差
「え? 何? マジでお前ら知らなかったの?」
他人を小馬鹿にするように笑うと、陽哉は大きくため息をついた。
「最近、彼女が出来たのは知ってたけど、二人揃ってこのザマとは思ってもなかったよ」
「か! 彼女って!!」
「違うわよ!! 誰がこんなバカと!」
「向日葵……。違うのは認めるけど、そこまで全否定されると傷付く……」
「そうだよ向日葵ちゃん。智輝はこう見えて、意外とデリケートなんだから」
軽く項垂れる智輝の頭をポンポンと軽く叩いて、陽哉はニカッと笑った。
「バカはバカなりに大変なのね……」
呆れたようにそう言うと、向日葵は陽哉に話を戻すように頼んだ。
「あ、あぁ、不審者の話ね。確か……、え〜と、何か昆虫のコスプレをした不審者がいるらしくって。でもね、画像や映像が一つも無いらしいんだ。その時、沢山の人達が、写真やビデオを撮っていたにもかかわらずね」
「え!? 画像も映像も無いの?」
「あれ? そこ、喜ぶとこ?」
陽哉の言葉に安心した二人は、知らず知らずの内にホッとした顔をしてしまっていたのだ。
「い、いや! 喜んでねぇぞ! 俺は!」
「ちょっとヤメテよ陽哉君。どうして、私達が喜ばないといけないわけ?」
「まあ、そうだよね……。でもこの話、実は続きがあるんだ。これはテレビやラジオ、新聞では発表されていないんだけど、ネットで出回っている情報なんだけどね。なんかさ、昆虫コスプレの不審者以外にも不審者がいるみたいなんだ。しかもさ、その不審者ってのは沢山いるみたいで、白い天使の姿をしたのとか、白い男だったりとか……」
(ヤツだ!)
智輝が向日葵を見ると、向日葵は無言で頷いた。どうも向日葵も同じ事を考えていたようだ。二人がお互いの目を見詰めあっていると、「聞いてる? イチャつくなら、また別の時にしてくれるかな?」と陽哉が茶化してきた。
「イチャつくって何だ!!」
「そ、そうよ!」
「もう。息ピッタリなんだから……ハァ」
「何のため息だ!!」
「気にするな。で、どこまで聞いてた?」
「え! え〜と、白い男だったかな?」
智輝の答えを聞いて陽哉は、呆れた顔をして、また一つ大きなため息を吐いた。
「じゃあ、白い老婆からだね?」
陽哉の意地悪な問い掛けに、小首を傾げながら「い、いや、男……」とだけ智輝は呟いた。
「面白いよね。向日葵ちゃんの彼氏は」
陽哉は楽しそうにそう言うと、向日葵の反論を待たずして話の続きを始めた。
「白い男、白い蝙蝠、白いロボット、白い恐竜、白い救急車」
ちょっと待て。救急車は元から白いじゃねぇか! と叫びそうになった智輝だったが、これ以上話の腰を折ると、後々陽哉が恐いので、喉元まで出た言葉を無理矢理飲み込んだ。
「白いドラゴン、白い蛸のような物体と様々だ。しかも極めつけは、白い馬に跨がった白い騎士。取り敢えず、今はこんなところかな? 最近は、不審者が増殖しているんじゃないか? って噂も拡がり始めているみたいだよ」
「何か白いのばっかりだな」
これまで沈黙を保ってきた智輝だったが、もう堪えきれないとばかりに口を挟んだ。
「そうなんだ。しかし何故か、昆虫コスプレだけは白じゃないらしい。確か……黒蟻だったかな?」
「黒蟻?」
「ああ、確か黒蟻だった筈だよ」
(黒蟻? あの時、シャッターをきられていたのは向日葵だった筈だ……。あの時の姿は蟷螂。何故、蟻になっている?)
「どうかしたのか?」
「いや、別に何でもねぇ……。てか、何かお客さんみたいだぜ!」
考え込んでいた智輝を不思議そうに覗き込んでいた陽哉だったが、智輝が親指で指す方に目を向けると、巨漢を身体で表したような生徒が、数人の生徒を引き連れて教室の入り口に立っていた。
「ここかよ!! 裏番がいるってのは!」
「確か……、あ! アイツらッス!!」
一人の生徒が教室の中を見渡すと、智輝と陽哉を見付けて叫んだ。
「え? アンタ裏番だったの?」
向日葵は臆する事なく自然に聞いてくる。答えるのが面倒臭かった智輝と陽哉は、(クラスメイトには黙ってろよ)と呟いて小さく頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 裏番なんてとんでもない……。人違いじゃねぇか? なあ?」
と、陽哉を見ると、陽哉も「そうだね。裏番が、こんなにクラスメイトに好かれているというのも、違和感があるしね」と続けた。
「クラスメイトに好かれている……ね……」
向日葵は小声で呟いたが、「ねぇ、取り敢えず、コイツらが裏番かどうか知らないけどさ、他の生徒がビビってるから、ちょっと場所変えない?」と、その巨漢に近寄った。
「女は黙ってろ!!」
巨漢がその太い腕を向日葵向けて、降り下ろすと向日葵は紙一重で避けると、「ほらほらぁ」と男達を教室の外へ追い出した。智輝と陽哉は、軽くため息を吐くと、向日葵の後を追い掛けた。
「で? 誰が裏番だって?」
「やめてやれよ、智輝。ビビってるじゃんか」
智輝が満面の笑みで質問すると、陽哉が笑顔で智輝を止めている。その様子を見ていた向日葵だったが、「本当に、裏番なわけ?」と吹き出している。
「ここなら、暴れても大丈夫だよ。なんてね。無人の体育館って寂しいね」
「ふざけてんのか、テメェら!! しかも、その女は誰だ!」
巨漢が吼えた瞬間、「コイツの女」と向日葵は、智輝を指差し、智輝の腕に自分の腕を絡ませた。
「やっぱ、そうなんじゃんか……」
陽哉が大きくため息を吐くと、「いや、演技だよ演技。な? 向日葵?」と智輝は向日葵を見詰めたが、向日葵は無表情のまま、巨漢達を睨み付けていた。
(ヤベェ……。向日葵に火が着いてる……)
困惑している智輝を他所に、「そんな事はどうでもいいんだよ!! テメェらが裏番だっていう調べはついてんだ!」そう言うが否や、巨漢達は、集団で襲い掛かってきた。
「ハァ、結局、やるのか……」
「まあ、こうなるよね」
「集団攻撃なんて、卑怯者のする事よ!」
それぞれが言いたい事を言うと、先ずは向日葵が走り出し、先頭集団の足元目掛けてスライディングをすると、そこに並ぶ一人一人の足を少しずつ引っ張った。バランスを崩した先頭集団が壁になり、突撃の勢いを止められた男達だったが、そこに突如現れた陽哉に気付いた時には、その横面に爪先蹴りを受け、体育館の壁へと吹っ飛ばされていた。しかも、陽哉の蹴りは一人だけを相手にしておらず、その場にいる男達の横面を的確に捉えて、蹴り飛ばし続けている。向日葵は、最初のスライディングの後、手も使わず飛び起きると、バランスを持ち直した先頭集団の腹部を連続で拳で打ち抜き、うずくまる男の後頭部を踵で踏み付けていた。先陣を切った二人を完全に無視した状態で、智輝は総大将たる巨漢に音も無く近寄ると、その顎目掛けて凄まじいアッパーカットを放ち、その一撃で少し浮いた巨漢を、地面に降ろさぬよう、智輝は連撃をその豊かな腹部に叩き込み続けると、泡を吹いて白眼になっている巨漢の髪を鷲掴みにすると、そのまま体育館の床に顔面から叩き付けた。
「任務完了!」
「あ〜あ、また、やっちゃった……」
「何だ、弱いじゃない」
三人は勝手勝手に言いたい事を言って、その場をそそくさと立ち去った。
「で? 向日葵ちゃんは、智輝の何なの?」
「なんなんだろ?」
「あれ? さっきは、智輝の女とか言ってなかった?」
「まあ、勢いでね」
「勢い……ね。良かっな智輝!」
「もう勝手にしてくれ!」
「照れんなよ。それにしても向日葵ちゃん、強いねぇ……」
「ゲームバカだからな」
「バカって何なわけ? バカにバカって言われたくないわよ!!」
「はいはい。仲のよろしい事で……」
校舎へ戻る三人には、かすり傷一つ無く、それぞれが笑顔だった。そして、それぞれの絆を更に強めた気がしていた。




