第十四話 一生遊んで暮らせるほどの報償を与えてやろう
俺がコウフ城に入ってから数日後のことである。
「キヨミが人気者に?」
「はい。平民でありながら先日陛下から直接お言葉を賜ったということで、兵士たちが盛り上がっておりまして」
そう言えばキヨミは俺から見てかなりの醜女だったので、こちらの者たちにとっては相当な美人ということもあるのだろう。加えて未亡人とは言ってもまだ二十歳をいくつか過ぎたくらいのようだから若い。夫を亡くしたばかりですぐにというわけにはいかないかも知れないが、早く立ち直って幸せになってほしいと思う。
「余と言葉を交わす程度で人気者になれるなら、毎日城下の平民女性と謁見するか」
「お戯れを申される」
言いながらマツダイラ閣下が笑い出したので、俺も釣られて笑ってしまったよ。
「ところで元々この城で働いていた者たちの処遇はどうなっている?」
「はい。皇帝の甥に仕えていたということで気位の高い者が多く、継続して働きたいと申す者はわずかでございます」
「では新たに城下から求めなければなるまいな」
大きなこの城を維持するには、それなりの人数が必要となる。ただ女性に関してはキヨミのように、戦で働き手を失って途方に暮れている者たちを雇い入れればいいだろう。問題は男手だ。
「マツダイラ、とにかく城下に布令を出して人を集めろ。戦の遺族を優遇してやれ」
「御意」
「タケダ殿、こちらであったか」
「これは義父上、お待たせして申し訳ございません」
今日は戦で寝返った元帝国の属国を治める王たちとの会見が予定されていたのである。どうやらオオクボ国王は俺を探していたようだ。本人が探さなくてもよさそうなものだが、傍らにアヤカ姫がいるのでついでに城内を散策していたのだろう。
「構わん。それにしてもこの城は男ばかりだな」
「一度戦が起これば男の数が激減しますから、本当に珍しい光景でしょうね」
「城下の女子共もこの機に兵士を射止めようと躍起になっているそうじゃぞ」
アヤカ姫は一体どこからそんなことを聞いてくるのだろう。
「女子たちは兵士を射止めたらどうするんでしょうね。彼らはいずれ元の地に帰らなければならないのに」
「そのまま男についてこの地を離れるか、逆に引き留めてここで生きていくか」
「ですが我が軍の兵士であれば、コウフで共に暮らすとしても所属替えを願い出れば済みますが、他国の者たちはさすがにそのようなわけにもいかないでしょう」
彼らは軍人なのだから、基本的に寿退役は認められていない。それはタケダだけではなく多くの国々で共通の決まりなのである。
「まあそれは後で考えるとして、ひとまず参りましょう」
そして俺たちは城の大会議室へと向かった。
「ご参集の方々、お待たせした。こちらがタケダ王国国王、タケダ・イチノジョウ殿である」
全員が起立した中で、オオクボ国王が俺を皆に紹介してくれた。こちら側の参席者は俺とオオクボ国王、アヤカ姫にマツダイラ閣下とガモウ閣下である。対して集まっているのはスルガ、トオトウミ、エッチュウ、ヒダ、ミノ、ミカワ、カガの七カ国の国王たちだった。彼らの従者は控室に休ませている。
「タケダ陛下、まずは此度の大勝利、おめでとうございます」
戦の前に使者を送って寝返りを申し出てきたスルガの国王、イマガワ・ウジチカが大仰に拍手すると、俺たち五人以外が全員それに続いた。
「うむ。皆の者、座ってくれ」
俺は皆が席に着くのを待って一呼吸置いた。それから一同の顔を見回して言葉を発する。
「我が軍への方々のご助力には感謝申し上げる。また戦で命を落とした兵たちへは悔やみを申す」
「聞けばタケダ陛下は皇帝を名乗る気はないとのことでしたな」
言ったのはトオトウミの国王、イマガワ・ウジトヨで、隣のウジチカとは兄弟だそうだ。
「いかにも。其方らを含めこれまで帝国に虐げられていた国々には今後自治に専念してもらいたい。無論納税は不要だ」
「なんと! しかしオオサカは未だ帝国の本拠地としての立場を変えておりませぬぞ」
「オウミ、イセ、エチゼンは逃げ出した帝国の残党を招き入れ、手薄となった我らに攻め込んでくるやも知れません」
これはそれら三国と国境を接するミノ王国国王、サイトウ・トシマサの言である。彼は僧階も持っているとのことで、頭は完全に剃髪されていた。
「うむ。そこでここにお集まりの方々、我がタケダと同盟を結ぶ気はないか?」
「タケダ陛下は皇帝として君臨するのではなく、我らとの同盟をお望みなのか!」
「そうだ。我が国との同盟がなれば万一の時でも其方らの国に、我らタケダ軍が援軍に駆け付けることが出来る」
「おお!」
「もちろん同盟は対等だ。開国と領民の往来の自由さえ保証されれば特に何かを納めてもらう必要もない」
そして同盟国が侵略を受けた場合には、シバタ軍やヒデカツ軍を蹴散らした最強のタケダ軍を直ちに送り込むと付け加えた。
「ただ一つ頼みがあってな」
「頼みとは何でしょう?」
「規模は小さくて構わんが、寺院を建立してもらいたいのだ」
「寺院……ですか?」
「うむ。そこで毎月一日に法要を修してほしい。子細は追って知らせる」
「はて、タケダ陛下はそのように信心深いお方なのでしょうか?」
「余もそうだが我が軍に非常に信心深い将がおってな」
「造作もないこと。我らが日夜恐れおののいていた最強のタケダ軍にお味方頂けるとあらば、寺院建立など七日と要しますまい」
サイトウ国王の言葉に、他の六人の国王たちも大きく肯いている。
「ならば各々方は……」
「同盟の話、願ってもないことにございます」
「此度の恩賞はこれで十分。兵士たちへの慰労は自国で行います!」
スルガの国王が言うと、再び六人の王たちが大きく肯く。
「いや、むしろタケダに寝返りを決めた我が軍の将には一層の報償を与えねばなるまい」
「我が国も同様だ。帝国に背いた責めは自らにあると言ったあの者、一生遊んで暮らせるほどの報償を与えてやろう」
こうしてタケダ王国は、新たに七カ国の同盟国を得たのであった。
次話から新章『帰還』です。




