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XVI.Shellker討伐④

 しばらく、穏やかな時間が続いた。

 昔の知り合いについて、美味しい酒について、美しい景色や最近の天気なんかまで。他愛のない話に花を咲かせていたからだ。

 話題が途切れればまた別の話題に切り替える。今この瞬間だけは、怪物Shellkerと一個人ではなく、ただの気のおけない友人のように見えた。


 …しかし、時間は流れる。

 昼が終われば夜になり、夜が終われば昼になる。


 ――空が、白みはじめた。


「…時間だ」


 空を見上げて、Shellkerが言う。赤い彼が、息を詰まらせた。


「…そんなこと、ないだろ。だってまだ、ほら、話だって――」

「時間だ」


 ピシャリと、Shellkerが言い切る。

 手が伸びて、彼の背中を押す。


 さあ、剣を取れと。


 無言で、そう囁く。


「――、あ、」


 赤い彼は、震えていた。足を震わせ、腕を震わせ、手を、指先を、



(…何やってるんですか、ご主人!)


 この作戦を言い出したのは貴方でしょう、

 この作戦を実行するのは貴方でしょう、

 この作戦の要は、鍵は貴方でしょう!


 もしも、この赤い彼が貴方なんだとしたら、今度こそ今回の作戦は失敗に終わる。

 もしも、貴方でないとしたら、今すぐにでも来て、Shellkerを退治してくれないと!


 辛うじて、彼は剣を引き抜いた。

 まっすぐ引き抜かれた剣は、切っ先まで錆びきっていて、抜ける時にすこし錆びた破片をこぼした。


「…は、ハッ、は……」


 でも、引き抜いただけだった。

 切ることができるように持ちかえることもなく、抜いたままの姿勢で、汗を流して震えている。


「…あの、」

「黙れ」


 口を挟もうにも、Shellkerに止められた。…これは、下手に介入したら殺されるやつだ。


 静かに待つShellkerと、剣を持って震える赤の彼。

 彼らが向き合ったまま、どれだけ過ぎただろうか。



 1分、

 5分、

 10分、

 30分、


 ――どれだけ待てども、彼はShellkerの首を斬ろうとしない。

 その錆びた刃を当てども、震える手はそこで止まってしまう。


 ああ、どれほど、待ったのだろうか。



「――そうダな、ソレがお前ノ良いところだよ」



 Shellkerが、そう言って、


 自らの頭を、複数の手で掴んで、












 ぐるん、と回った。





 ゴキン、と音がした。

 メキッ、と音がした。


 ――Shellkerは、


 彼の前で、


 俺の前で。



 自ら、その頸をねじ切った。



「――あ、」


 

 彼の声が漏れた。彼は剣を投げ捨て、Shellkerに手を当てて、必死に触れる。


「あ、あ、あぁ、待て、待ってくれ、」

「――――」


 Shellkerの身体から力が抜けて、勢いよく砂埃が立ち昇る。

 彼は必死に、Shellkerに向かって呼びかけ続けている。


 頸が綺麗に逆さまになっているんだ。致命傷なのは、間違いないはずなのに。


「お願いだ、頼む、待って、」

「――いい。いラない、カら」


 彼の目から、大きく見開かれた目から、涙が零れ落ちる。

 砂に水のしみを作ることなく、どこまでも虚しく。


「…最期に、会えた。会って、話がデきた…そレ、だけデ、」


 徐々に、彼の声が、言葉が、おかしくなっていく。

 ザラザラと、砂のような宝石になって、砕けていくShellkerの身体。そうして、誰に言うでもなく、Shellkerは…化け物は、呟いた。


「良かった…本当に、良かっタ……」


 彼が必死にかき集めようにも、無駄でしかないことだとはわかっているのだろう。

 砕けた宝石は、二度と元には戻らない。


 そうして、最後に、パキン、と軽い音を立てて。



 Shellkerの頭が、落ちた。


***


 Shellkerが死んだのを確認して、彼はフードを深く被りこんだ。

 すると、その体が小さく、肩幅が狭くなり、いつも通りのご主人の姿になる。


「ご主人!やっぱりあんただった!」

「うん。ごめんねアレンくん。無理だったや」


 目の端を赤くして、彼女は座り込んでいる。


「ああほら、目こすったら酷くなりますよ。ただでさえ砂だらけなんですから、手に砂が付いてる可能性も…」

「んー砂入った」

「言わんこっちゃない!」

「痛い」

「でしょうね!!」


 彼女の瞳を真水で洗い流して、懐深くに入れていたタオルを当てる。

 そろそろ大丈夫かとタオルを取ろうとしたら、彼女が離してくれない。ぎゅうっと顔に押し当て、俯いている。


「…アレンくん」

「はい」

「無理だったよ」

「…はい」

「…わたしじゃ所詮、偽物にしかなれなかった」

「……」

「偽物でしか、いれなかった……」


 声が震えている。

 背中を痛めてしまうのではないかと思ってしまうほどに曲げて俯くその姿は、タオルを顔に押し当てて俯くその姿は……Shellkerの、あの姿を彷彿とさせた。

 ああ、俺は彼女と違って何も知らないから。こうした推測しかできないけれども。


 ――Shellkerは、ずっと、悔いていたのだろうか?


 わからない。わからない、けれども。

 縮こまって震えるこの人を、放置する理由にはなりやしない。


「…ご主人」

「…うん」

「貴方は、Shellkerを倒しました」

「…うん」

「Shellkerは、最後に『良かった』と、そう言っていました」


 それを聞いて、彼女は顔を上げる。

 限界まで涙を溜めた瞳で、それでも表情だけ見ればなんでもないような顔で、こちらを見上げている。


「…俺から言えるのは、それだけです」


 Shellkerがご主人の騙し討ちに気づいていたのかいないのか。そんなこと、俺にも、ムーティヒさんにも関係のないこと。

 歴史は、生者が残した「事実」が紡ぐのだ。


 ゆっくりと辺りを見渡せば、一面の砂漠。

 大小様々な宝石も、やがて風で削られ、砕かれ、砂に埋もれていくだろう。


「…依頼完了、かな」

「ですね」


 俺とご主人、二人だけしかいない砂漠で。

 たった今、世界に残された『災厄』が、ひとつ消えた。

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