第十二話 マエダ殿と昵懇の仲だとか
「皇帝は何と言ってきた?」
「それが陛下……」
あの戦から数日後、皇帝から一通の書簡が届いた。ところがその内容を先に読んだツッチーが、俺への報告を躊躇っているのである。
「いいから読んで聞かせろ」
「陛下、あの、気を鎮めてお聞き下さい」
「分かっている」
「ムライ討伐、大儀」
「それから?」
「それだけです……」
「はぁ?」
俺は椅子を蹴って立ち上がった。皇帝キノシタは義弟の仕掛けた戦に対し、謝罪の一言すら寄こさなかったのである。それどころか俺が送った書簡はまるで無視ときたもんだ。これが怒らずにいられるか。
「舐め腐った真似を……」
「陛下、ですからどうかお気を鎮めて下さい」
「余は冷静だ! ツチミカド、イサワを攻めるぞ! 義父上、義父上はおられますか?」
「婿殿、珍しく騒々しいではないか」
今、執務室にいるのは俺とツッチーの二人だけだ。遠慮なくアザイ王を呼び出すことが出来る。ツッチーの顔が青くなっているが構うものか。
「義父上、今こそお力を……」
「まあ、待つのだ。イサワごとき、一刻もあれば落とせる」
そこで義父は俺の両肩を掴んで微笑んだ。すると不思議なことに、頭に上っていた血の気がすっと引いていくように感じられたのである。
「婿殿、よく考えるのだ。これこそが皇帝の計略ではないのか?」
「計略……ですか?」
「今この時点では明らかに非は帝国にある。しかしイサワを攻めればこちらが戦の仕掛け人となるのだぞ」
「ですが初めに仕掛けてきたのはあちら……」
そこで俺はムライが攻め込んでくる直前に、皇帝が送ってきた書簡のことを思い出したのである。あれには義弟を断罪すると記されていた。つまり戦は帝国の意思ではないという、屁理屈のような理屈が通ってしまうのである。
「なるほど、そういうことですか」
「読めたか?」
「ええ」
これであの戦の本当の仕掛け人が、ムライではなく皇帝であることが動かぬ事実となった。彼はまず邪魔な義弟をけしかけてタケダ軍に討たせ、横柄な物言いでこちらの感情を逆撫でして戦を仕掛けさせようとしているのである。そうなれば帝国がタケダに対し挙兵する大義名分が得られるという筋書きだ。
「何というしたたかさ」
これにはツッチーも舌を巻いたようである。
「ツチミカド、緊急会議だ。妻たちとマツダイラを集めてくれ」
「ぎょ、御意に!」
ツッチーはよほどアザイ王が怖かったのか、文字通り疾風の早さで執務室を飛び出していく。それから間もなく場所を会議室に移し、今後の対応について話し合いが始まった。
「では陛下は此度の帝国の所業に対し、報復はなさらないと仰せなのですか?」
皇帝からの書簡の内容を聞かされたマツダイラ閣下は、憮然とした表情を隠そうとしなかった。
「報復をしないのではない。だが兵を挙げては帝国の思う壺だと言っているのだ」
「どうなされるおつもりで?」
「皇帝に恥をかかせてやろうではないか」
「皇帝に恥を? 一体どうやってですか?」
アカネさんが不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。他の妻たちもだいたい同じような感じだったが、アヤカ姫だけは違った。
「なるほどのう。下手に兵力で攻め込むより、その方が効果的かも知れん」
「どういうことですか?」
「簡単なことじゃ。此度のムライの件を帝国内に流布してやるのよ。それも少々尾ひれをつけての。そうじゃな、陛下」
さすがはアヤカ姫だ。俺が考えていることをピタリと言い当ててくれた。
「うむ。まずは八千の帝国軍が、我が国境守護軍にほとんど損害を与えることが出来ずに全滅したと喧伝する。これは事実だからな」
そしてここからが重要なのである。帝国軍は皇帝の義弟、ムライ・キチベエ公爵率いる精鋭部隊であったこと。また戦の陰の仕掛け人は皇帝本人であったことを流布する。帝国が戦争を始めるのだから、皇帝の号令は一見すると至極当然のように思える。しかしその相手国と開国、交流があるとなれば話は大きく変わってくるのだ。
「そこに皇帝の陰謀として、実はムライは死地に追いやられたのだという噂を流すのだ」
「ですが民衆は信じるでしょうか」
「それにはこれが役に立つ」
俺は皇帝の花押が書かれた例の書簡を皆の前に出して見せた。皇帝は予めタケダに義弟の挙兵を漏らし、討伐を命じていたとすれば民衆にも理解可能なように辻褄が合う。それに噂を流すだけなので、書簡は存在を匂わせるだけで十分なのだ。
「そう言えばイヌカイ閣下は国境守護のマエダ殿と昵懇の仲だとか」
「それは余も聞いている。マエダにはこの書簡を見せてやって、揺さぶりをかけてみるのも面白いかも知れんな」
「万に一つの可能性とはいえ、それでマエダ殿が領地ごと転がり込んでくれば、さすがに帝国も焦るでしょう」
確かに可能性としてはほとんど期待出来ないが、そうなったらキノシタの怒り狂う姿が目に浮かぶ。そこまでいかなくても、今回のことで領民や貴族たちからの信望は地に落ちるだろう。皇帝として胡座をかいていられるのも今のうちだけだ。そう思うと俺は思わずほくそ笑まずにはいられなかった。




