Lesson01−05.冷静に現実を見る目が肝要です
私のお腹の事情を察したのかどうかは不明だが、アリサちゃんが軽食と飲み物を持って戻ってきたのは、クロードが不承不承剣を引き、サイラス青年がほっと息をついたときだった。
ただでさえ、私が散らかし放題にした部屋であったのに、彼女が戻ってくると、とどめのようにぶち壊されていた扉に、アリサちゃんは酷く驚いたようだった。
が、サイラス青年の存在を認めて、ああとどこか納得したような達観したかのような顔になる。
顔にもろに人の善さが滲み出ている可愛らしい少女にそんな顔をさせてしまうところを見ると、つまり彼はそういう人種なのだろう。
美人なのにもったいないはなしである。
クロードが男らしい精悍な顔つきの美人ならば、彼は性別を感じさせない華やかな美人である。
どちらも綺麗な容貌には代わりがないが、クロードがどこか人をうかつに近寄らせない空気を纏っているのに対し、こちらは手あたり次第に周り魅了してしまいそうな艶やかさが滲んでいた。
背中の中ほどで結われた長い真っ直ぐな鳶色の髪が余計に拍車をかけているようだ。
背はクロードより少し低いかもしれないが十分、それこそ日本人男性の平均は超えている。
好みであるかどうかは別次元の話だが、彼にしろ、クロードにしろ、女性が放っておかなさそうな青年だった。
なんだかなー、と正直思わなくも無い。
無駄に美人比率高くないかなと。
(まあどうでもいいけど)
実際、今の私には関係のない話だ。
それよりも、気掛かりなのは、彼が言っていた言葉の方だろう。
むきぶつしょうかん。
口の中で呟いても、ピンと来なかった。
召喚、は、まだわかる。
ゲームなんかでよく聞く言葉だ。そして、クロードの説明が正しければ、今回私はされた側であるはずだ。
だが、サイラス青年は『異世界の子』が、『むきぶつ召喚』をした、と言っていたのだ。21にもなって『子』と言われるには抵抗があるが、この場合、この世界の人間が他にばかすかと阿呆のごとく『救世主』をよびたしていない限り、私がそれをした、という意味であろう。
むきぶつ……無機物、か?
ふいに青いバケツが脳裏を過ぎった。うわあ、しまったピンときちまった!
「マリ」
「え。」
いつの間にか思考に更けっていたらしい。呼ばれるまで、クロードが見下ろしているのに気づかなかった。その手にはトレーがある。水差し、グラス、丸いパンに野菜やハムらしきもの(断言するには、どうも色がおかしい。黄色い水玉のハムだなんて、そんなまさか!)が挟まった、サンドイッチぽいものがのった皿。
先ほどまで、アリサちゃんが抱えていたものだ。
流石、というべきか、彼は片手で軽々とそのトレーを掲げ、部屋を移動するぞ、と告げた。
「え。なんで、ここでいいよ」お腹すいたし、頭を使うのにも栄養補給は迅速に行うべきだ。
「……貴女が散らかした程度なら、すぐに片付いたんだが。馬鹿が考えなしに魔術を使って、馬鹿な理由で、扉を壊したからな」
馬鹿と言われた本人は、それでもにこにことしている。慣れているらしい。クロードに至っては事実を言った、程度の認識しかないようだ。
「人が集まる前に、落ち着ける場所に移動する」
「人が集まるって……?」
そういや、ここがどこか?とは尋ねたが、今居るこの場所がどういった謂れの場所で建物であるか、さっぱりだ。
まあ、窓から乗り出して確認した限り、建物自体が立派なものだったし、使用人か何かそういうひとたちがたくさんいるのかもしれない。
クロードにトレーを渡した後は、いそいそと部屋を片付け始めたアリサちゃんもそのうちの一人であるのだろう。
うんうんと一人納得し、だったら気遣いはいらないよと、両手を差し出す。
「別に通りすがりに見られるくらいなら気にしないし」
だからごはんください。
むしろそのトレーをよこせと差し出した私の手を見つめ、青年二人は微妙な顔つきになった。
「……クロード、君、この子にちゃんと説明したの?」
「いいや、まだだ。誰かが途中で、いらん騒ぎを起こしたからな」
「あー、」
流石に決まり悪げに、ローブの青年は苦笑した。
クロードの視線から逃げ、おずおずと私と視線を合わせた彼はこちらを伺うような様子で、首をかしげた。拍子にさらりと髪が揺れる。
「ええっと、マリちゃん? って呼んでもいいのかな?」
ちゃんづけで呼ばれる年ではないのだが。
複雑な心境が顔に出ていたのだろう、相手の顔に苦笑が混じる。
「僕はサイラス・コウエン。サイラスって呼んでくれると嬉しい」
「……わかった。なら、私もマリでいい」
破顔したサイラスは、私の手をとって子供に説明をするみたいに噛んで含めてこう言った。
「怒らないで聞いてね、マリ」
緑の鮮やかな目は悪意も何も見えなくて、きらきらきらと、女性をたやすく魅了しそうな輝きだった。これはあれだ、自分の魅力をわかっていてやっている。しかもそれを若干面白がっている節が、透けて見えた。性質が悪い。
「実は僕ら、君を浚ってきた悪い誘拐犯の一味なんだ」
おまけに性格も悪そうだ、と、真剣な表情の裏側で、こちらの反応を疑っているサイラスをねめつけて、ぺいと取られた手を取り返した。一転、彼はへらりと相好を崩す。悪びれない様子に、腹立ちよりも、飽きれが先立つ。
『貴方たちが誘拐犯だなんて、そんなことはとっくの昔に知っている』
とは言ってやらなかった。
恐らくサイラスの言う「誘拐」は私が考えているそれとは違うのだ、と残念ながら、思い至ることもあったので。
「クロード、つまり、私がここにいるのを大勢に知られるのはまずいわけ?」
「今はまだ、な」
渋々とうなづいた彼と、サイラスを見比べてから、私はため息をついた。『救世主』云々ですでに許容量は越えている。なのに、なんだろうこの様子だとまだ何かあるらしい。
ぐぅとついに自己主張を始めたお腹を哀しく見下ろす。
「ならさっさと連れてって」
興味深そうにこちらをみる緑の目をあえて気付かない振りで、私は蒼い目を見上げる。
「で、先にそっちの話を聞くわ。私が聞きたいことを聞くより、そっちの方が早そうだもの」
「……貴女はそれでいいのか?」
あんたこそそんなこと言っていいのか、とも私は言ってやらなかった。
誘拐犯が人質の機嫌をとるにしたって、彼は下手に出過ぎる。彼の誠実さは私に対する贖罪であるのだろうか。それもそれで性質の悪い話だと思った。
「よくはないけどいいことにするわ」
言った口の中が、酷く苦く感じて顔をしかめる。
今はただ、その話が晩御飯兼朝食をまずく思わせる話でないことを祈ろうと思った。
この度もお付き合い下さり、みなさまありがとうございます。今日も今日とて、亀な内容です。
私は声を大にして言いたい。
サイラスの役立たずー!!←
でもまあここまで来れば次は如何様にも、長々と状況説明のターンです。
誰が喋るか……は、もう嘘つきになるのはいやなのでまだ内緒です(え)
ではでは、今回はこの辺で。
大筋以外は割と行き当たりばったりに書いてますので、なにかあからさまにおかしなとこがあったり、ひどすぎる誤字脱字がありましたら、お知らせくださると助かります。