第34話 ザ・シング
犂の刃は昔、罪人の処刑に使うこともあったと親父に聞いた覚えがある。
死刑囚の体を地面に埋めて、首だけを土から出す。そこに馬に牽かせた犂を走らせ、バッサリ!と言う訳だ。
アメリカでの話じゃない。海の向こうの大陸の、それも大昔の話だそうだが、目の前の光景に私はそんな与太話を思い出していた。
「うわっと!?」
デカブツの首から噴き出した血が、雨のように私へと降りかかってくるのをギリギリの所で避ける。
屍巨人の首は筋立って太い。あの馬鹿でかい犂の刃でも鶏の首の様にドカッと一発でちょん切れるとはいかないらしい。ギロチンは首の半ばでとまり、ヤツはそれを引っこ抜かんと、血を撒き散らしながら藻掻く。犂の刃に取り付けられた魔法の火薬は未だ火を吹き続け、ヤツが首を振り回すたび、火の粉も撒き散らされている。
こりゃ速いことトドメをささにゃ火の粉と血でエライことになりかねん。
『浅いか!ならば――』
ここで真っ先に動いたのはイーディスだった。
血の雨を避けて後退――もとい背のほうへ前進する私と入れ替わりに、血も火の粉も意に介さずに前に出る。
『バリヨース!』
魔法のコルトを構えて撃てば、銃口より迸り出たのは光の矢ならぬ光の弾だった。ちょうどベースボール――ヤンキ(北部野郎)どもが流行らそうとしているアレだ――の球程度の大きさの光弾が、あからさまに口径の合ってない銃口から飛び出したのだ。
光の矢よりもやや遅い白光球は、火の粉吹く犂へと向かって飛んでいき、触れたやいなや膨らんで爆ぜた!
「うぉ!?」
あまりの眩しさに、思わず眼を覆う。闇に覆われた視界のなか、粘り気のあるモノを引き裂くような、鈍い音が響いた。
絶叫――は聞こえなかった、当然だろう。首を切り落とされたら声すら出ない。それは常識はずれの一つ目お化けであろうと変わらない筈だ。
瞼を開いて見れば、ちょうど頭の無い巨体が背中から地面に斃れる所だった。
ちょんぎれた頭は、ヤツの腹の上に落ち、一回跳ねて地面へと転がる。眼をかっと見開き、半開きになった口からは長い舌がだらりと垂れているのは、どう考えてもコイツが死んでいる証だろう。
いや、そもそも死体から出来上がってるんだから、死んだと言うのは何とも妙だ。しかし他に言いようもないし、そう言えば昔、牧師が街頭で説教してた時に洗礼を受けていないと魂は永遠に地獄と天国の間を彷徨うとか言ってたのを聞いた記憶がある。だいたい、コイツもそんな感じなのだろう。今度こそ天国なり地獄なりに行ってくれよと、材料にされたグアール連中の為に、私は十字を切った。
『何はともあれ……上手くいったようだな』
「まぁね」
私もとりあえずはイーディスに頷いた。が、こう付け加えるのも忘れない。
「肝心のスツルーム野郎は尻捲って逃げっちまったみたいだがな」
『……そうだったな。糞食らえめ』
肝心の屍術士リージフは今や何処へやら。デカブツに追われて走り回っているいるうちに、肝心の大元の元がどこにいるのかすら解らなくなってしまっている。
「あの野郎を生かしておくかぎり、またこのバケモンと切った張ったせにゃならんくなるぜ」
『追いかけ見つけ出して殺す。必ず殺す』
魔法のコルトをサッシュに戻しつつ、イーディスは静かに、しかしハッキリとした声で言った。
『マルトボロを穢し、無辜の市民をグアールに変えた不届き者は、肥溜めにぶち込んで火炙りにしてやる!』
隻眼に怒りの炎を燃やし、イーディスは猛っている。
彼女程じゃないが、私も野郎に心底うんざりしてきていた。
元々因縁の相手だが、こう何度も喧嘩を売られて大人しくしていられるほど、人間が出来ちゃいない。
「やる気が充分なのは結構だが、キレて狙いを外すなよ」
言いつつ、私の口の端は自然と釣り上がってきていた。
コヨーテは獲物を前にすれば牙を剥く。すると、自然と笑ったような顔になる。今の私も、それと同じだった。
追われるものから追うものへ、立場を変えて今度はコッチが攻める番……とは行かなかった。
『言われずともそんなことは解っている。とにかく一旦市庁舎に戻って状況を確認し――』
イーディスの言葉は、突然響いた轟音によって遮られた。
「っ!?」
『何だ!?』
二人揃って振り向けば、私たちは揃って想像だにしなかった光景に、口があんぐりと開いたままになる。
最初、私は自分がいったい何を見ているのかが理解できなかった。
――火柱。それも途方も無く巨大な火柱。
もうもうと黒い煙を伴う、大きな大きな火柱。前の戦争の時の、ヤンキー(北軍)どもの雨のような砲撃の時にすら、これほどの光景に出くわしたことはなかった。
……火山。そう火山だ。実際に見たことは無いが、先住民の誰かから話に聞いたことはある。
山の精霊が怒り狂い、地を裂いて燃えたぎる鉄のような火を撒き散らす、とアイツは言っていた。
ちょうど、そんな感じの光景が、私達の視線の先には広がっていたのだ。
『な……なにが』
「……市庁舎の方向だな」
『なんだと!?なんだと!?なんだと!?』
イーディスは混乱しているらしいが、正直私だって何がなんだか。
一難去ってまた一難、次から次へと災難は途切れることはない。
天にまします我らが神よ。確かに私は罪人ですが、ここまでされるいわれは無いと思います。……たぶん。
「なんで誰もこっちにはこないのか……まぁ理由が良くわかったよ」
『呑気に言っている場合か!貴様も急げ!あの馬鹿も連れて速く――』
慌てて叫ぶイーディスの声は、今度は件の馬鹿、キッドの叫び声に遮られた。
「あぶねぇ!」
何が――などと口で問うより速く、自然と体のほうが先に動いていた。
振り返れば、血走った一つ目と、ガバッと開いた巨大な口が目の前にあった。
生えそろった牙の先を見て、息に混じった死の臭いを嗅いだ。
『うわっ!?』
咄嗟に私はイーディスの体を突き飛ばしつつ、背の方へと跳んだ。
目の前で、閉ざされる顎門。ガチりと牙同士の噛みあう音に背筋が冷える。
「化物め!」
改めて申し上げます天にまします我らが神よ。確かに私は罪人ですが、ここまでされるいわれは無いと思います。
御伽噺の世界じゃ、どんな化物も首をちょん切れば死ぬと相場が決まっている。だが「こっちがわ」じゃあ、そうは問屋が卸さないらしい。屍巨人は首だけになりながら、私達へと逆襲してきたのだ。
「うぉ!?」
再度目の前でデカ生首の口ががばっと開き、私を噛み砕かんと迫り来る。
ふたたび後ずさって閉じる顎門を避ける。
『伏せろ!』
イーディスの声に応じて身を伏せれば、頭上を鋼の刃がうなりをあげて走る。
引きぬかれたサーベルは、何かまじないがかかっていたらしい。
切っ先が屍巨人の唇をかすったかと思えば、上唇がまるまる切り裂かれ、ベロンと肉が下がって血が吹き出す。
あからさまに刃渡りが足りていないが、もうこの程度の不思議じゃ私は驚かないし、なによりそんなことに驚いている場合でもない!
「くそったれぇっ!」
四つん這いの姿勢のまま、手と足を犬のように動かしてデカ生首から距離をとる。
幸いにも、化物は苦痛に声もなく――喉が切り落とされているからだ――絶叫すると、痛そうにゴロゴロと地面を転がった。いい感じに間合いが空いた拍子に、私は立ち上がって体勢を立て直す。
『……薄い唇の肉は斬れたが、術がまだまだだな。刃毀れまでしてるとは』
「サーベルことは良いから、何でヤツがまだ動けるか話してくれんかね」
首を落とせば大丈夫だと最初に太鼓判を押したのはイーディスだ。
だが彼女は今度ばかりは自信がない様子で首を横にふる。
『普通の大傀儡なら首を切られるほどの破壊で機能を失う。呪印と副呪印の経路が途切れてしまうからだ。ちょうど糸を切られたマリオネットのようにな』
「立派に動いてるじゃないか」
『だから解らんと言っている。素材が死体だからか、あるいは禁呪だからか、はたまた術の組み方が特殊なのか……まぁいずれにせよやることはひとつしかあるまい』
「なんだ?」
「そりゃ、あのデカ頭を木っ端微塵すっきゃないっしょ」
イーディスの代わりに答えたのはキッドだった。
いつのまに屋根の上から降りてきたのやら。あれだけの曲芸をやってのけて息も上がってないのは恐れ入る。
「現に切られた胴体の方はピクリとも動きゃしないし、動くっつったって頭だけでしょ。なんとかなるって」
キッドの言うとおり、泣き別れになった躰のほうはだらしなく地面にノびたままだ。
動いているのは頭のみ。それでも充分デカイが、まぁまだ何とかできそうなサイズではある。
「お前さんの得物じゃなんとかならんかね?」
『生憎だが、この手の大傀儡に私の術は効きが悪い……サーベルのほうもあのひと太刀で刃が傷んだぐらいだ』
「――ちょい待ち。お話は中断だ」
キッドの言葉に、見ればデカ頭の一つ目野郎がようやく悶え終わって落ち着いた所だった。
上唇の肉は千切れてしまったか、上顎の歯茎がむき出しになって一層おぞましい面相になっている。
「で、どうすんの?」
「油でもかけて燃やしちまうか、あるいはどっかの家もろとも潰してしまうか」
『文字通りヤツは手も足も出ない。間合いさえとれば如何ようにでもできる』
もういい加減、このデカブツを片付けて、さっさと例の火柱のほうへと駆けつけたいという気持ちになっていた。
イーディスの言う通り、頭だけでなにができる。初見は驚かされたが、種がわれりゃどうってことない。
さっきの火柱のほうが、よっぽどこっちの肝を冷やしてくれたもんだ。
だから、野郎の頬の辺りが何かもぞもぞと蠢いた時も、私はこう呟いただけだった。
「 NOW WHAT?/ お次はなんだ? 」
一つ目生首の、両頬に八つのコブ状の盛り上がりができたこと思えば、それを突き破って八本の足が生えてきた。
「……はぁ!?」
私は魂消た。キッドも魂消た。イーディスも魂消た。
あまりに突拍子もない展開に、もう唖然としてしまった。さっきの火柱の衝撃を遥かに超える衝撃。
その衝撃から立ち直る間も与えず、生首蜘蛛は牙をむき出し私達のほうへと向かってきた!




