夢と黒
誰かが泣いている
誰かは俺には分からない
声からすると女か
それも自分と同じくらいの 少女
終は、何もない暗い空間に一人でいた。
上下、左右、どちらを見ても真っ暗な空間が広がっている。
そんな空間から聞こえてくる、幼い少女の泣き声
見つけないと
彼は、その声の方に歩き始めた。
何処までも続く暗い闇
先の見えない道
だが、泣き声だけは徐々に近づいていた
なあ、なんで泣いているんだ?
姿の見えない泣き声の主に声を掛ける
帰って来るのは、ひたすらに泣く少女の声
なにか悲しいことでもあったのか?
だんだんと見え始めて来た小さな影。
誰かに酷いことでもされたのか?
ちらりと見えた深紅の髪。
なあ、教えてくれよ
彼は、はっきりと姿の見えた彼女に手を伸ばす。
「呂布」
終は、自分の伸ばされた手をぼんやりと見つめた。
「・・・夢、か」
自分の伸ばした腕を下ろした。
「ッツ!」
自分が夢から覚めたことに
気付くと同時に全身から伝わる痛みに顔を歪める。
そして自分の体中に包帯が巻かれているのを視認した。
(ああ、そう言えば。
母上と打ち合ったんだったな。)
包帯に巻かれた右腕を目の前まで持ってきて縁とのことを思い出した。
「・・・見事にぼろぼろになったもんだな~」
己のことだと言うのに他人事のように呟く終。
「まったく、その通りだな。」
そんな彼の呟きに相槌を打つ声が聞こえた。
終は、驚いてその声の主を見ようとして首を勢いよく回してしまった。
グキッと嫌な音が彼の首から鳴った。
首を両手で押さえながら痛がっているのを見て
声の主は、信は苦笑いをしていた。
「大丈夫かい、終君」
「それは、首のことですか?それとも体のことですか?」
「・・・まあ、両方かな。」
そう言って近くに置いてあった椅子に座った。
「・・・丁原さん。
俺は、母上と戦ってから、どれくらい寝ていたんですか?」
終は、まず信にそう質問した。
「君が彼女と手合わせをしたのが深夜ぐらい。
今は、昼時だ。だから、丸半日は寝ていたことになるな。」
信が外を指さしながら言う。
終は、その指の先を見た。
確かに外は夜ではなくもう日が昇っていた。
「ははは・・・。」
(見事なまでの寝坊っぷりだ)
乾いた笑い声を出しながらそう思った。
「それにしても無茶をするものだな、君も」
「・・・?何がですか?」
信が呆れた表情をしたのを見て終は何のことか聞いた。
「昨日の打ち合いだよ。
気絶するまで戦うなんて、随分な負けず嫌いなんだな。」
それを聞いて終は再び乾いた笑い声を出しながら視線を反らした。
その時、彼は彼女が話しかけてから
何となく感じていた違和感が何なのかに気が付いた。
「丁原さん、
母上はどこですか?」
そう、彼をこのような状態にさせた張本人であり
息子思いな母親である、縁がこの場に居なかったのだ。
彼女は、自分の息子を嬲って喜ぶような人間ではない
こういう時は必ずと言って良いほど、彼の傍にあり、
彼を看病するかしているのである。
「ああ、それだがな・・・」
信は、彼の質問を聞くと笑顔になった。
見た相手が戦慄を覚えるような、
子供が見たら泣いて逃げ出しそうな笑顔である。
「いくらなんでも自分の息子をこんな状態にするのは
『教育者』以前に『親』としてどうかと思ってね。
ちょっとオシオキして上げたのさ。」
ふっふっふ、っと笑いながら信はそう語った。
「あれで罰になるんだったら、楽で叶わんな。」
その声に信の笑顔が凍りつく。
ギギギと後ろを振り向いた。
そこには、縁がニコニコと笑いながら立っていた。
「あれ?何で縁がここに?
私の仕事全部押し付けたのに、何で?」
ここに彼女が現れたことに、信は驚きを隠せないでいた。
(オシオキ、っていつも配下の皆さんにさせていることじゃないか)
終は、密かに心の内で信に突っ込みを入れていた。
「いや~、中々良い『暇つぶし』になったよ。
後は、お前の署名と判子が必要な状態にしておいたからな。」
そう言った彼女の顔は何かを成し遂げたようなとても清々しい表情だった。
それを聞いた信はと言うと
「くそ!クソ!クソ!」
膝をついて床を殴っていた。
そんな信に見向きもせずに
縁は彼女が座っていた椅子に座った。
「大丈夫か、終。」
縁がそう問いかける。
その表情は、少し暗かった。
「・・・自分でこんな状態にさせておいてそれを聞きますか。」
それに終は、やや怒ったような表情で答えた。
「・・・」
少し俯く縁。
それを見て終は、「はぁ」とため息を吐いた。
「とりあえずは大丈夫ですよ。
体中もの凄く痛いことを除けばですけど。」
そう言って少し笑った。
「・・・そうか、なら良い。」
変わらず暗い表情をしているが
その言葉を聞いて少し安心したようだった。
しばし沈黙が流れる
信は、既に別の部屋から椅子を持ってきてことの成行きを見守っていた。
「・・・母上」
終が縁に声を掛けた。
彼女の肩がびくりと動く。
「・・・母上がどうしてこんなことをするのかは、今の俺には分かりません。」
でも、と言って終は上半身を起こした。
無理に体を起こしたせいで彼の全身にさらに痛みが走る。
だが、そんなことは知ったことかと彼は体を起こした。
「母上が何の意味もなく、こんなことをしないことぐらいは今の俺でも分かります。」
終がそう言うと縁は驚いた表情になった。
「それに、もし母上が
俺をどうでもいいように見るような親だったら、今ここに来ていませんからね。」
そう言って縁を見ると終は、いつもの笑顔になった。
「母上。
俺は自分のことを幸せ者だと思っています。
自分が帰れる故郷があって、自分を慕ってくれる妹分が居て
そして、厳しくも優しく自分を思ってくれる
母が居るのですから。」
その言葉を聞いた時、縁は自分の目頭が熱くなるのを感じた。
「終」
彼女は、彼をそっと抱き締めた。
「母上」
終も彼女を抱き返す。
親子の抱擁は長時間に及んだ。
それを見て信は、安心するとともに嬉しそうに見守っていた。
その途中で彼女の配下の文官が
彼女を見つけ、仕事をするように声を掛けようとしたが
その光景を見て無粋であると判断してその場を後にした。
「母上、
そろそろ離れてくれませんか?」
終が縁の胸の中でもがきながらも何とか声を発した。
「何故だ。」
それを不思議そうに聞き返す。
「いえ、そろそろ苦しくなってきましたから。」
そう言ってまた胸の中でもがく。
「良いではないか、後少しくらい。」
縁は、彼に抱きついたまま離れようとしない。
「そこまでにしておけ。」
それを見て信は、縁の襟首を掴んで終から引き離した。
「信。何故止める。」
無理やり離されたことに彼女は抗議した。
そんな彼女に信は拳骨を食らわした。
その痛みに縁は悶絶する。
「終君が嫌だと言っているだろうが、馬鹿者が。」
頭を押さえている縁にそう言い放つ。
「馬鹿?
貴様が言えた台詞か。」
「ああ、言えるとも。
お前のように自分の息子を大事にしすぎる奴のことを
世間では、『親馬鹿』とか言うのだろう?」
珍しく正論を言った信に反論出来ずに縁は、黙りこんでしまった。
それを勝ち誇ったように見る信だった。
(・・・立場逆転って奴かな)
今の二人を見て終は何となくそう思った。
「丁原様」
ある意味で混沌が渦巻く部屋の中。
その中に投げかけられた声。
その声に信は固まった。
「このようなところに居られたのですか。」
その人物が信の肩を掴む。
終は、彼女の後ろに居た人物を見た。
芯の細い、彼女の配下の文官なのであろう人物が立っていた。
「遊んでいないで仕事をしてください。
仁玲様がまとめたものに署名が必要なのですから。」
そして信に反論させない程迅速に、彼女を引きずって部屋を出て行った。
(あんな細い体のどこに引きずるだけの力があるんだろう)
そんな疑問を頭に浮かべた終である。
信が文官と思わしき男性に連れ去られ静かになった部屋。
彼女がいなくなった部屋に残されたのは、
「親馬鹿・・・私が・・信にも劣る・・・・馬鹿・・」
何事か呟きながら膝を着いている縁と
「・・・平和・・なのかな~」
疲れ気味に呟く終の二人だった。
その後、終は何とか体が動く程度に回復すると
母である縁を何とか慰めて共に昼食を食べに行った。
朝の分を食べていなかった終は、かなりお腹が減っていたのか
何時かの呂布を思い出させるような量を食べた。
もちろん、その後に食べすぎで腹を下したのは言うまでもない。
~政庁内・客室~
昼食を食べ終えた二人は、一旦部屋に戻っていた。
そして向かい合うように椅子に座っていた。
「さて、今から話す訳だが・・・」
縁は、まるで見定めるかのような目で終を睨んだ。
「・・・本当に良いんだな。」
そう言った彼女は、下手な答えを出せば・・・
と言った雰囲気をさらけ出している。
それを見て終は、一瞬、ほんの一瞬だけ聞くことを迷った。
彼女がここまで真剣になる秘密。
それを聞くことにある種の恐怖を感じたのだ。
だが、その恐怖もすぐに引いた。
そして強い意志の籠った目で彼女の目を睨み返した。
「・・・俺は、まだ若輩の身です。
成人も果たしていない子供です。 ですが・・・」
彼の手に握りこぶしが作られる。
「そうだからと言って、聞かない理由にはなりません。」
はっきりとした声でそう言った。
「本当は、彼女から直接聞いた方が良いことは分かっています。
でも、今それを聞いて少しでも彼女のことを理解できるようになれるのなら、
そして力になれると言うのなら、俺は聞くことを選びます。」
自分の答えは出した。
終は、母の返事を待った。
「・・・そうか。」
彼の答えに静かにそれだけ言った。
「・・・」
「・・・」
お互い見つめ合ってのしばしの沈黙。
「イテっ」
唐突に縁の人差し指が彼の額を軽く小突いた。
「って、何するんですか!」
終は、額に手をやりながら少し怒った様子で言った。
それを縁は、カラカラと笑って彼を指さした。
「いや、お前の顔があんまりにもおかしかったのでな。」
ふぅ、と息を吐く。
「はーはーうーえー」
終は、怒気が籠った目で縁を睨みつけた。
それを見て縁は再び笑いだした。
「ははは、分かった分かった。
私が悪かったよ。これでいいか?」
「良い訳ないでしょ?!
絶対悪いとか思っていないでしょうが!!」
手で口を押さえながら笑いを堪えている縁を見て
どう見ても反省していないことを見てとった終は、身を乗り出して
彼女に噛みつかんばかりに喚き散らした。
「セイ」
「アダッ?!」
終の額に再び走る衝撃。
縁の中指を親指に引っ掛け、力を集約して放つ技。
デコピンが彼の額に襲いかかったのである。
先ほどは、ただ指先で小突いただけのものだったが
今度のこれは力を溜めてから放つため
当然のことながら威力は上がる。
要するに初めの指先攻撃よりも『かなり痛くなる』のである。
「ぐぉぉ」
終は、額を両手で押さえながら悶絶した。
「ああ、ああ。
これだと額に後が出来てしまうかもしれんな。」
その様子をいたずら心たっぷりの笑顔で見守る縁。
終は、痛む額から両手を話すと
殺気に近いものを出しながら縁を睨みつけた。
彼女は、それを浴びながらも含み笑いをしていた。
「もう少しこれを続けてもいいが、
これ以上続けると呂布ちゃんの話が聞けなくなってしまうぞ?」
縁は、口の端を釣り上げながらそう言った。
終は、それを聞くと
自らを落ち着けさせるために目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。
終が落ち着いたのを見計らうと縁はふっ、と笑顔になった。
先ほどの人を小馬鹿にしたような笑みではなく、何処となく
安心したような笑みである。
「・・・どうかしたんですか?母上。」
それに気付いた終は彼女に声を掛ける。
「なあに、さっきの顔よりも
随分とましな顔に変わったものだと思っただけだよ。」
「?」
(さっきと今とでどう違うんだ?)
縁の言葉の意味をいまいち理解できない終だった。
縁は、先ほどのふざけた態度を改め
真剣な表情になると信から聞いた彼女の話を終に話し始めた。
「・・・これが、お前が知りたかった
呂布の秘密だ。」
そう言って縁は話を締め括った。
「・・・」
終はその話の重さに思わず吐きだしてしまいそうな気分になった。
(・・・俺が想像していたものよりひでぇな。
村に住んでた人達が自分だけ残して全滅ともなれば
呂布でなくともああなるわな。)
終は、口を手で押さえると努めて冷静になろうとした。
「・・・本当のことを言うと、これをお前に話すつもりはなかった。」
縁が放った言葉に終は目を見開いた。
縁は彼が自分を見たのを確認すると
そう言った理由を彼に語りだした。
「先ほどお前は言っていただろう。
自分はまだ若輩の身だと、成人も果たしていない子供だと。」
それに終は頷く。
「これは、子供に聞かせるには刺激が強すぎる話だと思ってな
いくらお前が普通の子供より大人びているとはいえ子供は子供だ。
だからなるべく話したくなかったのさ。」
それに終は納得した。
終は、縁の言った通りまだ子供である。
如何に才があろうとも根本的には子供。
そんな彼にとって
力無き人々が一方的に虐殺されると言う話は確かに刺激が強かった。
彼女が話したくないのも無理はない。
事実、彼自身あまりの内容の重さに吐き気を催したのだから。
(・・・待てよ?)
そこで終は、ふと疑問を抱いた。
そしてすぐさまその疑問を縁にぶつけた。
「母上、俺にこの話をするつもりがなかったのならば。
何故、話したのですか?」
何故、彼が縁から話を聞いていたかと言うと
別に彼が彼女に頼んだ訳ではなく。
彼女の方から話をすると言われたからである。
自分から頼んでもない話をすると言い
その話を終えたかと思えば本当は話したくなかったことだと言う
話したくなければ最初から話さなければよかったのに、っと
暗にそう言い含めているのである。
すると縁は終の問いかけに露骨に呆れたような表情をしていた。
「・・・俺、何か変なこと聞きましたか?」
終は、訝しげにそう聞いた。
すると縁は何かを思い出したのか
はっ、とすると彼にまず一言「すまない」と言った。
「昨日のことを覚えていなかったのだったな。
私としたことが失念していた。」
縁は申し訳なさそうにそう言った。
「あ~、確か気絶するまで戦い続けていたんでしたっけ?俺」
終は、頭をぼりぼりと掻いた。
すると縁の目が鋭くなった。
「・・・その話は、信から聞いたのか?」
「は、はい。そうです。」
再び真剣な表情になった彼女に終は体を硬直させながら答えた。
縁はその返答を聞くと怒気を体から滲ませた。
(こ、こえ~
いったい何がどうしたってんだ?)
終は体の震えをどうにか押さえつけ
奥歯を音が聞こえないように静かに鳴らした。
冷や汗が背中を濡らす感覚を感じていた。
「・・・それで?
信からどこまで聞いているんだ?」
そう放った縁の言葉は、
彼女から発せられる怒気と相俟って
聞かれたものに尋問されているような感覚を与えるのに
十分な効果を与えるほど低い声だった。
この問いを掛けられた時、
終はこの年になって初めて自分の知識を全開にして対処法を練っていた。
(どうする俺、どうするんだよおれぇ。
どう見ても切れてるよ!プッツンしちゃってるよ!!
話の流れからすると丁原さんが昨日の話を
俺にしたことに怒ってるみたいだけど・・・
分からん、何で気絶したことを教えられただけでこんなことになってんだ?!)
終の脳内は絶賛混乱、恐怖中である。
(まず第一に丁原さんが昨日のことを
俺に話したことが気に入らないのは分かった。
なぜかは分からんがとにかく気に入らないんだろう。)
終は混乱する中、どうにか頭を働かせていた
(・・・正直に答えてどうなるかなんてわかったもんじゃないし
下手な嘘を吐こうものなら間違いなく鉄拳制裁。
・・・これ、もしかしなくても詰みなんじゃねぇか?)
終は、昨日のことを思い出した。
とてもイイ笑顔の縁の姿を・・・
(いや、待て。
まだ慌てるんじゃない。
慌てたら敵(?)の思う壺だ!)
混乱と恐怖に拍車が掛って
混沌と恐慌に変化してしまったようである。
(俺の言葉には、俺の命が・・
何より丁原さんの命が掛っているんだ!!)
いつの間にか命の話まで思考が飛躍してしまっていた終である。
「・・・終。」
縁が速く答えるように催促を掛ける。
(・・・とりあえず正直に話してみよう。
それで丁原さんが危なくなったら如何にかして説得しよう。
それが無理なら・・・)
終は、視線を床から縁にへと向けた。
《玉砕覚悟の実力行使だ!!》
そして両手に拳を作り握りしめた。
「・・・自分が気絶したところまでしか聞いていません。」
場に重い空気が漂う。
(さあ、母上はどう出るか・・・)
終の全身に力が入る。
縁がいきなり席を立って信の元に向かうのを阻止するためである。
だが、終の心配も杞憂に終わった。
縁は、先ほどまでの怒りを解くとカラカラと笑った。
「そうか、ならいいんだ。」
縁は、立ち上がると終の頭にポンと手を置いた。
急に怒りを解いた縁に
終は、驚きながらも安堵した。
「あの、母上・・・」
「分かっている。昨日の話だろ。」
縁は、そう言うと昨日の気絶した後の彼のことを話し始めた。
「・・・私の掌底を受けた後、お前は確かに気絶していた。」
それに終はコクコクと頷く。
昨日の夜、彼は縁から掌底を受けた後、確かに意識が暗転したのだから。
「お前が気絶したのを確認した後
私はお前を部屋に戻そうと近づいたんだ。」
縁は、昨日のことを鮮明に思い出していた。
「その時だ、
いきなり嫌な予感が襲って来たんだ。」
そう言って彼女はあの時感じた感覚を
何処かで感じたことがあると考えていた。
「私は、すぐさまその場から離れた。
すると目の前を剣が通り過ぎて行ったんだ。」
淀みのない綺麗な線。
首に向けられていたその刃は、
一歩間違えれば怪我では済まなかったであろうと縁は冷静に分析していた。
「そして・・・」
縁は、そこまで話すと口を噤んだ。
「・・そして何です?」
終は続きを話すように言った。
縁は、顎に手を当て考える素振りを見せると
「・・・何も起こらなかった。」
と言った。
その返事に終は椅子からこけそうになった。
だが、そうすると何かに負けるような気がした彼は
すぐさま椅子に座りなおした。
「・・・そんなあからさまな嘘で、俺が納得すると思うんですか?」
終は、幼いながらも普通の人が見たら冷や汗を流すであろう覇気を縁にぶつけた。
それを見て縁は困ったような顔をしながら頭を掻いた。
「・・・駄目か?」
「当たり前です。」
終の間髪を入れない即答に
「あんなに可愛かった私の息子は・・・」と呟いていた。
そして諦めたように両手を上げると続きを話した。
「剣を振った後、お前は立ち上がって私と対峙した。
そして明らかに動けそうにないと高を括った私が負けた。
それだけだ。」
半ば投げやり気味にそう言った。
縁は、これでいいか?と言うような雰囲気で終を見た。
だが、終は予想外の返事を聞かされたことによって思考が停止していた。
「・・・うそ・・だろ」
思考が再始動すると彼はまず一言そう呟いた。
当然である。
自分と彼女との間には
埋まらない程の才能と実戦経験の差があると彼は考えていたのだから
「だが事実だ。」
それを嬉しいのか悲しいのか
彼女自身良く理解できないような表情で返す。
(・・・今まで見た中で一番ひどくて複雑な顔だな。)
それによって本当に自分が勝ってしまったという事実を
漠然とした形で理解するとさりげなく縁の顔にそんな感想を抱いた。
ドゴッ
拳骨が落ちた。
「ははうえ、なにを・・・」
終は若干涙目になりながら頭を抱え縁の顔を窺う。
彼女は、若干の怒りを滲ませた目で彼を睨んだ。
「お前絶対に失礼なことを考えていただろ?だからだ。」
(この人は読心術でも会得しているのか?
て言うか勝手に人の心を覗くな!)
そんなことを思いつつも如何にか言い訳をしようとする。
「いえ、俺は素直な感想を「もう一度殴られたいか?」
・・・すいませんでした。」
縁が言葉と共に一瞬出した覇気に当てられた終には
謝るほか選択肢が出なかった。
それを見て縁は呆れたようにため息を吐く。
「終よ。別に正直に思うことが悪いとは言わない。
だが、世の中には心を覗くことが出来る人間(多数が女性)が巨万といる。
私が言った言葉を記憶に留めておけ。」
(俺ってそんなに感情が表に出やすいのかな~)
そんな疑問を頭の隅で考えつつも
ある意味で自分の身を心配してくれた母に感謝しつつ頷く終であった。
「まあ、要するに俺が母上と戦って勝利したから
約束を守って俺に話す気になった、と言うところですか?」
本来自分が聞きたかった話から逸れたが何とか持ち直して話した理由を聞く。
「う~ん、ちょっと違うな。」
縁は、否定の意を告げる。
「?何処が違うと言うんですか?」
疑問を持った終が質問する。
「私は『お前が勝ったら、呂布の秘密を教えてやる』とは言っていない。
『弱い男に教えてやれるほど、軽い話ではない』と言ったんだ。
・・・勝とうが負けようが『強い』ことを証明さえすれば
お前に話すつもりだったのさ。」
縁は、頬を掻くと優しく彼に微笑んだ。
「そうですか・・・」
終は、何故彼女が自分に話をしたのかを
彼女の説明を受けてようやく理解した。
だが同時に彼は脳裏に引っかかるような感覚を覚えた。
それが何なのか。
終は縁の言葉をよく思い出した。
そして気が付いた、自信が疑問に思ったことに
それは
彼女の言う『強さ』がどのような意味を持っているのかと言うものである。
彼はすぐさまこの質問をしようとした。
だが、喉まで出かかった言葉を彼は飲み込んだ。
(きっと、俺が聞くには速すぎる話だ。)
そう思ったからである。
「さてと、」
縁は、席から立ち上がると部屋の入口に移動した。
「話はこれで終いだ。
私はこれから信の手伝いに行く。
後はお前の好きなようにしていればいい、ただし」
そう言って目つきを鋭くする。
次に何を言うか。
黙読できるほど聞いた言葉を終は先手を打って放つ。
「・・・人に迷惑は掛けるな、ですよね。」
心底聞きあきたと言うように顔をしかめた。
「残念、はずれだ。」
縁は、ニヤリと笑った。
そして終に近づくと頭にそっと手を置いた。
「・・・無茶なことはするな。」
それだけ言うと頭から手を離し、部屋から出て行った。
いつも聞いている言葉とは違う言葉を言われた終は、
一人になった部屋の中でしばらくポカンとした表情で立っていた。
「・・・する、しない以前に
出来ないですよ。」
終がそう呟いたのは
彼が縁の気配を部屋の周辺から感じなくなってからだった。
終は、ため息を吐きながら椅子に深々と腰かけた。
そして、縁から聞いた呂布の話を思い出していた。
「・・・村人が自分だけ残して全滅・・か」
天井を見詰めたままそう呟いた。
終にとって呂布の秘密は思った以上に精神的負担が大きかったようである。
「もし、母上達が俺だけ残して死んじまったら・・・」
そんな言葉を彼は知らず知らずのうちに口走っていた。
「・・・馬鹿だな、俺は」
終は、ふっと笑うと額を手で押さえた。
(母上の実力は確かだ。
そこらの武器を振ってる奴よりも強いのは一目瞭然だ。
あの人の負けるところを想像する方が難しいというものだな。)
そこまで考えると彼は彼女から聞かされた話を思い出した。
「でも、油断していたとはいえ
そんな母上に勝っちまったんだよな。」
椅子を前後に揺らしながら、彼はどのように勝ったのかを思い出そうとした。
だが、気絶していたころの記憶を思い出すことなど不可能である。
それに気付いた彼は無駄なことだとして思い出すのを止めた。
「それにしても・・・」
終は、縁が座っていた席に目を向ける。
「あんなにこえー母上見たのは生まれて初めてだったな。」
そう冷や汗を流しながら先ほどの黒い影を纏った
自分の母の姿を思い出していた。
(あんなの見たら、もう怖いものなんてなくなっちまうな。)
そして椅子から立ち上がると廊下に出た。
空には満天の青空が広がっている。
「・・・まあ、鬼門は乗り越えたことだし
次の試練にでも当ってみますかね。」
そう言って呂布が居ると思われる庭に向かおうとした。
ガシッ
誰かが彼の肩を掴んだ。
彼は振り返らずに
しかし顔にははっきりと恐怖の表情を浮かべた。
「・・・母上、手伝いに行かれたのではなかったのですか?」
終は、自分の肩を掴む鬼にそう問いかけた。
「いや、部屋に残したお前のことが気になってな
悪いが入り口辺りで見させてもらっていたぞ。」
とてもイイ笑顔で縁はそう答えた。
「・・・確かに部屋から遠ざかる気配を感じたんですけど。」
冷や汗を滝のように流しながら終は疑問を投げかけた。
「それは少しずつ気を薄くさせることでそう錯覚させたのさ。」
変わらずイイ笑顔で縁は疑問に答える。
「・・・と言うことは
部屋を出て行ってからずっと俺の独り言を聞いていた訳ですか?」
終は、聞いていなかったかもしれないという淡い希望を胸に抱きながら質問する。
「ああ、聞いていたとも
する、しないから『鬼』のところまでな」
彼女の手が万力のように彼の肩を握り始めた。
「カクゴデキテイルナ?」
その言葉を聞いた時、彼の視界には
常山で自分の帰りを待つ、大切な妹分の姿が映った。
(星・・今日が最後だと知っていれば・・・
お前の笑顔をもう一度・・・見ることが出来たのにな・・・)
城内に彼の悲鳴が響いた。
その後、彼はその日の間ずっと
『黒い鬼が・・・』とうわ言のように繰り返していたと言う。
口は災いの元、とは昔からよく言うものです。




