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千早

 千早は棗と柊を庇うようにその前に立ち、十夏と億斗を睨み据える。

「……棗、柊。大丈夫か?」

「人の心配してる場合か?アイツらの狙いはお前なんだぞ!」

「分かってる……だから僕は逃げて来たんだ」

 千早の言葉に、今まで平然とした雰囲気を崩さなかった億斗が反応した。

「なんでそんな事したんだ!なんで逃げたりなんてしたんだよ!?俺達とあの方は千早くんのためにっ」

「僕はそんな事を望んでいない!アイツにも何度もやめてくれ、と頼んだ。こんな事は間違っている、と。けど聞いてくれなかった!!」

「千早くん!!」

 億斗は先程までの彼とは別人のようだ。迷子になった子どものような顔で、今にも泣き出しそうだ。

「……お前の言いたい事は分かった。けど、アタシ達も譲れねぇ。何が何でも一緒に来てもらう」

 十夏は酷い苦痛を堪えるようだった。千早にこんな真似をするのは本心ではないが、それでもやるしかないと、それだけは明確に伝わってくる。

「安心しろよ、こんな事になってまで逃げようとは思わねぇから。ただ約束しろ。これ以上、戻り森の住人に手を出すな」

「従おう」

 十夏の返事を聞いて、千早は歩き出す。十夏と億斗の許へと。

「駄目だ!!」

 背後からの柔らかい衝撃。視界に入る青空にうかぶ白雲と同じ色の髪。誰なのか、振り返らなくても分かる。

「行っては駄目だ、千早」

 肩越しに振りかえれば、思ったとおりの少女が、直葉が、そこにいた。背中から胸の前へとまわされた腕が、絶対に行かせないと千早にしがみついてくる。

「千早!棗!柊!無事か?」

「棗さん、怪我を……」

 閑芽に胡乃実までも、走り寄ってくる。

「これくらい問題ねぇ。それより戻り森の連中は?」

「結社の中に全員避難した。ミヤシロ様が湖に結界をはったから大丈夫だ」

 そこまで言って、閑芽は険しい眼差しを十夏と億斗に向ける。

「お前らか?結界を破ったのは」

「王弟殿下の直属部隊だそうだ。千早を探していたらしい」

 棗がそれだけ言えば閑芽にも通じた。彼は国王と王弟、そして、王弟の直属部隊が神獣の霊宝を探している事を、既に知っている。

「じゃあ、まさか千早が四匹の神獣の一人で、この二人はその千早を追って戻り森に来たのか!?」

 閑芽の発言にその場が静まり返る。直葉は息を呑み、胡乃実は驚きに目を丸くして、棗は「馬鹿」と額を押さえ、柊は「こんな時に」と軽く嘆く。

 閑芽の空気を読めていない会話が炸裂していた。

 そして、それは思いもよらぬ効果を引き起こす。

「…………っくくく、はははははは!あー、そういう結論になるわけね。なるほど!」

 億斗が突然、笑いだしたのだ。おかしくて仕方ない、と腹を抱えて。

「おい、億斗」

 十夏がたしなめるように名を呼ぶが、億斗はその肩をバシバシと叩き、笑い続ける。

「だって十夏ちゃん、この人達、すっごい勘違い、してっ、はは」

「勘違いだと?」

 棗が眉を跳ね上げる。

「そうだよ、勘違い。いや半分当たりで半分はずれかなー?」

 ひとしきり笑って落ち着いたのか、億斗は説明をはじめる。

「まず俺達が神獣、正しくは神獣の霊宝を探しているっていうのは、当たってる。ていうか一応秘密裏にって事になってるんだけどー、なんで知ってんの?」

「俺は情報屋なんでな。そして閑芽このバカに、教えたのも俺だ」

「ふーん。情報漏洩には気をつけてたつもりなんだけどなー」

「安心しろ。王弟の直属部隊が神獣を探してるなんざ、ほいほい信じる奴はいねぇよ」

 棗も億斗の口から神獣を探している、とはっきり聞くまでは、半信半疑だった。情報屋の相棒パートナーである柊もだろう。

「で、ここからははずれの部分、まず千早くんが神獣だっていうのは大はずれ」

 億斗に手で示された、千早は微動だにしない。ただ億斗の言葉の続きを待っている。

 覚悟を決めたように。観念したように。罰を待つように。

「何故なら、そちらにおわす御方は我らがあるじ。王弟殿下、露草千早様だから」

 千早の服に王家の紋章が刺繍してあったのは。

 千早が王弟直属の部隊の二人と言葉を交わしていたのは。

 千早がこの国の王弟殿下だったから。

 直葉は一瞬、呼吸を忘れた。気がついた時には、ほぼ無意識に彼を呼んでいた。

「千早……」

「黙っててごめんな。そして、迷惑かけて、ごめん」

 千早はやんわりと直葉の腕をつかみ、そっとはがす。今まで逃げ続けて、これからも逃げ続けるのだと思っていた。けれど、直葉の生きる場所を、戻り森を守るためなら。

「戻り森はもう大丈夫だ。僕は、戻るから」

 その千早と直葉の様子を見ていた十夏が口を開く。

「言っておくが、あたし達に神獣を探せと命じたのは、国王陛下であって千早ではない。あたし達が神獣を探していたのは千早を」

「十夏!」

 空気を打つように千早が叫ぶ。

 その叫びは、それ以上は語るな、と言外に命じており十夏は口をつぐんだ。

 千早は直葉に向き直り、まだつながったままの手を放す。最後に指先を少し握りこんでしまったのは、許してほしい。

 さよなら、そう言って指も完全に放れるかと思われた時。

「やはり駄目だ!」

 直葉は再び、千早にしがみついた。

 千早が王弟だという事には、確かに驚いた。でも、それは関係ない事だ。

 今は、千早をこのまま行かせてはいけない。大事なのは、ただそれだけ。

「千早は望んではいないんだろう。なら行っては駄目だ」

 千早に望まぬ事を強いる場所には、行かせてはいけない。

「あー!もうっ面倒だなー」

「億斗?」

 億斗は苛立たしげに髪をかき上げて、一歩、前へと進み出た。

「俺達は千早くんも王都にある王宮へ連れ戻しに来たんだよ。だーかーらー」

 唐突に億斗の姿がかき消えた。その姿を探して視線をあちこちにやっても、影すら捕らえられない。しかし完全に見失ったかに思われたその姿は、消えた時と同様にまたも唐突に現われる。

「邪魔しなーいで」

 千早と直葉の隣に。千早はすぐ側に現われた億斗の姿に、直葉を守ろうと、とっさにその体を抱き込んだ。

「移動術……!」

 距離を無視して任意の場所へと自分もしくは他者を、瞬間的に移動させる術。それが億斗の異能なのか。

 億斗は直葉を抱き込む千早の腕に片手で触れて、もう片方の手を十夏に伸ばした。

「十夏ちゃん!」

 十夏は億斗が何をする気か分かっていたらしく、名を呼ばれた時には伸ばされた手をつかんでいた。

 その瞬間、四人の姿は消えてしまった。先程のように再び現われる気配はない。

 億斗の異能で、戻り森から別の場所へと移動してしまったのだ。

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