呼ぶ。

 ミレイユは、シエナ以外にいる人間の存在を警戒しつつも、友達であるシエナとは話しをしたいため、シエナ達に少しずつ近づいた。


「シエナ、だれ、そいつら。たべてもいいじんるい?」

 声が聞こえる程度のところまで近づき、ミレイユはシエナに話しかける。

 そのミレイユの言葉に、ルクス達は驚いた。それはいきなり自分達を食べようとする発言に対してではなく、ハーピーがかなり上手に人間の言葉を喋ったからである。

(シエナから聞いてはいたけど、ここまで人間の言葉を喋れる魔物がいるなんて!)

 ミレイユは、まだ若干片言ではあるが、かなり流暢に人間の言葉を喋れるようになっている。

 他の魔物であれば考えられないほどであった。


「食べちゃダメ。この人達は私の友達」

「シエナの、にんげんの、ともだち…。ともだちの、ともだちは、わたしとも、ともだち」

 友達という言葉がゲシュタルト崩壊しそうな勢いで、その後もミレイユはルクス達の顔を見ながら「ともだち」と繰り返した。


「この人達は決してミレイユや他のハーピーを傷つけないから、ミレイユ達もこの人達を傷つけないでね?」

 シエナがそういうと、ミレイユは「わかった」と返し、滅多に降りる事のない地面に足をつけた。


「でも、これだけの、にんずうだと、わたしだけじゃ、はこべない。だから、なかま、よんでくる、ね」

 ミレイユはぴょんぴょんとルクス達の周りと飛び跳ねながらそう言った。

 シエナは、自分が頼む前にミレイユが自分の頼みたい事を理解してくれた事に笑顔で頷くと、ミレイユも嬉しそうな表情をして再び羽ばたいて空を飛んだ。


「ね?危険じゃないでしょ?」

 シエナは笑顔でルクス達の方を向くと、ルクス達は苦笑いをしながら、上へと飛んでいくハーピーを眺めるのであった。

2017年最後の投稿となります。

あともう少しで2018年ですね。皆さまは今年一年どんな年でしたでしょうか?


新年が明けた後も、元旦から仕事なのでしばらくは更新は3~4日になりそうですが、仕事が落ち着けば2~3日の更新ができるように頑張っていきたいと思います。


それでは皆様、良いお年を。

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