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書籍化:門番の俺、スキル【見送る】でいつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二部 第四章

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歴史学者エラーラと禁じられた発掘 - 1

 王都の朝は、白い霧の中から始まる。

 石畳を濡らす朝露が、昇り始めた太陽の光を浴びて、無数の宝石のように冷たく煌めいていた。

 東門の詰所。

 門番のヨハンは、いつものように誰よりも早く起き出し、巨大な木の扉の錆びついた蝶番に油を差し終えたところだった。

 軋みひとつなく開かれた門。その向こうには、どこまでも続く街道と、まだ目覚めきっていない深い森が広がっている。


「おはようございます、ヨハンさん」


 霧の向こうから、控えめな声がした。

 大きな丸眼鏡をかけた小柄な女性だ。身の丈に合わないほど巨大な背嚢を背負い、その重さに少しだけ身体を揺らしている。

 歴史学者のエラーラだった。


「おはよう、エラーラ。早い出発だね」


 ヨハンは箒の手を止め、穏やかに微笑んだ。

 彼女がここへ来るのは、数週間前の「勇者レイヴンの再調査」の件以来だ。あの時は、古文書の解読に目を輝かせていたが、今日の彼女の表情は少し硬い。

 期待よりも、得体の知れない不安が勝っている顔だ。


「ええ……。今日は、少し遠出をするので」

「遠出?」

「はい。『北の果ての森』にある遺跡へ向かいます。教会の古い文献に、勇者レイヴン様ゆかりの地という記述が見つかったそうで……」


 エラーラは言い淀み、背後の霧を振り返った。

 そこから、二つの人影が現れる。


「遅いですよ、エラーラさん! 神聖な巡礼の旅路だというのに、たるんでいるのではないですか」


 甲高い声で叱責したのは、豪奢な法衣に身を包んだ男だった。

 アイオン教会の司祭、マーティン。


 中肉中背で、手には宝石の埋め込まれた杖を持っている。その顔には、隠しきれない選民意識と、神経質な色が浮かんでいた。


「も、申し訳ありません、マーティン様。荷物の整理に手間取ってしまって」

「まったく。これだから学者は困る。信仰よりも理屈を捏ねくり回すことに時間を費やすのですからね」


 マーティンは鼻を鳴らし、門番であるヨハンを一瞥もしなかった。彼にとって、門番など風景の一部、あるいは道端の石ころと同じなのだろう。

 そのマーティンの後ろに、影のように寄り添うもう一人の姿があった。

 修道服に身を包んだ少女、クラリスだ。

 目深に被ったベールの下から、おどおどとした視線を地面に落としている。


「……すみません、エラーラ様。私が、準備に手間取ったせいで」

「いいえ、クラリスさんのせいじゃないわ。私が不慣れなだけよ」


 エラーラは慌ててかぶりを振った。

 奇妙な取り合わせだった。

 真実を追い求める歴史学者。

 教義を絶対とする司祭。

 そして、自分の意思を持たないかのような修道女。

 三人の間には、会話こそあれど、心を通わせるような空気は流れていない。ただ、目的のために同席しているだけの、冷たい関係性が見て取れた。


「ヨハンさん」


 マーティンたちが先へ進む中、エラーラが一度だけ立ち止まり、ヨハンに向き直った。

 彼女は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、不安げに唇を噛んだ。


「私……怖いんです」

「怖い?」

「はい。もし、見つけてしまったらどうしようって。私たちが信じてきた歴史が、もしも間違いだったとしたら。……真実を知ることが、必ずしも正しいこととは限らないのかもしれません」


 彼女は聡明だ。

 だからこそ、無意識のうちに感じ取っているのかもしれない。

 これから向かう先に待つものが、輝かしい英雄譚の続きなどではないことを。

 ヨハンは、手に持っていた箒を壁に立てかけた。

 そして、ゆっくりと彼女の前に歩み寄る。


「エラーラ」

「はい」

「俺は、難しいことは分からない。学がないからな」


 ヨハンは、街道の先、霧に煙る森の方角を見つめた。


「だが、ここを通り過ぎていった多くの旅人を見てきて、一つだけ思うことがある」

「……なんでしょうか」

「真実は、知る者のためにあるんじゃない。……後に続く者のためにあるんだ」


 エラーラが、はっとしたように顔を上げた。

 ヨハンは彼女の背負う重い荷物に、そっと手を添えた。荷物の重さを、一瞬だけ分かち合うように。


「行ってらっしゃい。良い旅を」


 特別な言葉ではない。

 いつもの、ありふれた挨拶。

 けれど、その言葉は朝露のように静かに、エラーラの心に沁み込んだようだった。

 彼女の瞳から、迷いの色が消える。


「……はい。行ってきます、ヨハンさん」


 エラーラは深く一礼し、駆け足でマーティンたちの背中を追った。

 石畳を踏む靴音が、遠ざかっていく。

 三人の背中が、朝霧の中へと溶けていく。

 ヨハンは、その姿が見えなくなるまで、門の前に立ち続けていた。

 彼らがこれから向かう先にあるものが、どのような運命なのか。それはヨハンには分からない。


 だが、門番にできることは、ただ一つだけだ。

 その背中に、祈りを込めること。

 ヨハンの脳裏に、澄んだ鈴の音のようなシステム音が響いた。


《ピーン!》

《スキル【見送る者】が発動しました》


《対象者エラーラに、祝福『発掘作業中に怪我をしにくくなる』を付与しました》


(発掘作業中の、怪我、か)


 遺跡調査となれば、崩れかけた壁や、尖った瓦礫も多いだろう。学問に夢中になると周りが見えなくなる彼女には、おあつらえ向きの祝福かもしれない。

 擦り傷や切り傷が減れば、それだけで調査は捗る。


 ヨハンはそう解釈した。まさかそれが、瓦礫以上の「悪意」から彼女を守る盾になるとは、この時の彼は知る由もない。


 今日もまた、長い一日が始まる。いつもと変わらない、門番としての日常が。

「門の向こうには、無限の物語がある。 中には、猫の視点で世界を見る物語も、あるかもしれないな。……良い旅を」


『撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~』 [ https://kakuyomu.jp/works/822139840522698810 ]

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― 新着の感想 ―
もう「ほんの少しだけ」とかの修飾はつかなくなったんだなぁ…
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