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書籍化:門番の俺、スキル【見送る】でいつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二部 第四章

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閑話 遠い陽だまりの記憶

 夜の森。

 湿った(まき)が爆ぜる、乾いた音がする。


 エラーラは毛布にくるまり、一定のリズムで寝息を立てている。

 無理もない。死線から逃れ、休まず歩き通した。

 王都までは、まだ遠い。


 私は手元の剣を布で拭いながら、遺跡の広場での出来事を反芻(はんすう)していた。

 クラリス――セラフィナと名乗った女が、自ら切り飛ばした腕を接合した瞬間。

 あの時に溢れ出した、温かな魔力。


 私は手を止め、自分の右腕を左手で強く掴んだ。


 魔力には、質がある。

 それは生まれ持った魂の形であり、他者が決して模倣(もほう)できない唯一無二の痕跡だ。

 セラフィナから感じたものは、模倣などという生ぬるいものではなかった。

 

 あれは、本物だった。

 記憶の底にある親友の波長と、何一つ違わなかった。

 けれど、決定的に「何かが」欠けていた。

 

 封じられている私の記憶は、まだ完全には戻っていない。

 ある時期を境に、すっぽりと抜け落ちている。

 だが、親友――ダリアとの思い出だけは、はっきりと思い出せるようになった。


 焚き火の炎が揺れる。

 私の視界は、現在の夜の森から、遠い過去の光の中へ沈んでいった。


◇◇◇


 三百年前。

 世界は、前代の魔王である獣人たちによって蹂躙(じゅうりん)されていた。


 討伐の旅の道中。

 獣人たちとの連日の死闘(しとう)は、私たちの身体と精神を削り取っていた。

 ある夜の野営地。私は倒木に腰掛け、血脂と泥で汚れた剣を無心で拭っていた。

 腕が、鉛のように重い。剣を振るいすぎたせいで、指先が微かに痙攣(けいれん)していた。


「レノーアさん。もう休んでください」


 聞き慣れた声がした。

 見上げると、純白のローブを(まと)った少女が立っていた。ダリアだ。

 血生臭い戦場には似つかわしくない、清廉(せいれん)な姿。彼女は私の隣に座ると、有無を言わさず私の右腕を両手で包み込んだ。


「……問題無い。少し疲れただけだ」

「強がらないでください。腕を痛めているのでしょう」

「他の兵士達が怪我した時のために温存しておけ」

「魔力なら、まだ十分にあります」


 ダリアの手のひらから、ぽわ、と淡い光が灯った。

 白魔法。治癒の光。


「……不思議だな」


 私は、自分の腕を見つめた。


強張(こわば)って、石のようになっていた筋肉が、お前の手が触れた場所からじんわりと解けていく。痛みが嘘のように引いていく」

「魔法は祈りですから。明日もあなたが無事に剣を振るえるようにって、祈っているんです」


 ダリアは、ふっと柔らかく微笑んだ。

 彼女の魔力は、陽だまりのようだった。

 ただそこに触れているだけで、殺伐とした戦場でささくれ立った心が、静かに()いでいく。


 ダリアは私の腕の治療を終えると、視線を焚き火の向こう側へと移した。

 そこでは、レイヴンが一人、夜の闇に向かって剣の素振りを繰り返していた。

 来る日も来る日も、彼はそうやって自分を追い込んでいた。


 ダリアの視線は、彼の背中に釘付(くぎづ)けになっていた。

 瞬きすら惜しむように、彼が剣を振るうたびに揺れる黒髪を、ただ静かに追っている。


「……レイヴン様、喉が渇いていないでしょうか」


 ダリアは手元の水筒を胸に抱き寄せ、ぽつりと言った。


「持っていってやればいい」

「今はダメです。レイヴン様は、剣を振っている時は周りが見えなくなりますから。邪魔をしてしまったら、申し訳ないです」

「不器用な男だ。お前がずっと見ていることにも、気づいていない」

「いいんです。私は、見ているだけで十分ですから」


 ダリアは水筒の表面を指先でそっと撫でた。


「彼は、誰よりも傷だらけになって、みんなを守ろうとしています。だから、私は……せめて彼が帰ってきた時に、一番温かい魔法で癒してあげたいんです」


 焚き火の光が、彼女の頬をほんのりと赤く染めていた。

 私は、何も言わなかった。

 剣を振るうことしかできない私にとって、この旅はただ命を奪い続けるだけの削り合いだった。

 どこまで行っても血の匂いがついて回る。


 だが、この野営地には、彼女がいた。

 彼女の不器用で、ひたむきな想い。誰かを生かしたいという祈り。

 その温かさだけが、私が人間らしさを保つための、唯一の(いかり)だった。


 この戦いが終われば、また里に戻り、いつまでもこの温かな魔力に包まれて過ごすのだと、信じて疑わなかった。


◇◇◇


 パチン、と。

 大きめの火の粉が跳ねた。


 私は小さく息を吐き、瞬きをした。

 視界には、現在の夜の森がある。


 私の記憶は、魔王討伐の旅の終わりで途切れている。

 ダリアと別れた時の記憶がない。

 どうやってあの旅が終わり、なぜ私が記憶を封じられ、この三百年の時をやり過ごすことになったのか。その空白は、未だ白い霧に覆われている。


 だが。

 今日、遺跡で見た彼女。

 体も、私を呼ぶ声も、私から受けた傷を癒したあの魔力の波長も。

 すべてが、間違いなくダリアのものだった。


 ただ、あの子の魔力にあったはずの「祈り」だけがなかった。

 レイヴンの背中を見つめていた、あの温かい心が。


 私は手元の剣を布で包み、カチャリと音を立てて(さや)に納めた。

 立ち上がり、周囲の闇に視線を向ける。


 追手の気配はない。

 エラーラの寝息だけが、静かに聞こえている。


 私は、東の空を見た。

 木々の隙間から、王都の方角が見える。


 失われた記憶の先に、何があるのかは分からない。

 だが、そこに真実があるのなら、私は進まなければならない。


 私は再び倒木に腰を下ろし、静かに火の番に戻った。

 夜明けは、まだ遠かった。

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