第九話 陛下でしたらいつでもお越し下さい
「ツチミカド、結局何人を娶ることになったのだ?」
「はい、その……十人全員を……」
思った通りだ。ツッチーも頑張ったと思うが、女たちもよく頑張ったと褒めてやりたい。
「婚礼には余も立ち会ってやろう」
「いえそんな! 私ごときの婚礼に陛下がお立ち会い下さるなど」
「何を申す。其方はよく余に仕えてくれた。七日後に執り行う故、女たちにもそのように伝えるがよかろう」
「七日後! それは少々急過ぎでは」
「余は間もなく本国に帰らねばならん。オオクボ国王陛下も婚礼にはご臨席下さる予定だ。それにもたもたして婚礼前に女たちの誰かが懐妊でもしたら何と致す」
結婚前の妊娠はあまりよく思われないのである。
「仰せの通りではございますが……今何とおっしゃいました?」
「うん? 誰かが懐妊でも……」
「その前です!」
「ああ、オオクボ国王陛下もご臨席下さる……」
「陛下! 私は確かにお二人を主と仰ぎました。ですがお立場をお考え下さい。一介の家令の婚儀に国王陛下御自らがお出になられるなど」
「其方こそ勘違い致すな。其方はもはやただの家令ではない。エンザンを治める城主となるのだ。これを見よ」
「これは?」
俺はツッチーにある物を手渡した。それは――
「金鉱石だ。エンザンで採れる」
「な、何と!」
「よいかツチミカド、エンザンは単に平和を享受出来るだけの領地ではない。今後は我が王国の財政を担う重要な土地なのだ。そこを任せるという意味が、其方なら分かるであろう?」
「陛下……」
「よき城主となり、よき領主となれツチミカド。これが余と余の義父からのはなむけである」
ツッチーはその場に跪き、深く頭を垂れて受諾の意を示した。そして七日後――
「此度の良き日、余は生涯忘れることはないであろう」
俺は壇上のメインテーブルに着席しているツッチーと、五人ずつ彼の左右に並んで座る十人の妻たちに微笑みを向けた。するとコウフ城の大広間に集まった総勢三百人あまりの列席者たちは、俺の言葉に大きな拍手で応える。彼らの最前列の中央には正妻と第二夫人に選ばれた女性の親類縁者たちが並び、その後ろは序列順だ。
当然だが彼らほとんどは平民である。平民が城の大広間に招かれることなど、よほどの功績でもない限り考えられないことだった。
「さて、お集まりの方々に紹介しよう。真ん中に座っているのがツチミカド・ユウシュンである」
オオクボ国王に紹介され、彼は立ち上がって頭を下げた。
「ツチミカドはかつて余の傍に家令として務め、今はタケダ殿に仕えておる。その彼は、この婚礼に先んじてタケダ殿より伯爵位を叙任され、エンザン城主として彼の地を治めることに相なった」
再び会場は割れんばかりの拍手に包まれた。しばらくしてそれを義父が手を振って制する。
「ささやかではあるが酒と料理を用意した。この料理は、先代のタケダ・ハルノブ国王の代より仕えし王城料理長、クリヤマ・シロウの手によるものである」
そこで皆の視線が料理に注がれる。彼らにとってはこの先二度と口にすることが出来ないであろう逸品だ。
「婚礼は何よりも出された料理が最も記憶に残ると聞く。花婿の勇姿よりも、花嫁の艶やかさよりも、だ」
会場がどっと笑いに包まれた。
「だが余は、其方たちの顔も決して忘れることはないであろう。皆グラスは行き渡ったかな? それでは、乾杯!」
「乾杯!」
こうして婚礼の儀は始まった。この中で登壇を許されているのは彼女たちの両親のみである。その両親たちはいずれも感激を隠せない様子だった。
「タケダ国王陛下、この度は娘の婚儀を盛大に催して頂き、感謝の念に堪えません」
「まさかうちの娘が……親として感激にございます!」
「ツチミカド様、どうか娘をよろしくお願い致します」
親たちは俺やオオクボ国王、それにツッチーに思い思いの言葉をかけていった。そんな彼らの思いをよそに、妻となる女たちは料理の味に目を丸くしているようだ。
「ツチミカド、そろそろ何か申せ」
「ははっ!」
両親たちの挨拶も一通り済んだ頃合いを見計らって、俺はツッチーに挨拶を命じた。
「まずは国王陛下、オオクボ陛下、私のためにこのような婚儀を開いて下さり、恐悦至極に存じます。そしてお集まりの方々、誠にありがとうございます。本日私はこのように見目麗しい妻たちを迎えられて、感激のあまり言葉もございません」
ツッチーは続ける。
「先にお聞きの通り、私は勿体ないことにエンザン城主のお役を賜りました。これよりは妻たちと力を合わせ、陛下も羨むほどのよき領地とさせて頂く所存にございます」
「ツチミカド、大きく出たな」
そこでまた会場がどっと沸く。すると正妻が手を挙げた。
「どうした?」
「ツチミカド様は愛情の籠もった手料理であれば味など二の次だと申されておりました。ですけどこんな美味しいお料理を毎日頂いていたなんて、妻として……」
「自信がないと申すか?」
「いえ! 負けないように頑張らないと、と思いました!」
さすがはツッチーが正妻にと選んだ女子である。ただ、間違いなく彼は尻に敷かれることになるだろうと思うと、おかしくて仕方がなかった。会場からも割れんばかりの拍手が送られている。
それから妻たちも両親への感謝の言葉を贈り、宴がいよいよ終盤に差し掛かった時だった。
「陛下、アズマ屋のモヘイと申す者が贈り物を届けに参ったと」
「おお、アズマ屋か。構わん、通せ」
「ははっ!」
それから衛兵に前後を挟まれて、モヘイが俺たちの前にやってきた。
「モヘイ、変わりないか?」
「はい、陛下もお変わりなく」
「うむ。して贈り物というのは?」
「当宿のご招待券にございます。ツチミカド様と奥方様、それに奥方様のご両親様も。もちろん夕餉は最高のものをご用意させて頂きます」
アズマ屋は老舗の温泉宿である。それもかなり高級で、平民の身分ではおいそれと泊まれるような宿ではない。
「ほう。それはまた奮発したな」
「ツチミカド様は当宿で奥方様をお決めになられたのです。こんなに嬉しい話はございません」
「余の分はないのか?」
「あっはっは、ご冗談を。陛下でしたらいつでもお越し下さい。最高のおもてなしをさせて頂きます」
さすがは商売人だ。オオクボ国王の言葉を難なく躱してしまったよ。そんなアズマ屋のサプライズもあって、宴は最高潮の中で幕を閉じたのだった。




