第三話 俺っちじゃそんなこと思いもつかねえや
クリヤマが到着した時、すでに一膳飯屋は大混雑となっていた。国王が墨付きを与えたという噂は瞬く間に広がり、その料理を一口食べようと客が押し寄せてきていたのである。
「亭主、あのお墨付きの料理をくれ」
「申し訳ございません。あれはもう材料の野菜がなくなってしまいまして」
こんなやり取りで亭主はあちこちに頭を下げている。
「だったら仕入れてこいよ。わざわざ来たんだ。食わせるまで帰らないぞ!」
「そうだそうだ!」
この小さい店は今まであの亭主が一人で切り盛りしていたのだろうが、これほどの客が押し寄せることは今までなかったと思われる。それは対応にてんてこ舞いしているところから見て一目で分かる。しかし客も客だ。材料がないと言っているのに仕入れてこいとは、何とも横柄だと言わざるを得ない。
「やいやいてめえら! 亭主を困らせるんじゃねえ! 材料がねえってんだから他の物頼むか、そうじゃなきゃ帰んな」
「何だよシュウサク、目明かしになったからって偉そうな口叩くんじゃねえぞ!」
「おいおい、口の利き方に気をつけろってんだ。おいらは国王様からじょ、じょい……じょなん……」
「叙任だな」
クリヤマは見るに見かねて彼らの間に割って入った。噂には聞いたことがあるが、本当にあの国王は城下を出歩いているようだ。
「そ、そう、それだ! って、アンタは?」
「城からの遣いだ。亭主、材料ならその馬車にある物を使え。陛下からの賜り物だ」
彼の言葉を聞いて集まった者たちが一気に沸き立つ。
「シュウサクなんてどうでもいいや。亭主、材料があるなら料理の方は出来るな!」
「は、はい。ですが本当によろしいのですか?」
「受け取らない方が失礼に当たるぞ。それより亭主、俺も料理なら出来る。手伝おう」
「そんな、お城の方にお手伝い頂くなど」
そこでクリヤマは自分が来た理由を話した。
「そういうことでしたか。王妃様にそこまでお気に召して頂けたとは。よろしいですとも。お教え致しましょう」
まさかクリヤマが城の総料理長であることなど知る由もない亭主は、嬉しそうに煮込み料理の手解きを快諾する。クリヤマはそこで何となく、国王がこの者に墨付きを与えたわけが分かったような気がしていた。
美味い料理を作るのに丁寧な下処理は必要不可欠である。しかしそれは同時に大変な手間もかかるのだ。だがこの亭主は時間を厭うことなくこれらを熟していた。
しばらくすると墨付きを与えられた野菜の煮込み料理が出来上がり、クリヤマは味見を兼ねて試食させてもらう。そこで彼は更なる料理の奥深さを思い知らされた。
「なるほど、これは王妃殿下もお気に召されるはずだ」
「ありがとうございます」
「店の客たちにも早く出してやろうではないか」
いくつかの皿に料理を盛り付け、クリヤマは亭主と共に配膳に向かう。その時彼が驚かされたのは、さっきまで大騒ぎしていた客が、きちんと席について大人しくしていることだった。そしてあぶれた者も一列になって順番がくるのを待っている。
「いいか、料理を食ったら次の人に席を譲るんだ。一人一膳、おかわりは禁止だ」
あの混乱を収めていたのはシュウサク、国王がこの場で叙任したという若者だった。厨房を手伝っているサナとリツも仕事を次々と熟していきいきと働いている。国王の人を見る目というのがこれほどなのか、とクリヤマは感心せずにはいられなかった。
「亭主、店の方は任せるぞ。俺は次の仕込みに入る」
「は、はい! ありがとうございます」
その後、馬車で持ち込んだ野菜も早々に使い切られ、残念だがせっかく並んでいた客の中にも料理にありつけない者が多くいた。しかしあの量を毎日城から持ち込むのは不可能である。
「亭主、紙と筆はあるか?」
「はい、ただ今」
亭主がクリヤマに言われた通りに紙と筆を持ってくると、彼はちょうどいい大きさの板きれに紙を乗せてシュウサクに渡す。
「シュウサク、この紙に今並んでいる者の名を順番に上から書いてこい」
「順番に、ですか?」
「そうだ。それを書いたらまだ帰るなと伝えろ。明日煮込み料理を食いたければな」
「なるほど! 今日並んでいいたことが無駄にならないってわけですね」
「そうだ。それに時間を区切って来させれば、無用な混雑もなくて済む」
「すげえ! さすがお城のお方だ。俺っちじゃそんなこと思いもつかねえや」
彼はそう言うと、飛び跳ねるように客たちの列に向かった。野菜の煮込み料理は当分予約制となってしまうが、争いを起こさないようにするためにはこの方法が最適だろう。
その後亭主は仕事にあぶれていた者を数名雇い入れ、行列の出来る一膳飯屋は新たなスタートを切るのだった。




