月曜日
…えっ!
誰もいない朝の第六理科室でさくらはつい声を上げた。
年が明け、十一年生、日本でいう高二に進級して三週間が経った。まだまだ各教科の授業に不安の残る生徒たちを華麗に無視して、近代史担当教師は一週間の休暇に入ってしまった。今週だけは別の先生が入り、オンラインの時間割表にその教師の名前が現れる、そこまでは先週すでに説明があったのだが。
あの先生だ…。
去年のあの自習時間から、彼と廊下ですれ違うたびにさくらは胸を高鳴らせていた。彼の独特なファッションセンスと、目にするたびに違う髪色。それ以外に確かにある、彼の存在を瞬時に察知することができる理由を、人は恋と呼ぶらしい。が、特に話すきっかけもなければ話しかける度胸もなく、向こうにこちらの存在を認知されずに今日まで過ごしてきたのだ。このまま関わることもなく終わるんだろうなと、諦めていた矢先に目に入った、時間割の中の彼の名前。何度瞬きをしようと、頬をつねろうと、消えることなく画面の中にいた。
おはようさくらー。相変わらず早いねー。
友人たちの声に我に返った。静まり返った校舎を愛するさくらは、点呼の始まる三十分前には必ず教室にいた。いつの間にか教室はほとんど埋まり、同級生たちのおしゃべりが勢いをつけて耳になだれ込んでくる。あわてて時計を見上げると、ベルはとうになっていたらしい。わたしが早すぎるのは確かだが、あんたらは遅すぎだ。オーストラリア人の時間感覚の緩さにいまだ慣れないさくらは、心の中で毒づきつつ、おはようと笑顔をつくってラップトップをしまった。
– – –
二限目終了のベルが鳴ると同時にバックパックをひっつかみ、数学の教室を飛び出した。何年何組の教室はここ、という概念がないこの学校では、英語と数学の授業は一階、HSIEと他言語は二階、理科系は少し離れた六つの理科室で行われる。飛び出した勢いのまま二階に続く階段を駆け上がり、近代史のクラスに滑り込んだ。10年以上前の卒業生たちによってペイントされたその教室は、相変わらずの極彩色で彩られている。やっと前のクラスの子たちが去ったところで、明かりがついたままの教室にクラスメートは一人も来ていない。さくらはいそいそと先生のデスクの目の前を陣取った。心臓の鼓動が速くなっていくのは、久しぶりに走ったからだけではない。ノートを広げ、落ち着きなくペンをカチカチと鳴らす。
と、無言で教室に誰かが入ってくる。振り返るとそこには、不機嫌そうな顔をした先生がいた。おはようございます。こっそり時計を確認しながらおずおずと挨拶する。11時53分、この国ではギリギリ朝とみなされる時間だ。おはよう。色のない声が返ってくる。ため息をつきそうな勢いでさくらの隣の机に腰掛けた彼は、で、どこまでやったの?と問いかけてくる。慌ててノートを見せた。この三週間で学んだことを、できる限りシンプルに説明する。ふんふんと話を聞いた彼は、このクラスの全員が君ほど理解しているとは思えないけど、と毒づく。困って俯いたさくらに、ありがと、と声をかけ、デスクに戻っていった。たったそれだけ、たったそれだけの会話にさくらの心臓は痛いほど高鳴った。
せんせーおはよー。生き生きとした声が次々に聞こえてくる。はっと現実に戻ってきたさくらは水筒の水をひとくち飲み、頭を授業モードに切り替えた。
– – –
カーテンの隙間から差し込む太陽の光が透明な水筒にあたり、水面がわざとらしいほどきらきら輝いている。まるでさくらの心に残る衝撃の余韻を忠実に描いたようだ。すごかった。あんなに生き生きと楽しそうに授業をする先生、人生で初めて見た。話の緩急のつけ方、指一本の動きから生徒の反応まで、すべてを手中に収めて操るような彼は、先生というよりオーケストラの指揮者のようだった。いや、あの自分の見せ方を理解して動くさまは、どちらかというと舞台俳優かな。一人の人間から発せられるエネルギーとは思えないほど強力な何かに、さくらはすっかり囚われてしまった。
ぼうっと光の粒を眺めていると、さくら、聞いているの?とややとがった声がかかる。はい、先生。夢心地のままもごもごと返事をする。心配そうにさくらの顔を覗き込んで、ちゃんと寝なさいね、全く日本人は、と言いながらその英語教師はホワイトボードに戻っていった。
四限目はEALD、さくらたち第二言語話者のための英語の授業だった。多文化主義と平等主義をこれでもかとばかりに掲げるこの学校は、先住民族とLGBTQ+とSDGsがとにかく好きだ。この英語教師も例外でなく、生き生きと環境活動家の少女の国連でのスピーチについて語りだした。その話をふんふんと聞いていると、さくらの視線とやわらかな笑みが足された先生の視線がまたぶつかる。大して真面目に授業を受けていないさくらをこの教師がやたら気にかけるのは、ひとえにさくらがこの学校に二人しかいない日本人だから。来た当初こそ日本の経済的な影響力とサブカル人気に誇らしく思っていたが、同時に目につく他のアジア人との扱いの差にだんだん複雑な気持ちになってくる。真面目で謙虚、絵にかいたような日本人を演じる、さくらという日本を象徴するような名前の自分と、同郷同士でつるんでばかりの、発音しづらい名前の中国人の生徒たちの扱いの差と言ったら…彼女たちの掲げる平等主義を鼻で笑いたくなる。
そんなことを思うさくらの思考はまた、歴史の授業に引き戻されていった。ベトナム系のバックグラウンドを持つ彼が使う、ややアメリカ風な発音は力強くもなめらかで、何時間でも聞いていたいくらい。やや硬い言葉使いも、どんどんそれていく話題も、彼のとめどない情熱と莫大な知識量を物語っていた。彼が作り出した空気に酔わされていたさくらは、難民問題はそっちのけでその余韻を何度も何度も味わっていた。




