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弔いの旅路  作者: クジラ
ミミゼラブル後編 その剣を手にする者
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大平原に駆ける

「本能のままに……といったところかな……」

「だがしかしだククポ……お前にそのような悪性があったか?」

「血肉、鮮血を欲し凶星に準じるその姿、まるで安価な用紙に書き殴った敵役(かたきやく)そのものじゃないか」

「慣れないことはするもんじゃないぞ……あまりにもベタで……陳腐な物語の主人公にでもなった気分に陥る……」


 様々な色の絵の具の使いさしを、そのまま洗わず付着させたような衣服を優雅に翻し、ディエゴ・ポーザックそのエルフが平原に構える。


 見つめる先には、ディエゴの『作品』の力で既に三度の命を失っているククポの姿があった。


 ククポは命を閉ざすたび、より強大で禍々しい姿へと形を変えていく。


 だがしかしディエゴは、過去にミュウルが絶望したその光景を前に、ただただ大きな石の下を見たくて、ひっくり返す子供のような知的好奇心で心躍らせていた。


 幾千ぶりの活血湧き上がる衝動であるのにもかかわらず、嫌に皮肉げなのは、旧来の友のように、無神経と共に生きてきた性に他ならない。


 おのが理性をもってしても御しきれない、釣り上がる口角が何よりの証拠だった。


「ググッボォオォォーー!!」

「久しく見ぬ未知のものがまた一層と未知なる進化を遂げた……お前はいったいなにがそれほどまでに気に食わない、闘争の着地点が見えんな、世界中の生き物すべて殺し尽くすまで止まらんか」


 大きさでいえば殺した時の姿から三倍は体積が増している。くちばしはさらに鋭く尖り、両翼は二足歩行の生物とは思えぬほど太く発達を遂げ、色合いも禍々しい赤黒さへと変色させて。


 もう四足歩行で歩けよ。馴染みの無神経が脳裏で軽口を生むが、それが彼の口から発されることはなかった。


「なっ!?」


 唐突なククポの行動パターンの変化、ディエゴに動揺が走る。いわれのない怒りを、ただ執拗に発露する猪突猛進な突撃から、ふいっと急転回、フェイントをかけるような踵返しで、見物客と化していた人間たちの元へ猛進し始めたのだ。


 この急な行動の変化には、さすがのディエゴも狼狽せざるを得なかった。


「くっ……!! 発現せよ陸裂き三叉槍(トライデント)!!」

「地の神より授かりし力は、数多の叛徒(はんと)を奈落の谷に引きずり込んだ!!」


 作品名『陸裂き三叉槍』ディエゴがククポを討伐するために創造した武具である。形状は槍の先端部分が三本それぞれ枝分かれしているようなシンプルな作りで、光沢のある黄土色の輝きを放つ。材料は土のみの単純構造。


 ディエゴの創造した作品は『語り部』によってその力を発揮する。短い技名でも一応『語り』の一種に入るが、濃厚な物語を語ったほうが威力が増すのだとか。ただ本人の器質か、一度語った内容はどうも気分が乗って来ないようで、似通った技は打てないというピーキーな弱点はあった。


 凶星来たる絶望の光景を前に、恐れおののくは人間たち、その刹那でディエゴのイメージが織りなす『語り部』が、槍を通して現実に干渉を及ぼしだした。


 手に握られた陸裂き三叉槍から鈍い光が放出され、時置かずしてククポの足元に奈落の底へと続く大穴を出現させる。


 人間たちの生活と生命を守るというエルフの使命。このディエゴがその責務を反するものか、と高を括ったのも束の間。

 

「なっ!!」

 

 短時間で二度も間抜けな声を上げさせられることになる。


 ディエゴが見誤ったのは、死す度にククポは肉体のみならず、知能も上昇していくという事実だった。


 あまりに容易く三度の命を奪ってしまったので、事実の認知に遅れ、後手を踏むに至った。


 ククポの狙いは元から人間たちにあらず。


 強靭な両翼をめいいっぱい羽ばたかせ、滑空体勢に突入した鳥類のように、鋭角に直線に、無防備となったディエゴ目掛けて飛びかかる。


「チッ! 咲け! 盾花層(じゅんかそう)!!」


 ディエゴの前方に巨大な岩盤が迫り上がる。それは蕾の形をなして、(みやび)に花弁を広げ満開に咲き誇った。


 凄まじい衝突音が響き渡る。


 間一髪で間に合わせることができた防壁は、役目を遂げるこなく脆く崩れ去る。


 大量の土埃が舞うより速く、吹き飛ばされるディエゴ。


 彼はほぼ水平にぶっ飛ばされている途中にもかかわらず、腕を組み冷静に言葉を発した。


「致命傷はなんとか避ける時間を作れたが、このままでは慣性の法則そのままに、大地に血肉を削られてしまうな。いや、私はいいんだ。問題は着地までの時間、それまでに奴が人間を襲う確率が非常に高いということ」

「はぁ〜、仕方あるまい、耳元で唸る風がビュービューとうるさくて仕方ないが」

「創作始動だ」


 ゼロから形あるものを創造する。


 形あるものを、誰も追随できないほど洗練させる。


 古今無類(ここんむるい)にして千古不朽(せんこふきゅう)、未来永劫色褪せぬよう。


 この瞬間において余裕などは一切なく、脳細胞どもが最も過酷を強いられる逢魔ヶ刻(おうまがどき)


 あらゆる境界線が融解し、鬱々とした気分がおのが崇高さえ穢していく、呼吸すらままならない苦痛を伴いながら。


 いつ何時も怖くて仕方ない、動脈を噛み切る魔の者がいる頭上に、皆より頭ひとつ突きだして首を差し出すような孤独感。


 だが、その耐え難い焦燥の果てに、


 芸術とは産声を上げるのだ。


「さぁ、頃合いだ。名を冠そう。作品名『方陣風切羽(ほうじんかぜきりばね)』とくとご覧あれ!」


 しれっとククポから抜き取っていた羽根を素材に、鮮やかな緑の囲いが際立つ宙に浮く円環の武具『方陣風切羽』が誕生する。


「風の子は走る。痩せた大地に雨雲運ぶ突風となりて」


 『語り部』により方陣が回転数を徐々に増しながら回る。


 方陣風切羽はディエゴの背中にピタリと付き、途方もない風量を生み出した。


 ディエゴの進行方向が強制的に変わる。


 思った通り、ククポは人間たちに危害を加えようと発達した翼を振り下ろしている最中だった。


 風と共に急速にククポとの距離を縮める。


 攻撃の刹那、よくよく見れば、少し顔つきが知的になったような? とディエゴは悠長にもそんなことを思っていた。


「虐げられし風の子らは、おのが自身をぶつけ合い反撃の狼煙を上げる」

衝突風刃(しょうとっぷうじん)!!」


 方陣が回る。


 たおやかに吹く風は、身を切り刻む狂気となりて、ククポに絶え間なく襲いかかった。


 手足、首、胴体が微塵となっても、それでもまだ止むことはない、まさに凶風。


 四度目の死がククポに訪れる。


「粉微塵でもまだ死なぬか、どれ、何度目で死ぬか試してやろう。興が乗ってきたところだ。飽きさせるなよ」


 彼はいくつもの物語を紡いだ。


 時に激情に、時に愛悲しく、時に奔放に、感情というものを表現して。


 古今無類にして千古不朽、未来永劫……このエルフには敵わぬ、その場にいた者全員を畏怖させながら。


「記念すべき十度目の死、おめでとう。拍手を送ろう」

「しつこすぎる。あっぱれだ。うざすぎる」

「まぁ? 私を疲労させるには分不相応というものだが」

「少しやり方を変える必要がありそうだな」


 自身のやり方を変えざるを得ない、久方ぶりの屈辱を誤魔化しながら、ディエゴは元の大きさの十倍は膨れ上がったククポを見上げる。


「先手を打とう、あれらは後に私の敗因に直結しかねない」

「瞬風」


 方陣に乗り、またたく間にディエゴは戦闘から一時的に避難していたガウたち一行に追いついた。


「うぉおお!! ディエゴ様ぁ?! もう化け物はやっつけたんですか?」


 唐突に現れたディエゴにっ気に取られる人間たち。化け物は遠くでディエゴの後を猛追している。


「君らの移動スピードでは、あれの射程圏内から逃れることは不可能だと判断した」

「少々ギミックが必要とされる相手でね、先手を打っておきたいんだ。アイデアをまとめる時間も欲しいしな」


 頭にクエスチョンマークを浮かべるガウたちを気にかけることもなく、ディエゴは語る。


「約束の地へと箱船は進む。豊穣の風子に背中を押され、大地の神の愛情を一身に受けながら。大海原なくとも、その航路は変わることなし」

「さぁ、神なる大地より浮上せよ!! 合作!! 風来土(エアライド)!!」


 その『語り』が終わるや否や、ガウたちの足元から鼓膜を破るほどの地響きが轟き、大地に無数の亀裂が走る。


 地面が大きく波打ったかと思うと、莫大な土くれと青草を天高く巻き上げながら、全長二百メートルにも及ぶ規格外の『土の巨大船』が隆起した。


 船尾に展開された方陣風切羽が暴風を生み出す。海の波ならぬ平原の土を豪快に掻き分けながら、船は凄まじい推進力で爆走を始めた。


「うわぁああああっ!! なんだこれぇ〜〜!!」


 突然空高く持ち上げられ、激しく揺れる甲板に放り出されたガウたちは、振り落とされまいと悲鳴を上げながら土の船縁にしがみつくのが精一杯だった。


 そんなパニックをよそに、船首に立つディエゴは、海賊の真似事でもするように上機嫌で高笑いする。


「あははは! さぁ〜宝船を用意してやったぞ人間ども!! 帆を上げろ! 『風来土』出航っ〜〜!!」


 彼方の背後からは、元の十倍に膨れ上がった禍々しいククポが、平原の土を捲りながら猛烈なスピードで追ってきている。地鳴りのような足音が迫る中、ディエゴは優雅にくるりと踵を返した。


「ああ、ちなみに私は、見えるか? あそこにある立派な船長室で、次なる芸術のアイデアを練る。だから、あいつの相手は君たちにしばらく任せたぞ」

「は……はいっ?」

「舵を切る者、大砲を撃つ者。ちゃんと役割分担を決めて、私の集中を乱さないようにうまく立ち回れよ。大砲の弾は……そこらの土でも丸めて入れろ、たぶん稼働する……」

「えっ!? いや、大砲って……えぇえええ!? ディエゴ様?? まさか俺たちにアレの相手しろっていうですかい?」

「じゃあ、そういうことだからよろしく〜」


 ぽかんとする人間たちを残し、ディエゴはヒラヒラと手を振って、船長室へと引きこもってしまった。


 残されたのは、操縦方法すらわからない巨大な土船と、猛スピードで迫り来る超巨大な化け物。そして、理不尽のどん底に突き落とされた人間たちと、怯えるククポの群れだけ。


 場には当然、絶望という名の静寂が広がった。


「だっ、誰か舵を握って!! このままじゃ怪物に追いつかれちゃうよ!!」


 静寂の中マクの悲鳴が響く。それに誰よりも早く反応したのは、


「だぁああ〜!! なんつ〜無茶苦茶なエルフ様だよ!! さすがの俺様でも船の操縦なんてしたことねぇっての!!」


 叫びながら、ガウが船首に取り付けられている巨大な舵輪(だりん)に飛びついた。


「おっ、面舵いっぱーいっ!! ……これでいい? 合ってる?」


 ヤケクソで舵輪を右に回し切ると、巨大な土の船体がギュルギュルと平原の土をえぐりながら大きく傾いた。ミミゼラブルの面々は悲鳴を上げ、滑る土の甲板を転がりながら、必死に手近な突起にしがみついて強烈な遠心力に耐える。


「ああだめですガウ!! あいつめちゃくちゃ足が速いです!! 大砲とやらを使わなければ、振り切れないですよきっと、ええ!!」

「なっ! なにぃ〜!! マジかよモッコリン!! てか大砲ってどう使うんだ〜? なんなんだよぉお〜〜大砲ってぇぇ〜〜!!」


 ガウは一瞬フリーズした後、無理やり喉を鳴らして先ほどのディエゴの声を少し真似て。


「お、おほんっ! じゃ、じゃあ野郎ども!! あの〜……大砲の!! 準備を始めろ!! やり方は……各自考えること!! とっ、取り敢えずは……そっ、そのへんの土を丸める作業に取り掛かれぇぇええーーぃっ!!」


 そうして、ガウのヤケクソな音頭を皮切りに、広大な広大な大平原を舞台にした、巨大土船と化け物の追いかけっこが始まった。

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