XVIII.いい人ばかり
私への感謝の式は、思いの外さらりと行われた。
王が座る玉座の前、少しだけある階段の下まで行って跪こうとしたら、アレンくんに囁かれた。
「貴女は立ちっぱなしで。背筋を伸ばして」
言われた通りにして、ただ王様と合わせて首だけで礼をする。アレンくんは跪いて首を垂れた。一連のそれに周囲のお偉いさんが憤慨する様子もないから、本当にこれでいいのだろう。
…事前に「こうさせてください」とかお願いしてたのかな。そうだとしたらごめんねアレンくん。
「DjwoWMnl ;3.*@.2.WM.dwmap、Woskamwp 32;"!"#L ] ;dr.:/aWJRNogre」
「『今回の件では多分に世話になった、何か望む褒賞はあるか』、と」
事前に大体は聞いていた。金も、領地も、爵位だって望めばもらえる。それほどの価値が、この討伐成功にはあるのだと。
私は、アレンくんに事前に訳してもらった内容を、一晩かけて練習した一文を言い放った。
『ならば、ムーティヒ殿が持つ「奇跡の船」と、新たな仲間を飢えさせないだけの報酬を』
* * *
「…思いの外あっさり認められたね」
「事前に了承されていた内容ですし」
この時代には明らかにオーパーツになる、巨大なエンジン船。ムーさんを筆頭にした道中のあれやこれやで持ち込んだこれは、『奇跡の船』と呼ばれていたらしい。契約の関係で解体して研究できないのが残念だ、と国中の研究者が泣いたらしい。
…まあ、元々私が出した船だからなぁ。手元に返ってくるのはある意味当然と言えば当然かもしれないけど、当然がいつも罷り通るわけじゃないこの世界ではありがたいことだ。
今は、それを目の前に、新しい仲間たちを待っている。
こちらが目をむくような、国家予算レベルの報酬をもらって気絶しそうになったのは記憶に新しい。仲間となった彼らは、私たちが祭典に赴いている間に買い出しに行っているらしい。今後の食糧と、装備や衣服。それと野営の際の設備や傷薬などなど。パシリみたいで申し訳ないけど、時は金なりともいうから仕方ない。
『おーい!』
それと、仲間が増えるということで、私も少しずつこの世界の言葉を勉強することにした。今回みたいな祭典に出る可能性もそうだけど、仲間とのコミュニケーションを全部アレンくんに任せるわけにもいかないから。
彼らも、アレンくんを通じて少しずつ日本語を学んでいるらしい。雰囲気があったかくて心地いい。理想的な大人だと思う。
『えっと、Wsdoarjbg、あー、長い、時間、食べられる、食べ物、買った』
『ありがとう』
まだ私が初心者なのもあって、彼らは分かりやすい単語で会話をしてくれる。お互いに探り探りで挙動も大きいけど、どうしてもな時以外はアレンくんは口を挟まない。紙袋の中を軽く見せながら、指を指して単語を連ねているから、多分それが名前なんだろうけど。
えーん難しいよー!私の護衛スパルター!甘やかしたら私のためにならないって自覚はしてるけどさー!
私が弓師の女性と頑張って情報共有を図っている隣で、スリング使いの男性がアレンくんに話しかけた。私と話している時と違って話すペースが速くて、やっぱり対応変えられてるんだなあと実感する。
「ご主人、ちょっと」
「え、なに?」
アレンくんが日本語で話しかけたのがわかったのか、目の前の弓師の女性が口をつぐむ。空気の読めるいい大人、なんでこの人たち冒険者の間で遠巻きにされてたんだろ。
「仲間内で話していたそうで。ほらあの、ご主人が前に言っていた『名前をすぐに覚えられない』問題について」
「あぁ…」
ただでさえ人の名前を覚えるのが苦手な私なのに、このパーティは文化圏が違う人間が集っているからもうお手上げなのだ。肌の色、人種、身長体重関係なく集まっている遠距離パーティー。人数も十人弱いるから余計に難しい。
「なので、色を」
「色?」
「イロ」
既に聞き覚えのある単語だったのか、弓師の彼女も頷く。そして、ほら、と言いたげに自身の腕を見せてきた。
左の二の腕に巻かれた大きな布と、両手首につけられたシンプルな腕輪。それらは全て、鮮やかな赤い色だった。
「各々のメンバーカラーを決めて、色の名前をそのまま呼び名にするんです。ご主人の言葉だとさまざまな呼び方があるでしょうから、何パターンか覚えて」
「え、」
それって、いいのかな。だって、私の負担が減る代わりにみんなの負担が…。
そう思っていたら、不安を察したのか女性がカラカラと笑って何言かを言った。
「『名前も知らないんじゃあ指示出すのにも一苦労だろう。あだ名みたいなもんさ、気にすんな』、だそうですよ。ご厚意に甘えたらどうですか?」
「ぐう…わか、った」
アレンくんは「はい」と頷いて、メンバーたちを集め出した。みんなの案が通ったのを報告して、あだ名を覚えるターンに移るのだろう。
私は的確に指示を出すアレンくんを見て、さすがだなぁ、と遠い目をするしかなかった。