2 咲いたひまわり
「お先に失礼します」
定時を迎えてなお働いている同僚に声をかけて退社する。最初は少し罪悪感みたいなものがあったけど、ここ数年ずっとそうしていると慣れたものだ。むしろ、こうする事でホワイトな職場環境を作っているんだと自負している。
まぁ、実際のとこは保育園に迎えに行く為にそうせざるをえないだけなんだけど。
娘が通っている保育園は家から近いけど、会社からはそれなりに距離がある。送っていく朝は助かるけど、迎えにいく夜はあまり遅くならないようにしないといけない。本音を言えば、娘の将来の為にもう少し残業をしておきたいと思っている。
「おかえりなさい」
保育園に着くと先生方はそう言って迎えてくれる。
「ひまちゃん。お父さんがお迎えにきたよ」
「おとーさんっ?!いかないとっ!!」
そんな声が聞こえてくると、自然に自分の顔がほころんでいくのがわかる。
「おとーさんっ!!」
そんなに距離はないのに娘が走って寄ってきた。
「おかえりっ!!」
満面の笑顔だ。どんなに疲れていても、完全に吹き飛ばしてくれる。
「陽茉、ただいま」
娘の名前は、菫が好きだったヒマワリからつけた。菫には向日葵ってそのままを希望されてたけど、そこはちょっと考えさせてもらった。とはいえ、独断ではない。ちゃんとお義母さんと相談して決めた。
「帰る準備はできたかな?」
「じゅんびできたっ!!」
先生が持ってきてくれていた荷物を受け取る。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん!!せんせー、さよーならっ!」
「はい、さようなら。また明日ね、陽茉ちゃん」
「またあしたっ!」
「それじゃ、失礼します」
おっと、今日はスーパーによって帰らないとな。
「買い物して帰るよ。何を買おうかな?」
「おかいもの!!⋯⋯んとね⋯⋯カレー!」
「じゃあ今日のご飯はカレーかな」
「それがいい!!」
毎回こんな感じになるので、スーパーに行った日はカレーになる事が多い。まぁ、美味しいし、野菜も肉もとれてるから良しとしている。
買い物をして、帰ってご飯の支度をして、食べて片付けて、お風呂に入って寝かせると結構いい時間になる。あまり夜更かしをするわけにはいかないけど、保育園からの連絡帳を確認したり、明日の準備をしないといけない。
今はもう慣れたけど、最初は大変だった。大げさかもしれないが、陽茉の笑顔だけでなんとかやれているようなものだ。
「さて、何が書いてあるかな⋯」
連絡帳に書いてあるのは、大体いつもちゃんとご飯食べたとか、お昼寝できてたとかそんな感じ。たまに誰かと喧嘩したとか。今日はちょっとプラスで書かれていたけども。
『お友達とお母さんの話をしていたようです。その後、何か言ってくることはなかったですが、ご家庭ではどうでしょうか?』
⋯⋯お母さんかぁ。まぁ、周りの大半は母親が送迎してるもんな。陽茉のお母さんは?ってなってもおかしくないよな。⋯⋯何も言ってこないのは忘れているだけか?
『そういう話はでないです。もし何か聞かれたら、お父さんに聞くように言ってください』
とりあえず連絡帳にはそう書いておいた。
とはいえ、実際に聞かれたらなんて説明したらいいものか。
「⋯⋯その時しだいかな⋯」
考える事を先送りにし、連絡帳を保育園のバッグに戻した。
ー☆ー☆ー☆ー
「ねぇ、ひまちゃん」
「なぁに?りょうくん」
「あのね、ひまちゃんのママは?」
「ひまのまま?」
「いつもパパときてる。ママはおしごと?」
「まま??」
「あ!こうきくん!それぼくのだよ!!」
「りょうくんいっちゃった⋯」
おうちには、おとーさんとひまだけだよ。ままなんていないよ?
「まま⋯」
あとでおとーさんにきいてみよっ!
「あ、えみちゃん!おそとであそぼう!」
「うん!いいよ!」
ー☆ー☆ー☆ー
「陽茉、お迎えにくるまで待っててね」
「うん!おとーさん!おしことがんばってね!」
「お父さん、頑張る!いってくるね」
「いってらっしゃーい!」
陽茉を中心とした日々の生活。
時々お互いの両親に頼る事もあるけれど、なんとかやってきた。
育っていく陽茉の為に。
育てていく自分の為に。
⋯そんな環境をくれた菫の為に。
これからもなんとかやっていきたい。
⋯⋯⋯だけど、ここに君もいてくれればいいのに。と、たまに思ってしまうのは許してほしいな。
何かにつけて頑固な姿が思い出され、にやけてしまう。
おっと、いかんいかん。⋯さ、今日も会社に行きますかね。




