魔王討伐の旅にて
神殿を去り、すぐ傍にあるのは魔のエリア。
本来なら、この帝国自体はとても広大な場所だった。
しかし、ある日突然現れた魔王軍により帝国の騎士団長は家族の前で処刑されてしまう。
それが原因で、妻であった治癒魔法使いの人が倒れてしまい瘴気に呑まれてしまった。
騎士団長の実の兄である皇帝陛下は、弟が殺されたことにショックを受けながらも
ギリギリの精神状態で帝国の公務を行っているが、半分は魔王軍に奪われた状態だったはずだ。
現状の確認のため、主人公であるアイゼの兄ライゼルフォードと意見交換をしたがその認識で間違いないようだった。
「は、話には聞いていましたけど……その、魔王ってどんな人なんですか?」
「魔王は人ではない。黒い巨体で、手が複数ある化け物だ」
「……えぇ?!お、お化けですか?!」
「ナタリア、魔王は幽霊の類ではないので……見た目や力の強さから化け物レベルだと言われているんですよ」
ナタリアは僕の説明を聞いても、よくわからないようだった。
何度も小首を傾げていて可愛らしい。こんな愛らしい少女も、いずれは主人公である兄のライゼルと結婚するのかと思うと、不思議な感じだ。
さて、魔王と呼ばれる存在は確かに異質だ。
悪霊ではないけど、異形と呼ばれる分類の人外。
そんな異常な存在が、果たして世界を征服しようと考えるのだろうか。
僕にとってはその辺りが不思議だった。
「今日は小手調べとして、このダンジョンに入るぞ。ナタリア、回復を頼む」
「わ、わかりました!頑張ります!」
「ナタリアは僕らの後ろから出ないようね?」
「はい!」
最前線に立つのは、アイゼフォン。次にライゼルフォード、真ん中にナタリア。最後尾には僕、という布陣だ。
何かあった時のために、ナタリアだけは逃がす。そのための並びなんだとか。
ナタリア自身は、自分だけ助かるのは嫌だと言っていたが、ライゼルに説得されて従っていた。
優しくていい子だと思う。
(さて、のんびりしていられないね。いつでも戦闘になってもいいように、補助魔法をかけておくか)
魔法を使う時は、本来詠唱というものが必要になる。
けれど、この世界にとって別の異質である僕にはその詠唱は不要だ。
少ない荷物を背負い、片手に本を呼び出す。
指の導くままにページをめくると、身体強化の魔法が見つかった。
指先で触れて発動させる。アイゼとライゼルが感じ取ったのか、驚いた顔をしている。
攻撃と守備を最大まで上昇せると、どんな敵と遭遇しても余裕で進めるだろう。
それと、ナタリアに守護壁を展開させる。ナタリア自身は気づいていない様子だが、彼女を守る薄い膜を張ることができた。
「アオ……君は……」
「ライゼル!前方に敵が来るぞ!」
「わ、わかった!アオ、後方から攻撃魔法をお願いします!」
「はい、承知しました」
前方に現れたイノシシと馬の形をした魔物2体と、戦闘を開始する。
戦闘はあっさり終了し、魔物が落とした品を回収して先に進む。
レベル上げも確かこんな感じで地味にやっていた記憶がある。補助魔法を使えるって、本当に便利だな。
最前線で戦っているのは僕じゃないけど、これからも使える時に使っていこう。
そんなことを考えていると、あっという間にダンジョンをクリアしてしまった。
抜けた先にあった廃村の一角に座り、その場で休憩になった。
多少の怪我があった二人を、ナタリアが初めての回復魔法で癒してあげている。
ライゼルの怪我を治療するだけで精一杯だったようで、ぐったりしてしまった。
「ご、ごめん、アイゼ……ナタリア、そんなに落ち込まないで?」
「ううう……聖女と呼ばれているのに、ひとりが限界なんてぇ……」
「ナタリア、大丈夫だよ。これから努力を続ければ、沢山の人を癒せるようになるから」
「うー……アオぉ……」
「あぁ、ナタリア。ほらおいで?アオ、申し訳ないですがアイゼの傷をお願いできますか?」
ライゼルに抱っこされて、ナタリアはうーうー言いながら呻いている。
この二人は今段階だと、まるで兄弟のようだ。ライゼルは本当に優しいお兄ちゃんに見える。
放置されてしまっていたアイゼのところに行くと、ふてくされていた。
「アイゼ、傷を見せてもらえますか?」
「……ん。別に大した傷じゃないけど……」
傷がある腕を見せてもらうと、仕舞っていた本を呼び出して回復魔法を施す。
きちんと治ったことを確認し、アイゼに顔を向けるとすごい勢いで顔を逸らされた。
「アイゼ?どうしたの?」
「……べ、別に、なにも……!その……あ、アオは、詠唱とか……ないんだな……?」
「えぇ、この本のおかげです。本当は詠唱をしないと、発動できないことは知っていますから」
本、と聞いて気になったのかアイゼがこちらを向いて、本に手を伸ばす。
触れられる前に本を異空間に仕舞い、アイゼに微笑む。触れられると困るのだ。
これには、今はまだ封印している気持ちまで書かれているから。
「……見たらダメなのか?」
「ごめんなさい。今はまだお見せできないです」
「……いつか、見せてくれると思っていいのか?」
「えぇ、もちろん」
「わかった。勝手に触れようとして悪かった……べ、別にお前のためじゃないんだからな……」
最後に言われたテンプレート通りのツンデレはなんだろう。だいぶ矛盾していて、思わず笑ってしまった。
笑ってしまったことをぷんぷんと怒りながらも、アイゼからの熱視線は変わらない。
なんだか人間を気にする野良猫を相手にしている気分だ。
休憩が終わり、ある程度装備を整えると先に進みだした。
この先からは魔王の領域になる。その中でも、装備や道具などを整えられるお店や宿屋が存在する魔人の村が存在する。
相手は半分魔の者ではあるが、人間に対しても友好的で隣人のような感覚で接してくるのだと言う。
この村の人が言うには、今の魔王は何かおかしい、と口々に言っていた。
宿屋に併設された食事処で、周囲にいる魔人たちが不思議そうに話しているのが聞こえている。
「……我々の魔王様は、産まれてそれほど経たないはずなのに……なんでこんなに人間たちを殺しているんだろうな?」
「産まれてすぐに魔王と呼ばれた人だからな……殺戮本能で動いてたりして?」
「それなら、俺らだってそうだろ。なのに、人間と同じ理性もあるし知性もある。同じ構造なら魔王様だってそうだろう」
話を聞く限りでは、ここまで魔王が活発に人を殺しているのが不思議だと思っている魔人は多いみたいだった。
魔の者、というと先程言っていった通りに殺戮本能が強いはず。
けれどここにいる魔の者たちは、それとは違う性質を見せている。
現段階の情勢が、何かおかしい、と感じるほどに魔王もまた、なにかおかしい部分があるのだろう。
気になって席を立ち、すぐ傍にいた魔人に声をかけた。
「あの、お話中に申し訳ありません。その、魔王様についてもう少し伺うことは可能でしょうか?」
「え?あ、あぁ……もしかして、お前さんは異世界人か?」
「えぇ、そうなんです。なので、この世界の状況をあまり理解していなくて……」
「そりゃあ大変だな。んー、どの辺りから話せばいいんだ……?」
「質問をさせて頂けたらと思います」
大らかで気前の良い魔人たちは、いいぞ、と返してくれた。
まずは、魔王が産まれてそれほど経たない、という点についてだ。
「魔王様は、産まれてそれほど経たない頃から魔族の面々を統率されているんだ」
「つまり産まれてすぐに、世界を手に入れようとされていたのでしょうか?」
「いや、それは違う。そもそも魔王様はこの世界でどう生きたらいいかわからなかったと聞くよ。なんでも父君がいるだとか……」
「魔王様のお父さん?」
「そいつは人間だと聞いたぞ。そもそも俺たちを統率するように言ったのも、そいつだってさ」
魔王を裏で動かしている男性がいる。
その男の素性を調べようと思ったけど、魔人たちは人間の男だということしかわからないそうだ。
「つまり、これだけ侵略を続けているのは、その男の命令……?」
「俺たちはそうじゃないかなって思っているよ。そいつの思惑まではわからないけどな」
「こんな感じで大丈夫か?」
「はい、ありがとうございました。ご親切に教えて頂き、助かりました」
感謝と笑顔で、緩く相手を持ち上げる。
その反応が良かったのか、魔人たちは笑顔で送り出してくれた。
仲間のいるテーブルに座り直すと、ライゼルに目配せする。
「……魔王を操る、人間の男……僕には心当たりがあります」
「は?!ライゼル、どういうむぐぅ!!」
「アイゼ、声が大きいよ。僕らの父を殺された時に、魔王の後ろで下品な笑い声を上げていた中年男性がいたんです」
「……その中年男性、もしかして何か罪を犯して追放された、とか?」
「えぇ、アオの言う通りです。横領と人身売買を行っていたため、追放処分を受けた男爵……それがその人物かと」
なるほど。自分の罪を罰されたことへの逆恨みなのか。
なんとも自分勝手すぎる奴で腹が立つ。けれど、感情を表に出すわけにはいかない。
自制するための呼吸を行い、冷静な表情を取り繕う。
「魔王が住まう魔王城に行くためには、宵闇の地下道を進む必要があります。今回も殿は、アオに任せてもいいですか?」
「はい、わかりました。さて、ご飯を食べて眠くなってきたでしょう?今日はもうお休みしましょう」
「うん、私もう眠くて眠くて……ふぁ……」
「おやおや、ナタリア。ここで寝たらダメ……あぁ、寝ちゃった」
「ナタリアは僕が連れて行きますよ。アイゼ、今日はアオと二人部屋だからね」
「え?!あ、う、うん……わかった……」
では、二人ともお休みなさい。とライゼルは声をかけた後にナタリアをお姫様抱っこして二階へと向かっていく。
お水を一杯飲み終わると、アイゼと共に部屋に戻ろうとお会計が終わった後に、アイゼに手を掴まれてしまった。
「時間は……取らせないから、ちょっと……付き合え」
「え、あ、はい……」
少し強引だけど、優しく手を引くアイゼの耳は赤くなっている。
僕はこれから何を聞かされるのだろうか、と不安を感じていた。