第十六話 さっさと中を確かめて証文を寄こせ
「コイモ、その、だな」
「コムロですってば」
「あ、すまんすまん」
コイツわざとやってないか。
「コムロ、この金を預かっていてはくれぬか?」
「は?」
「いやなに、こんな大金持ったことがなくてな」
「国王陛下なのにですか?」
「俺は普段は金を持たないんだよ」
大金貨十枚と言えば三人家族が五年は暮らせる大金だからね。だからと言って昨日会ったばかりの俺に預けるのもどうかと思うぞ。
「お前なら善良そうだから信用出来る。それに昨夜は寒かったせいで体調もよくないんだ」
「はあ、まあそこまで言われるのでしたら私は構いませんが」
よりによって俺に金を預けるとは、ニセ陛下は間抜けではあるが運がないわけではなさそうだ。少なくともこれで死罪からだけは救ってやることが出来る。
「そうか。では暮れ六ツまで頼むぞ」
「御意」
これ一度言ってみたかったんだよね。それを聞いたニセモノは、ふらふらした足取りで女性二人を連れて部屋に戻っていった。ちょっと気の毒だから、後でシズに言って余分に掛け布団を用意させておくとしよう。
「あ、あの……」
ちょうどニセ陛下と入れ替わるように、シズが番頭のマサキチを従えてやってきた。顔を洗いに行こうと思っていたところだったが、ニセモノの次はシズか。
「どうした?」
「やはりこの宿を明け渡さなければいけないのでしょうか」
「そう言えば一つ聞きたかったのだが」
「はい?」
「この宿にはシズと番頭しかいないのか?」
「はい。父も母も労咳で三年ほど前に」
「そうだったのか。それからずっと二人で?」
「いえ、二年前までは女中さんが一人いたのですが、コウフク屋さんに引き抜かれてしまったんです」
それでもその時はすでに今のように廃れていたため、たまに客が来ても二人で何とか切り盛り出来ていたそうだ。ただ、収入がなかったせいで蓄えを使いきってからは、仕入れ業者からツケで食材を仕入れて暮らしていたらしい。
「業者さんも私たちが食べていく分だけって分かってたので、ツケを溜めても大目に見てくれていたんです」
ところが客、つまり俺たちが来たからと言った時、いきなりこれまでのツケを清算しないと食材は卸せないと言われたそうだ。
「でもマサキチさんの話だと皆さんは何故か苦しそうな顔をされていたそうで……」
「苦しそうな顔?」
「はい。それでご隠居様がお金を渡して下さったのでツケを払わせて頂いたのですが、そうしたらあれも持っていけ、これも持っていけとどっさりオマケしてくれて……」
「もしかしたら何者かにそうしろと脅されていたのかも知れないな」
それでもツケさえ清算されれば食材を卸さない理由はなくなる。きっと業者たちも、心の中では健気にがんばるハチマン屋を応援していたのだろう。
「誰がそんなことを……」
「心当たりはないのか?」
「ありません。だってうちはほとんどお客様も来ないし、毎日食べていくだけで精一杯だったのですから」
「ところでシズ」
「はい?」
「お前はこのハチマン屋が好きか?」
「も、もちろんです! 出来れば昔のようにたくさんのお客様にうちの自慢のお風呂を楽しんで頂きたいです!」
「そうか。それを聞いて安心した。実はこの宿を立て直す策を思いついたのでな」
俺はシズの耳元にその秘策を囁いた。それを聞いた彼女は少々戸惑ったようである。
「そのようなことで、本当にお客様に来て頂けるのでしょうか」
「任せておけ。お前にはこの国で最強の味方がついたのだ。大船に乗った気分に浸っても構わないぞ」
俺がそう言うと、シズはキョトンとしながらも可愛らしい笑顔を向けてくれた。
暮れ六ツ、オカメ一家のトラゾウ親分が手下二人を連れてハチマン屋にやってきた。それに合わせてニセ国王も起きてきたが、朝と比べて顔色もよくなっていたので、オガサワラ王が渡した薬が効いたのだろう。
「ハチマン屋さんよ、金は用意出来ているんだろうな」
「そ、それは……」
先に応対に出たシズと番頭のマサキチがしどろもどろになっている。二人には金があることを言ってなかったので、困惑しながら目を伏せて辛そうにしていた。
「コモノ、朝預けたものはあるだろうな」
「コムロですってば。はい、どうぞ」
俺はそう言って預かっていた金を革袋ごとニセモノに手渡した。それはそうとお前にだけは小者とか言われたくないよ。やっぱり首を刎ねてやろうか。だいたい最初の一文字しか合ってないじゃないか。
「トラゾウと言ったな。ほら、金はこの通り用意した。さっさと中を確かめて証文を寄こせ」
「こ、国王様!」
トラゾウの目の前に金の入った革袋を放り投げたニセモノを見て、シズとマサキチは驚いた顔をしている。だがそんな二人に目もくれず、トラゾウは革袋を拾って口を広げて中を見た。
「確かに大金貨十枚あるようですな」
「なら早く証文を返せ」
「馬鹿言っちゃいけませんぜ国王様。返してもらったのは元金だけだ。借金には利息ってもんが付くんでさ」
やはりそうきたか。まあこれは想定の範囲内だ。俺はそう思いながらオガサワラ王の方に目を向け、互いに軽く頷き合うのだった。




