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第33話 マンナーヤ




 キッドは相変わらず素早かった。そりゃもう恐ろしく素早かった。

 軽やかな動きは、屋根の上を駆け回っている男のモノとは思えない。

 躊躇いなく、踊るように家々の上を跳び回る。ありゃ、人というより猿か猫だ。


 怪物は家々を拳で叩き潰しながら追いかける。

 ――が、まるで意味は無い。

 唸り立てて振るわれる拳は空を切り、飛び散る破片すらキッドの姿を捉えない。

 よく見ると屍巨人の一つ目はキッドの動きをまるで追えていないのが解る。あれじゃ拳がキッドに当たる訳もない。

 片目のガンマンは間合いを読むのが苦手だが、あの一つ目お化けもその辺りは普通の人間と変わらんらしい。

 野郎がキッドをその手に捉える為には、今のままじゃもう一つ目玉を拵える他ないだろう。……コイツの場合は実際出来そうだが。


「……無駄に速いな!オイ!」


 私はそんな一人と一匹を追いかけ追いかけ……途中で追いかけるのを諦めて横道に入った。

 身軽さではキッドに勝てないことなど先刻承知しているが、やっこさん今度は特に気合が入っている。

 ただ走って追いかけるのも芸がない。ガンマンの力量は身軽さだけで決まる訳じゃないことを見せてやろう。


 イーディスが待ち構えている場所に、キッドたちの動き、そして町割りを考えれば抜け道はすぐに思い浮かんだ。

 家々の間を、あるいは家々の中を、扉を窓を潜り抜け、やっこさんたちの先回りをする。


「……よし」


 幾つかの家をくぐり抜ければ、お目当ての通りに辿り着く。

 借り物のコルト・アーミーから空薬莢を押し出し、弾を込める。

 気づけば、コートのポケットの中の弾の感触が寂しくなってきていた。


 まぁ「こちら側」に呼び出されてからドンパチドンパチまたドンパチの繰り返しだったのだ。むしろ、今日までよく弾が保ってくれたもんである。


「……」


 私は通りのあちこちを見渡し、何か使えそうなものは無いかと探した。

 鉄の看板、窓ガラス、横断幕、旗竿、荷車、ロープ……。

 いろいろと使えそうなブツが目白押しだ。


「あちらさんのほうは……と」


 眼をキッドとデカブツのほうへやれば、まだ少し遠くでドタバタやっているのが舞い上がる破片と埃で解った。

 音は徐々に大きさを増している。準備の時間は充分、とは言えない。

 ――よし、ならば簡単なので行こう。

 まだガキの時分、つまりは戦争中にゲリラやパルティザンをやっていた頃を私は思い出す。

 私が今からやろうとしているのは、あの頃に良く使った手だった。

 材料は簡単、用意も簡単、時間もかからない。

 果たして、そんな便利な手の正体とは――それは結果を御覧じろ。


「来たな」


 手早く準備を終えた私の眼に、相変わらず屋根の上を跳びまわるキッドと、それを駄々っ子のように追い回す屍巨人の姿が映った。

 距離はみるみる縮まり、気づけば残り25ヤード弱になっている。

 野郎の走るスピードを考えれば、そろそろ準備が必要だ。相手がデカブツなだけに、何より肝心なのはタイミングなのだから。


「ほれほれ鬼さん!手のなる方へ!」


 キッドが煽りながら駆けまわるのとは反対側の家屋の列。

 その陰に身を潜め、私は機を窺った。

 キッドの速さ、デカブツの速さを計算し、仕掛けを動かすタイミングを割り出す。


「イヤッホォォォォゥッ!」


 キッドが視界を通り過ぎた。だとすれば一つ目お化けが来るまではの時間は。


「3、2――」


 今だッ!私は握りこんだロープを、体重をかけて力いっぱい引っ張った。


 ――ウォォォォォォォンッ!?


 通りを挟んで向かいの家の大黒柱。そこに結んだ三本の束ねられたロープ。目一杯の力で引かれ、ピンと真っ直ぐに延びたロープはちょうどデカブツの脛の辺りにキレイに引っかかる。キッドを追って上ばかり見ていた屍巨人は、走る勢いそのまま大きくつんのめった。

 ここで私はロープを手放す。このまま握っていると今度は逆に屍巨人の重さに私のほうが引っ張られるからだが、私の引っ張りがなくなってロープはたわみ、それが更にデカブツの事態を悪化させる。

 たわんだぶん更に前へとつんのめり、気づけば足は地面より離れ、空中へと巨体は投げ出されていた。

 奴にとって不幸だったのは、この通りの先がT字路になっていたことだった。宙を舞うデカブツは、向かう先の酒場へと頭から突っ込んだ。


 ――轟音!そして舞い上がる砂と埃!


「DUCK YOU SUCKER / 寝てろ、糞ったれ」 

 

 見事なまでに罠が上手く嵌まり、私はニヤリと一笑いした。

 足をロープで引っ掛けるという罠は、単純だがそれだけに使い勝手が実に良い。

 ヤンキー(北軍)騎兵の乗馬を潰すのに使っていた手だが、今度も上手く行ってくれたようだ。


「ヒュ~~♪」


 見上げればキッドが額へと水平に掌をあて、感心した様子でデカブツのほうを見ていた。

 ふと、私のほうに気づいたのか、口の端を釣り上げて親指を立ててきた。

 私も親指を立てて返し、一つ目の方へと向き直る。


 今は汚いケツを見せたままピクリとも動いていないが、まだくたばっちゃいまい。

 後腰からペッパーボックスを引き抜きながら、やっこさんへと近づいていく。

 まず最初に足の指がピクピクと動き、次いで汚いケツの辺りが微かに震えた。

 ――ウゴォォォォォ……。

 鈍い唸り声が響いてきたかと思えば、不意に瓦礫から頭が引っこ抜かれ、空へと向かって目一杯咆哮!

 耳を押さえたくなるわめき声を我慢しつつ、適当な間合いに私は陣取る。

 一つ目巨人は四つん這いの体勢のまま、首だけ回して何かを探す。

 こんな目に合わせてくれた野郎は誰だ、と探しているらしいが、一つだけの視線は、私の所で動くのを止めた。臭い息も嗅げる間近に、屍巨人の顔がある

 どうして罠の仕掛け人が私と解ったのか、デカブツは1つだけの瞳を目一杯見開き怒号を放った。

 耳が割れそうなぐらいの大声だが、堪えて私も怒鳴り返す。 


「 WHAT ARE YOU LOOKIN' AT?/ ガン飛ばすんじぇねぇぜ 」

 

 私はでかでかと開いた瞳にペッパーボックスを至近距離でぶっ放した。

 今じゃほぼ骨董品みたいなコイツでも口径は47口径もある。火薬もたっぷり詰め込んである。

 威力はご覧の通りだ。


 ――ギャオオオっ!?


 両手で眼を押さえて、屍巨人の体は仰け反った。

 巨体相手では47口径でも小さいかもだが、小さな棘でも目に刺されば痛い。私だって痛い。

 ましてやその棘が火薬の力で風切る速さで飛んで来るんだからたまらない。


 ――ウワァォォォオオオオオッ!


 屍巨人は体勢を立て直し、血走った眼を向け再度吼えた。

 お返しに私は、もう一度目玉の真ん中に47口径をぶち込んでやる――つもりだったが、相手も流石に馬鹿ではない。

 続けて撃った三発は全て、ヤツの分厚い手の甲に飲み込まれただけだった。


「――マズッ!」


 眼を覆っていた掌は、拳に変わる。さぁて今、このデカブツがぶん殴りたい相手は誰だ?

 ――まぁ私だな。


「うわっとぉ!」


 裏拳気味の横殴りの一撃を咄嗟に伏せて躱す。

 頭上をものすごい風圧が通り抜けていくのにヒヤッとしつつ、私はペッパーボックスの残りの2発を目玉目掛けてぶっ放すのも忘れない。

 屍巨人が咄嗟に眼を覆う隙に立ち上がり、土を蹴り飛ばして全力で走りだした。

 向かう先は、ただひたすらにイーディスが待ち伏せている通りの角だ!


「鬼さんこちら手の鳴るおわたぁっ!?」


 コルト・アーミーを相手も見ずにぶっ放しつつ私は走る。

 時折後頭部をすさまじい風圧が避けるのを感じるが、絶対に振り返らない。

 叫び声は真後ろで聞こえるし、息の腐臭もプンプンするし、どすどすと足音もうるさいが、振り返らない。

 一心不乱に、前へ前へと突き進む。


 はるか後ろのほうで銃声が鳴るのも聞こえた。たぶんキッドだろう。援護のつもりか、デカブツを狙って撃っているらしいが、残念無念、ひとつ目のお化けは止まる気配がない!


「30!」


 残りの距離を声に出して数え、気合を入れる。


「20!」


 屍巨人の足音が変わるのがわかる。大股に歩み、確実に私との距離を縮めている。


「10っ!?」


 反射的に前方へと身を投げる。転がりつつ横目に見たのは、恐らくは私を掴もうと振るわれたヤツの掌。

 間一髪だったが、しかし体勢が崩れてもう走れない!


「5ぉっ!」


 虚仮威しのコルトをぶっ放し、這うようにひたすら角を目指す。

 次なるヤツの掌が、私へと覆いかぶさらんとしている!


「今だ!」

『よし!』


 だが、一瞬だが私がゴールに辿り着く方が先立った。


『イグニティオ!』


 隠れていたイーディスが、手はず通りに呪文を声高らかに言い放つ。

 仕掛けの最後の鍵となるその呪文は、彼女の曰く『火を点ける』という意味らしい。

 呪文によって生まれた小さな種火は、有輪犂のブレードに括りつけられていた魔法の火薬――イーディスが魔法のコルトに込めている――へと、彼女の言葉そのまま借りれば『火吹き茸の粉と刻み呪符と火吹き蝦蟇の脂と百目猪の血』の混合物へと引火する。

 昔、独立記念日に花火を打ち上げるのを見たことがあるが、あれの何倍もの火の明かりがここにはある。

 犂車を改造して作った即席の台座から、ナポレオン砲をぶっ放した時のような轟音と共に巨大なギロチン、首切りのマンナーヤ(斧)は飛び出した。

 あやまたず、死の刃は屍巨人の首へと食らいついたのだ!

 


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