菜の花畑でつかまえて
鍵の壊れた屋上の扉を開くと、ただぼんやりと空を眺める新藤がいた。
「…………」
「おい、新藤。あんた授業サボって屋上で何してんのよ?」
「……高木か」
「あたしの質問は無視か」
質問を無視したまま新藤は物憂げな表情で向こうの方を指差した。
「俺が何をしていたかはこの際取るに足らない問題だ。そんなことよりアレを見てくれ」
「アレって、菜の花のこと? 春の風物詩じゃん」
「冬に咲くヤツもあるけどな」
「……へえ」
「……」
「……」
「……」
「あんた、何か喋りなさいよ」
沈黙を続ける新藤に痺れを切らし、あたしが口を開いたその瞬間、キンコンと授業開始のチャイムが鳴ってしまった。
「げっ、やばい。新藤、早く教室戻んないとまたサボりになるよ」
「……なあ高木。菜の花があるだろ」
「あんた本当に人の話聞く気ないでしょ」
時計と新藤を交互ににらみあたしのことなどどこ吹く風で、彼はマイペースに話を続けた。
「どうやら『菜の花』とは英語で『レイプ』と言うらしい」
「え!?」
「しかもスペルまで同じだそうだ」
「う、嘘でしょ」
「真実とは残酷なものなんだよ」
「そ、そんな……」
あたしは唖然とした。
もちろん新藤の口から発せられた驚愕の事実に驚いたのもあるが、それが突っ込みにくい下ネタであったことが状況をさらに悪化させた。
「……」
「……」
「気まずいな」
「あんたのせいでしょ!」
新藤にあたしの飛び蹴りが命中したその瞬間、授業終了のチャイムが鳴ってしまった。
「俺の地元にな『菜の花の道』っていう土手があるんだよ」
「まだ菜の花の話は終わってなかったの?」
「英訳すると『レイプロード』だな」
「……」
新藤もあたしも沈黙を始めた。あたしは新藤に呆れてものが言えなかったのだが、新藤の方は何やら不潔な妄想を始めているらしかった。
「フヒヒ……」
「……」
「ハッ……。なあ高木、さっきからその冷たい視線が気になるんだが」
「さすがのあたしでもフォローのしようがないわ」
「え」
新藤は戸惑った顔をするけれど、あたしは決して目を合わせることはない。そしてチャイムは無感情に放課後の到来を告げる。
「もう放課後か」
「あんたのせいで時間を無駄にしちゃったわね」
「お前までもが授業をサボるとはな」
「あんたは痛い目を見ないとわからないようね」
あたしの腕が新藤の首をがっしりと捉えキリキリと締めあげた。すると新藤は蟹のように泡を吹いたのであたしはその手を緩める。
「大体、何であんたは授業をサボるのよ? 絵に書いたような不良少年じゃあるまいし」
「それは……」
「え、何なのよ。はっきり言ってくれないと聞こえないわよ」
ふと気が付いたら新藤の、そのいつになく真面目な瞳があたしを捉えていた。そして次の瞬間、新藤の口から出た言葉にあたしはドキリとした。
「それはお前がきっと来るって思ったからだよ」
「え」
「高木、お前と、そう二人きりになりたかったんだ」
「そ、それって」
「好きだ」
予想もしなかった愛の告白にあたしは心底戸惑って、そのまま足をふらつかせてしまった。
「あ、危ない!」
転けそうになったあたしを新藤がとっさに抱えあげる。
「大丈夫か?」
「か、顔が近いよ。それに……」
「それに?」
「いつもの変態な新藤じゃないみたい」
「たまにはこんな真面目な感じの俺もいいだろ?」
「ばか……」
体が近いと新藤の鼓動が聞こえてくるみたいで、あたしの心臓もドキドキとこれまでにないくらい脈打っている。
身体が熱くなって、気が付けばどちらともなく唇を合わせていた。
長い長いキスの後、新藤はそのままあたしを押し倒した。春の日差しに照らされたコンクリートの温もりがやんわりとあたしの背中に伝わってくる。
「ん……」
あたしはじっと目を瞑って新藤を待った。ひたすら待った。
だけどちょっと待てよ。いくら何でもこれは待ち過ぎじゃないだろうか。さっきまで温かった背中のコンクリートも随分ひんやりしてしまった。
あたしが恐る恐る目を開けるとそこには真剣に何かを考えているようだ。
「あのさ、どうしたの? そんな渋い顔して」
「いや『菜の花畑で捕まえて』は『キャッチャー・イン・ザ・レイプ』になるんだろうが……」
「……」
「だがもしも両者が合意の上で、それも菜の花畑の中で事をいたすのだとしたら何か違和感をオフッ!!」
新藤の持論を最後まで聞くことなく、あたしは新藤の股間を思い切り蹴り上げた。
新藤は声にならない悲鳴を上げながら勢い良く屋上を転がり回った。
春、それは変態の季節。
新藤は今年もその道を爆走しそうだ。
そして春は恋の季節。
だけど、あたしの春はどうも一筋縄じゃ行かないようだ。




