裏側
(声が聞こえる。ん? アリ? これは俺の声か? 何か誰かに聞いているのか?)
「え? 何? マジでお前ら知らなかったの?」
(ああ、この人を嘲笑するような声は陽哉だ。それにしても、何の話をしているんだ? 何だ!? そのため息は!!)
「最近、彼女が出来たのは知ってたけど、二人揃ってこのザマとは思ってもなかったよ」
「か! 彼女って!!」
「違うわよ!! 誰がこんなバカと!」
「向日葵……。違うのは認めるけど、そこまで全否定されると傷付く……」
(この会話は……、どこかで聞いたような。あ、今日の昼間か……。でも、どうしてこんな事、思い出して……って、ワァ! 夢の中か……。って事は、やっぱり? だよな……夢自我になってるよな)
「そうだよ向日葵ちゃん。智輝はこう見えて、意外とデリケートなんだから」
軽く項垂れる智輝の頭をポンポンと軽く叩いて、陽哉は笑っている。
(おいおい、人の頭をボールみたいに叩くんじゃねぇよ……)
「そうそう、智輝はデリケートなんだから、そんな言い方しちゃいけないぜ」
(……って、誰だ!!)
慌てて智輝が振り向くと、そこには白馬に乗った白い騎士がいた。
(白い騎士……。Dream knightか!? いやその前に、どうしてコイツは俺の名前を知ってるんだ!?)
「バカはバカなりに大変なのね……」
呆れ顔の向日葵が見える。しかし、今はそれどころではない。隣にDream knightがいるのだ。
「ところで、彼らは何の話をしているんだい?」
(……)
「黙ってたら、わからないじゃないか。黒蟻君」
(やっぱり、俺に話し掛けているのか……)
「それにしても、君は変わったDream knightなんだね。白くないDream knightなんて初めて見たよ」
「Dream knightって何だ?」
敢えて惚けてみせると、「Dream knightを知らないのかい?」と不思議そうに聞いてきた。
「ああ、知らねぇ。初めて聞いた」
「そうなんだ……。まあ、変わったDream knightだからね。Dream knightを知らなくても、無理はないのかも知れないね。Dream knightってのはさ、僕達みたいに白い夢物質の事を言うんだ。あ! そういえば、君は白くなかったね。じゃあ、白くないDream knightもいるのかなぁ……。まあ、ともかく、現実的にはあり得ない夢物質を指す言葉なんだ」
「へぇ。そうなのか。じゃあ、俺もDream knightなのか?」
「たぶんそうだと思うよ」
「そっか。(コイツ俺を知ってるのか、知らないのかどっちなんだ?)いい事聞いたよ。ありがとう」
「いやいや、礼には及ばないよ。色は違っても、同じDream knightじゃないか」
(何だ? 調子狂うな……。襲ってくるとかじゃないのかよ……)
(このDream knight、何か変よ。あの白い男の人とは、全く違うみたい)
(向日葵……。聞いていたのか……)
(当たり前じゃん。私と智輝の精神は、繋がっているんだよ)
「どうしたの? 突然黙り込んじゃって……。あ! 僕達の話をしているみたいだよ!」
騎士は身を乗り出して、陽哉の話を聞き始めた。とその途端、吹き出した。
「バカだよねぇ。白い救急車だってさ。救急車は、元々白いじゃん!」
(そこかよ! 俺も突っ込みたかったトコだけどよ……)
(実は私も突っ込みそうになっちゃった……)
(おいおい……、向日葵もかよ……)
「白いドラゴン、白い蛸のような物体と様々だ。しかも極めつけは、白い馬に跨がった白い騎士」
最後の【白い馬に跨がった白い騎士】という言葉を聞いた途端、騎士は大袈裟に喜び「僕達も有名になったんだねぇ」と呟いた。
「何か白いのばっかりだな」
智輝の声を聞いた騎士は、「だから、Dream knightは白いんだって。智輝は、やっぱりバカだなぁ」と笑っている。
「いやいや、Dream knightが白いって聞いたのは、俺だぜ。彼とは違うじゃねぇか」
「あ。そう言えば、そうだった。ごめんごめん。何だかさ、君と話をしていると智輝と話をしているみたいに錯覚しちゃってね。間違えちゃったよ」
騎士が甲冑の兜を掻きながらそう答えている。騎士が兜をポリポリしてる姿は、あまりにも滑稽だった。
(コイツ、俺と俺を間違えるのは仕方ないとして、全くの別人だと思っているようだな)
(でも、この人は智輝の友達みたいよ。誰か心当たりはないの?)
(一応はある。でも、確実性はない。けど、ほぼ間違いないと俺は思う)
(誰なの?)
(向日葵、わからないのか?)
(どうして、私がわかるわけ?)
(はぁ……。向日葵……、何か冴えてる時もあると思えば、抜けている時もあるんだな)
(なんですって!?)
(陽哉だよ)
(え……、陽哉君?)
(ああ、話口調は、少し違うけど、間違いねぇと思う)
(マジなわけ?)
(ああ)
「そうなんだ。しかし何故か、昆虫コスプレだけは白じゃないらしい。確か……黒蟻だったかな?」
「黒蟻?」
「君の事だね。ふ〜ん、君もなかなか隅に置けないみたいじゃないか」
「よせやい!!」
「あ! 黒蟻!! 黒蟻って、今、噂の黒蟻君かよ!! マジで? 僕達ラッキーじゃん! こんな超有名人に会えるなんてさ!」
「有名人て……」
「有名人じゃん! 今や、どこのテレビ局も血眼になって探してるんだから」
「みたいだな」
「そうだよ」
(やっぱり、陽哉だと思う。ただ、もう一人はわからねぇ)
(やっぱりいる?)
(ああ。僕達って言ってるのが、何よりもの証拠だ……)
(そうよね)
(間違いない。コイツは陽哉だ。何故なら、この時、陽哉が話したのが黒蟻。そして、コイツも黒蟻が有名人だと言った)
(どうしてそれが証拠になるの?)
(考えてみろ向日葵。あの時、野次馬に囲まれていたのは誰だ? どんな姿をしていた? そうだ、蟷螂だ。向日葵の蟷螂だ。しかし、コイツも陽哉も黒蟻が有名人だと言っている。これが何かの偶然だと思うか? 偶然なんかじゃねぇ! 同一人物だから、こんな間違いをするんだ!! そして、コイツは、陽哉は……黒蟻の存在を知っている。あのコンビニ強盗の時に一緒にいたからな!)
(……マジ……みたいね……)
(ああ、残念だがな。でも、今は陽哉に敵意は無いみたいだ。下手に刺激しないで、様子をみようぜ)
(う、うん)
「ここかよ!! 裏番がいるってのは!」
「ちょっとごめんよ。何か考えているみたいだけど、何かヤバい雰囲気になってるよ」
騎士に言われて教室を見ると、巨漢の子分が現実の俺達を指差していた。
「え? アンタ裏番だったの?」
「あらら。バレちゃった。でも、アイツらどこで智輝が裏番だって知ったんだろう……」
向日葵は臆する事なく自然に聞いている。面倒臭そうに智輝と陽哉が、「クラスメイトには黙ってろよ」と呟いて小さく頷くと、向日葵も小さく頷いた。
「それにしても智輝の彼女、勇気あるなぁ。普通、自分の彼氏が裏番だなんて知ったら、ビビるんじゃないのかなぁ……」
(彼氏じゃないし!!)
(いや、その全否定、マジで傷付くから……)
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 裏番なんてとんでもない……。人違いじゃねぇか? なあ?」
陽哉の方を振り向き話を振ると、陽哉の答えを聞いて智輝は首を大きく縦に振っている。
「クラスメイトに好かれている……ね……」
向日葵が小声で呟いた後、「ねぇ、取り敢えず、コイツらが裏番かどうか知らないけどさ、他の生徒がビビってるから、ちょっと場所変えない?」と、その巨漢に近寄っていく。
「なぁ、黒蟻君。ちょっと相談なんだけど」
「どうした?」
「あの子、ヤバくないか?」
「そうかも知れねぇな」
「助けに行かなくていいのかな?」
「行けばいいんじゃね?」
「え? 君は行かないのかい?」
「まぁ、お前の力を拝見させてもらっておくさ」
そうこう言ってる内に、智輝達は体育館に移動していく。
「なあ、マジでヤバいぞ。あの中に入られたら、手が出せない」
「じゃあ、助けに行ってやれよ。白馬の騎士なんだからよ」
智輝が手放しで促すと、騎士は、あっさりと手を引いた。
「いや、止めとくよ。一応、僕達Dream knightの能力は特殊だからね。それに、彼女は心配だが、智輝と彼がいるからね。大丈夫だろうと思うし。万が一、あの建物から智輝達が出てこなかった場合、僕達がアイツらを地獄に落としてやるよ」
「そうか。それは頼もしいな。それにしても、あの智輝って奴と、陽哉って奴は強いのか?」
智輝が陽気に質問すると、騎士は「強いよ。特に智輝、アイツは格別だ。ヤるとなったら人格が変わる。その戦闘力は、近くで見ていても戦慄が走る」そう言って身を竦めた。
「ふ〜ん。そうなのか……。ところでよ、どうしてお前は、あの智輝って奴の事そんなに詳しいんだ?」
「そんなの当たり前じゃないか。智輝は、僕の……。ん? あ、そうだね。ごめん……。これ以上は話せないよ」
そう言って黙りこんでしまった。
(なるほどな。もう一人、プラグだな……。ソイツに話を止められたか)
「じゃあよ。話は変わるけど、Dream knightの能力を教えてくれよ。さっき、特殊だって言ってたろ?」
進まない話をしていても埒があかない。そこで、智輝はDream knightの特殊能力について聞いてみる事にした。
「Dream knightの能力? それは……、うん。わかった。そうだね。Dream knightの能力とは、相手を善人にする事だよ」
「善人に?」
智輝が振り向き、騎士にオウム返しすると、「うん。善人に変えてしてしまうんだ。虫一匹殺せない。命を搾取する事すら出来ない。自分の身を犠牲にしてでも、他の命の尊厳を尊重する善人に……さ」そう言った後、「でも君もDream knightなのに、その能力はかなり特殊みたいだね」と続けた。
「特殊?」
「ああ、特殊だよ。相手を善人にするんじゃなくて、相手に悪夢を見せて、相手の精神を根本から破壊しちゃうんだから」
そう言って、騎士は自分の頭を自分の指で、コンコンと叩いた。
「精神の破壊?」
「やっぱり君は、特殊なDream knightみたいだね……。と、誰か出てきたみたいだよ……。あ! やっぱり智輝達だ。それにしても、智輝の彼女の話からすると、彼女もバトルに加わっていたみたいだね。彼女……もしかして、強いのかな?」
「どうだろうな。試してみたらどうだ? そのDream knightの能力でよ」
この場面で白馬の騎士が姿を見せないのがわかっている智輝は、一応、騎士に相談してみた。
「いや、止めとくよ。彼女に手を出せば、智輝が黙っちゃいない。けど、このDream knightの肉体は、現実世界の物質には、意識的に触れないと絶対触れられないんだ。だから、万が一にも、いくら智輝といっても、僕達に勝つ事は100%あり得ない。それに、僕は智輝を傷付けたくないからね」
(なるほどな。だから、俺があのコンビニ強盗を殴れたのか。それと、あの天使がカッターを握れたのも、そうゆう原理か……)
(もう! 智輝! 陽哉君を煽ってどうするのよ!)
(大丈夫だよ)
(どうしてそんな事言い切れるわけ?)
(だってこの時、白馬の騎士は現れなかっただろ?)
(あ……、そう言われてみれば、そうだったわね)
「それにしても、仲の良い三人だね。ちょっと、僕は智輝の彼女に嫉妬しちゃうよ」
そう言って、照れ臭そうに笑い「ところで、今日はどうしてこんな所に現れちゃったんだろうね」と智輝を見詰めた。
「そんな事ぁ、俺にはわかんねぇよ」
「だよね。でも、普段はDream knightとして発現する時は、何か事件がある時なんだけどな……」
「そうなのか?」
「うん。そうなんだよ」
「不思議だな」
「本当にね」
その一言を残し、騎士(陽哉)はスゥ〜と姿を消した。
(俺達には大事件なんだけどよ)
(まさか、陽哉君が……。なんてね……)
校舎へ戻る三人には、かすり傷一つ無く、それぞれが笑顔だった。そして、それぞれの絆を更に強めたように見えた。
「いつか、アイツとも決着を着けないといけないな……」
そう言って、智輝と向日葵も姿を消した。
(私……、なんだったら、智輝の彼女でもいいかな……)
(何か言ったか?)
(何でもない!! バカ!! おやすみ!!)
(ハァ……。意味がわかんねぇ……。ま、いいか……。寝よ)




