放課後の教室
放課後、水瀬先輩に言われた通り第4教室へ向かうと、中からはピアノの音と歌声が聴こえてくる。
「僕の知らなかった世界に、ある日突然現れた光…」
その声とピアノの音が止まるのを待って、ドアをノックする。
邪魔をしてはいけないような気がしたから
少し間が空いて教室の扉が開く
「いらっしゃい、入って」
そう言われ教室内に入ると、教卓の側にシンセサイザーが置かれ、そばにはスタンドマイクが2本並んでいるのが見えた。
「この部屋は?」
「元々空き教室で、新橋先生が準備室として使ってるんだけどそれを貸してもらってるんだ」
そう言うと先輩はシンセサイザーの前にある椅子へ腰を落とす。
「練習用でも使ってるし、レコーディングとかでも使ってる」
先輩が少し鍵盤を押すと、さっきまで流れていたピアノの音が響く
「そこ立って」
指を刺された場所まで移動する
「今日は僕と2人でレッスンするから」
「レッスン…?」
「そう、歌のレッスン。ライブでコーラスやって欲しいから」
「分かりました」
「青海君は何にでも前向きに挑戦出来て良いね」
先輩は少し楽譜を見た後、小さな声で付け足した。
「僕とは違って」
聞こえてないと思っているのだろうか、すぐにいつもの声色に戻して言った
「じゃあ、1曲目から歌うから僕に続いて歌って」
「はい!」
何事も無かったかにように聞き流した。その方が先輩にとっても幸せだと直感的に思ったから。
何度も同じフレーズを繰り返していると、水瀬先輩がアドバイスする。
「青海君、すごく上手だからもっと自信持って歌って」
「分かりました」
「歌を教えられる時お腹から声を出せってよく言われると思うけど、それだけじゃダメ」
「歌は、相手に届けないといけない、ステージの上から観客席に声を投げないといけないから、もっと遠くへ声を投げるように歌ってみて」
「はい」
アドバイスを受け、もう1度歌ってみる
「だいぶ良くなったと思うよ」
「ありがとうございます!」
「それじゃぁ今日はこのくらいにしようかな、明日は部室に来て」
「はい!」
水瀬先輩とのレッスンも一通り終わり、窓の外を見ると夕陽が校舎を照らしていた。
グラウンドではサッカー部が練習をしていて、楽しそうな笑い声が響いている。
「先輩」
「なに?」
「先輩は、どうして軽音に入ったんですか?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる
先輩はシンセサイザーを片付ける手を止め、僕の隣に立った。
「聞きたい?」
「はい、気になります。」
「僕は何も取り柄のない無個性な人間だったんだ、勉強も中の中で、特技もなくて、友達もそんなにいなかった。」
先輩は窓の下に見える人達の姿を見て言った
「あんな風に、誰かと笑って、誰かと楽しく過ごしてみたかった」
そう言うと、口元を笑わせて言った
「でも、苦手な物はずっと苦手なままだから。」
しばらく夕陽を見ていた先輩はシンセサイザーに手を置いて、そっと触りながら話を続ける
「軽音に入って、中学の頃に唯一好きだった音楽を全力で出来るようになった、それは良い選択だったんじゃないかなって思ってるよ」
「青海君みたいに、音楽が好きな子が入って来てくれて良かった。」
初めて見る笑った先輩の顔は、どこか暗いけれど心から笑っているような気がした。