第六話 余も同行してよいかな
本日はこの後夜まで会議の連続なので、今のうちに更新しておきます。
「シナノが離反だと!」
オオサカの城でイサワを取られ、シナノ王国がタケダ王国と同盟を結んだとの報告を聞き、キノシタ皇帝は怒りを隠せないでいた。イサワの調略に失敗した二人の使節はその場で斬り捨てた。しかし事はそれだけに収まらず、属国の離反にまで及んだのである。戦を仕掛けるように仕向けたのに、逆にタケダは戦をせずに領地どころか属国までもぎ取っていったのだ。完全なる敗北であった。
「シナノを成敗なさいますか?」
「愚か者! この動きの早さはタケダの若僧に仕組まれたものだ。我らがシナノに攻め込むことくらい予測しているだろう。行けば間違いなくタケダの反撃に遭うぞ」
そして帝国といえども、敵対国でもないのに三度戦を仕掛けたとなれば、勝っても負けても諸国から反感を買うのは免れない。
何かないものか。キノシタは焦っていた。このままではシナノに続いて次々と離反を考える国が増えていくのが目に見えている。幸いにしてコウフはイサワと同じ直轄領だが、城もあるし領主も甥のキノシタ・ヒデカツを置いてあるからマエダの轍を踏むことはない。
「で、ではコウフに集めた兵はいかがなさいますか?」
「シナノとの国境に置け。ただし戦を仕掛けてはならん。そうヒデカツに伝えるのだ」
「御意」
国境に兵を集めれば、シナノ王国も警戒せざるを得なくなる。当然タケダにしても、同盟国の危機となれば援軍を差し向ける必要があるはずだ。そこで小競り合いでも起きれば、あるいは戦に発展する可能性もある。ただしその時は、シナノまたはタケダに非があるように見せかけなければならない。
「タケダの若僧め、この借りは倍、いやそれ以上にして返してやるから覚悟しておけ!」
「イサワに支城の築城でございますか?」
「うむ。人員は例の捕虜から補えぬか?」
「はあ、まあ人手は余っているほどにございますので問題はないかと」
「ならば急ぎ人選と資材の調達にかかってくれ」
「御意」
俺は会議室でトリイ侯爵にそう命じると、数日後には帰国する予定のオガサワラ国王とサエキに向き直った。この部屋には他にユキたんとミノリ姫がいる。
「イサワに城を建てるか」
「余はその城主にサエキ殿を、と考えているがいかがかな、オガサワラ殿」
「わ、私が城主!」
「帝国に所領安堵を指し示した手前もあるのでな。無論あそこは我が王国の直轄領となるから、事実上は雇われ城主ということになる」
「そのお役、陛下がお許し下さるのなら是非!」
サエキはシナノの者なので、最終的な判断はオガサワラ国王の許可があればということになる。
「サエキは我が王国に必要な人材。されど其方に今回の任務を任せた時から、余は死地に追いやったものと慚愧に堪えぬ」
「そんな、もったいない……陛下!」
「其方が望むなら好きにするがよかろう。無論それでも其方は我がシナノの民だ。困ったことがあればいつでも余を頼るがよい」
「陛下……」
「必要な人員はサエキ殿が信頼出来る者を集めてくれ。足りなければこちらからも出そう」
「何から何まで……」
「それだけサエキ殿の功績は大きいということだ。いずれ支城が完成したらイヌカイかマエダをイサワに向かわせる。だがそれでも城主はサエキ殿だ。イサワのこと、頼んだぞ」
「はっ! 身命を賭しまして!」
サエキは目を赤くしながらも、強い意志をその奥に宿していた。領地運営はまず領民から信頼を得るところから始まる。そのために必要なことは、これまで俺が学んだことを惜しみなく伝えていこうと思う。
「そうです陛下」
「うん?」
ユキたんが何かを思いついたように手を打って俺に問いかけてきた。
「どうした?」
「明日、サエキ殿に城下を案内されてはいかがでしょう?」
「城下を?」
「はい。いつものあれです」
「おお! 娘から聞きましたぞ! 何でもタケダ殿は忍びで城下を回られるとか」
「領民の暮らしぶりを知るには領民となって町に出るのが一番なのです」
「そ、それならば是非!」
「タケダ殿、余も同行してよいかな」
「なら私も!」
「待て待て、サエキ殿はいいとしてオガサワラ殿にミノリ殿まで。護衛はどうする?」
「陛下の護衛は私めが」
ここでサエキが言っている陛下とは、オガサワラ国王のことである。
「私は先日お供させていただきましたし、今回はアカネ殿とスズネ殿でいかがでしょう?」
「あ、アカネ妃殿下の剣術が見られるのですね!」
「ミノリ殿、そう毎度毎度あのようなことがあるとは限らんし、あっては困るぞ」
そうは言ったものの、この雰囲気では三人を城下に連れ出さないわけにはいかないようだ。俺は身分を隠すことと、無礼討ちは余程のことがない限りしないこと。その他細かい指示を伝えて、オガサワラ王とサエキ、それにミノリ姫を連れて城下を散策することにしたのだった。




