枯れかけと花
現代、渋谷。
故郷の木々は紅葉し、色鮮やかになっているだろう。
私は今修学旅行中だが、1人迷子になっている。
中学の修学旅行などスマホの持ち込みが許可されている訳もなく、途方に暮れている......と言いたいところだが、そもそもスマホやゲーム機なんてものは買い与えられていない。趣味も特技もない、ただ勉強漬けを強いられている日常を過ごすだけだ。
キュッ キュッ
ふと聞こえた音はなんだろうか。どうせ暇でどこにも行く宛のないところだ。
音の鳴るほうへ導かれるように足を踏み出した。
『迷子』とは言ったが、私はなるべくしてなったのだと思っている、別に望んだ訳でもないが。
...なぜなら、誰も私と話そうとしないからだ。
私は都会の大企業の社長を父に持つ...その愛人との間に産まれた息子だ。それがバレた挙句、株価の大暴落。そして倒産し、両親は夜逃げして愛人側の祖父に預けられるもそこでも見捨てられて紹介された田舎の外れに位置する親戚の家に落ち着いた。
その噂は留まることを知らず、そこら辺の人間は周知の事実だ。
望まずなった一匹狼はこの楽しい行事でさえも、気にかけてくれる奴なんていない。
そんなことはどうでもいいのだ。
…あぁ、ここはどこだ。
音楽が聞こえる。声が聞こえる。
キュッ キュッ キュッ キュッ
体育館で聞く、靴の音に似ている。
普段なら見向きもしないのに、暇だから、行く宛がないからと足を進めたはずなのに、いつの間にかその足は止まらず、太陽に照らされて光り輝く3階建てのビルの前に立っていた。
?「気になるかい?」
びっくりした。誰だ、行かなきゃ。
?「大丈夫だよ笑、僕ここの支配人だから。」
御殿場「支配人でしたか…すみません勝手に…」
?「今ねぇ、新人アイドルが練習してるとこだよ、入ってく?」
アイドル…?
クラスの女子からそんなワードを聞いたことがある。推し、とかなんとか。
家では部屋で勉強をしているだけ。おじさんやおばさんも私にはまるで将来役立つ道具としか見ていないように思える。そんな2人はテレビを私に見せたことがない。エンタメやニュースも知らない。お小遣いもないが故に帰りにどこかによって何かを買う食べるなんてことも。
部屋にある文学作品はもう読み飽きた。私のような人間は塾に通っているのが妥当だろうが、金のかかることは最低限したくないらしい。
御殿場「あの、アイドルってなんですか?、誰か海外の有名人の名前ですか?」
?「この令和という時代の年頃の子がアイドルを知らない…と。ははは、こりゃ面白い。」
?「アイドルとは、英語のidol 崇拝される人に由来し、歌やダンスのパフォーマンスを通じて、夢や希望を与える特別な存在のことを言うんだ。」
?「君にとっては、新しい世界といったところだろうか。」
御殿場「…私にとっては無縁の存在のようですね」
?「今は、そうだろうね。君がどんな人生を歩んできてるのかは分からない。」
?「でも、そんな君だからこそ何かが変わるかもしれないね」
御殿場「…」
御殿場「見てみたいです」
御殿場「…誰かに必要とされるなら。」
?「ふふ、いい心意気だ。」
?「あぁ、そういえば名乗ってすらいなかったね。」
松江「僕の名前は、松江 悠、なんて呼んでもいいよ。君は?」
御殿場「御殿場です。松江さんと呼ばせていただきます。」
松江「そんな畏まらなくていいよ。さ、行こうか。」
なぜこうなった。そして僕はなんて言った。一回も言ったことがない、思ってすらいない。
でも…心の底ではそう思っていたのだろうか。
普通の幸せの中を生きてみたい、
まず、幸せってなんなんだろう。
そう思いながら松江さんの背中をついて行った。
ガラスの壁。中には5人の女性が音楽に合わせて踊っている。高く響く靴の音。
速いリズムに軽やかなテンポ、可愛らしい音楽からかっこいい音楽、そして…
これはフラメンコ…?、違う文化の曲でもこんなに魅力的に妖艶に踊れるのか。
5人もいるのに動きが揃っている。でも、それぞれの動きの癖は違う。
体幹が良くてキレもいい。動きの止めが重厚なのに機敏で躍動感がある、かっこいい。
柔軟だ、バレエでもやっているかのように指先までしなやかで全ての関節をモノににしている。美しい。
ひとつひとつの振りに跳ねを感じる。動きが軽やかで見えないスカートが見える。可愛らしい。
さっきの美しさとは違う、体幹はすごく良いとは言い難いが、それを自分で理解しているかのようにそれを感じさせない緩急の作りの良さが際立つ。顔は動いていないが、目線の作り方が他とは違う。これが妖艶とでも言うのだろうか。
1人だけ動きが緩いように感じる…しかし、振りに狂いがない。なんだこれは、形容し難い。目が離せない。もっと見ていたい。緩急も良い。動きの柔軟で軽やか。バランスがいい。表情がいい....楽しそうだ。
バランスがいいが故に、ポイントでバチッと決めるのは苦手そうだ。だがそこもいい。
「アイドル」という存在を知らない僕ですら、ただ見惚れてしまうほどだった。
松江さんが横目で僕を見て、小さく笑う。
松江「ね、綺麗でしょ。」
御殿場「……綺麗、というか……なんで、こんなに必死に踊っているんですか?」
松江「理由? それぞれ違うよ。でもね、“必要とされたい”って気持ちはみんな同じじゃないかな。」
必要とされたい。
今までの僕には縁がないと思っていた概念だ。
松江「御殿場くん」
名を呼ばれる。
その声色はなぜか、とても優しかった。
松江「君は、誰かに必要とされたことがないと思ってるんだろうけどね……」
言葉が止まる。
松江さんはガラス越しの彼女たちを見ながら続けた。
松江「人間ってさ、“自分がどれだけ価値があるか”なんて、自分では分からないものだよ。君も、きっとまだ気づいてないだけだ。」
御殿場「……僕に、価値なんて……」
松江「ある。絶対にね。」
その断言に、息が詰まった。
ガラスの向こうで、曲が止まる。
女性たちは一斉に深く息を吸った。汗が光を反射して、まるで宝石のようだった。
その光を見て心の底で思った。
__もし、僕があの光のそばにいられるなら。
松江「御殿場くん」
御殿場「……はい。」
松江「君が望むなら__ここで、人生をやり直せるよ。」
静かな声なのに、不思議と胸の奥に深く響く言葉だった。
松江「それに最後のあの子はうちの姪っ子」
御殿場「えっ?」
松江「目が離せないってことは、その子が推しってことだよ。」
御殿場「推し......」
御殿場「ってなんですか?聞いた事はあるんですけど」
松江「あぁああぁ〜....そうか、そこからか.....笑」
松江「簡単に言えば、人にオススメしたいって思うほど気に入ってる人物とかものとか、そういうのを推し。」
松江「まぁ好きってことだよ。恋愛とは違ったりするけど、いや違わなかったりもするけど....」
御殿場「好き、ですか」
これまでに感じたことも感じようともしなかった。
『好き』ってなんだろう。愛情?友情?家族?
今になって自分は、こんなにも自分を理解していないのだと気付いた。
松江「ほらほら、みんな〜!!一旦休憩ね〜」
松江「見て見て〜この子、外にいたんだ〜」
ユカ「誰?あんたもいい加減にしなよ、ここに知らない人連れてくんの。」
かっこいい人だ。
松江「い〜の、い〜の。修学旅行生で迷子だったっぽいし、また後で駅まで送ってくからさ〜」
ナツ「ぽい?事情を聞いてないのですか...??」
松江「え、そうだよね?御殿場くん」
御殿場「あぁ...はい、一応迷子です。」
美しい人。
ユリ「まぁまぁいいじゃないですか〜、マツもこう言ってるんですから^^」
かわいい人。
セナ「そんなことはどーでもいいの、お腹減ったわ。ルイいつもの作ってよ♡」
妖艶な人。
そして、あの人。
ルイ「セナさん、あればっか食べていては栄養が足りません。ダメです。」
ルイ「それに、悠さんの本当の仕事はこっちです。」
ルイ「それでいいんです。」
松江「御殿場くんがみんなのダンス見ながら感想呟いてたの録音してたからみんなで後で聞いてね〜」
御殿場「えっ、いy、ちょっと......」
御殿場「、あ」
目線の先の時計に目をやった時、集合に指定されていた時間が刻一刻と迫っていることに気づいた。
御殿場「すいません、松江さん....時間が....」
松江「あぁもうそんな時間??」
松江「集合場所どこ?送っていくよ」
御殿場「ここです」
松江「まーたこりゃちと遠いねぇ」
御殿場「あ....電車、のれない....」
松江「いーよ、駅じゃなくてそこまで送ってあげる」
松江「ここまで連れてきちゃった僕の責任もあるし」
松江「じゃ、行こっか」
御殿場「はい、よろしくお願いします」
ルイ「ちょっと待って、御殿場くん...だっけ」
御殿場「はい、なんでしょうか?」
ルイ「君、いつかまたここに来るんだろうね」
ルイ「悠さんが楽しそうな顔してる」
ルイ「ふふ....まぁいいよ、御殿場くん」
ルイ「またね」
あの人はそれだけ言ってレッスン場の扉を閉めた。
御殿場「すいません...ありがとうございました」
松江「いーのいーの、あっそうだこれ」
渡されたのは5000円の新札と、名刺。
御殿場「えっ......お金、いやいただけませんよ....!!」
松江「いいの、それで東京楽しんで。少ない方だけどね....」
松江「それに、この名刺はただの挨拶じゃない」
松江「君をスカウトするって意味の名刺ね?」
松江「ふふ...僕は君が好きだよ」
松江「君に夢を見てみたいんだ。」
御殿場「夢....」
松江「いつでもいいよ、もしその時が来たらこの番号に電話してね。」
松江「じゃあ僕は行くよ、御殿場くん」
松江「またね」
高そうで赤い車に乗った松江さんは、あの人と同じ言葉を言って去っていった。
少しだけ温もりの残った5000円札と名刺に少しだけ元気をもらって制服のポケットに大事にしまった。




