第十六話 先生方は全員あの世に旅立ったようだぞ
番屋に入るのは初めてだった。俺たちが連れていかれたのは番屋の中でも、留置場の設備がある比較的大きな大番屋である。しかし俺は牢もない留置場の実態に驚かずにはいられなかった。
何故なら皆天井から吊り下がった縄で後ろ手に縛られているのだが、嵌められた枷のせいで座るに座れず立つに立てずという有様なのである。しかもそのほとんどが女だ。
「信じて下さい! 私ではありません!」
縛られている者たちは口々にそんなことを叫んでいるが、書役と見られる者は全く耳を傾けようとはしなかった。
「おい、彼女たちは何をやったんだ?」
「色々だ。早く吐いちまえば楽になれるのによ、やってねえって言い張るからあのざまなのさ」
「あれでは拷問ではないか。しかも女ばかり。まさか丸一日あのままというわけではないだろうな」
「男は戦に行ったっきり帰ってこねえからな。でもってアイツらは重罪を犯した。人殺しや火付けが主だ。そんな奴らに慈悲なんか必要ねえだろ」
見たところ吊されているのは十人前後といったところだろうか。若い女がほとんどたが中には老婆もいる。それにそもそもこれだけの女が人殺しや火付けをするとは到底思えない。
「旦那は吊すには及ばねえから安心しな。何たって自分からギスケ殺しを白状してるからな。妻だっていう姉さん共々しばらくここにいてもらうことにはなるが」
「俺をこの番屋に繋いでおくということか?」
「貴族様のようだしな。奥の座敷牢に寝泊まりしてもらうぜ」
ケンシロウはそう言って笑うと、一緒に連れてきた少年の方に歩み寄る。だがそれに気づいたウイちゃんがすっと前に立ちはだかると、今度はその場で足を止めてふっと鼻で笑った。
「悪いがそのガキはこっちに引き渡してもらうぜ。借金を踏み倒したらガキだろうと島流しは免れねえからな」
「一ついいか?」
「何だい旦那?」
「何故お前がこの少年の借金のことを知っているんだ?」
「あ? 決まってんじゃねえか。旦那が殺させたギスケたちはそのことでガキを捕まえに行ってたんだからよ」
「それを何故知っているのかと聞いているんだ。ギスケとかいうあの一味が少年を捕らえて番屋に突き出す前に俺たちが駆けつけたんだぞ」
「な、何を今さら。そんなもん前もって聞かされていたからに決まって……」
よし、うまいこと揚げ足をとることが出来たぞ。それにお陰で少年を奴隷商に売ることに、ケンシロウが一枚噛んでいるのは明白となったわけだ。
「前もって知っていたなら何故目明かしであるお前が少年を捕らえに行かなかったのだ?」
「そ、それは……」
「見たところあの者たちは目明かしではなかったようだが、一介の平民に捕縛を指示することは認められていなかったと思うぞ」
「だ、だから俺があの場に居合わせたんじゃねえか」
「女たち、辛いだろうが正直に話せ! 話せば助けてやれるかも知れん! この者たちに辱めを受けたことはあるか?」
そこで俺は留置場に吊されている女たちに声をかけた。
「なっ! そ、そんなことあるわけが……」
「ま、毎日です!」
「毎日昼夜問わずです!」
「ユキ!」
「はい!」
間髪を入れない俺の一声でユキたんは刀を抜き、一瞬で留置場に駆け上がると彼女たちを苦しめていた枷を破壊し、縛りつけていた縄を切る。
「さあ、この上に!」
そして立て掛けてあった戸板を敷き、尖ったギザギザの床の痛みからの解放に成功していた。
「だ、旦那、何をしているのか分かってるのか!」
「貴様はもう終わりだ」
あまりの突然の出来事に、ケンシロウは戸惑いを隠せないでいた。しかしその手にはすでに脇差しが握られ切っ先を俺の方に向けている。
「せ、先生!」
「どうなすった!」
彼の大声で裏手からどう見ても破落戸にしか見えない数人の用心棒が飛び出してきた。そして彼らはこの状況を見てすぐさま刀を抜く。ところで貴族ではないこの者たちには当然帯刀は許されていない。つまりこれは完全な違法行為である。
「ひ、ヒコザさん?」
「ミノリ、すまんが少年を頼むぞ。ウイ、マツダイラを!」
「すでにこちらに向かっておりますわ」
さすがウイちゃんだ。こうなることを見越して渡りを付けていてくれたというわけである。
「ケンシロウと申したな。たとえ許可された拷問でも、女を辱めることは法によって固く禁じられているはずだぞ! 目明かしのお前が知らないはずはないな!」
「う、うるせえ! 先生方、構わねえからコイツらを斬って下さい!」
「そういうことだ。悪く思うなよ。行くぞ!」
一人の用心棒の掛け声で彼らが俺を取り囲む。仕方ない。ここは一応ミノリ姫の手前もあるし刀だけは抜いておくか。ところがそう思った俺が腰の柄に手をかける前に、まず正面の男の首が飛んだ。そしてわずか一呼吸の間に、全ての用心棒が首から血を噴き出していたのである。開けた視界の向こうでは、ユキたんが刀を振って血糊をはじいていた。
「先生方は全員あの世に旅立ったようだぞ」
「そ、そんな……」
その時、番屋の戸が荒々しく開き、革鎧に身を包んだマツダイラ閣下が現れた。
「陛下! 妃殿下もご無事で!」
「へ、へい……か?」
「控えよ! 貴様このお方をどなたと心得ておる! このお方こそ我がタケダ王国国王、タケダ・イチノジョウ陛下その人であるぞ!」
マツダイラ閣下はそう叫ぶと、ケンシロウの顔面に拳をめり込ませていた。どうでもいいけどめちゃくちゃ痛そうだ。
「陛下に対する無礼は許さぬ!」
「お待ちなさい!」
流れるように刀を抜いてケンシロウの首を刎ねようとした閣下を、いきなりユキたんが厳しい声で止めた。どうしたというのだろう。
しかしこの後の彼女の言葉で、俺もマツダイラ閣下も背筋が凍りつくほどの恐怖を感じるのだった。
次話には少々残酷なシーンがあります。
苦手な方はご注意下さい。




