神獣
題名が若干ネタバレ気味ですが、これ以外にぴったりの題が思い浮かびませんした。
わざとらしいほどに足を持ち上げながら、山道を進んで行く。
うぅ、山ってこんなに歩くの大変なんだぁ……
腐葉土のために足元が土にとられてブーツは沈み、魔物に倒されたと思われる倒木を越えようとするたびに、足元が掬われて転びそうになってしまう。
それぞれを回避しようとすると、どうしても大股で変な歩きかたをする事になってしまうのだ。
初めての山に悪戦苦闘する事30分。
おかしい。全然魔物がいない。
エフィーさんに貰った地図を見て現在地を確認するが、自身の思惑どおり、ここは魔物の生息地だ。
人が通る道なら魔物がよりづらいのはわかるけど……危険区域って書いてあるところにあえて来てるのに、なんでこうも魔物に遭遇しないんだろう?
これなら、比較的ここよりも安全な魔物の森の方がまだ魔物に遭遇しやすい。
僕は地図に赤く塗られた危険区域のエリアを進んでいく。
引き返さなきゃいけない時まであんまり時間も無いし、あと10分したら引き返そう。
帰りの道では魔物に遭遇できるかな、と時間が無駄にならない事を祈る。
ため息をつきながら、僕の体よりも2、3倍大きい木を避けて進む。
「まぁ、今日はここへの道がわかっただけでもじゅうぶ……ッ?!」
森の空気が変わった事に気づいた僕は、瞬時に歩みを止めて身構えた。
どこだ、どこにいる?!
隙を作らないように脇をしめつつ、視線だけ動かす。
ダークウルフが現れた時似ているけど、それとは比べ物にならない威圧感。
「ほう、儂の気配に気づいても臆さないか」
頭上から聞こえた声に、思わず背筋が凍る。
が、僕に迫ってくる風を感じたため、脅威の確認をする余裕もなく思いっきり前方へ駆け出す。
僕が二、三メートル前に出たのと同時に、後ろで木が割れる乾いた音と、重いものが着地したような轟音が響く。
「寸止めのつもりだったのじゃが。良い反応じゃのう、あやつを思い出すぞ」
「寸止めのつもり、と言う割には大きな音だった、よう、な……」
振り返った僕は息を飲んだ。
声からして、渋いお爺さんがいると思った。
しかし。そこに人はいなかった。
「聖域に踏み込んで来おる故、注意するだけのつもりだったのじゃがのぅ。一戦交えたくなったの」
楽しそうに口元を歪め、髭を揺らす何か。
「ま、ま……魔物が………」
獅子の頭からは羊のような角が生えており、茶色い毛で覆われた巨体から伸びた四本の足は、巨木の根をミシミシと言わせている。
「魔物が……喋ってる?!」
「失敬な。儂は魔物であって魔物で無い」
紫色の中に黄色く光る瞳孔。ネコのような目だけど、その威圧感は比でない。
「ま、魔物じゃないなら、一体あなたは何なのですか?」
相手が年寄りのような渋い声なので、なんとなく敬語になる。
「敬語など使わんでも良い」
「わ、わかったよ」
が、そう言われて言葉を自然体に戻して会話を続ける。
魔物と会話が成立していることに違和感を感じる。
「それで、魔物であって魔物ではない、って何?」
「見ての通り、儂は魔物の、体を持っておる。じゃがの、こうして喋ることができるし、人間を襲ったりもせん」
「襲わないって……さっきは僕の事襲ったじゃないか!」
僕の反論に、フンと鼻を鳴らして獅子の口を開けてくる魔物もどき。
「先程も言ったじゃろう?寸止めするつもりじゃった、と。儂の聖域に入って来おった人間の腕試しも兼ねて、仕置きをしようと思ったのじゃ」
「聖域……縄張りって事?」
「先程から思っておったが、もしやお主、儂の事を知らんな?」
「全然知らないよ」
僕は首を振る。
喋る魔物もどきの話なんて聞いた事ない。
「お主が無知なだけか、はたまた時が経った影響なのか」
魔物もどきの言っていることがよくわからないため、僕は首を傾げる。
「儂はな、人間に信仰されていたこともあるんじゃぞ。神、と崇め奉られていたのじゃ。納められたものの対価として魔物を狩ったりしたのはいい思い出じゃ」
「え、信仰?」
喋れるとはいえ、魔物が人間に信仰されていたなんて話、本当にあったら僕でも知っているはずだ。
少しの間僕を見つめた後、魔物もどきは話を続けた。
「まぁ良い。その様子では聖域の事も知らんようだな。儂としては帰してやってもいい」
魔物もどきの威圧が緩んだ事で、僕もそれに釣られて警戒態勢を解く。
「それなら、私は帰るね」
もう森を引き返すべき時間だったので、魔物もどきに背を向けて元来た道へ向かおうとする。
喋る魔物との会話は、体の芯をこおらせるような冷たさを感じるからだ。
僕は躊躇いなく、その場を去ろうする。
「儂の暇つぶしに付き合って貰った後で、じゃがな」
「ーーえ?」
しかし、背を向けたはずの魔物もどきが、鋭い爪が出た右手を振り上げて、こちらに向かって笑っているのを見た瞬間、僕は自分の油断を後悔した。
一瞬で僕の体を引き裂けそうな爪を、後方に飛ぶ事で避ける。
ズザザッという音を立てながら、着地する。
「人間は襲わないって言ってたのに!!」
「久々に戦いをしたくなっての、ちと相手をしてもらおうと思ってな。なに、殺し合いではない。模擬戦じゃ、模擬戦」
僕の糾弾に対して、魔物もどきは狼狽えずに、悠々として答える。
「模擬戦?今の攻撃、当たってたら僕重症だったよ?!」
「重症じゃろ?死にはせん」
それってつまり、死なない程度に殺しあうって事じゃないか!!
魔物もどきが追撃してきたため、それを口に出す暇は無くなる。
くぅ、不意打ちばっかり……
相手がその気なら、こっちだって!!
僕は体のスイッチを戦闘モードに切り替える。
魔物もどきの攻撃を、正確に避けていく。
「ほれほれ、避ける事しか出来んのか?たまには攻撃してぐべらっ?!」
隙を見て空中に飛び上がった僕が、獅子の顔を思いっきり蹴った。
「戦闘中にしゃべると、舌を噛むよ!!」
空中で台詞を吐いた僕は、木々をなぎ倒しながら飛んでいく魔物もどきを見ながら、気持ちを切り替える。
もうこの際だ、相手も僕を殺す気は無いみたいだし、練習がてら思いっきり模擬戦をしてみよう。
僕は開き直って、戦いを利用することにして、少し毛が汚れた魔物もどきが僕の元へ戻ってくるのを見る。
「ぬ、ぬうぅ。か弱き女子だと油断しておったわ」
「今は女の子の格好してるけど、私……僕は男だよ」
言いながら、逆転の腕時計を魔物もどきに見せる。
「男じゃと?ふむ、その腕時計は魔法道具の類か。一体なぜ女子の格好を……いや、そんな事はどうでも良いか。お主、中々やるでは無いか。吹き飛ばされたのなんぞ200年ぶりじゃぞ。名はなんと申す」
「アリエル。アリエル・ナーキシードだよ」
「アリエルか。その名、しかと覚えたぞ。アリエルよ、儂の事はラトルと呼べそれが、我が名だ」
髭を震わせる魔物もどき、ラトルはそれだけ言うと僕に飛びかかってくる。
避けることはせず、真正面から立ち向かう。
「はあっ!!」
ラトルの懐に潜り込み、筋肉の隆起したお腹に思いっきり拳を放つ。
「なんじゃと?!」
まさか懐に潜り込まれるとは思っていなかったのか、ラトルは驚きながら
僕の拳を起点に一回転する。
そのまま地に落ちるかと思ったのに、空中で態勢を立て直し、木を蹴って僕に体当たりしてくる。
まさかすぐに攻撃されるとは思っておらず、その攻撃をまともに食らってしまう。
「ぐぶぁっ!!」
痛み共に、肺から強制的に空気が抜かれて行き、景色が凄まじい速さで揺れ動く。
やがて、僕の身体が背中から木に当たって動きを止める。
結構痛いけど、タンスの角に足の小指をぶつけた方がまだ痛い。
「今のをまともに受けて立ち上がるとは……アリエルよ、お主人間か?実は魔物だったりせんか?」
「失礼な、僕はれっきとした人間だよ!!」
あ、思わず僕って言っちゃった。
僕はその事を少し気にするが、ラトルは全く気にする素振りを見せないので気にしない事にする。
「冗談じゃ。これほどまでに強い人間とは久しく会っていないかった故にな、嬉しく思うぞ、アリエルよ」
「僕も、少し嬉しいかも。今まではダークウルフより強い相手とは戦ってなかったからね」
少しだけ楽しくなっている自分がいる事に、僕自身が驚く。
昔はともかく、最近はダークウルフと戦っても手応えがなかったもんね。
僕とラトルは、互いに口角を上げた。
「儂はのぅ、200年ほど前に、お主のような強い人間と、悪を滅ぼす旅をしておったのじゃ」
ラトルは、僕に鋭い爪の蓮撃を繰り出す。
「へぇ、勇者の伝説みたいだ、ねっ」
攻撃のことごとくをかわしながら、獣の腕を蹴り上げる。
ラトルがよろめき、攻守交代。今度は僕が攻め立てる。
「そう、じゃ。思い出し、た。その男は、周りの者に勇者と呼ばれておった」
僕の攻撃を受け流しながらのため、途切れ途切れの言葉ではあった。
ラトルの言葉が徐々に頭に入ってきた僕は、攻撃の手を止めた。
「………」
「む?どうしたのじゃ、なぜ攻撃を止める」
突然戦いを止めた僕に、ラトルが不服そうな声を出す。
「ラトル、人に崇め奉られてたって、言ってたよね……」
「うむ」
「………ラトルさ、もしかしてさ、神獣って呼ばれてたんじゃないの?」
「うむ。儂はそう呼ばれておったな」
「……………」
「……………」
立ち尽くす僕と、突然の戦闘中断に呆然とするラトル。
「……のう、アリエル。戦わんのか?」
器用に、後ろ足で立って、前足をわきわきと動かすラトル。
「やかましい」
「なんじゃと?!」
まずい、これは非常にまずい。
思わず、冷や汗が滲み出てくる。
確か、神獣っていうのはその名の通り、神聖視されていた気がする。
つまり、神として崇められていたという事。恐らく、国の守り神として今でも信仰している人達は大勢いるはずだ。
その守り神と戦った。神聖視されている相手を魔物紛いだと思い込み、死なない程度の殺し合いをしてしまった。普通に考えて、牢獄行きは免れない気がする。
「どうしたのじゃアリエル、そんなに汗をかいて」
「ラトル、大事な事だからよく聞いて欲しい」
僕はラトルに事情を話した。すると、ラトルはそんな事か、と呟いてフンと鼻で笑った。
「アリエルは小心者じゃな」
「この後どんな罰が待ってるかもわからないのに、呑気にしてられるわけないでしょ!!なんて事してくれたんだよ、ラトル!神獣ならそうだと初めに言っておいてよ!!」
僕がまくし立てると、ラトルは少し狼狽えて二、三歩下がった。
「いや、普通喋れる魔物と会ったら気づくじゃろう」
「……」
うん、確かに神獣は喋れるっていう話を聞いた事がある。
「儂、崇め奉られてたって言ったしのぅ」
「……」
言ってたなぁ……おかしな事を話す魔物まがいとしか思ってなかった。
「私はもう、牢獄に閉じ込められる運命なんだ……」
ううっ、思わず涙が。
「ぬうっ?!泣くほど心配なのか?!」
「だって、もうどうしようもないじゃんか。ぐすっ、私はラトルと戦った事で罰せられるんだよ、きっと」
ポロポロと溢れ出てくる涙を拭うが、中々止まらない。
「泣くのを止めぬか。女子の格好をしていても、一応男なのじゃろう?」
「だけどぉ……ぐすっ」
「儂がお主の使い魔になれば問題なかろう?使い魔と主人が戦うのなら、誰も文句は言わぬ」
ラトルが大きな手を使って僕の頭をポンポンと撫でる。
「使い魔っていう事は、主従の契約を結ぶってこと?」
僕の問いにラトルが頷いた。
「でも、ラトルはそれで良いの?使い魔って主人のそばを離れられないんでしょ?」
確か、200年前の勇者の使い魔だったのが四体の神獣だったはずだ。
「そんな事はない。主人が危機に陥ると、それがわかるようになるだけじゃ。助けるか助けないかは使い魔次第というわけじゃ」
「そうなの?」
「うむ。大体お主、人の心配してる場合ではなかろう」
ラトルは僕の目を覗き込むように答えた。
「そ、それはそうだけど……」
「そもそも、儂と会った事を話さなければ万が一にも罰される事なんてなかろうに」
「お姉ちゃんに、もう隠し事はするなって言われてるから……」
前の一件以来、僕はもう隠し事はしないと決めたのだ。たった2人の姉弟間の約束だから、守らないわけにはいかない。
そんな僕を見て、ラトルは人間らしいため息をついた。
「あやつのように強いと思えば、正直なところも、他人思いなところも、あやつと似ておるな」
ぼそっとつぶやくラトルは、どこか嬉しそうだ。
「あやつ、って?」
「お主は知らんでも良い事だ」
ラトルはあっけらかんとした様子でそう言うと、
「ほれ、さっさと使い魔の契約をして戦いを再開するぞ」
「で、でも!神獣が、私なんかの使い魔になって良いの?」
「うるさいのぅ。お主の強さを見た時からそのつもりだったんじゃよ。たまの遊びに人里に降りようにも、単体じゃと崇められて、神扱いで困るからの。その点、使い魔の状態ならば、神獣とはある程度切り離して考えられる。お主の方に注目が行くからの。神獣よりも、神獣を使い魔にしているアリエルが注目されるじゃろ」
要するに、僕を隠れ蓑にするって言う事だ。
「じゃから、お主は神獣云々は気にせず、儂を使い魔にして、さっさと戦い再開させれば良いのじゃ」
「ラトル……ありがとう!」
フン、と鼻を鳴らすラトルにお礼を言って、僕達は契約を行う。
「儂がお主の血を飲む。お主は、使い魔になる事を許可する、とだけ言え」
僕は言われた通りに、ラトルの爪先で指の腹を切る。
そこから垂れた血を、あんぐりと開けられたラトルの口へと何滴か垂らす。
「使い魔になる事を許可する」
言われた言葉を話すと、ラトルと僕の足元をそれぞれ囲う丸が描かれ、最終的に僕とラトルの足元には光る8の字の魔法陣が現れた。
白く光った魔法陣は、しばらくすると消える。
「これで儂はお主の使い魔じゃ。お主の危機には、馳せ参じよう」
「えっと……よろしくね!」
なんと言えば良いかわからなかったため、普通に挨拶をした。
「さぁ、アリエルよ!戦いを再開しようではないか!!」
「え?本当にやるの?」
「うむ、当然じゃ!」
ラトルは意気揚々と頷いてみせるが、日が傾いていて、だいぶ暗い。
「でも、もう暗いよ?」
「構わぬ!儂は夜でも目が効くからの」
「私は夜だと見えないよ!って……夜?」
額から顎にかけて、嫌な汗が流れる感触をぬぐいたいのを堪えながら、おそるおそる逆転の腕時計を確認した。
6時32分。
「……」
「アリエルよ、どうしたのじゃ?」
そういえば、ここへ来るまでに3時間近くかかったっけ。
あっ、これまたそういえば、食事の時間は7時だっけ。
「ぬおっ?!アリエルよ、どうしたのじゃ。使い魔の契約が、お主が危機だと言っておるぞ!!」
「ラトルごめん!!戦いはまた今度で!!」
僕はラトルにまともな返事をする事もなす走り出した。
確か、方角はこっちだよね。
「うぅ、暗くてよく見えない!!」
慌てて走っているせいか、何度も倒木のせいで転びそうになる。
「そんなに慌ててどうしたのじゃ、アリエルよ」
ラトルが僕と並走する。前を見るのに必死な僕と違って、ラトルは僕の方を見て会話する余裕があるようだ。さすがに、山に住んでいるだけある。
「食事に遅れそうなんだ!!きっとお姉ちゃんは帰ってこない僕を心配してるだろうし、早く帰らないと!!」
「なるほどのう、事情はわかった。そういう事ならば、少しばかり協力しよう」
「うわっ?!」
ラトルは、口で僕の服を掴むと、そのまま僕を持ち上げてその背に乗せた。
「して、目的地は王都じゃな?」
「う、うん!」
「しっかりと捕まっておれよ」
僕がラトルの背中の毛を掴むのと同時に、ラトルが猛スピードで駆け出した。
倒木は飛び越え、生えている木を避け、時には壁を蹴るように木から木へと飛び移る。
「うわわわわっ?!」
「口は閉じておれ、舌を噛むぞ」
「わ、わかった!」
僕が30分程掛けて歩いた道のりを、ラトルは3分とかからずに、あっという間に駆け抜ける。
山を降りてすぐ、馬車の通る道を全速力で走っていくラトル。
ヒュンヒュンという風切り音が耳に障る。
風当たっていると、顔が冷えてきたのでラトルの鬣に顔を埋める。
わぁ、ふかふかだ〜〜!!
ふさふさの温もりにしばらく触れていると、ラトルの動きが止まった。
「ついたのじゃ」
「えっ、もう?」
まだ森を出て10分しか経ってないのに……
ラトルから降りて前を見ると、そこには確かに王都が広がっていた。
「うわぁ、ラトルって足速いね〜」
「当然じゃ」
ここからなら、僕の足でも学院までは十分間に合うだろう。
他の人が魔物まがいの見た目のラトルを見ると騒動になりそうなので、僕がラトルに別れを告げようとした時。
「では、いくかの」
ラトルの体がうねるように動いた。ススス、という毛の擦れる音を立てながら、ラトルの体がどんどん小さくなっていく。
「えっ?!」
角が縮み、たてがみがほとんどなくなり、そこにはラトルの巨体は無くなっていた。
代わりにいたのが、おでこの辺りにごく小さい角が生えた子猫だった。
「どうしたのじゃ、いかんのか?時間がないんじゃろう?」
「う、うん。ラトル、そんな事出来たんだね」
戸惑いながらも、僕はラトルを抱き上げた。
「この程度はお茶の子さいさいじゃよ」
愛らしくなったラトルを頭に乗せて、僕は学院へ向かった。
「なぜ頭の上に乗せるのじゃ」
「魔物まがいの巨体ラトルはともかく、可愛らしい子猫に地面を歩かせるのはどうかと思って」
「……解せぬ」
不服そうにつぶやく猫が乗る頭を揺らさないように注意しながら歩いた。
すれ違う街の人には少し奇特な目で見られたけど、気にしない。
僕が学院に着くと、門の前にはそわそわしたお姉ちゃんがいた。
「お姉ちゃ〜ん!」
「アリエル!!」
僕が手を振ると、お姉ちゃんは安堵したように胸をなでおろす仕草をする。
そして、当然のようにしばらく抱きしめられる。
昨日、僕の意識が飛びそうになったからか、今回は腕の力が弱めだ。
「もう、あまりに帰りが遅いから、お姉ちゃん心配してたのよ?あと、これからは出掛けるなら一緒に、って言ったでしょ!っていうか、猫……?」
「ごめんね、お姉ちゃん。ちょっと色々あって。後で話すよ」
出掛ける時は一緒にって、あれ本気だったんだ……
昨日のお姉ちゃんの言葉を思い出して、思わず苦笑いする。
7時までまだ少し余裕があったので、僕は自室で男の格好に戻ってから、改めてラトルに向き合った。
「ふむ、アリエルよ、それがお主の真の姿か」
「うん、そうだよ」
「なぜ女子の格好をしていたのだ?」
首を傾げる子猫のラトルが可愛いらしい。
「あんまり大した理由はないんだけどさ。強いていうなら、なごり、かな?後で話すよ」
「そうかの」
僕は再びラトルを頭に乗せて、食堂へ行こうとした。
が、ここで一つの問題に気付く。
「食堂って、動物入れてもいいのかな……」
「儂は神獣じゃ」
「一応エイヴァンさんに聞いてみようっと」
「無視するんじゃないぞい」
時間はあまりないので少し駆け足で学院長室へ向かう。
ノックをしたら入っていいとのことだったので、学院長室へ入った。
「あら、アリエルさん。どうされたんですか?」
「ちょっとお聞きしたいことがありまして……」
僕が事情を話すと、エイヴァンさんはだいぶ驚いた。しかし、その後に笑って、ラトルの学院内での行動を許可してくれた。ついでに、ラトルの食事の許可もくれた。
食堂へ向かった僕は、7時ぴったりに食事を持っていつもの席へ向かった。
「あっ、みんな。アリエルちゃん来た〜」
ハルさんが僕を見つけて、声を上げた。
「すいません、遅れちゃって。色々あったもので」
「それは構わないけど。って、なんで2人分の食事?アリエルちゃんって、そんな大食いだったかしら?」
首を傾げるティアさんは、やがて僕の頭上にいるラトルを見据える。
僕は膝の上にラトルを乗せると、今日の事情を話した。
「神獣?!その子猫が?」
「うん、そうなんだ。本当はもっと大きいんだけどね」
お姉ちゃんは先ほど猫を見ていただけに衝撃が強いようだった。
「本当なの?アリエルちゃん、幻術とかで惑わされてたりしないの?」
「そうよ、アリエルちゃん騙されやすそうだから、何か悪いものを飲まされたのかもしれないわ!
ハルさんとティアさんの指摘に僕は苦笑いして、ラトルのおでこを触った。
「「「角……」」」
「ね?猫じゃないでしょう?」
半信半疑の三人を見て笑いながら、僕は自分の分を食べたらラトルの分を、と交互に食事を運んだ。
「ところでラトル、なんで喋らないの?」
「ベラベラと話す趣味はないのじゃ。じゃが、ここの食事は美味じゃの」
「「「……しゃ、喋った」」」
ここの食事は、ラトルの舌に合ったようであった。
そして、夜が更けていき、深夜11時30分。
「ラトル、お風呂行こ〜」
「断る」
「山であれだけ派手に動いたんだからさ、体洗わないのダメだよ。洗ってあげるからさ」
「嫌じゃ、儂は水は嫌なのじゃ〜!!」
僕は嫌がるラトルの首根っこを掴み、半ば無理やり大浴場へと連れていった。
そう言えば、猫は水が嫌いなんだっけ。
ラトルも猫の仲間っぽいし、もしかしたら水が嫌いなのかもね。
脱衣所でタオルのみ纏った僕は、シャワーを浴びに向かう。
「ふむ、どんなところかと思ったが、中々広くて快適ではないか」
「でしょ〜?僕も気に入ってるんだ〜」
僕が頭や体を洗っている間、猫として大浴場を見ていたラトル。
「ふむ、強度も申し分ないようじゃし、広さも問題ないじゃろう」
僕が身体を流し終えてラトルを見ると、そこには、獅子の巨体があった。
「うわっ?!びっくりしたぁ、ってこら、そのまま湯船に浸かろうとしない!」
僕はラトルのマナー違反を注意して、シャワーで巨体を濡らして行く。
「ううっ、変な感触じゃのぅ……」
と、初めは嫌がっていたラトルだったが、シャンプーや石鹸で身体をマッサージしながら洗ってあげると反応は激変した。
「うぅ〜〜、そこ、そこじゃ。あぁぁ〜〜、極楽極楽、じゃ」
言ってる事はおじいちゃんみたいだなぁ、と思ってラトルの身体についた泡を流してあげた。
「「ふぅぅ〜〜〜」」
僕とラトルが同時に湯船に入ると、大きな波音を立ててお湯が溢れた。
「アリエルよ」
「な〜に〜?」
「儂は今、お主の使い魔になれて良かったと心の底から思っておる」
「それは良かったよ〜〜」
僕もラトルも、森での疲れが取れて行く感触を心ゆくまで味わう。
ふと、脱衣所の開き戸が開いた。
出てきたのは、腰にタオルを巻いて肩を揉むアークさんだった。
「ふぅ、疲れた疲れたってうぉうわぁっ?!」
大浴場に入ってきて早々、アークさんは尻餅をつきながら絶叫をしたので、とりあえず、ラトルが魔物ではない事を説明しておく。
やがて、身体を洗いおえたアークさんにも今日の出来事を話した。
「はぁ〜〜、アリエル、お前よく神獣とまともに戦えたなぁ」
「大分きつかったですよ?なんかもう、吹き飛ばされるわ、引っかかれるわで」
僕はアークさんの同情の視線に苦笑いしながら、ラトルの頭をポンポンと撫でた。
「でも、その割には目立った傷とか無いよな」
アークさんは僕の身体をーーと言ってもタオルのせいで足と腕と顔しか見えてないけどーーまじまじと見た。
「そうですね。今まではともかく、今日は擦り傷くらいなものですかね」
アークさんに少し擦りむいた肘を見せた。
「やっぱアリエルはすごいんだな、傷がつかないくらい善戦できるっていうのは」
アークさんが感心した顔で言ってくれるけど、僕は笑って首を振った。
「あはは、違いますよ、アークさん」
「ん?何が違うんだ?」
僕は、もはや神獣の面影がないくらいだるんだるんの表情のラトルの腕をとって、その手に入っている鋭い爪をアークさんに見せた。
「当たったら、下手すれば殺されちゃいますから。まぁ、今回は殺し合いじゃなかったので、お互いそこは注意してましたけどね」
「……なんだろうな、バトルジャンキーなのは神獣だけじゃ無い気がしてきたぜ」
微妙そうな顔をするアークさんを見た後、僕とラトルは部屋に戻った。
「さて、ラトル君。」
「なんじゃ」
「君、猫になれるんだから、ベッドに収まるくらいのちょうどいいサイズになれたりしないかな?」
変な口調の僕に、ラトルは不思議そうな顔をしつつも僕の言った通りのサイズになってくれた。
「これでいいのかのぅ?」
「わぁ!すごいよラトル!!さ、ベッドに入って!!」
「うむ」
僕は部屋の明かりを消して、寝る準備をした。
ベッドに潜り込むラトルと共に僕も布団を被る。
もちろん、同じベッドだ。
僕はラトルが苦しいと思わない程度に、ラトルを抱きしめた。
「モフモフ〜〜!!」
「ぬ、ぬぅ?」
「僕のことは気にしないでね。ラトル、おやすみ」
「う、うむ」
この時、僕はラトルを使い魔に出来て良かった、と心底思ったのだった。
この先の構想はたくさんあるんですが、展開を繋げるための閑話的なものが思いつきません。
あ、絵は製作中です。しっかりとした絵になるよう頑張ってます。
ちなみにですが、僕の家では猫を2匹飼ってます。猫、可愛いですよね。
ラトルは猫を話しに組み込みたいがために作りました。




