第三話 まるで雲の上を進んでいるみたいに!
「こ、国王陛下とはつゆ知らず数々のご無礼、どうかお許し下さい!」
俺とウイちゃんが馬車に乗り込んだ瞬間、キヘイジとモモコはキャビンで土下座の姿勢で床に額を擦りつけていた。馬車はすでに動き出しているので、振動で頭を打つ形になってしまっている。
「よい。二人とも面を上げよ。これからエンザンまでの道中、よろしく頼むぞ」
「モモコさん、楽しみにしていた馬車の旅なのですから、存分に満喫して下さいね」
「は、はい……」
「何だ、緊張せんでもいいぞ」
「で、ですがこんな豪華な馬車とは思っておりませんでしたので……」
「普通の幌馬車を想像していたか?」
「はい……」
「なら荷馬車の方に移っても構わんぞ」
あっちは幌馬車だからね。
「い、いえ! こちらがいいです!」
モモコの勢い余ったこの言葉に、皆大笑いだった。
「次の休憩地で余とウイはあちらの馬車に戻る。その後は父娘水入らずで旅を楽しむがよかろう」
「私たちがいては何かと窮屈でしょう」
「そ、そんな王妃様、窮屈だなんて……」
「嫌でも三日、雨が降ればさらにその分到着も遅れる。それまでは旅の友だ。気兼ねせず、何かあれば何なりと申すがよいぞ」
「本当に何から何まで、陛下や妃殿下には何とお礼を申し上げればよいのか」
「一日も早くモモコの労咳を快癒させることだ。それが何よりの礼となる。病が治るまで温泉地に住むのに温泉に入れないのは難儀だろうがモモコよ、しっかりと養生するのだぞ」
「え? 私は温泉に入れないのですか?」
「そう聞いている。しかし余は専門家ではないからな。正しくは医師に従ってくれ」
「そうですか……」
「まあ、それもこれもモモコさんの病気が治れば問題ないことですわ」
「そ、そうですよね! よーし、頑張って早く治すぞぉ! あ、す、すみません」
「構わん」
俺もウイちゃんも、彼女の姿に思わず吹き出してしまっていた。
それから俺たち一行は雨に降られることもなく、予定通り出発して三日目の午後にはエンザン入りしていた。本来なら最初に訪れるべきはトリイ侯爵の城だが、そうすると必ず長い時間拘束される。そこで一刻も早くキヘイジとモモコをツネの集落に送り届けたかった俺は、侯爵に会うのを後回しにして馬車を集落へと向かわせたのだった。
「久しいな、ツネよ」
「国王様、こったら遠いとこまで来て頂けて、ほんっにありがたいこっです」
「皆も元気にしておったか」
馬車が集落に到着した時、衛兵を除く住民全てが笑顔で俺たちを出迎えてくれた。それにしても前回会った者たちも含め、皆生き生きとした表情である。
「国王様のお陰でえんらく生活が楽になりまして」
「それほどすぐに楽にはならんだろう」
「とんでもねえですだ。王国が野菜さ買ってくれたお陰で米や肉、それにここいらじゃ高くてなかなか手に入らねえ魚まで買えるようになったんだす」
今回荷馬車で持ち帰る分の野菜の代金は、前払いとして集落に送り届けていたのである。
「あんなに高い値で買って頂けるなんて、畑仕事にやり甲斐まで感じているんですよ」
言ったのは確かおユラと呼ばれていた女性である。隣に立って嬉しそうに何度も首を縦に振っているのが亭主なのだろう。
「おまけにここを護って下さってる兵隊さんも、時々見たこともねえ甘い菓子を分けて下さるし。おらたちみーんな、国王様に感謝してもしきれねえくらいだす」
「そうか、それはよかったな」
その衛兵にも何か良い物を贈ってやることにしよう。
「ところでこの者たち二人が手紙で伝えたキヘイジとモモコだ」
「キヘイジと申します。これは娘のモモコです」
「モモコと申します。よろしくお願いします」
俺が二人を紹介すると、キヘイジとモモコは一歩前に出てツネに頭を下げた。
「そっかそっか、なーんもねえとこだけんど空気はうめえし水もきれいだ。モモコさん、ゆっくり養生なさって早く元気になるんじゃぞ」
「お野菜もとっても美味しいのよ!」
おユラがそう言って二人に笑顔を向ける。それに応えるようにモモコも満面の笑みを浮かべていた。
「キヘイジさん、家はあれを使ってくんろ」
「え? あれですか?」
ツネが指差した先にあった建物は、見た目こそ古めかしかったが茅葺き屋根の立派な造りだった。父娘二人で住むには少々大きすぎる気もするが、集落総出で手を入れてきれいにしておいてくれたらしい。
「空いてる家は他にもあっけど、あんれが一番使い勝手がいいんだ」
「冬は暖かくて夏は涼しいんですよ」
「素敵!」
恐縮しきりのキヘイジと違い、モモコは瞳をキラキラと輝かせている。彼女は順応性も高いようだ。連れてきてよかったよ。
「ではそろそろ余はトリイの城に行ってくる。すまぬがツネ、明日の昼までで構わぬから荷馬車に野菜を詰め込んでおいてもらえるか」
「分かりましただ、国王様」
「一台の馬車は明日までここに置いておくから集落を見て回るのに使ってもよいぞ。皆も乗ってみたければ乗って構わん」
「ほ、本当ですか!」
「王家専用の馬車だ。そうそう乗る機会もないだろうからな」
「すっごく乗り心地がいいんですよ。まるで雲の上を進んでいるみたいに!」
モモコが二泊三日を過ごした馬車のことを、そんな風に皆に説明していた。まあ、普通の人は王家専用の馬車なんて一生乗ることが出来ないだろうからね。娯楽が全くないと言っていいこの集落への贈り物としては悪くないだろう。
そうして俺たちは残りの一台の馬車に乗り込み、集落を後にしたのだった。




