賢者としての随行
大神殿内に入ると、とても精錬で清らかな空気が漂う。
入ってすぐに周囲にいた神官たちと目が合う。
突然現れた見知らぬ服を着た成人男性。
きっと彼らにとっては、異質であり、畏怖する存在だろう。
そんな風に怯えた視線を受けたのは、いつぶりだろう。
小さく頭を振り払い、ニッコリ笑顔で話しかけた。
「突然お邪魔してしまい、申し訳ございません。こちらで神力の検査をできる方はいらっしゃいませんか?」
なるべく怖がらせないよう、少し高めのトーンで話す。
ヒソヒソと神官たちが話し合うと、ひとりの神官が前に出た。
「し、神力測定は、大神官様にしか出来ぬことですので……ええっと、お名前をお聞きしても?」
「私ですか?最高神様から、本名は口にするなと言われているのですが……呼び名でもよろしいでしょうか」
「しゅ、主神様から直々に?!は、はい!構いません!」
「アオ、と申します。もしかすると、大神官様には伝わっているかもしれませんので……」
呼び名を伝えると、神官たちがバタバタと走り出してしまった。
転ばないかと心配してしまったが、それは杞憂に終わる。
おそらく補佐官であろう美しい青年に手を引かれて、ひときわ目立つ女性が現れた。
記憶が正しければ、大神官アイリーン様のはずだ。
「このような状態で申し訳ございません。主神様よりお伺いしております」
「もしや、お体の具合がよろしくないのでしょうか……?すみません、こんな時にお邪魔してしまい……」
「ふふふ、アオ様はお優しいのですね。属神とは言えど、主神様の次に位の高いお方ですのに……」
どうやら最高神様は僕が属神であることも、伝えていたようだ。
そこまでわかっているのなら、これからどうすればいいのか話しやすいと思われる。
ふと、彼女の横にいるお付きの青年に視線を向ける。
青年が目玉が飛び出してしまうのではないのか、と思うくらい驚いた顔をしている。
その気持ちは大変よくわかるよ。一見すると、ごく普通の成人男性だからね。
「大神官様、ご相談したいことがあるのですが……ええっと……」
「あっ、すみません。こちらは私の甥であり補佐官のリンデルと言いますわ」
「失礼致しました!リンデル・アイヴェールと申します!」
アイヴェール、というと確か公爵だか侯爵だかその辺りの貴族だったはず。
アイリーン様が貴族令嬢なのは知っていたが、家名を聞いたのは初めてだ。
礼をする所作は間違いなく貴族だから、たぶん偉いところの坊ちゃんだろう。
「リンデル、書記をお願いできますか?それと、これからアオ様とのお話は誰にも口外してはいけませんよ」
「それはもちろんです。アオ様、同席させていただいてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。あの、もしや大神官様の目は……」
「その……見えては、いるのですが……とても朧げにしか……」
「なるほど……神聖力の使いすぎによる弱視、ですね……」
自分自身の瞳に強い力を集中させて、大神官を見るとそのように見えた。
神聖力を浪費してしまったのは、おそらくこの国を守る聖結界のためだろう。
強い力を使えるのはいいが、その分どこに反動が来るのがわからないのが神聖な力の特徴だ。
「私のことはお構いなく。弱視であっても、こうして大神官として活動できますので……」
「わかりました。無粋なことを申し上げてしまいました」
大神官様は急に声がすぼんでしまい、もごもごと口を動かしている。
顔も赤いし、本当に体調がよくないのかもしれない。リンデルにお願いして、話し合いをするための個室へと案内してもらった。
僕自身の目的は、悲惨な運命を辿る王子アイゼフォンを助けることだ。
これから先、王子たち一行はこの大神殿に寄ることになる。
ここには主人公の結婚相手でもあるヒロインの聖女が守られているからだ。
聖なる力を使う聖女と共に、魔王討伐することがこの世界のシナリオだからだ。
「聖女の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「聖女の名は、ナタリア、だったと思います。最近、保護されたのではないでしょうか」
「はい、その通りです。ナタリア・アルダージュは農村産まれの平民の少女です」
やはり、聖女はここにいるようだ。
それならば、聖女と王子一行が合流する時に僕も同席させてもらうようにしたらいい。
一緒に行けるかどうかは、王子やパーティーメンバーの気持ち次第、ではあるけれど。
「ナタリアには私から話しを通しておきますわ。そして、アオ様は属神とは言わず、賢者だと名乗って下さい」
「賢者、ですか……私の立場的には僧侶に近い気がしますが……」
「おそらくですが、アオ様は特殊な知識を持っていると認識されるでしょう。その時の言い訳として、賢者だと名乗れば誰もが納得してくれます」
「賢者の肩書ってすごいですね……では、そのように致しましょう」
話し合いの備忘録してその手記を貰うと、僕は聖女と面会した。
とても小柄で愛らしい少女だ。どうやら既に、世話役の神官から魔王討伐に向けてメンバー入りすることを告げてあるらしい。
そのせいなのか、酷く怯えている様子だ。
「あ、あの、賢者様……私、このパーティー入りが怖くて……」
「そうでしょうね。今までとは全く違う機会で、さらに怖い目にあうかもしれないと思うと不安になります」
「えっ……そ、そうなんです!農村に居た頃とは違って、目の前で戦いを繰り広げられるとなると……!」
「命がけで戦う彼らの治療を行えるのは、賢者である僕か、聖女であるナタリアだけです。傷ついたら癒す、それは難しいですか?」
不安でいっぱいな聖女は、大きく首を横に振る。
涙を乱暴に拭い、頑張ります!と宣言してくれた。とても強い子だ。
「大丈夫。そのために僕がここにいますからね」
「賢者様……あの、ぎゅってしてほしいです……」
「おや、甘えん坊さんですね。構いませんよ」
小柄な少女を優しく抱きしめる。胸元に顔をぐりぐりと埋めて、甘える姿はまだ幼い子のよう。
少しの間、抱きしめた後にリンデルから服装を着替えるように提案された。
今の姿のままでは、賢者だということを疑われるかもしれないから。なるほど、確かに一理ある。
既に用意されていたらしい神官の服に袖を通し、着ていた私服はそのままにしておいた。
「勇者一行がお見えです。聖女様、賢者様、こちらにどうぞ」
「はい、今参ります。ナタリア……ええっと、ナタリア様の方がいいですか?」
「いえ!どうせなら、ナターシャとお呼び下さい!」
「ふふっ、それはさすがに困ってしまうでしょうし……ナタリアと呼びますね。僕のことは、アオとお呼び下さい」
「わかりました!アオ様!」
そんな無垢な少女と共に、勇者一行の前に姿を出した。
優しそうな剣士の主人公の前にいるのが例の王子ことアイゼフォンだ。随分と態度が大きい。
神官からの紹介により、先に聖女のナタリア。それから随伴として賢者のアオ、として紹介された。
「神官様が随行人?どうしてそんな危険な役目を……」
「アオ様は賢者様なのです!それに、これは賢者様のご意思なんですから!」
「ご迷惑でしょうか?」
「えっと……アイゼフォン、どうする?」
「賢者なら、知識が豊富なはず。それに、なんだか聖女に懐かれていて保護者としてちょうどいいだろ」
なるほど、聖女の保護者としていて欲しいと思われているんだ。
保護の対象である彼女をみすみす殺したくはないという思惑があるのだろう。
けれど、続けざまでアイゼフォンから指を指された。
「同行は許可する!しかし、お荷物だと思ったら速攻切り捨てるからな!」
「ちょ、アイゼフォン!言い方!」
「あっ、でも本当に切ったりしないからな!勘違いするなよ?!」
変なフォローを入れている謎のツンデレ具合。この台詞をまさか、僕自身が聞くことになるとは。小さく微笑み、最高礼として頭を下げる。
「承知しました。僕の知識と力を、存分にお使いくださいませ」
すっ、と頭を上げてアイゼフォンの顔を見ると、なんだか赤い気がする。
もしかすると体調不良の人が増えているのかもしれない。
「あの、王子?顔が赤いようですが……具合が悪いなどは……?」
「お、おおお王子って呼ぶな!その……お、オレのことは……アイゼと呼べ!いいな?!」
「え?あ、はい……アイゼ様?」
「様はいらん!と、とにかくメンバーはこれで出そろっただろう?!さっさと行くぞ!」
大神官様といいアイゼフォンといい、どうしちゃったんだろう。
これからのことに一抹の不安を抱えながら、僕を含めた一行は魔王の住処である魔のエリアへと向かったのだった。




