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書籍化:門番の俺、スキル【見送る】でいつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二部 第三章

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閑話 詐欺師フィンと陽だまりの幻影

こちらは書籍版に入りきらなかったショートです。

『第一部第七章 公女セレスティーナと道化の知恵』のサイドストーリとなります。

 その日、フィンはひどく寝覚めが悪かった。

 夢にリリィが出てきたからだ。孤児院を抜け出し、二人で初めて市場の祭りを見た日。あいつは目を輝かせ、串焼きを頬張っていた。あの頃は、ただ笑っているだけでよかった。


 ……だが、目が覚めれば、現実はこれだ。

 あいつはもういない。

 俺は、あいつの最後の言葉に縛られて、こんな贖罪の旅を続けている。気落ちしている自分自身に気づき、フィンは舌打ちをした。いら立ちが募る。


 西の街道沿いの町。市場の喧騒から逃れるように、人気のない路地裏で壁に寄りかかり、一休みしていると、聞き飽きた手口が耳に入った。


「あら、お嬢さん。どうかなさったの?」


 見れば、ふくよかな婦人(人買い)が、世間知らずな少女に、甘い言葉をかけているところだった。

 『乙女たちのための救済院』、か。

 リリィと二人で使い古した、人買いの常套句だ。ウンザリする。


 だが、その「籠の鳥」――セレスティーナの後ろ姿が、なぜか、あの頃のリリィと重なって見えた。

 陽光を知らない白い肌は違えど、その細い背中も、世間を知らないくせに、何かから逃げ出そうとしている意地っ張りな雰囲気も、驚くほど似ていた。


 放っておけば、こいつもあの婦人に売り飛ばされる。

 寝覚めの悪さが、これで最悪になった。


 婦人が優しく手を差し伸べ、セレスティーナがその手を取ろうとした、まさにその瞬間だった。


「――おっと、そこの奥さん。そいつは早計ってもんじゃねえかな」


 俺は、壁に寄りかかったまま、怠惰な声を割り込ませた。


 ……それから、三日間。

 俺は、あの東門の爺さん(ヨハン)が言っていた、『金では買えない、本当の宝物』とやらを、この世間知らずのお姫様に、叩き込む羽目になった。

 人を観察し、価値を生み出すこと。

 こいつは、思った以上に、筋が良かった。

 リリィとは、正反対だ。あいつは、どこまでも不器用で無鉄砲で、そして……。


 最後の朝が来た。

 俺が教えられることはもう何もない。

 こいつはもう、一人で歩いていける。


「フィンさん。……ありがとうございました」

 セレスティーナはそう言って、深々と頭を下げた。

 その、真っ直ぐな瞳。

 俺はその瞳から逃げるように、目をそらした。


「……ああ。……その、何だ……」

 言葉が喉の奥でつっかえた。


(―――俺と、一緒に来ないか?)


 その一言が、どうしても言えなかった。

 こいつの手を引いて、リリィと果たせなかった旅をもう一度やり直す?

 馬鹿を言え。

 俺の手はあまりにも汚れすぎている。


 こいつは俺とは違う。陽の当たる道を、自分の足で歩いていける人間だ。


 俺はつっかえた言葉を無理やり飲み込んだ。

「……いや! やっぱ何でもない。それじゃあ、達者でな、セレスティーナ!」


 俺は踵を返し、雑踏の中へと歩き出した。

 振り返らなかった。

 ……いや、振り返りそうになるのを必死でこらえた。


(ちっ。……柄でもねえ)


 なんであんな小娘一人の門出に、こんなに心がザワつくんだ。……リリィに、似てたからか。

 ああ、きっとそうだ。それだけだ。

 あのお姫様は、陽の当たる道を自分で歩いていける。俺とは住む世界が違う。

 俺にはまだ、やらなきゃならねえことがある。


 フィンは無意識のうちに、先ほどセレスティーナが握っていた自分の手のひらを、一度だけ強く握りしめた。

 そして、その奇妙な温かさを振り払うように、雑踏の中へとさらに足を早めた。

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