盗作
雑誌の編集業をしている私はある日、とある小説家の原稿を受け取るためにその先生の仕事場を訪れていた。
「ちょうど今、原稿が出来たところだよ」
そう言って原稿を差し出してくれたのは作家のK先生で、うちの雑誌に毎月エッセイを書いてもらっている。先生は十年程前にヒット作を生み出したいわゆる有名作家であり、うちの看板作家でもある。
「そう言えば、君んとこの雑誌で今度F君が書くそうじゃないか」
Fとは今売出し中の大人気作家で、昨年出した小説が大ヒットして以来、書く話全てがスマッシュヒットを飛ばしている。もうすでに文学賞の話まで出ているほどだ。
「ええ。F先生には再来月号の読み切りをお願いしてるところです」
「ふうむ。僕はこんなことは言いたくないんだがね、F君に原稿を頼むのは止めたほうがいいんじゃないかな」
突然K先生はそんなことを言い出した。一体どういうことだろう。これはいわゆる新人潰しというやつなのだろうか。
「ええっと、それはどうしてですか」
「どうしてもこうしても、F君は作家として絶対にしてはならないことをしてしまったんだよ」
「絶対にしてはならないこと?」
「盗作だよ」
苛立ちのこもったような声でK先生は答えた。
F先生が盗作? そんなことは初耳だ。
それに私はF先生に何度か会ったことがあるが、本当に真面目な人でとても盗作をするなんて思えない。
「そんな、何かの間違いじゃないでしょうか。F先生が盗作するなんて信じられませんよ」
「ああ、僕も信じられなかったよ。僕とF君とはデビュー前からの付き合いだけどね、彼はそんなことをするような人間にはとても見えないよ」
K先生は残念そうな物言いでそう言って席を立った。するとどこかから原稿用紙の束を持って来てドサッといと私の前に置いた。
「これは僕がずいぶん前に書いたものだよ」
その原稿用紙は本当にずいぶん昔のもののようで紙は痛み、あちこちが黄ばんでいた。
そしてK先生はそのまま続ける。
「F君が去年出した小説を知っているかい」
「『道化師の理屈』ですか?」
「そう、その『道化師の理屈』だ。あれでF君は一気に有名作家となったわけだが」
「でもまさか『道化師の理屈』が盗作だなんて」
「そのまさかなんだよ。『道化師の理屈』は僕が昔書いた小説とまるっきり内容が同じなんだよ」
K先生は静かに語気を荒げて、さっき私の前に置いた原稿を指差した。
「この小説は随分昔に書いたものだが、結局どこにも発表せずに机の奥にしまっていたんだ。僕はこれをF君に見せたことがあったんだけど、まさかこんなことになるとは思わなかったよ」
そう言ってK先生は深いため息をついた。
「で、でもF先生が本当に盗作したとは限らないじゃないですか。題材が被るのはよくあることですし」
「登場人物の設定、話の展開、結末全てが同じなんだよ。それに内容も他に類を見ないほどの斬新さだ」
確かに私は今まで『道化師の理屈』と同じような作品は見たことがない。
個性的な登場人物、特異な世界観、そして今までに無いような話の展開と読者を欺き続けた驚愕の結末。
そんな斬新さと特異さの重なりが大ヒットを生み、F先生を一躍有名作家にまで押し上げたのだ。
あれと同じ内容の小説が偶然二つ存在することになるだなんて普通は起こり得ないことだろう。
「まあ、これを読めば僕の言ってることが本当だってすぐわかるよ」
そう言ってK先生は原稿の束を私に手渡した。
心臓が鼓動を速めていくのを感じながら、私は原稿用紙をペラペラと捲って読み始めた。
私は半分ほど読んだところで気が付いた。これは面白くない、と。
登場人物の設定、話の展開、結末まで全てあの大ヒット小説『道化師の理屈』と同じなのに、悲惨と言えるほどつまらない。
確かにこれ単体で見ればその内容の特異さから面白いと感じられるかもしれないが、『道化師の理屈』と比べてしまうと明らかに見劣りしてしまう。
文章も場面の見せ方も『道化師の理屈』と比べれば粗雑で、せっかくの斬新さも文章構成や見せ方のせいで台無しになっている。
F先生の作品の完成度が高すぎるが故にこのK先生の小説は非常につまらないものになってしまっているのだ。
「あの、先生は『道化師の理屈』をお読みになったことは……」
「ないよ。世間があまりに絶賛してるから風評なんかで内容やあらすじを知っただけだ」
K先生はあっさりとそんなことを言うので、私は鞄の中からたまたま友人に貸すつもりだった『道化師の理屈』を取り出してK先生の前に差し出した。
「とりあえず読んで下さい。私の言いたいことが分かると思います」
K先生は渋々といった様子でページを開いて読み始めた。
一時間ほど経ったところで読み終わったようで、先生は本をパタリと閉じた。どうもその顔には苦笑いが浮かんでいる。
「いや、どうやら僕の勘違いだったようだ。よく考えたらF君が盗作なんてするわけないな、あはは」
先生はわざとらしい笑い声を上げながら、先程の原稿の束をくしゃくしゃに丸めてそのままゴミ箱に投げ入れた。
私は先生と同じように作り笑いを浮かべて仕事場を後にした。
F先生が盗作をしたのは事実だ。だから仮にK先生がF先生のことを批判しても誰も文句は言わないだろう。
だけどK先生の作品がF先生の盗作よりもつまらないということが世間に知られてしまえば、K先生の面目は丸潰れになるに違いない。
だから今日のこの話はK先生と私の胸の奥深くにしまって置くことにしよう。




