第十七話 人数はどのくらいだ?
「はるばる帝国からやってきたのに、タケダの国王は会わぬと申すでおじゃるか!」
城の応接室に通されたムライ公爵は、約束の刻限どころかその日にさえ間に合わず、翌日のこのことやってきて怒鳴り声を上げていた。
「陛下はご公務多忙にございます。どうぞお引き取り下さい」
「我は帝国の公爵なるぞ! いいからここへ国王を呼ぶでおじゃる!」
「そう申されましても……」
他国とはいえ相手は高位の公爵である。応対していた衛兵も対応に困り果てていた。ところで俺は今その応接室を隣の部屋から覗いている。つまり公務多忙というのは真っ赤な嘘なのだ。しかしだからといってこの礼儀知らずな公爵に会ってやる気なんて全くないけどね。そもそも国王を呼びつけようとするなど、無礼討ちしてもいいくらいだと思う。
「我は皇帝陛下の使者として参っておるのでおじゃるぞ。その我に会わぬとは、皇帝陛下に背くのも同じ。戦争になってから後悔しても遅いぞ」
「物騒な物言いでございますな、公爵閣下」
そこに現れたのはマツダイラ閣下だった。この国では辺境の地を治めるトリイ、イヌカイの二人の侯爵を除けば、実質的な地位は俺の次となるのが伯爵である。厳密に言えば王妃である妻たちの方が地位は上だが、こういう場合は彼女たちの出る幕ではない。
「其方は何者でおじゃるか?」
「王国騎兵隊隊長、マツダイラ・トモヤスと申す。爵位は伯爵だがこの国には公爵はおらぬ故、立場は公爵閣下と同じと思って頂きたい」
「ふん! 伯爵風情と会うたところで何の意味もおじゃらんわ。国王をここへ呼ぶのじゃ!」
「黙りおれ! 己、我が主を何と心得る! たかが公爵ごときが他国の国王を呼びつけるとは無礼であるぞ!」
あ、マツダイラ閣下がキレた。
「よいかムライ卿、今ここで貴様を斬ったとしてもこの俺の首一つで事は収まる。また仮に戦争になったとしても、シバタの軍勢七万をわずか三百の犠牲で全滅に追い込んだ我が精鋭の話を知らぬわけではあるまい。帝国は破滅に向かうことになるぞ」
「な、何たる無礼! そこへ直れ! 手討ちにしてくれる!」
「ムライ卿、ここをどこだと思っている?」
刀を抜こうとした公爵を、二人の衛兵がマツダイラ閣下の目配せ一つで取り押さえた。ムライの護衛は城内には入らせなかったので、彼は単身ということである。
「な、何をする! 無礼者、放せ!」
「大人しく引き下がるか、首と胴が別れを告げるか、どちらでもお好きな方を選ばせて差し上げますぞ、ムライ公爵閣下」
マツダイラ閣下が言うと二人の衛兵は、左右から公爵の腕を後ろに捻り上げるように押さえつけた。これで閣下の前に公爵が首を差し出すような形になる。そこに彼は抜いた刀をヒタヒタと当てていた。ムライの額には脂汗がにじみ出ている。
「貴様、こんなことをしてタダで済むと思っているでおじゃるか!」
「タダで済まないならこの首、斬り落としてしまうでおじゃるか?」
戯けたマツダイラ閣下の言い方に、二人の衛兵も笑いを堪えられない様子だった。これはなかなか面白い。
「ムライ卿、ご返答やいかに?」
「わ、分かった。分かったから放すでおじゃる!」
するとマツダイラ閣下の再度の目配せによって衛兵が同時にムライの腕を放す。これで彼はバランスを失い前のめりにつんのめってしまった。結局公爵は俺とは会わずに帰ることになるのだが、帰り際にはかなりの悪態をついていたらしい。あの調子だと、どうせ帰国したらキノシタ皇帝にあることないこと吹き込むに違いない。だったら先回りしてせっかく準備した予定の刻限に現れなかったと、苦情の一つでも送っておいてやることにしよう。
「カキノ屋の素性が割れたか」
「モモチ殿の報告では新手の犯罪組織とのことでございました」
「では他にも余罪があるということだな?」
「はい。騙り商いから子種師詐欺、果てはゆすりたかりまで、人殺し以外は何でもやっているとか」
人を殺していないという点で救いがあるように見えるが、現にダザイ伯爵は殺されているので、表に出ていないだけではないだろうか。あるいはこれまでは殺人を犯していなかったとしても、今後はそれさえもやってのける可能性だってある。
「人数はどのくらいだ?」
「分からないそうです。此度のカキノ屋にしても頭目なのかどうか。引き続き調査を進めるとのことにございました」
この手の犯罪組織の場合、頭目を含めて主だった者を捕らえなければあまり意味がない。下っ端は簡単にトカゲの尻尾切りにされてしまうからである。キヘイジたちには悪いが事件の解決にはもう少し時間がかかるだろう。
その後モモコが無事に診療所に入り、ダザイ伯爵の邸にも当座の生活に必要な物が届けられたと聞いて、俺は一安心したのだった。
明日はもしかしたら更新出来ないかも知れません。
そうなったら土曜日はがんばります!




