第五話 姫を余にくれるか
「よくぞ参られた。サエキ・タツオキと配下の者たち、面を上げよ」
サエキの部隊約三十名は、俺に呼ばれてイサワの砦からこのエンザン城を訪れていた。
「タケダ・イチノジョウ国王陛下、お召しにより参上つかまつりました」
「タツオキ? タツオキなのですか?」
「み、ミノリ王女殿下!」
謁見に同席していたミノリ姫が嬉しそうに声を上げる。彼女はシナノからの客人がくると知って同席を願い出たので許可したのだが、どうやらこのサエキとは顔見知りのようだ。
「どうした二人とも」
「陛下、タツオキは私が幼い頃から傍に仕えていたのです。誰よりも私のことを気遣ってくれておりました」
「そうか、ならば積もる話もあるだろう。だがそれは後で時間をやるからその時にしてくれ」
今はまず作戦を成功に導いたサエキたちを讃えてやらねばならない。
「此度の働き、大儀であった。まずは余から褒美を取らす」
「こ、これは!」
「其方はシナノの民故な、このような物しかやれなくて済まぬ」
俺の合図で衛兵が彼ら一人一人に拳大ほどの小さな革袋を手渡していく。その中にはそれぞれ大金貨二枚が収められていた。いわゆる報奨金である。
「なお不幸にして命を落とした者にはこれだ。其方から家族に渡してやってくれ。悲しみがこの程度の金で癒えるとは思わんが、せめてもの余の悔やみだと伝えてくれぬか」
そちらの方には大金貨を十枚入れてある。
「も、もったいないお言葉! 必ず、必ずやお伝えさせて頂きます!」
「明日にはオガサワラ国王もこの城に到着するだろう。夜は其方らの働きに対する慰労と、亡き者たちへの弔いとして宴を開く。それまでこの城でゆっくり休むとよい」
「陛下、私もその宴に……」
「当然だ。余も其方の父君と挨拶を交わさねばならんしな」
「陛下……!」
ミノリ姫は真っ赤になりながらも嬉しそうに微笑んで、俺の瞳を見つめ続けていた。
「皆の者、聞けぃ!」
大広間に集まっていたのはサエキ率いるシナノの兵士たちと、マツダイラ閣下率いる王国の騎兵隊員、それから俺と妻たちにオガサワラ国王とミノリ姫である。もちろんミノリ姫の侍女サナエや国王を護衛してきた者たちもいる。
「此度はそこのシナノの精鋭たちの働きにより、無事イサワを帝国からもぎ取ることが出来た。だがその奥には、幾人かの尊い犠牲が払われている。まずはその者たちに黙祷を捧げたい」
「黙祷!」
マツダイラ閣下の掛け声で、その場にいた全員が頭を垂れて瞳を閉じた。黙祷は一分間ほど続く。
「では皆に紹介しよう。こちらがシナノ王国国王、オガサワラ・トキナガ殿である」
「此度我が王国は、無情にして無法のキノシタ帝国ときっぱり縁を切り、このタケダ王国と同盟を結ぶことと相成った。イサワの地を介し、シナノと貴国タケダは地続きとなる。これからは互いに親交を深め、共に栄華を極めようぞ!」
「乾杯!」
宴が始まった。無論出された料理にはあのツネの畑で獲れた野菜も使われている。肉も魚も、これだけの人数の胃袋を十分に満たせるほどの量が用意されていた。余談だが今回の宴の特需で、城下もかなり潤ったようである。
「これは……美味い!」
「これほど美味い料理が出されるとは!」
「タケダ恐るべし!」
シナノから来た者たちも予想以上の料理の味に驚いているようだ。皆目の色を変えて次から次へとそれらを口に運んでいる。壇上で俺の隣に座っているオガサワラ国王も、この時ばかりは夢中になって料理を楽しんでいた。
「さて、皆食いながらで構わんので聞いてくれ」
宴が始まってからしばらくして、俺は立ち上がって会場を見回しながら言った。さすがに構わないと言われても、皆そこで手を止める。
「客人として迎えていたそこのミノリ姫だが、此度我が妻として迎えることと相成った」
一瞬の静寂の後、会場が大歓声に包まれた。時はその数時間前に遡る。
「オガサワラ殿、此度のご尽力には心より感謝申し上げる」
シナノから到着して早々、俺はオガサワラ国王を会議室に招いていた。同席しているのはユキたんとミノリ姫のみである。
「タケダ殿、これより後は互いに手を取り合い、両国の繁栄を目指しましょうぞ」
「うむ。ところで貴国より預かっているそこのミノリ姫のことだが」
「何か問題でもございましたか?」
「いや、そうではない。実は当初の話とは状況が変わってな、姫を余の妻に迎えたいのだ」
「な、何と! それは真のことにございますか!」
シナノの王はそう言ってから、真っ赤になって嬉しそうにしている娘を見て、安堵の表情を浮かべていた。
「どうやら娘も喜んでいるようですな」
「も、もう! 父上!」
「タケダ殿は政治とは関係なく、娘を娶って下さるということですか?」
「無論だ。オガサワラ殿、姫を余にくれるか」
「元より、初めはこちらから願い出たこと。異存はございません」
「父上! 父上、私は……私は幸せです!」
「これでようやくお前の守役のサナエも、嫁に行けるというものだな」
豪快に笑い声を上げるオガサワラ王の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「タケダ殿、どうか娘をよろしくお願い致します」
そして翌日、タケダ、シナノ両国は、滞りなく同盟の調印式を済ませたのだった。




