襲撃
6話目です。
棗と柊は戻り森の中で逃げ惑う人々と逆走する形で走っていた。
「うろたえるな!!結社のある湖まで行け!ガキや年寄りをおいてくんじゃねぇぞ!!」
「落ち着いて!焦らず確実に進んでください!」
戻り森は混乱で騒然としていた。
戻り森の住人は長い間、ミヤシロの結界で守られていために、皆、結界が破られたという事実だけで恐慌状態に陥ってしまったのだ。
棗は腹の底から咆えながらそれでも皆を湖へと誘導させ、柊も落ち着くように声をかける。
「ったく。一体どうなってんだ?」
それでも状況が飲みこめていないのは彼らも同じで、とりあえず結界が破られた原因を探ろうと戻り森の入口まで走っているのだ。
棗と並走していた柊が、スッと空に向けて右腕を伸ばす。するとバサリと羽音をたてながら、鳥が一羽、舞い降りてきた。
その鳥は柊の腕に降り立つとピィーと高く一声鳴き、再び空へと飛び立って行く。
「なんだって?」
柊は鳥の異族だ。異族は自分が獣変化する獣と同種の獣達の言葉を理解し、従える事が出来る。
「侵入者が二人。男と女で、結界を壊したのは女のほう。こっちに向かってるって」
「二人だけでミヤシロの結界を破ったってのかよ……!」
ミヤシロは己の異能のほとんどを結界に費やしている。自分の体が縮むほどに、だ。その結界を二人、正確に言うのであれば女一人で破ったなんて、一体、相手はどれだけ桁外れの相手なのか。
緊張しながら進んでいくと耳を足音がかすめた。足音は二人分、音を殺す事も気配を隠す事もなく近づいてくる。棗と柊は足を止め、その場で身構える。
足音はどんどんと近づいてきて、同じように近づいてくる男と女。
「あ!やっーと、第一村人はっけーん!」
棗達の姿を見とめて、声を発したのは男の方だった。
こちらの緊迫した雰囲気などまるで気づいていないかのような、明るい声に間の抜けた笑顔。
「よかった、よかった。聞きたい事があるのに、誰も見つからないからどうしようかとおもってたんだよねー」
棗達は臨戦体勢をくずしていないのに、男は自然体そのままに歩いてくる。
「待て、億斗」
「なぁにー?十夏ちゃん」
億斗と呼ばれた男を十夏という女が止める。その右手に握られていた大剣が動き、棗は拳を握り、柊は弓に矢をつがえた。
「挨拶が先だろうが」
「あ。そだねー」
しかし、その大剣は棗達に向けられる事はなく、草地に深々と突き刺さる。
「えっと、挨拶もせずにごめんなさい。俺、億斗・ミンスデルトっていいまーす」
「錫絹十夏と申します」
億斗は片手を上げながらあっけらかんと、十夏は折り目正しくきっちり頭をさげて挨拶してくる。
外見からすると億斗のほうがきちんとしていて、十夏のほうがおおざっぱに見えるのに、実際は反対のようだ。
「で、ここからが本題なんだけど、俺達人を探してるんだー。この戻り森にいるのは分かってるんだけど」
「貴方達はご存じありませんか?露草千早というのですが」
その名を聞いた途端、棗は地面を蹴りつけ一気に十夏との距離を詰めた。
振るわれた棗の拳と草地から抜き放たれた十夏の大剣の面が派手な音を響かせ、ぶつかり合う。
「ただ人を探していると言っただけで、いきなり過ぎるのでは?」
「うるせぇよ。俺の中では喧嘩は先手必勝なんでな。それに人を探しにきただけってわりには、テメェらのやり方は物騒だ」
ミヤシロの結界を破ったという事は、この二人は確実に異能もしくは異族。そしてミヤシロの結界は戻り森に害意を加える意志のない異族と異族を拒む事はない。
つまり、この二人は結界に拒まれたから、結界を破って戻り森に入ってきた、戻り森に害意を持つ者。
右腕一本で軽々と大剣を横に薙いだ十夏に、棗は後ろへと跳ぶ。
「棗!」
「大丈夫だ。それより気をつけろ。あの女の大剣、多分異能だ」
じかに拳で触れてみて、分かった。
異能の能力は正確には、霊力を操り術を使い、結界を築いたりする能力である。
おそらく十夏の異能は、霊力を術により武器化する能力。それがあの大剣の正体だ。
「異能で作られた武器なら通常の武器は利かないわね」
「ああ。同じように異能の武器か異族の攻撃じゃねぇとな」
柊の弓矢は通常の武器だ。対して棗の拳は異能の能力を宿している。
霊力を拳に集中する事で、鋼の硬度を持たせ凄まじい破壊力を生みだすのだ。
「テメェらの人探しとやら付き合ってやるよ。テメェらをぶっ飛ばして縛りあげた後でな!」
棗は拳を胸の前で構えて駆け出し、十夏は愉しげな笑みをうかべて大剣を振り上げた。
湖面の扉が開かれ、結社の中へと続々と戻り森の住人が入っていく。
結界を破られた事で怯える住人達を安心させるために、ミヤシロが結社を開放して結界が破られた原因がはっきりするまで住人達を受けいれる事にしたのだ。
その住人達の中に、直葉達が探していた少女の姿があった。
「胡乃実!」
「直葉さん、閑芽さん、千早さん」
胡乃実は不安でうつむけていた顔をあげる。そして直葉達の姿を見つけると、安堵で目を潤ませながら、人の波を掻き分けて駆け寄って来て、その勢いのまま直葉にしがみついてきた。
余程、不安で心細かったのだろう。体が微かに震えている。
直葉はその背を優しく撫でてやりながら、内心安堵していた。直葉も胡乃実の無事な姿を見るまで不安だったのだ。
「胡乃実、棗と柊は一緒じゃないのか?」
閑芽は、胡乃実と清樹で留守番していたはずの二人の姿が彼女の側にない事に焦りを覚え、早口で問いかける。
すると胡乃実は潤んでいた目から涙をこぼした。
「胡乃実?」
「棗さんと……柊さん……結界が破られた原因っ……確かめに行くって……私っ、止めたんですけど……!」
それ以上は言葉にならず、胡乃実は直葉の胸にすがりついて泣き出した。
「アイツら……」
閑芽は舌打ちのひとつでもしたそうに渋面を作り、千早は治まったはずの寒気を思い出した。
「僕のせいだ……僕がここにいたからっ!」
「千早っ」
千早は脇目もふらず住人達が逃げてきた場所へと走り出す。その表情は痛々しいほどに危機迫っていると同時に覚悟を決めた者しか持ち得ない、強さがあった。
ガクリ、と棗は片膝をつく。
「くそっ……」
「棗!」
悲鳴に近い声を上げながら柊が矢を放つが、十夏の大剣に易々と叩き落とされてしまう。
「あの女、馬鹿強ぇな……」
もう棗は苦しい意味で笑うしかない。けれど十夏のほうは余裕の笑みだ。
戦っている時も、とても楽しそうに笑っていた。棗の拳が当たり、血が噴き出た時ですら。
棗の攻撃が、全く届いていないわけではない。
そもそも身体強化の異能により霊力を込められた棗の拳は、相手にかするだけでダメージを与えられる。
十夏の体につけられた血を流す傷も、そうして出来たものだ。
けれど十夏はまるで気にしていない。どれだけダメージを負っても怯む事なく大剣を軽々と振り回す。
自分の異能で作り出した大剣なのだから、重さなどあってないようなものだろう。
大剣の重さによる使い手のデメリットがないのは、仕方のない事だと棗も分かっている。
それを差し引いたとしても、十夏は強すぎる。そして、戦いにちっとも加わる事もなく、十夏が傷を負っても平然としている億斗も不気味だ。
「テメェら、一体何者だ?」
柊に支えながら立ち上がる棗は、燃え上がる目で十夏と億斗を見据える。
ミヤシロの結界を破った事といい、この強さといい、ただの賊や破落戸などではない。
ならば一体、この二人は何者で、何の目的で千早を探しているのか、それをはっきりさせておきたい。
「あれ?十夏ちゃん、俺ら言ってなかったけ?」
「言ってねぇよ。名前を名乗っただけだ」
「あー、そうだったかー」
億斗は頭をかきながら息を吐き、軽くそれを口にした。
「えっと、俺達、この国の王弟殿下の直属部隊の者です」
億斗が懐から取り出した者は間違いなく王家の紋章を象った首飾り。それは億斗が言ったとんでもなく重い事が真実である証に他ならない。
「王弟殿下の部隊だと……」
棗は背筋が寒くなるのを感じた。
今、自分が相手どっていたのが国の王弟の部隊がだったとは、だとすると、この一件には王弟の兄である国王も関わっているのか?
もう笑う事も出来そうにない。
「棗……あの噂」
柊が声をひそめて囁いた。そこで棗も思い出す。
王弟の部隊がこの世界と人々を作り出した祖神たる神獣の魂である神獣の霊宝を探している、という噂を。
正直、眉唾物だと思っていたが、王弟の部隊と名乗る彼らは探していると言っていた。
露草千早を探している、と。
では、まさか千早が……?
そんな事あり得ない、と思う思考に千早が何かから逃げ続けている、と言っていた閑芽の言葉が重なる。
「閑芽の話じゃ、千早は捕まるわけにはいかないって言ってたらしいな」
「あと王家の紋章が刺繍してある上質な服を着てたから、王家に連なるものかもしれないって」
「あ?じゃあやっぱ神獣じゃねぇのか?つーか王家の奴なら、なんで王弟の直属部隊に追われてんだよ」
「分からないわ。でも、そんな事は関係ないでしょう?」
「まあな」
棗と柊は千早の事などよく知らない。顔を合わせて二日目で、話もほとんどしていないのだ。知る事など出来るはずもない。
けれど、友人である閑芽が気にかけている。普段はどこか冷めた雰囲気もある直葉が、大切に思っている。極度の恥ずかしがり屋の胡乃実が仲良くなろうと努力している。
なら、それだけで充分だ。
棗と柊が、千早を守る理由はそれだけで充分なのだ。
「十夏ちゃん、この人達にいつまでも付き合ってらんないよ。僕達、戦いに来たわけじゃないしー」
「なにが戦いに来たわけじゃねぇ、だ。結界を壊してそんなもん振り回して、よく言うぜ」
「えー、先に十夏ちゃんに襲いかかってきたのはそっちじゃん」
「やめとけ億斗。次で黙らせる」
十夏が大剣を構え直す。大剣の周囲を渦巻く霊力に空気が震える。言葉通り、次の一撃で決めるつもりか。
「こいつは、やべぇか……」
「確実に」
だが、ここで退くわけにもいかない。棗と柊が覚悟を決めた時だった。
「やめろおおおおおお!!」
結いあげた黒髪を揺らして、瞳に決意と覚悟を宿した少年が、大地を踏みしめて制止の声を轟かせた。
その声に十夏は構えを緩め、億斗は目を瞠る。棗と柊は、なんで来てしまったのか、と唇を噛んだ。
「千早……!」




